東方帽子屋   作:納豆チーズV

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七.兎の狂気と暗闇の術式

 吹き荒れる不規則な弾丸の嵐は凄まじいの一言に尽きた。

 そのどれもかれもが速度を弄られており、遅い弾と速い弾が入り混じっている。ピタリと止まったかと思えば急に加速を始めることもあり、避けるためには、自分に当たる弾だけを見極めてそれに集中する必要がある。

 鈴仙の能力で方向感覚が狂わされているからか、回避したかと思ったら弾幕の目の前に移動していたなんてこともあった。弾幕自体はまっすぐに進んでいるのかもしれないが、当の本人である俺からしてみれば弾が突然曲がったりしたようにしか見えない。

 

「ふふふ。ふらふらフラフラと、そんな不安定な飛行でよく避け続けていられるわねぇ」

 

 耳に届く声もまた、速かったり遅かったり、脳に響くほど大きかったり透き通るくらいに鮮明だったり、好き放題に波長が狂わされているようだ。

 

「厄介ですね……」

 

 あいにくと"弾幕合戦"におけるレミリアの超高度な弾幕操作術を体験し慣れているおかげで、一応はこのまま避け続けていることはできる。だから目下の問題は鈴仙の通常弾幕を掻い潜ることではなく、彼女へとこちら側の攻撃を当てることだ。

 ペンギン型の魔力弾を一発作り出し、鈴仙へと向けて発射する。しかししっかりと狙いをつけて放ったのにも拘わらず鈴仙より少し――ほんの一メートルほど横を通りすぎ、壁に激突して魔力の爆発が巻き起こった。

 

「正確に狙い撃つことはできない、ということですか」

 

 方向感覚が狂っているからか、視覚を少なからず操られているからか。離れた位置からの狙撃は難しそうだ。一定以上の空間制圧能力を有した弾を展開するか、全方位に弾幕を張って規則性に則って迎え撃つか。どちらをするにせよ、こちらの打てる手が大きく限られることは変わらなかった。

 少し考え、鈴仙が繰り出す緩急の激しい弾丸から逃れながら、もう一度ペンギン型の魔力弾を生成する。さきほどと違うのは総数、そして大小の違いがあることだ。余裕のある限り大量に生み出したそれは隊列を組むように俺の前方に整列し、クチバシを前方に向けて発射準備を整える。

 

「戦死は名誉です。恐れずに行きなさい。総員、突撃」

 

 なんとなく司令官っぽいセリフを吐いて、ペンギン型魔力弾を一斉に鈴仙のいる方角へと発射した。いくらかのペンギンが鈴仙の弾丸と衝突して小規模な爆発を起こしたが、当然ながら他のペンギンたちはそんなものをものともせずに突進する。

 俺の扱う生物型弾幕には小さな特殊効果がある――ペンギンのそれは互いに引き合うこと。巨大なペンギンは引力が強いために他のペンギンを多く集め、しかし一発でも触れ合えば爆発を起こして引力を失い、そうなれば他のペンギン型弾幕の引力同士が強く作用するようになる。爆発し、引力の方向とともにペンギンの進行方向が変化する。

 幾度となく繰り返すそれは適当に放ったこともあり、俺でさえ軌道の予測ができない。そしてその、俺の予想が無意味であることが重要なのだ。一定以上の空間制圧能力を誇り、狂っている俺の管理下から外れているからこそ、その弾幕は鈴仙に届き得る。

 

「ふんっ、こんなのっ!」

 

 己が身に当たるものだけを瞬時に見定めて撃ち落としていくさまからは、鈴仙の優秀さが窺い知れる。けれど撃ってペンギンを消すということは他のペンギン型魔力弾の行く先にも異常を来たすことにも繋がるのだ。つまりは撃つたびに見極めを再度行う必要があり、その分だけ鈴仙に隙が生まれ、俺自身の方へと迫る弾幕の精度と密度が下がる。

 そうなれば俺はさらにペンギン型弾幕を生成して放ち、鈴仙は増殖したそれに対処しなければならなくなり、その間にも新たなペンギンが形作られる。

 気づけば当初は不利だった現状が完全に逆転していた。それもまた当然と言えば当然か。方向感覚がどれだけ狂わされていようと、しょせんは通常弾幕。美しさ度外視での弾幕戦闘を何百年も続けて鍛えた回避能力はその程度で打ち破ることは叶わない。

 

「きゃっ――くぅっ!」

 

 ペンギン同士が引き合い、衝突することで起こった小爆発に鈴仙がついに巻き込まれた。とは言ってもほんの少し掠った程度であるが、能力をかけられていながら攻撃を当てることができたという事実が重要なのだ。

 苦々しく表情を歪めた鈴仙が、ポケットの中から一枚のスペルカードを取り出した。

 

「本当は私から使うつもりはなかったんだけど、しかたない……」

 

 彼女が常時生み出し続けていたすべての通常弾幕が止み、代わりとでも言うように瞳がより強く赤色に発光し始める。

 

「慄け! "波符『赤眼催眠(マインドシェイカー)』"!」

 

 銃の形を見立てた鈴仙の手が天井を向くと同時、彼女を取り囲むように無数の弾丸型妖力弾が出現した。「発射!」の掛け声で丸みを帯びた方を進行方向として進み始め、廊下を埋め尽くしながら俺に迫ってくる。

 それだけを見れば、ただ数多くの弾幕を全方位に張っただけで、避けることなど造作もないだろう。スペルカードがその程度で終わるはずもなく、問題はその後にやってきた。

 広がり来る弾幕が、二重にブレて見え始める。

 気がついた時には、鈴仙を中心としていたはずの全方位弾幕が左右に分かれて分身していた。数はそっくりそのまま二倍となり、密度も単純に倍に増える。

 

「目が……」

 

 目元を擦っても、弾幕が二重のブレが生じる光景に変化はない。鈴仙が再度全方向に弾幕を張り、視界が不安定になり、それも同様に倍の数となった。

 ずっと見ていると気持ち悪くなりそうだった。それでもできるだけ密度の薄い方へと移動し、何発か掠りそうになりながらも観察を続け、ふと気づく。

 視界がブレる瞬間、弾幕はそっくりそのまま二倍に増殖する。しかしどうやら一度でも倍になった弾は、それ以上増えないらしい。

 

「そうなると……」

 

 気づければ、回避に関しての苦労はかなり減少する。次に問題となるのはどうやって攻撃を当てるか、だ。

 あいもかわらず己が弾を分裂させ続ける鈴仙を見据え、隙を見つけて槍型の魔力弾を投擲する。しかしやはりと言うべきか、どうしても鈴仙からちょっとだけズレた位置に着弾してしまった。

 もう一度ペンギン型で攻めるのは得策ではない。鈴仙の弾幕は増えると同時に辺りに拡散もしていて、廊下中を埋め尽くしている。阻まれて最終的に鈴仙にたどりつくペンギンは少なくなり、結果的に新たな隙を作ることさえできない容易な弾幕と化す。

 

「うまく狙えない、策もまた講じにくい……こちらも、数とパワーで攻めるのが最善手ですか」

 

 真正面から堂々と押し切る。そう決めて、懐からスペルカードを取り出した。

 ――"童話『北風と太陽』"。

 いったん鈴仙から距離を取り、くるりと右回りに回転した。そうして動く視界の先に大小さまざまな大きさと、虹をも越える多くの色に分かれた弾幕を、ほとんど考えもせず不規則に、そして大量に創造する。

 童話、『北風と太陽』は北風と太陽が力比べをする話だ。どちらが旅人の上着を脱がせることができるかという勝負をし、北風は強風を吹かせるも「寒いから」とさらに着込まれてしまう。対して太陽は爛々と輝くことで温度を上げ、「暑いから」と旅人の服を脱がすことに成功した。

 生み出したすべての弾幕を、俺を中心にして一斉に時計回りで回転させる。段々と速度を上げたそれは中に入った相手の弾丸を問題無用で打ち消すレベルの激しい竜巻となり、ありとあらゆる色が入り混じる嵐が俺を中心として吹き荒れた。

 北風のごとく激しい弾幕を太陽(吸血鬼の敵)のように対処し、打ち破ることができるか。

 

「行きますよ」

 

 鈴仙に向けて一直線に――実際はフラフラと揺れているのかもしれないが――突進する。それに応じて弾幕の竜巻も丸ごと動き、俺のスペルカードと鈴仙のスペルカードが真正面から激突した。

 相手の弾丸のほとんどは旋風に飲み込まれて俺に届き得ず、ずんずんと鈴仙への距離を詰めていく。近づけば近づくほど当然鈴仙の弾幕の密度は濃くなっていき、こちらの竜巻として機能している弾の数も減少していく。やがて俺のもとへとたどりつく弾丸が一つ二つと出始めて、最初は容易に避けられていたそれが次第に無視できないほどの数に変貌する。しかしその頃には鈴仙の近くまでたどりついており、迷いなく弾幕の嵐を纏ったまま突っ込んだ。

 瞬間、鈴仙の姿が幻だったかのように掻き消えた。真下から弾を生成したような音がして視線を下ろすが、誰もいない。

 

「むぐっ!?」

「残念、上よ」

 

 ギリギリで気配を察知して上を向いた時には手遅れだった。妖力のこもったかかと落としを右肩に食らい、勢いのまま廊下の床に体をぶつけた。

 スペルカードが中断する。鈴仙も移動の際に俺と同様に解いていたようで、視界のブレはもう発生していない。

 起き上がりながら、今しがたの攻防を思い返す。

 最初に鈴仙が消えたのは『狂気を操る程度の能力』による波長変化で幻影を見せられていたからだろう。聴覚の波長が操られたから真下から音が聞こえてしまい、彼女が自身の存在の波長を長くしていたから、攻撃される直前まで彼女を認識できなかった。

 まさかスペルカードを破られるなんて思ってもいなかった。レミリアやフランとの勝負以外で今までろくに被弾したことがなかったから、なおさら。

 

「……一対一で私に攻撃を当てたこと、誇ってもいいですよ」

「なにを言っているのかしら。どうせあなたはこれから地上人らしく床に這いつくばるんだから、誇ろうが誇らまいが意味なんてないわよ」

「そうですか」

「そうよ」

 

 悠然と俺を見下ろしている鈴仙を仰ぎ、バッと両腕を大きく広げた。

 そこまで啖呵を切れる彼女になら、俺のスペルカードの中でも切り札に分類されるものを受ける資格がある。"神刃『ジャブダ・ベディ』"こと『光の翼』と並ぶ、二枚目の切り札。

 ――"影絵『無形の落とし子』"。

 

「影よ」

 

 このスペルカードの正体は、俺が何百年と愛用してきた影の魔法を行使するだけという非常に単純なものだ。しかしそれゆえに最大級の扱いやすさと応用性を誇り、最低限しか光が取り入れられていないこの廊下ではそのポテンシャルをあますことなく発揮することができる。

 ズァア、と辺りの影を自らの足元に集め、いくらかを触手のようにして一斉に鈴仙へと向けて撃ち出した。

 鈴仙自身は一メートルも動いていないのにも拘わらず、まるで触手の方から避けるようにして、狙った箇所からほんの少し逸れた地点を通りすぎる。

 

「どこを狙ってるの? 当たらないわよ、そんなの」

「どれだけズレているか、確認しただけですよ」

 

 そんなに焦っても、すぐにやられてしまうだけだ。

 影を操る。床に落ちた影、壁にできた闇、天井を埋め尽くす暗闇、空間に満ちる暗黒、己が周辺二〇〇メートル以内にある陰影は全部俺のものだ。

 

「さぁ、どこまでやれるか、私に見せてください」

 

 瞬間、床と壁と天井から影で作られた極大の針を無数に飛び出させる。目を見開いた鈴仙が慌てて避けようとしていたので、空間内の影を操って彼女の進行方向に巨大な網を生成する。

 捕らえた、と思ったら鈴仙の姿がすっと消えた。能力使用による幻影だ。網から数メートルほど離れた位置に移動したようだが、二〇〇メートル以内は俺のテリトリーだからどこにいようと関係はない。

 極大の針の形状を触手へと変化させ、鈴仙へと襲いかからせる。一番最初のそれとは数と大きさが段違いのそれを前にしては、さすがの彼女も必死で飛んで回避をしていた。全方位から容赦なく迫る黒き物質の膨大な質量には容易に対応できるものではない。

 

「捕まえました」

「うっ!?」

 

 紙一重で触手を避けたのを確認し、回避したそれの側面から即座に新しい小さな触手を生成、鈴仙の脚を絡め取った。

 ――"幻爆『近眼花火(マインドスターマイン)』"。

 襲い来る影の奔流から逃れることはできないと悟ったらしい彼女は、スペルカードの宣言をすると同時に辺りへ銃弾をバラまいた。一から二メートル程度進むごとに通った個所で妖力の膨張が発生し、それに飲み込まれた影の触手が散り散りになっていく。

 その間に脚を縛る影を妖力が宿った腕で断ち切った鈴仙は、二枚目のスペルカードを取り出して宣言をした。

 ――"長視『赤月下(インフレアドムーン)』"。

 連続でカードを使うということは、それほど追い込まれている証拠である。

 鈴仙の瞳が強く発光したかと思えば、その姿が消え失せた。どこに現れるでもなく、この場から綺麗さっぱりいなくなったかのように見えなくなった。

 狂気を操る視線の力を大きく広げ、空間を満たすことで誰にも認識できない状態にする……と言ったところか。鈴仙の『狂気を操る程度の能力』は感覚の支配にも似たことが可能だが、それでも『そこにいる』事実は変わらない。幻影を利用した瞬間移動は認識の綻びから生じたものであり、幻覚や幻聴は波長の長短による虚像であり、たとえ完全にいなくなったように感じようと、感覚を制するだけの能力では物質的概念からは絶対に逃れられない。もしかしたら位相を操作して自身の存在を否定することも可能なのかもしれないが、それでも触れられなくなっただけで『そこにいる』。

 それに、鈴仙には一つだけ大きな誤算がある。

 

「私は、影を認識できるんですよ」

 

 姿が認識できない、力が認識できない、他の諸々が認識できない。しかし物質という枠の中にいる以上、影を誤魔化すことは叶わない。影とはその存在の写し鏡であり、その者が在ることの証明だ。影の魔法を行使する俺がそれを見失うはずがなく、五感で見出すことの難しい彼女の位置を容易く見破った。

 こっそりと俺に近づいてこようとしていた鈴仙の周りに影の触手を伸ばす。数秒と経たずに見破られたことに驚いたのか、彼女の動きが一瞬だけ止まった。空間の闇を支配している俺にはそれだけあれば十分だった。

 鈴仙に触手を巻きつかせて捉える。小さな触手を生み出して、彼女の瞼を強引に閉じさせた。

 暴れて拘束から脱出しようとするので、それが不可能なくらいに質量を増やし、影を操って鈴仙を俺の目の前まで持ってくる。全身を黒い触手で縛られて目元まで塞がれている女子高生風のウサ耳少女の姿は、どこか背徳的にも映るかもしれない。

 

「くぅっ!? なに、なによこれぇ!? 離して! はーなーしーてーっ!」

「これで私の勝ちです。そしてその報酬に……そうですね。あなたの血を、もらってもいいですか?」

「え?」

 

 身長を合わせるために少しだけ浮いて、動けない鈴仙の首筋に八重歯を突き立てた。

 

「は、っ……あっ……」

 

 吸い出す量は大して多くない。なにせ食事のために血を頂くわけではなく、強化魔法用の遺伝子が欲しいだけだ。

 しばらくくっついて何十ミリリットルかを吸い出して、これだけあれば十分と言うところで口を離す。八重歯に残っていた血液をぺろりと舐め取って、血液の解析と遺伝子の術式変換に移った。

 

「……これでいい、はずです」

 

 試しにでき上がった強化魔法の玉兎版、玉兎化魔法を行使する。

 ぴょこん、と頭から長い兎の耳が生えたのがわかった。かぶっていたナイトキャップが落ちてきたのでキャッチして、恐る恐るウサ耳に触れて感覚があることを確認する。

 

「なんだか、猫化や鬼化と違って、あんまり体が強化された気がしませんね……」

 

 ただしこれが月の兎の力である以上、とあることが可能なはずだ。

 鈴仙の影の拘束を解き、無理矢理押さえつけていた瞼からも触手を離す。ガクン、と崩れ落ちて膝をつき、どこか惚けた面持ちで俺を見上げてきた。

 

「ぼ、ぼーっとしゅる……」

「…………そういえば直接吸ったらそんな効果もあったような気がします。萃香より以前にはあまり吸血してませんでしたし、萃香は全然平気そうにしてましたし……」

 

 己が目元に手を添えて、じっと鈴仙の瞳を見据える。

 

(これでいいんでしょうか……えっと、聞こえますか?)

「あぇッ!?」

 

 目が覚めたように、これまでで一番の驚愕を鈴仙の表情が映し出した。どうやら成功したらしい。

 月の兎の瞳には月と同じ狂気が宿り、その能力を以てして互いに交信を行うことを可能とする。そして今の俺は吸血鬼に月の兎がプラスされているから、こうして思考の発信をすることができた。

 確認が済んだので玉兎化魔法を解き、帽子をかぶり直して息を吐く。

 

「ど、どうして……」

「大した意味はありません。どうやってと言うのなら、私の魔法で、こう、ちょちょいのちょいっと」

 

 実際には、錬金術を用いて血液の構成物質の一つ一つを確認、組み合わせによるパターンの検証、固有遺伝子の分析、血に宿る妖力との同調等々といろいろやって強化魔法の一つへと昇華させたのだが、他者から見れば数秒程度の時間なので「ちょちょいのちょい」で間違っていない。

 納得していない風の鈴仙には、すでに抗えるほどの力は残っていない。吸血された影響からか足腰は立たなくなっているし、頬も少し赤いし、どこか意識が朦朧としている印象も受ける。

 

「それにしても、魔理沙たちは大丈夫でしょうか……」

 

 永琳を追いかけて行った四人の心配をし始めると、不意に何人かの気配を後方に感じ、振り向いた。

 廊下の奥から四つの人影が近づいてきている。一人は巫女、一人は胡散臭さの塊、一人はメイド服の人間、一人は紅い吸血鬼。

 トンッ、と地面を蹴って飛び上がり、小さく手を振って四人を出迎えた。

 

「おはようございます。待ってましたよ」


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