東方帽子屋   作:納豆チーズV

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二.黒白の産廃は鬼の手に

「サッカーしましょう」

「帰れ」

「今だけここに居候することにします。はい、帰りました」

「じゃあ出てけ」

 

 ひどい言われようである。せっかく昨日は夜更かししてまで錬金術でボールを作ってきたというのに。

 時は九月の初め、もうすぐ昼に差しかかるという時間帯に、俺は東の端にある博麗神社に一人でやって来ていた。手元には昨日がんばって作ったサッカーボールがあり、耐熱性耐寒性耐雷性耐圧性抜群で、おそらくは鬼の脚力でも破裂しないという傑作である。もっとも、鬼の脚力で蹴ったりなんてしたら空の彼方まで一直線だろうが。

 ちなみに神社へはフランも誘おうかと思っていたのだけれど、彼女はどうやら徹夜で魔法の研究をしていたらしい。サッカーボールを作ろうと唸っていた俺が偶然通りかかった扉の隙間から見えたため、自分も張り切って研究に取り組んでみたようだが、どうにも張り切りすぎたようだ。フラフラと足取りもおぼつかなかったので、安静にしていなさいと今は大人しく寝させている。

 

「そもそも夏の真っただ中の晴天だってのに、なんで吸血鬼のあんたが普通に訪ねてくるのよ。夜の帝王なら今は就寝の時間でしょ?」

「いつものことじゃないですか」

「世も末ね」

「幻想郷ですから」

 

 境内の掃除をしていたのか、竹箒を鳥居に立てかけてある。日差しから逃れるように台石に座っていたので、その隣に陣取って、目深にかぶっていたフードを取り払った。霖之助から仕立ててもらったローブだ。昼に出かける時は愛用している。

 

「暑くないの、それ」

「そういう変化には疎くてですね」

「熱に弱そうなのにねぇ、吸血鬼って」

 

 太陽の光はもちろんダメであるが、別段炎に弱かったり照明を当てられただけで蒸発したりはしない。弱点は多かれど、さすがに最強種の悪魔だけあってそこまで体は弱くないのだ。

 

「それでとりあえずめんどくさそうだったから断ってみたけど、サッカーってなによ。その白黒のボールが関係してるの?」

「興味あります? 聞きたいですか?」

「ないからやっぱいいや」

「説明します」

 

 ――昨日の夕方、自室でゆったりとしていると突然紫が現れては、俺にサッカーのルール等が書かれた本を渡してきたのだ。

 なんでこんなものをと思いかけた直後、吸血鬼異変のすぐ後の出来事を思い出す。確かその時はまだスペルカードルールが採用されていなくて、いろいろとアイデアを募集しているところだったはずだ。そしてなにを思ったか、俺は唐突に紫へ「サッカーに関しての本が欲しい」とお願いした。

 ほぼ完全に忘れていたことなので、いちいち数年前の約束を果たしに来なくても、俺がそのことについて言及することはなかっただろう。そこまで本気で思っていたことでもないし、今はスペルカードルールが流行っている。暇ならばサッカーよりも、新しいスペルカードを考えたり等といろいろあった。

 それでも本を読んでいたら地味にやりたくなったので、ボールだけでも作ってみたと、そういうわけである。

 

「要するにボールを蹴って、ゴールとやらに入れた回数が多かった方が勝ちってことね。妨害あり、ただし肉弾戦禁止で」

「その認識でいいと思います」

「だったらあれよね。このボールを思いっ切り相手にぶち当てて気絶させればいいわけね。そうすれば好きなだけゴールに入れられるもん」

「……えぇと」

 

 霊夢が座ったまま、脚を交互にパタパタと動かす。おそらくはサッカーボールを妖怪へ向けて蹴りつける妄想をしているのだろう。さすがにスペルカードルールに慣れているだけあって、ボールをぶつけるという発想は自然に一番で出てくるようだった。

 反則なのか、ギリギリセーフなのか。あいにくと昨日に本をもらって流し読みしただけなので、いろいろと判断がしづらい。

 

「一対一じゃありませんから、一人気絶させたところであまり変わりませんよ。それに動けなくなったりしたら交代で補充し直すので、全員倒すのは現実的じゃないかと。こちらもやられたら交代とかしなくちゃいけなくなります」

「というか、そもそもぶつけ合うんだったらスペルカードでいいじゃないの」

 

 それを言ったらおしまいだ。というかサッカーはぶつけ合う遊びではない。

 ふと、なにかに気づいたように霊夢が顔を上げた。釣られて俺も見上げてみれば、空から一つの黒白の塊が飛んできている。

 近くに来てふわりと減速したそれは、両足を地面につけて「よう」と片手を上げた。

 

「おはようだぜ。今日はレーツェルもいるんだな。なにを話してたんだ?」

「こんにちわです。ちょっとサッカーという遊戯について」

「ボールを蹴り合う遊びなんだって」

 

 へえ、と魔理沙が俺に手を向けてはくいくいと折り曲げた。ボールを欲しているのだとわかり、要望通りその手の平にサッカーボールを乗せる。

 

「ふむふむ、これなら」

 

 しばらく観察していた彼女がボールを手放しては、地面につく前に脚で跳ね返した。それを何度か繰り返し、今度はボールを背後に回しては踵で同じように弾ませる。リフティング、と言うんだったか。まるで体の一部のように自由自在に操っていた。

 

「なに魔理沙、サッカーやったことあったの?」

「別にそういうわけじゃないんだけどな、っと!」

 

 いかにも魔法使いと言った三角帽子を外すと、最後にはその中へとボールを収めた。魔理沙の巧みなボール捌きに、思わずと言った感じで霊夢と揃って拍手をする。

 褒められた当人は「どうだ?」と言わんばかりの得意げな顔で胸を張った後、俺にボールを投げ返した。

 

「子どもの頃に似たようなことしてた経験があったんだ。久しぶりだったけど、案外うまくできるもんだな。さすが私だ」

「さすが魔理沙です。驚きました」

「おう、もっと崇めるがいいぜ」

 

 台石に竹箒を立てかけて、霊夢を挟んだ俺の反対側に魔理沙が腰をかける。

 

「で、えーっと、サッカーだっけか。急に球遊びだなんてどうしたんだ? 今日はフランもいないみたいだし」

「いえ、紫がサッカーについての本を昨日くれたものですから、せっかくなので錬金術を駆使してボールを作ってきたんです」

「あいつがか? じゃあサッカーってのは妙な遊戯なんだろうな。しかし錬金術か。ってことはそれも魔道具なのか? レーツェルは香霖と一緒で魔道具よく作ったりしてるし」

「いえ、これは普通のボールです。爆発とかマスパとか鬼の脚力とかに耐えられるようにしてますけど」

「なるほど、そりゃあ異常なボールだぜ」

 

 どういうルールなんだ? と聞いてくるので、霊夢にしたのと同じ説明をした。基本的に本に乗っていた内容の覚えているままを言うだけだが。

 要点をまとめると、ゴールにボールを多く入れた方が勝ち。

 

「つまりは地上でやる競技なわけか。ゴールが空中に浮いてるわけもなし」

「そうなりますね」

「そうなると、あれだな。人間対人間でやる分にはいいが、妖怪が混ざるとなぁ。ボールが無事でも地形がめちゃくちゃ、それに事故が起きた時なんて軽く死ねるぜ」

「……魔法である程度いろいろ保護したりとか」

「そもそも身体能力が違いすぎるからなぁ。スペルカードみたいに弾数大量ならともかく一つのボールを取り合うってのは、ちょいと人間側には厳しすぎる。天狗なんて参加した日にはなにもできずにやられまくりそうだ」

 

 頭の後ろに手を回した魔理沙がそう言っては空を見上げる。ちょうど彼方の方を黒い点――天狗が一人、通り去るところであった。

 吸血鬼異変の後、危機感を覚えた妖怪たちと博麗の巫女が生み出したのはスペルカードルールだった。いくつか考案された他の案を差し置いてそれが幻想郷中に広がったのは、それだけが人間と妖怪の双方が納得する形で争いを実現できる唯一の方法だったからだ。

 適当に外の世界から流用したものが、人間と妖怪が対等に遊び合える競技になれるはずがない。少し考えればわかることだった。魔理沙が人間同士ならと言っていた通り、妖怪も同じ種族同士ならばそこそこ面白く遊べるかもしれないけれど。

 

「やっぱり幻想郷で球遊びと言えばスペルカードルールってことですか。今更他の遊戯を考案するのは難しいですね」

「そりゃそうよ。そもそもコートってのを用意しなきゃいけない時点で絶対流行らないと思ったわね」

「スペルカードならどこでもやれるしな」

 

 コートなんてただでさえスペースを無駄にできない人里にはもちろん作れないし、その外となると妖怪の賢者による守りが効かなくなるから、そんなところで人間が悠長に遊んでいれば人食い妖怪の恰好の餌食だ。

 

「せっかくボール作ったのに……まぁ、無駄になるだろうことは最初からわかってたんですけど」

「わかってたのにわざわざ尽力するなんて、存外レーツェルも暇なんだな」

「そりゃあそうですよ。寿命の長い生き物は娯楽をなによりも大切にするものです。たとえやろうと考えていることが無駄だとわかっていても、やりたいと思ったのなら進んで取り組みます」

 

 長く生きていると苦労を楽しもうとする余裕の心が失われる、と紫は主張していたが、俺は完全にそうだとは捉えていない。

 吸血鬼が紅茶をよく飲むのは血に似ているからだけではなく、純粋に、それがとても美味しくて楽しめるからだ。鬼がなによりも酒を好むのもまた同じ、天狗がその耳や目を駆使してあらゆる情報を集めようとすることも、また一つの娯楽なのだ。

 娯楽とは言え、苦労が混ざるものも多々ある。多くの鴉天狗が行っているという新聞作りもまた、労さなければなし得ないものだ。

 そういう娯楽を嗜めるかどうかで、その妖怪の在り方が浮き出てくる。嗜めないようなつまらない者は大抵の場合が大したことがない弱小妖怪で、逆に楽しめる者には個性的で強い妖怪が多い傾向にあるようだ。

 常にその者に娯楽を嗜めるような面白さがあるかどうか。妖怪の格とは強さだけでなく、そういうところでも測られていると俺は思っている。

 

「娯楽を大事にするのは人間もだぜ」

 

 片手を曲げると、くいくいとそれを口元に運ぶ魔理沙。おそらく手で模しているのは盃、娯楽とは酒のことを言っているのだろう。格が測られるのは妖怪だけではない、というわけか。

 その時、魔理沙がなにかを思い出したかのようにポンッと手の平に拳をついた。

 

「そうそう、そのボール無駄になったとか言ってたが、捨てるくらいならどっかの二本角ののんべえにでも上げたらどうだ? 鬼の力にも耐えられる道具なんてそうそうないし、案外あいつならサッカーってのを気に入るかもしれん」

「……ちょっと。あいつの話は出さないでよ。憂鬱になるじゃない」

 

 霊夢が顔を顰めて呟いた。なんで霊夢が? と魔理沙と顔を見合わせる。

 

「なんで霊夢が憂鬱になるんだ?」

 

 実際に魔理沙が問いかけると、当人は大仰に肩を竦めてため息まで吐いた。聞いただけでここまでの反応とは、よほどの事情があるらしい。

 魔理沙と一緒になって霊夢が語り出すのを待つ。吹いた風が夏の暑さをちょうどいい具合に紛らわし、その涼しさに霊夢の頬が若干緩んだのがわかった。

 

「……実は」

「霊夢ー、どこぉー? 一緒に酒飲もうよぉー」

 

 しかしそんな霊夢の顔も、神社の方から酔っぱらった声が流れてくると同時、再び嫌そうに歪んだ。

 フードをかぶり直し、鳥居から顔を出して日差しの向こう側へと目を凝らす。そこには、賽銭箱の上でふてぶてしく寝転がりながら、手に持った瓢箪を口に含む二本角の鬼――先日スペルカードを無視して戦い合い、俺とともに紫からこっぴどく叱られた相手である伊吹萃香がいた。

 鳥居から様子を覗く俺たちの様子はあちらの目にも留まったようだ。霊夢、魔理沙、そして俺に瞳が向いて「へえ」と小さく呟くのが聞こえた気がした。

 賽銭箱から降りて、酒を飲みながらこちらに歩いてくる。

 

「おはよぉ、霊夢に魔理沙。それにレーツェルだよね。この前は楽しかったねぇ」

「はいはいおはよう。そんなことより賽銭箱に乗らないでよ。壊れたらどうするのよ」

「おはようだぜ。噂をすればなんとやらってやつだな」

「こんにちわです。もうやりませんよ、あんなの」

 

 霊夢には「あんななんにも入ってない賽銭箱なんて壊す気にもなれないよ」、魔理沙には「私の噂をしてたのかい? 奇遇だねぇ」、俺には「まぁまぁ、いつかまたやろうよ」と、萃香がそれぞれに返事をする。

 なんとなく、少しだけ居心地が悪かった。出会ってすぐに苛立ちのままに喧嘩をしてしまったことが原因なことは理解している。まるで溜まっていた鬱憤を晴らすかのごとく八つ当たり気味に萃香と戦闘を行ってしまったことに、俺は少なくない自責の念に駆られているのだろう。

 対して萃香はあの日のことはなにも気にしていないようで、なんの気負いもなさそうな呑気な酔っ払い顔を浮かべていた。

 一気にしゃべって舌が渇いたのか、呼吸をするように自然な動作で瓢箪を口元に運んだ。

 

「最近ずっと神社に居ついてるくせに、奇遇なもんですか。いい加減元の場所に帰りなさいよ。神社が鬼くさいったらありゃしないわ」

「その言いぐさはひどいよぉ。こっちは酒を提供したりといろいろやってあげてるのに」

「あんたのせいでこっちはここ毎日地味に頭が痛いのよ。毎晩毎晩無理矢理飲まされるから」

「霊夢だって一回飲み始めたら満更じゃない顔するじゃないのー。つまり私は悪くないってことにぃ」

「ならない」

 

 口を尖らせる萃香と、そんな彼女へ叱るように言葉を吐く霊夢を眺めていると、なんだか仲のいい姉妹のようにも見えてくる。霊夢が姉で萃香が妹――年齢的にはまったくの逆であるが、目の前の構図はそんな感じだった。身長だって萃香の方が圧倒的に低い。

 ふと、萃香が顔を俺の方に向けてくる。その視線の先にあるのは俺が抱えている白黒の球体、サッカーボールだ。

 

「それなにー? 魔理沙みたいな色してるねぇ」

「これは魔理沙ボールという魔道具で」

「鬼が触ると爆発するんだぜ。凄いだろう?」

 

 何気なく伸びてきていた萃香の手が引っ込む。その様を見て「冗談だ」と魔理沙が面白げな笑みをたたえ、二本角の鬼はムッと頬を膨らませた。鬼を相手に息を吐くように嘘を吐くとは、魔理沙は怖い者知らずである。俺も他人のことは言えないが。

 

「サッカーボールと言って蹴るためのボールですね。ちょっと錬金術で作ってみたんです。耐熱性耐寒性耐雷性耐圧性抜群で、おそらくは鬼の脚力でも破裂しません」

「へえ。もちろん爆発にも対応してるんだよね」

「え? うーん、内部で爆裂するとさすがにマズイかもしれません」

「だってさ、魔理沙」

「私は関係ないぜ」

 

 視線から逃れるように、魔理沙は顔を逸らして口笛を吹く。白々しいと、ふんっ、と萃香が鼻で笑った。

 

「もしよかったら差し上げますよ。このボールもこのままだと諸事情により倉庫の肥やしになってしまいますから」

 

 そんな風に話しかけると、萃香が目をパチクリとさせた。

 

「鬼の力に耐えられるような遊び道具なんてそうそうないし、嬉しいんだけど……いいの? せっかく作ったのに?」

「ちょっと時間はかかりますがいくらでも作れるものですよ。でも、そうですね。もしよかったら一つだけ条件をつけてもいいでしょうか」

 

 条件次第だねぇ、と返答して瓢箪から酒を飲んでは喉に通した。さきほどから合間合間に嗜んでいるし、本当に酒を燃料に動いているのではないかと錯覚してしまいそうになる。

 

「大したことじゃありませんよ。ただ、握手をしてほしいだけです」

「握手? なんで? 呪いでもかけるつもり?」

「違いますよ。仲良くなりましょう、の握手です」

 

 萃香はともかくとして、俺は未だ萃香と戦闘した日のことを引きずっている。でもそれも握手をして形だけでもこれからの関係を示していけば、なんとなく解消できる気がした。

 珍しいものでも見たかのようにパチパチと瞬きしていた萃香の顔に、戦闘時に表れる獰猛な笑みとは真反対の、穏やかな柔らかい微笑みが浮かぶ。すっ、と静かに差し出された小さく華奢な左手は、しかし見た目通りのか弱いものではないことを俺は知っていた。

 

「ほら、取りなよ。握手、するんだろう?」

 

 そんな声に導かれて、俺も半ば自然と左手を前に伸ばしていた。右手で袖を引っ張って隠れてしまっていた左手を外気にさらし、誰よりも嘘が嫌いな小さくも荒々しい二本角の鬼の手と重ねる。

 繋いだ手は友好の証だった。あの日のことなんて気にせずに、これからは思うがままに交流をして仲良くなっていこう。誓いにも似た握手の約束だと、俺はそう捉えた。

 

「改めてよろしくなー、レーツェル」

「よろしくお願いします、萃香」

 

 手を離し、萃香の左手に代わりとしてサッカーボールを置く。彼女の顔が喜色満面になる様子を目に収めながら、それを使った遊戯のルールを説明する。

 故郷に帰って鬼の仲間とでもやるつもりなのか、案外真面目に耳を傾けていた。鬼たちが行うサッカー……人間同士で行うサッカーと比べて、一つ一つの動作が地形が崩れるほど過激になるのは確かである。


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