東方帽子屋   作:納豆チーズV

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八.変わった悪魔と人形遣い

 こうして飛びながら魔法の森を見下ろしていると、原生林だけあって自然のまま残されている姿に関心が湧いてくる。前世では森に行く機会などまるでなく、今世でも幻想郷に来る前でさえ遠くに出かけたことはほとんどなかった。

 魔法の森と言われるだけあって、この原生林は普通の森とは違う成長を遂げているようだ。目を凝らして窺える植物はまるで見たことがないものばかりだし、瘴気が漂っているために普通の人間は足を踏み入れることは適わないだろう。

 

「人間でも魔法使いの魔理沙はともかく、霊夢がこんなところに来て大丈夫なんですか? 体調を崩したり幻覚が見えたりとか……」

「こいつをそこらの一般人と同じにしちゃダメだぜ。変人だからな」

「誰が変人か。でも、ま、このくらい平気よ。博麗の巫女をなめんじゃないってね」

「ここ、魔法使いの修行にちょうどいいかもね。ほら、あそこに生えてるキノコとか結構大きな魔法力放ってるよ」

「お、本当か? そんじゃあれも持ち帰ろうぜ。吸血鬼のお墨つきだからな、研究する価値はある」

 

 迷い家から拝借してきたものが入っている袋を取り出すと、フランが指差した方向へ魔理沙が飛んで行った。近づくだけでも危ない気がしたけれど、魔理沙なら大丈夫か。なにせ彼女はこの森に住んでいる。

 

「しっかし、ここらへんって人間を襲ってくる妖怪とかあんまり見ないわねぇ。あんたらなんかしてる?」

「いえ、妖力も魔力もちゃんと抑えてますよ」

 

 魔法の森に滞在できるのは化け物キノコが放つ瘴気と幻覚作用に耐えられる者だけだ。自然とともにある妖精、魔力を高めるために森に住む魔法使いや一部の特殊な妖獣。基本的に人間が立ち寄らなかったり環境が異常だったりすることもあり、魔法の森に人間を襲う存在も少ない。

 キノコを採って戻ってきた魔理沙を加え、さらに魔法の森を進んでいく。あいかわらず吹雪に混じって桜の花びらが散っていることがあり、実は四人とも地味にそれを集めていたりした。

 

「夜は冷えるわよね。視界も最悪だし」

「雲は出てるが今は昼だぜ。ま、冬の夜は本当にひどい。コタツ代わりのミニ八卦炉さまさまだ」

「夜は吸血鬼の世界ですからなにかを不便に感じたことはありませんね。月の光は心地いいですし」

「なにも光がなかったらさすがに私たちでも見えないけどね。あー、誰か来るよー?」

 

 フランが知らせてから数秒後、俺たちの前に一人の魔法使いが下方から姿を現した。

 一瞬、目の前のそれは人形なのではないかと勘違いをしてしまうほどに人間味が薄い少女だった。

 あまり外には出ていないのか肌の色は薄く、赤いリボンのヘアバンドを頭に巻いている。透き通りそうだと感想を抱くほどに綺麗な金髪と碧眼、手には一冊の魔導書を抱えていた。青のワンピースに近いノースリーブの上から肩に短めの白いケープを纏い、ロングスカートを着用している。そして、首元や手首にはヘアバンドに利用しているそれと同種のリボンを結んでいるようだ。

 そんな人形染みた少女は俺たち四人のそれぞれに視線を送った後、「しばらくぶりね」と口を開いた。

 

「誰に言ってるの?」

「あなたとそこの野魔法使いよ」

「だから誰よ」

「私のこと覚えてないの? まぁ、どうでもいいけど」

 

 当然ながら俺とフランは面識がない。霊夢と魔理沙は人形少女と知り合いのようであるが、霊夢の方は本当にわからなそうな面をしていた。

 

「野魔法使いか。ま、温室魔法使いよりは断然いいな」

「都会派魔法使いよ」

「あー? 辺境にようこそだな。田舎は春も冬染みてるぜ」

「寒くて嫌ねぇ」

 

 そんなことはどうでもいいのよ、と話をぶった切って霊夢が俺たちの方に振り返った。

 

「ほら、この七色魔法莫迦をさっさと追っ払っちゃいなさい」

「またですか」

「今回は戦わなくていいわよ。適当に威嚇して終わりでいい」

 

 まぁ、異変の最中だ。あまり気は進まないが言う通りにするとしよう。

 ついさきほどはフランが橙の対処をしてくれたので、今回は俺がどうにかする。三歩分ほど霊夢や魔理沙、フランの前に移動するとレティの時のように魔力を解放した。

 溢れ出る膨大な魔法力が大気を震わせ、普通の人間ならば容易に気絶してしまうほどの空間を作り出す。

 

「……吸血鬼ね」

 

 しかし人形少女は怯まず、むしろ目を細めて――俺と同じように、その身の魔力を垂れ流しにした。

 魔法の森に住んでいるということは、キノコの瘴気と幻覚作用に耐え、魔力の向上に努めているということである。パチュリーよりも少々劣る程度の魔力はそれでも大量と言えるほどには多く、質もなかなかにいい。空気がさらに重くなり、眼下にいた妖精が慌てて逃げ出していくのが見えた。

 やはり魔法使いが相手では魔力の恫喝はそこまで効果がないか。妖力を解き放ってもいいけれど、この様子では結果はどうせ同じであろう。

 

「ここはどうか退いてくれませんか。私たちはこの異変を解決しに来たんです」

「見ればわかるわ。桜を、春度を集めてるのもそのためでしょう?」

「え? え、ええ、そうです」

 

 桜はなんとなく集めていただけなんだけど。

 一度疑問符を浮かべてしまったせいでそんな気持ちも漏れていてしまったようで、呆れた目で人形少女が俺を見つめてきた。

 

「と、とにかく! 私たちはこの異変の元凶のところに向かわないといけません。幻想郷に春を取り戻させるんです。通してくれませんか?」

「悪魔なら悪魔らしく無理に押し通ろうとしないのかしら?」

「後ろの目出度い人は寒いのが嫌いなので早く帰りたいみたいなんですよ」

「……人間に従うの? 契約でもしてるのかしら。なんにしても変わった悪魔ねぇ」

 

 変わっている云々は人間や妖怪に限らず本当にいろいろな人たちから指摘されまくる。自分としてはそんなに変なことをしてるつもりはないのだけれど、やはり人間に近しい価値観で過ごす悪魔なんて珍しいのだ。

 

「よく言われます。それで、どうですか」

「魔法の実験をしたかったんだけど、さすがに吸血鬼を相手にするのは厳しいか……うーん、どうしよう」

「実験ですか?」

「実際に動く相手に使ってみたらどうなのかなって。ちょうどよさそうなところにあなたたちがいたから」

 

 はた迷惑な話だ。確かに霊夢や魔理沙であれば実験相手には十分だと思うけど。

 

「……そうですね。霧の湖の畔には紅魔館と言う赤い建物があります」

「ああ、吸血鬼の住処でしょう? もちろん知ってるわ」

「そこには私やこちらのフランも住んでいます。私はかれこれ四〇〇年以上は魔法を勉強し続けているので、訪ねてもらえればいろいろとアドバイスとかできると思います。他の魔法使いの方の実験を手伝ったりと言う経験もあるので、あなたのこともサポートできるかと。あ、あとたくさん魔導書が保管された図書館とかありますね。ですから、ここは私に知り合えたということに免じて通していただけないでしょうか」

「四〇〇……それに図書館か。魔導書じゃわからないことがあることも事実だから、悪い話ではないわね。それでその裏は? 悪魔である以上は対価を要求するんでしょう?」

「いえ、だから、通していただければ十分です。それ以外はなにもいりませんよ」

 

 魔法使いともなれば魔導書を読むことが多く、また、召喚魔法で代表的なものと言えば悪魔召喚だ。パチュリーだって実験として小悪魔を召喚したし、俺やレミリア、フランだってその気になれば一声で悪魔を喚び出すこともできる。そのような関係上で魔法使いの多くは悪魔に理解があり、だからこそのここまでの警戒である。

 本当に通してもらえるだけでいいのに、人形少女の視線に訝しげな色が宿るのはどうしたものだろう。悪魔である俺がどれだけ懇切丁寧に今の気持ちを説明してもさらに疑われるだけなのは目に見えてるので、彼女から信じてもらうのを待つしかない。

 ただ、これだけは言っておこう。

 

「たまに紅魔館の魔法使いと私、フランと魔理沙で魔法についての話し合いをしたりもしています。あなたは魔理沙の知り合いみたいですし、もしここで通してくれなくてもいつでも来てもいいですよ」

「…………ふふっ」

「……どうかしたんですか?」

 

 小さく笑った人形少女がずっと外に漏らしていた魔力をせき止めた。今度は俺が訝しげに思いながら、同様に魔力を引っこませる。

 なんとなく、彼女はすでに戦闘を行うという意思がないように感じた。

 

「それじゃあここで話を受けても受けなくても変わらないじゃない」

「え? ……あっ、そうですね。断ってくれても歓迎しちゃうなら、意味なかったですね」

「やっぱり変わった悪魔ね。それにいろいろと抜けてる。いいわ、気まぐれで襲いかかってみようとしただけだから通してあげる。もっとも、吸血鬼が相手という時点で戦おうっていう気はほとんどなかったんだけれど」

 

 人形少女は踵を返し、三メートルほど進んだ後に思い出したように振り返ってくる。

 

「私はアリス・マーガトロイド、人形遣いよ。魔法のことであなたの館にお邪魔するかもしれないから、覚えておいて」

「もちろんです。私はレーツェル・スカーレット、スカーレット三姉妹の次女に当たります。館にお邪魔する時は門番に私の名前を言ってくれれば大丈夫ですよ」

 

 自己紹介を終えると、今度こそもうなにも言うことはないという風にアリスが去って行った。

 七色の人形遣い、アリス・マーガトロイド。アリスと言うと『不思議の国のアリス』がどうしても頭に浮かんでしまうが、名前以外はまるで関連性がないことを知っている。そもそも俺も自称帽子屋なだけで物語に出てくる帽子屋と同じような性格とかしているわけでもないし、アリスなんてよくある名前なのだからいちいち一致部分を気にしていてはいけない。

 それはさておき、アリスは俺たちが春を集めていると言っていたか。まるっきり忘れていたけれど、そういえばそんな設定もあった気がする。東方妖々夢――ストーリーやキャラクターについては知っているし覚えているが、ゲーム中の設定については記憶が曖昧だ。ゲームをやる上ではそんなことを気にかける必要もなかったのだから。

 

「ご苦労さま、レーツェル。悪いわね、何度も追い払わせちゃって」

「そう思うなら次は霊夢か魔理沙が前に出てください。私たち吸血鬼をこき使ってたってお姉さまに言いつけますよ」

「……そ、それは嫌かなぁ」

 

 霊夢と魔理沙の中には未だ、レミリアと戦うイコール死の危険があるという方程式が成り立っているらしい。怒ったレミリアに弾幕ごっこを挑まれるさまを想像してか、霊夢が頬を引きつらせた。

 

「ま、確かにサボりすぎてる感はあるな。次はなにが来ようと私と霊夢のどっちかでなんとかしよう」

「まぁ……ウォーミングアップにはちょうどいいかもしれないわね。元凶まであんたらに任せるつもりはないから」

 

 意外と前向きな回答だ。こくりと頷いて了承し、四人で風上への飛行を再開する。

 そこからはいろいろと順調で、すぐにでも魔法の森を抜けられそうだった。

 ふと、ここに来るまで集めてきたように吹雪に混じる桜の花びらを手に取って、じっと眺めてみる。アリスはこれを春度だと言っていた。俺のなけなしの記憶とかけ合わせると、確か元凶とその関係者はこの花びらを奪おうと勝負を挑んできたはずだ。そしてその目的は――。

 

「フラン」

「ん。なに? お姉さま」

「ここまで集めてきた桜の花びらを捨てましょう」

「え?」

「お願いします。私たちまでこれを集めていたら、ちょっとマズイかもしれないので」

 

 フランは訝しげというか、純粋に不思議そうな顔をしている。それでも「お姉さまが言うなら」と言う通りにしてくれたのはとても助かった。

 俺も同じように春度が詰まった桜を捨てて、ありがとうございます、とフランにお礼を言っておく。

 

「これで、原作の通りになったはず……」

 

 俺とフランは本来ならばこの場にいるはずもない異物とも言える存在だ。そして桜とはこの異変において大きな意味を持つ。

 大妖怪という言葉さえ生易しい幻想郷最強の妖怪、八雲紫でさえどうにもできなかった妖怪桜、西行妖。その復活のため――正しくは、西行妖を亡骸となって封印している者を蘇らせるため――に桜の花びらが、春が必要なのだ。

 原作ではついぞ西行妖は満開にはならなかったけれど、俺とフランが花びらを持って行ってしまえばどうなるかわかったものではない。万が一にでも復活してしまう危険性があるのならばそれは絶対に避けるべきだ。八雲紫でさえどうにもできない妖怪が解放などされてしまえば、どうなってしまうのかまるでわからないのだから。

 ふぅ、と小さく息を吐く。異変が終わったら、俺の言うことになんの根拠もなしに従ってくれたフランにお礼をしなければいけない。なにを上げれば喜ぶかな、なにをしてあげれば喜ぶかな、と思考を巡らせていく。

 そうして進み続けると魔法の森を抜け、霊夢が俺とフランの方に振り返ってきた。


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