東方帽子屋   作:納豆チーズV

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四.天空を踊る光の翼

「レーツェル、あなたならきっと大丈夫。もっと落ち着いて、もっとしっかりしたイメージを持って。空気を吸って吐くことのように、そこらの木をベキッてへし折ることと同じように、飛べて当然だって思うのよ。大切なのは『認識』すること。違和感なく宙に浮くためには、飛べて当然と思う精神力が必要なのよ。あなたは吸血鬼、そして私の妹。だから空を飛べるのは当たり前なんだ。そう思ってみて」

「なにそのスタンド操作講座」

 

 思わずそんなことを呟いてしまったのもしかたがないと言えよう。っていうかそこらの木をベキッてへし折ることと同じって、そんなん無理に決まって……そういえば今は吸血鬼なんだった。それくらいは造作もないな。

 レミリアが「スタンド?」と首を傾げているので、「なんでもない」と首を振って、自分の内に眠る二つの力に意識を向ける。

 すなわち、すべての妖怪が持ち得る力の象徴、妖力。魔法を扱うために必要な力、魔力。

 

「……ふぅ」

 

 場所は庭。息を整える俺を見守るのは、レミリアだけでなく両親もであった。

 

「もう一回」

 

 すでに今日も幾度となく繰り返し続けている――妖力と魔力を全身に行き渡らせるようにして、レミリアに教えてもらった通りの精神で空を飛ぼうと試みる。

 飛べて当然、浮けて当たり前。リンゴが美味しいと感じられるように、キュウリが水っぽいと感じられるように。

 フワリ、と若干浮き上がるような感覚があった。

 ……キュウリと言えば、この世界には河童もいるんだよな。いつかキュウリを土産に訪ねたりもしてみたい。

 

「あ」

 

 ストン、と足の裏が地についた。妖力が分散し、集中力が完全に途切れる。ああ、余計なこと考えすぎた。また失敗だ。

 

「……翼で飛べればなぁ」

 

 綺麗な夜空を見上げて、小さく呟く。

 三人のうち誰かは忘れたが、「翼で飛ぶわけではない」と言っていた。翼で飛べって言われても翼膜がないから飛べないけどさ。

 ――いや、エネルギーを噴射すれば翼を使って飛べるんじゃないか?

 脳裏に浮かんだのはガンダムと呼ばれる超巨大人型兵器だった。あいにくと知り合いの家でゲームして遊んだ知識しかないので、登場人物や種類についてはさほど詳しくない。だけどガンダムがスラスターだとかバーニアだとかでエネルギーを推進力に飛行しているのは知っている。

 その中でもデスティニーガンダムと呼ばれる――知り合いが言うには『機動戦士ガンダムSEED DESTINY』の主人公の一人が搭乗する機体。そいつは背部の機翼から強大な光圧を推進力として『光の翼』を形成し、他に類を見ない超加速を実現できるんだとか。

 俺の背にある翼は、そのデスティニーガンダムのものと酷似している。

 好奇心は猫をも殺す。すでに思考はガンダムの真似事をすることに夢中であった。

 

「翼の付け根から妖力と魔力を思いっ切り噴射して、推進力を――」

 

 ――直後、俺はとてつもない速度で天へと昇っていた。

 下を見れば、紅魔館がこの幼い手でそのまま掴めそうなくらい小さくなっている。

 

「はぇ?」

 

 半ば無意識のうちに視線が自らの翼へと移動する。

 根本から赤白のエネルギーの奔流と光の粒を散らしながら、今もなお俺を上空へと押し上げていた。

 

「止まれ!」

 

 ようやく事態に心が追いついた。妖力と魔力の操作を止め、しかしそれでも勢いは変わらない。まるで、このまま雲まで突っ切ってしまいそうだった。

 俺は未だ三歳にも達していない身である。いくら東方Project屈指の実力を誇る吸血鬼と言えど、そんな上空から落とされて無事だとは到底思えない。

 

「ど、どうすれば……」

 

 今、俺は妖力と魔力を推進力として空を飛んだ。だったら今度は逆に真下へ飛べば……重力と合わさってとんでもない速度になって地面に衝突する未来が見えた。

 そもそも『光の翼』――今後はそれを妖力と魔力を翼の根元から噴射することの名称にしよう――はさきほど初めて使ったばかりでコントロールなんてできない。使用するなんて発想自体が死亡フラグだ。

 空中でできることは限られる。そしてその中でも俺が一番やらなければいけないことは、

 

「ここで飛行を成功させる……」

 

 翼を使わない、レミリアに教わった通りの正しい飛行法である。

 別の思考に邪魔されたにしても、一度はわずかに宙に浮いた身だ。集中すれば必ずできる。

 成功させなきゃ死ぬかも、なんて状況になるなんて思いもしなかった。

 震える体を両手で抑えつけて、意識を集中させる。力を行き渡らせる。

 俺は飛べて当然なんだ。ここは俺のいた世界じゃない。俺の中には未知の力がある。俺は吸血鬼だ。最強クラスの妖怪種だ。

 彼女も言っていた。大切なのは『認識』すること、自由に宙を飛び回れて当たり前だと思う精神力。

 退けば老いるぞ、臆せば死ぬぞ。

 

「俺は、私は、レミリアお姉さまの妹だ」

 

 だから飛べる。高貴でかっこよくて可愛くてカリスマ抜群で実はちょっと甘えん坊気味な、俺が敬愛する彼女を信じればいい。レミリアが信じる俺を信じる。

 飛べる。飛べる。飛べる――。

 

 

 

 

 

 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □

 

 

 

 

 

「レーツェル! 大体あなたは無茶をしすぎ! どうして最初から全開出力で力を放出したの! 翼で飛ぶにしても少しずつ試さないと危ないに決まってるでしょ!」

「ごめんなさい……」

 

 無事に浮遊に成功し、俺を心配して飛んできた両親とレミリアに保護されて館に戻ってきた。

 あんなことがあっては今日はもう飛行訓練はできないということで切り上げとなり、俺は母の部屋でレミリアに叱られていた。

 大好きな姉からの言葉にシュンとしてしまう。しかし同時に嬉しさも抱く。

 いや、怒られて快感を覚えるとかいう被虐趣味的な意味じゃなくて、本気で心配してくれてるんだなぁ、っていう心が感じられて涙腺崩壊みたいなね。

 ……でも、レミリアが相手なら罵られるのはむしろアリかも――これ以上は考えないでおこう。

 

「レミリア、そろそろやめてあげてはどうですか? レーツェルはもう十分反省していますよ」

「お母さま」

 

 ベッドに横たわる母の言葉に抗議の視線を送るも、「それとも」と続く句でレミリアも口を噤まざるを得なくなった。

 

「お腹にいるこの子に怒声をたくさん浴びせたいのですか?」

 

 母のお腹は不自然に膨らんでいた。数か月前に俺の能力の存在が判明した時にはとっくに子が宿っていたらしく、あれから徐々に大きくなった結果が目の前にある。

 頬を膨らませ、「しょうがない」とレミリアが首を横に振った。

 

「レーツェル、ちゃんと反省してるな?」

「もちろんだよ、お父さま」

「だったら俺も小言は言わない。だが、次は気をつけるようにな」

 

 ポン、とナイトキャップ越しに手を乗せてくるのはお父さまこと今世の父親。我が家こと紅魔館の当主だった。

 俺たち吸血鬼は人間を――正しくは、人間の血をいただくことで生きている。生まれた時からそれは変わらない。レーツェル・スカーレットとして転生した直後、母乳と一緒に血を飲まされたのはいい記憶である。もちろん泣いた。

 とは言え人間とは――今は吸血鬼だけど――慣れる生き物である。イカを半分生きてる状態で調理したり、ネズミを人間と仮定してありとあらゆる実験に行うなんてことも平気でする種族である。普通に血が美味しいこともあって、意外と早く慣れることができた。

 問題は殺しだ。いくら吸血鬼になったにしても殺人等には忌避の感覚を覚える。今はまだ二歳児なので食糧こと血の調達も父が行ってくれるが、いつかは俺も人間を狩ることになる。

 とりあえずは考えたくないので保留にしている。考え込むといつものごとく泣き出しそうになるので、レミリアや両親に迷惑をかけないようにという意図もある。

 未来のことなんてその時の自分に任せればいい。要するに丸投げである。

 

「この子の名前はどうしましょうか、お父さん」

「ふむ、そうだな……」

 

 両親がお腹の子について話し始めて、俺とレミリアが徐々に会話から外れていく。子どもの名前とは親が決めるものであり、同じ子どもである俺たちが口をはさむことではない。

 

「ひゃっ……!」

 

 チョンチョン、と脇腹をつつかれて思わず小さく悲鳴を上げた。あいにくとこの体は脇腹が非常に弱い。

 恨みがましくレミリアの方を向くと、「説教の代わり」と呟いて舌を出した。

 

「レーツェル、能力はちゃんと使いこなせるようになった?」

「……まだまだお姉さまみたいにはいかないかな」

「そうか。まぁ、気楽に行こうね。まだ半年しか修行してないんだから」

 

 数か月前に母が『わからない程度の能力』と名づけた力の本質を俺は未だに掴み切れていなかった。

 レミリアのように能力の概要さえわかれば、使いこなすのだってさほど難しくはないのだと思う。実際にレミリアは自身の能力のほとんどを十数日にして把握したらしいし。

 だから問題は、能力の使い方も応用性もなにもかもが『わからない』ためにあらゆることを実践していかなければならないこと。

 

「ちなみに今、自分の能力についてわかってることはどれくらい?」

「お姉さまの能力が効かないことと、後は…………うん、そのくらい」

 

 メタ能力とでも呼ぶべきものなのかもしれない。特定の相手にのみ絶大な力を発揮し、完全に無力化、もしくは無効化してしまう恐ろしい力のことだ。

 ただしそういう力の大抵は無力化できる対象が決まっており、それ以外には果てしなく非力であることが多い。そうだよ、俺のことだよ。

 この世界のどこかには封獣(ほうじゅう)ぬえと呼ばれる妖怪がいる、はずだ。そいつは『正体を判らなくする程度の能力』を持ち、物体の正体をなくして正しい姿として認識できなくすることができるという。

 同じようなことができないかと何度か試してみたりしたのだが、惨敗。まったく持って不可能であった。

 次に行った実験は、とある魔術の禁書目録という作品に登場する垣根帝督を参考にして"理論上存在するはず"の正体不明の(わからない)力を探し出すことだったが、こちらも徒労に終わる。

 普通に見つからないし、普通にわからない。"わからない"ことが能力なのだからわからなくて当然だとちょっと経って気づいた。『理解する程度の能力』でも持っていれば見つけられたかもしれないけど、そもそもとして東方Projectととある魔術の禁書目録では世界の法則が違う。なんにせよ探すだけ無駄であった。

 進展はまったくなし。他にもいろいろ試したが、正直な話、もうお手上げだ。

 

「そんなに落ち込まなくても大丈夫よ。お願いしてくれれば私の力も好きなだけレーツェルに貸してあげるから」

「うん……ありがとう、お姉さま」

 

 レミリアの気遣いが目に染みる。好きなだけ貸してくれるって言われても、そもそも俺にはその能力が通じないんだけどね。

 能力はもうどうしようもないし、これからは進歩があった飛行訓練に力を入れていこうかな。

 まずは安定した浮遊を目標として、次は空中での移動。両親やレミリアと同じくらい動けるようになったら、最後は『光の翼』もどうにかしてみたい。

 とは言えなにをやるにしても明日からだ。今日はいろいろあって疲れたし、両親もレミリアも特訓を許してくれないだろう。

 久しぶりにレミリアと姉妹の触れ合いでも楽しんでいるとしよう。

 

「――決めたぞ。この子が女の子なら名前はフランドール。フランドール・スカーレットだ」


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