東方帽子屋   作:納豆チーズV

49 / 137
五.第一一九季、炬燵の奉納

 あれから数か月が過ぎた。先日の予想通りめんどうくさそうな顔で紅魔館に訪れた霊夢から霖之助のローブ製作が終わったことを告げられたり、霊夢や魔理沙、そして俺が捕まえてきた朱鷺を鍋にして香霖堂で囲んだり。その時にはフランも連れて行って、夜になった直後にはフランが魔理沙にスペルカード戦を挑んでいたりもしていた。昼じゃないなら俺が止める理由はないし、霊夢や霖之助は我関せずで、顔を引きつらせて助けを求める魔理沙の懇願も空しく、綺麗な星空に一人の少女の悲鳴が響き渡った。

 そんなこんなで第一一九季――前世で言う四月に突入して半月。そろそろ雪が解けて桃色の花弁が美しく咲き誇る季節……のはずである。どうにも今年は例外のようで、未だ雪は降り止む気配を見せず寒い冬が続いていた。

 ほとんどの人間や妖怪はこういう年もあるだろうと軽く流しているようだが、じきにこれが異変であることに気づくであろう。原作にもあったことだ。

 原因についてそこそこ知識がある俺が早めに解決することも考えたが、即行で却下の判断を下した。今回の異変だけならいいかもしれないけれど、一度でも正史から大きく外れれば今後がどう転ぶかわからなくなる。もし動くにしても霊夢がこれは異変であると気づいてからだ。

 そういうわけでしばらくの傍観を決め込むことにした俺は、いつ感づくのかなという心持ちで、最近は博麗神社にほぼ毎日やって来ていた。今日もまたフランを連れてやって来て、神社の居間でコタツに入ってゴロゴロとしている。

 

「あー……いいわね。すごくいいわ。幸せ。本当にこれもらっちゃっていいの?」

「かなり前に作った試作品ですし、倉庫で放置気味だったので全然構いませんよ。ただ、私の部屋にあるそれと違って暖かくしかできませんから、そこは我慢してください」

「十分よ。いやぁ、コタツってやっぱり画期的よねぇ。しかもこれ、炭とかも使わないし」

 

 霊夢がコタツの暖かさにだらけまくった表情でそう呟く。冬が長く続いていて文句を垂れていたのでどうせ使わないからと上げたのだが、これだけ喜んでもらえるならプレゼントした甲斐があったというものだ。

 

「燃料は最初にも言いましたが魔力ですよ。霊力や妖力ではエネルギーとして不十分です」

「わかってるわー。魔理沙にでも補給させるから心配しなくても大丈夫よ」

 

 コタツの裏側に錬金術で作った魔力をため込む結晶が埋め込んであり、それに魔力を流し込むことで内部に保存して燃料としている。最大まで溜めればずっと使い続けてもそれなりに持つので、燃料切れになることはそうそうないと思われる。

 倉庫魔法で取り出した自作の急須、この前、魔法の急須と名づけたそれに水と紅茶の茶葉を入れて置いておく。三人分の湯呑みを用意して、急須から中の液体を注ぐと熱い緑茶が流れ出てきた。

 

「それも魔道具?」

「紅魔館は元々日本にあった建物ではないので、緑茶じゃなくて紅茶が主流なんですよ。私は緑茶が好きなので、紅茶の茶葉でも緑茶が楽しめるようにと思って作ったんです」

「ふぅん。水を入れたはずなのに数秒で湯気が立つほどのお湯になってるって、便利ね」

 

 天板に寄りかかって頬をつけている霊夢の顔の前にお茶を入れた湯呑みを置いて、二つ目を俺の右側に置く。寝転がってパラパラと本を読んでいたフランにお茶を入れたことを伝えると、ゆっくりと起き上がってきた。

 

「お姉さまー。私たちも人間換算だと、見た目は子どもで中身は大人だよね」

「大人というか、年月で判断するなら仙人でしょうか。普通の人間は五〇〇年も生きられませんし」

「そっかぁ……探偵やってみようかなぁ」

 

 なんて言いながら霊夢に続いてフランも緑茶を飲み始める。俺もズズズと口に含んで一息をついた。

 

「…………っていうかなんであんたら我が物顔でくつろいでるのよ」

「今更ですよ」

「気にしたら負けよー」

「はぁ、あんたら三姉妹は揃いも揃って……この前だって留守の間にレミリアと咲夜のやつらが勝手に神社に上がり込んで私のカップを割ったし」

「お姉さま、なにやってるんですか……」

「一応弁償はしてもらったから気にしなくていいわよ。それにしても、あんたらの中じゃレーツェルが一番しっかりしてるのよね。大変じゃない? 変な姉と妹を一人ずつ持って」

「全然大変じゃないですよ。お姉さまは頼りになりますしフランもすっごく可愛いです。私にはもったいないくらいですし」

「あー……そういやあんたらはそんなんだったわね。質問するだけ無駄だったか」

 

 その時、障子の向こうでトンッとなにかが落ちてきた音がした。霊夢はチラリと見ただけで特に反応せず、俺もその音の正体については大体の予想がついている。

 しばらくすると障子が開かれ、いかにも魔法使いと言ったいつもの恰好に加えて首元にスカーフを巻いた魔理沙が現れた。

 

「あ、魔理沙だ。こんばんわー」

「こんばんわです」

「おはようだぜ。珍しいな、こんな朝早くからお前ら二人が神社にいるとは。あと霊夢、今日は掃除してるフリすらしないんだな」

「フリじゃないわよ」

 

 フランの対面に腰を下ろした魔理沙が訝しげにコタツを眺め、「なんだ、これ」と聞いてきたので「コタツです」と。彼女は訝しげに足を入れて、その暖かさに瞼を瞬かせた。

 

「こいつはいいな。霊夢がここまでだらけてるのも頷ける」

「外の世界のコタツを参考にして作ったんです。魔道具作りが趣味の一つなんですよ」

「とことん香霖と気が合いそうだな。私のミニ八卦炉も魔道具の一つなんだが、あいつに作ってもらったんだ」

 

 コーンのように尖った三角帽子の中から小さな八卦炉を取り出しては見せつけてきた。それは初耳だ。本人からは主に拾った外の世界の道具を売っていると聞いていたけれど、そんなこともできるのか。

 そのままミニ八卦炉を帽子やスカーフと一緒に脇に置くと、私にもお茶をくれ、と催促してきたので、湯呑みを倉庫から取り出して緑茶を注ぐ。

 

「どうぞ」

「助かるぜ」

 

 魔理沙はお茶を半分ほど一気に飲むと、湯呑みを置いて小さく息を吐いた。

 

「あー、あったかいぜ。外もそろそろ暖かくなってこなきゃおかしいんだけどな。そうそう霊夢、気づいてるか?」

「なにが」

「吹雪に混じって桜の花びらが散ってることがあるんだ。まだどこにも桜なんて咲いてないってのに」

 

 これは異変じゃないか? と魔理沙が乗り出して問いかけた。

 

「早計よ。まだ春になって間もないじゃないの。いつもより冬がちょっと長いだけかもしれない」

「吹雪についてはそう言えるかもな」

「花びらについても、よ。例年ならそろそろ春だから、寒いのにも拘わらず花を咲かせちゃった桜がどこかにいるんじゃないの。見つかってないだけで」

「ふぅん、そうか。なら、とりあえずそういうことにしておくぜ」

「まだこいつらが異変を起こしてから一年も経ってないってのに二度目の異変はごめんよ」

 

 こいつら、の辺りで俺とフランを見てくる。俺は傍観を決め込んでいて、フランに至っては地下室にこもっていたので実際的にはなんの関係もないのに。

 魔理沙は「ふむ」と思案顔になると、両手の平を床につけて天井を見上げた。

 

「確かに、異変を起こすやつらが毎回こいつら並みに強かったら手に負えないな。前回は一応なんとかなったが、もう一度何事もなく解決できるかと問われても即答できん」

「第一おかしいのよ。なんであんなに強いのかしら。あんたらは新参でしょうが」

 

 フランと顔を合わせて、たぶん、二人して同じ要因を頭に思い描いた。

 

「霊夢と魔理沙は雪合戦って知ってますか?」

「あー? そりゃあ知ってるわよ」

「どのくらい前か忘れたけど、レミリアお姉さまが弾幕合戦って遊びを開発したの。原案はお姉さま、レーツェルお姉さまなんだけどね」

「弾幕? ほほう、どういう遊びなんだ?」

「本気で弾幕を撃ち合うの。美しさとか関係なしに全力で、当てるつもりで」

「あー……それは」

 

 魔理沙の顔が引きつっていた。スペルカードでさえ恐ろしい吸血鬼の弾幕が、自分に当てるためだけに放たれてくる光景を幻視したのだろう。

 

「弾幕は殺し合いにおいてはほとんどナンセンスです。ですから本気で当て合うことさえも遊戯にできます。吸血鬼の身体能力と反応速度、妖力や魔力があってこそですけどね」

「あんたらが避けるのが異常にうまいのはそのせいか」

「そうなりますね。いろいろ言われてますけど、スペルカードルールが導入されてからは私たちもちゃんと自重しているんですよ? お姉さまは本来なら放った弾幕をその時の速度を維持したまま自由自在に軌道を操作できます。フランは部屋を半分くらい飲み込む魔力をほんの指先程度にまで圧縮できますし、私も、供給がなくても半日は残り続ける弾幕を作ることとか可能です」

 

 どれもこれも美しく魅せるためではなく、当てるための技だからということでスペルカードでは使わないと決めている。弾幕合戦で培った回避等の技術は遠慮なく発揮させてもらっているが。

 例えれば、実銃と実弾での戦争を知っている軍人が、平和な国で一般人に混じってエアガンを手にサバイバルゲームをやっているようなものだ。一部の技術は流用できるけれど、やはりいろいろと勝手が違うという感じ。

 

「お前らの強さにはそんな秘密があったのか。ふむ、それなら一つお願いをしてもいいか?」

「ん、なんですか?」

「その弾幕合戦ってのに参加させてくれ……なんて無謀なことは絶対に言わないが、安全なところで見学とかさせてくれないか? 今後の参考にしたい。どんなものか見てみたいんだ」

「いいですよ。スペルカードルールが導入されてからはあまりやってなかったので、たまにはいいかもしれません。また今度やることになったら呼びますよ」

「頼んだぜ。どうだ、その時は霊夢も一緒に来ないか?」

「遠慮しとく。『せっかく来たんだからあなたもどう?』ってレミリアに誘われそう、というかやらされそうだもん」

「……そう言われると、私もちょっと行くのが怖くなったぜ」

 

 魔理沙が一瞬フランの方を向いたのは見逃さない。霊夢がレミリアにやらされるように、魔理沙がフランにやらされる事態も簡単に想像できる。

 

「さて、話をそろそろ元に戻しましょう。今回の長引いている冬が異変にしろなんにしろ、今は傍観を決め込むということでいいんですよね」

 

 聞いてみると、霊夢は少し考えてから天板に頬をつけた。

 

「そうねぇ。解決に行って無駄足だったら嫌だし、しばらくはコタツを楽しんでるのもいいわ」

 

 魔理沙もまた、向こう側で降っている雪を見通すように障子を見据えながら口を開く。

 

「霊夢の言っていた説も一理あるからな。それにそこまで気になっているわけでもない。家に読みたい本も溜まってるしな。お、そういえばフランはなに読んでるんだ?」

「大人から子どもになった名探偵の推理漫画」

「なんだ、それ」

 

 未だ外の世界で言うところの四月、急くには少々早いということか。

 目を瞑り、今後の展望について考えを巡らしていく。どこまで関わるべきか、どこで手を引くべきか。

 今回の異変の顛末を知っている以上、霊夢や魔理沙たちに多大な危険が及ぶような異変ではないことは理解している。しかしどんな可能性もゼロではない。吸血鬼異変でレミリアが死にかけてしまった時のように、俺が知らない間になにかが変わっている事態があるかもしれないことは否定できないのだ。

 すでに霊夢と魔理沙は俺の中で大切なものの二つだから、失いたくない、失わせない。異変が正史通りに解決されるならばそれに越したことはないが、もしも霊夢たちに命の危機が訪れそうになるようなことがあれば異変が解決できなくなろうとも全力で連れ戻す。そのことに躊躇をするつもりはない。

 小さく、心の中で"狂った帽子屋"としての決意を固め、渦巻き始めた不安を誤魔化すために一人口元に笑みを作った。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。