東方帽子屋   作:納豆チーズV

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二.冷気を纏う最強の妖精

 秋もほどほどに遠ざかり、今年もまたサザンカやシクラメンが美しく咲き誇る季節がやって来た。咲夜が季節に合う毒草を早速紅茶に混ぜてくるのはいつものこととして、俺やレミリア、美鈴にとっては久方ぶりの、パチュリーや咲夜には初めての『本来の冬』を迎えたことになる。

 一〇〇年と少し前から徐々に妖怪の力が弱まり始め、妖精も同様に数を減らして行ったのは周知の事実だ。人間が『力』を手に入れ科学を突き詰め、否定された存在は幻想となっていく。そしてここは幻想となった者たちが集う楽園の幻想郷なので、妖精は本当に溢れるほどにいる。

 桜が咲くほどの月になれば春を告げる妖精を筆頭に春にちなんだ妖精たちの活動が活発になり、夏も然り、秋も然り、冬も然り。本来の寒さに加えて季節にちなんだ妖精たちが騒ぎ出すさまがあってこそ『本来の冬』であると言える。なにせ妖精とは自然現象そのものの正体、大自然の具現なのだから。

 今もどこかで冬に携わる妖精が元気にはしゃいでいるに違いない、なんて思いながら、俺は一人でまた別の妖精と霧の湖の上空で対峙していた。

 夏にいれば便利と定評のある氷の妖精、かつてレミリアが異変を起こした際に霊夢が蹴散らした、妖精の枠を出かかっている妖精である。

 

「あたいの眠りを邪魔しやがって、許さないわ!」

「ごめんなさい。その、まさか湖の真ん中で寝てるなんて思わなくて……」

「言いわけ無用! 勝負よ勝負! この因縁に決着つけてやる!」

 

 妖精だけに身長は低く、俺と同じ位だ。白いシャツの上に縁のギザギザ模様が印象に残る青いワンピースを纏い、頭の後ろには青いリボンを付けている。髪型は軽くウェーブがかった薄い水色のセミショートヘアーだ。青い瞳は氷の妖精だけあって宝石のように綺麗で、彼女の背中には三対の氷晶が羽として浮いている。

 この妖精の名をチルノと言い、これまた東方Projectの登場人物の一人だ。霧の湖の付近を根城としているらしいのでいずれ出会うとは思っていたが、現在、俺は怒った彼女に指を差されていた。

 経緯は非常に単純で全面的に俺が悪く、「『光の翼』なしでの最高速度ってどれくらいでしょうか」と自分の影を日の当たる部分だけに纏わせて霧の湖上を高速で飛び回っていたことは記憶に新しい。吸血鬼は流水が大の苦手であるものの、飛んだ後に水飛沫が上がるのが妙に楽しくなってそこら中を動き回ってしまった。その結果、湖の真ん中で一部を凍らせて昼寝をしていたチルノに水をかけてしまったというわけである。

 はしゃぎすぎはよくなかったと反省しているし、もちろんチルノに悪い気持ちもあってお詫びならいくらでもしてもいいのだけれど、さきほどから勝負勝負と話を聞いてくれない。

 

「……しかたない、ですね。いいでしょう。何枚にしますか?」

 

 太陽が出ているから戦いにくいと言っても、さすがに妖精には負けない自信がある。ここはいったん彼女の希望通り戦闘を行って一度落ちつかせるべきだろう。

 フッと口元を緩めたチルノはかっこよく即答しようとして、なにも思いついていなかったらしく口をパクパクさせた。「うーん」と顎に手を添え考えに考えた後に電球が灯ったように顔を上げるとグッと拳を強く握る。

 

「一枚! あんたなんか一撃で十分よ!」

「わかりました。ところで、一つ提案いいでしょうか」

「なに? ふふんっ、さてはあたいの威光にビビったのね」

 

 妖精なのに吸血鬼を相手にしてここまで自信満々に宣言できるのは素直にすごいと思う。

 

「どう捉えてもらっても構いませんよ。私が勝ったら、あなたにきちんと謝罪する権利をくれませんか? あと、決闘後のひと時ということで私の家で冷たい飲み物でも飲みましょう」

「へ?」

「昨日の敵は今日の友、スペルカードを見せ合うということは自分の在り方を魅せるということです。それにせっかくご近所さんなんですから仲良くならないと損ですよ」

 

 紅魔館は霧の湖の畔に転移して来た建物だ。今後もこうして出会うこともあるだろうから、交流を深めておいた方が面白い。

 

「冷たい飲み物! ホントにくれ……ハッ!? そ、そんなものに釣られて負けてやったりなんてしないから! とにかく勝負よ!」

「わかっています」

 

 チルノは長い年月を生きている、らしい。ただ、やはり妖精だけあって基本的には頭が弱い。それは単にバカであると捉えがちであるが、逆に言えばいつまでも無邪気でいられるということで、多くの時を生きる上で日常を楽しむ心とはなによりも重視される。

 なんにせよ一度落ちつかせなければならない。チルノと距離を取り、魔法に少しでも影響を及ぼさせないように魔力は制限して、体内の妖力に意識を集中させた。

 

「始めましょう」

 

 互いに弾幕を作り出す。チルノは氷の妖精としての『冷気()を操る程度の能力』で空気を凍らせた氷結晶を、俺は妖力に指向性と形状を持たせた生物型弾幕を。

 そのまま一秒、二秒と時が過ぎていき、先に我慢できなくなったチルノが氷結晶を一気に発射してきた。小さな氷結晶がそこそこの範囲でまとまっているので、そのままとどまって小刻みに避けるのは少しばかりキツそうだ。

 今は昼なので弾幕を受けると影の日差しガードが解ける可能性があるからノーミスを心がけるべきだ。氷結晶は一つのグループになっているので大きく避ければ当たらない。

 チルノの周りを回るように飛びながらあらかじめ生成しておいた小鳥型弾幕を発射していく。重力の性質が付与された小鳥の形をした妖力弾が翼をはためかせていくのだけれど、これには重大な欠陥があった。小さいながら複雑な形状で重力に加えて翼を動かし風を発生させる――つまりは作り出すのにはそこそこの集中力を使わなければならず、その割には移動速度が実際の小鳥と同程度なために微妙。普通の弾幕を普通に撃った方が強いのだ。

 今まで実戦で使ったことがなく、いくら微妙でもなにかしらの有用性があるのかもしれないと期待してみたが、案の定妖精であるチルノにさえ簡単に避けられていた。生成が他と比べて時間がかかるために数が少ないのもマイナスしているようだ。

 小鳥型弾幕がまるで役に立たないので生成と発射を止め、次はどの生物で攻めようかと思考を張り巡らせる。

 

「ああ、もう! さっきからうろちょろとぉ!」

 

 チルノが弾幕の撃ち方を変えてきた。全体に適当妖力弾をばら撒きつつ、合間合間に三本の冷凍光線を三回連続で放ってくる。ただ、光線の三本のうち二本はチルノから見て左右三〇度辺りに広がっていってしまうため、実質的には一本だ。

 大きく回避して安全策を取ることはできなくなってしまったが、チルノは妖精の中では規格外と言ってもしょせんは妖精だ。全方向へ弾幕を撃てばその分だけ俺に向かってくる弾幕の密度は低くなり、その場にとどまっていても危なげなく躱すことができるようになっていた。

 そうして彼女の氷結晶や冷凍光線を避けながら、氷にちなんでペンギン型の弾幕を創造していく。大きさはさまざまで、指で摘まめそうなものから等身大のものまで。

 俺の生物型弾幕には動物の種類によって小さな特殊効果が設定されている。小鳥は例外として、例えばイルカであれば、なにかに衝突した時には大きく爆散して衝撃を周囲に散らすようになっている。ペンギンもまたイルカほどではないにしろ小規模の爆発を起こすが、本当の特殊効果は別に設定してあった。

 ペンギン型弾幕は互いに引き合うのだ。ゆえに、広げて放てば一定距離を進んだのちにすべてが一か所に集まり、それを引き金にして辺りに衝撃を撒き散らす。ペンギンが大きければ大きいほどに他のペンギン型弾幕を引き寄せる引力は強い。

 

「わ、わっ!?」

 

 その結果、放たれた無数のペンギン型弾幕は俺でさえも予測できない複雑怪奇な軌道を描いていく。

 巨大なペンギン型弾幕は引力が強いために他のペンギンを多く集め、しかし一発でも触れ合えば爆発を起こして引力を失う。そうなれば他のペンギン型弾幕の引力同士が強く作用するようになり、爆発し、また引力の方向が変わり、それが幾度となく繰り返されるのだ。

 宙のそこら中で起き続ける爆発や小刻みに軌道を変化させるペンギン型弾幕に混乱したチルノへ、容赦なくその弾幕が殺到した。どう避ければいいのか判断がつかなかったのだろう。何発か命中し、飛行がままならなくなって湖に落ちて行った。

 

「……さて、そろそろですか」

「あったまきたぁー!」

 

 ――"凍符『マイナスK』"。

 ばしゃんと飛び出てきたチルノの妖力が高まり、彼女を中心にして均等になるように三方向へと楕円型の妖力弾が射出された。少しずつ撃つ方向が変わりながら連続的に放たれてはいるものの、それだけなので首を傾げる。しかし一番最初に撃ち出されていた弾幕が急激に氷塊と化してからはその余裕もなくなった。

 急激に凍りついたために弾幕に亀裂が入り、破裂する。それにより内部の妖力が無数に分裂して最小限にまで縮小し、さらには氷として形をしっかりと保ちながら放射状となって俺に向かってくる。その場にとどまって小刻みに避けるなんて選択をした日には俺もただでは済まないことは確実だ。

 普通の妖精にこんな強力なスペルカードは使えない。やはり種族最強は一味違うか。

 

「……あー」

 

 しかし、避けようと実際に動き始めてから気づいた。次々と楕円妖力弾が凍っていき、何度も何度も破裂を繰り返すために一方向を制圧する性能は素晴らしい。けれどもよく見れば、一定の距離を進んでから氷塊になっている。つまりはチルノの近くにいれば三方向に広がる楕円型弾幕を避けるだけになり、簡単に攻略できそうなのだ。そうでなくとも三方向にしか撃っていないので単純に空間を制圧し切れていなかった。

 弾幕が一切放たれていない安全地帯に身をすべり込ませれば、考えていた通りにほとんどチルノの弾幕に動かなくなった。三方向の弾幕では支配し切れていない空間上を慎重に移動し、残り数メートルというところで小鳥型弾幕を彼女へと飛ばした。

 

「あたっ!?」

「もうちょっと射出の方向とか密度とかを調整すればかなり強力なスペルカードになると思うんですが……」

 

 一度はすごいと感じたが、わかりやすすぎる安全地帯があるせいで攻略がかなり簡単になってしまう。チルノと言えどやはり妖精は妖精だった。

 小鳥が額に当たって再び湖に落ちて行く彼女を、水面に当たる前に飛び寄って抱え上げる。

 

「私の勝ちです」

「きょ、今日は調子が悪かっただけだもん。あたいが本気を出せばあんたなんてコテンパンよ」

「でも今回は私の勝利です。ですから、賭けの内容を実行しましょう」

 

 そのままに紅魔館へ向かって飛んでいく。約束通り冷たい飲み物を提供するのだ。そのことをチルノも思い出したのか、負けたのにも拘わらず目がキラキラとしだした。

 

「ごめんなさい」

「へ? なに?」

「あなたの睡眠を妨げてしまったこと、本当に悪気はなかったんです。賭けの内容として謝罪するなんて卑怯ですが……許してくれませんか?」

「え? …………あー! そういえばそんなこともあったような!」

 

 いや、そんな反応されてしまうと真剣に悩んでた俺がバカみたいなんですが。

 

「今のあたいは気分がいいから許してあげるよ! ふっ、あたいったら最強ね!」

「ありがとうございます」

 

 最強は関係ないと思うけど。

 幸せそうに鼻歌まで歌い出す冷たい妖精を腕に抱えながら、小さく肩を竦めた。

 こうして元気いっぱいな彼女を眺めていると、こっちまで楽しくなってくる気がする。妖精は総じて悪戯好きで人間は非常に迷惑しているらしいが、大きな力を備えた吸血鬼である俺にとっては微笑ましい存在だ。

 騒いでいるチルノに相づちを打ちながら、どんな飲み物を上げれば喜ぶだろうかと思考を巡らせていった。


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