東方帽子屋   作:納豆チーズV

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Kapitel 4.新たな日常は緩やかに
一.博麗神社へ初めての訪問


 天高くには忌々しき太陽がそびえ、しかし少し前までと比べるとその輝きも鈍ってきた。それに合わせるかのように木々の葉も生気が抜け落ち地へと落ち、火でも放とうものなら簡単に火事が起こせそうな季節になってしまった。

 霊夢と魔理沙にタッグ戦を挑んだ日以来、一か月ほどは館内や館の付近にフランを連れ回っていた。働く妖精メイドたちの姿を見せたり、パチュリーや咲夜、美鈴たちと交流を深めさせたり。レミリアがそんな俺とフランを見て目を丸くしていたのが印象的だった。

 フランも一緒に館に訪れるルーミアや紫と遊んだり、外に連れ出して一緒に星を眺めたり、たまには地下室で一緒にお休みもしたりした。

 

「というわけで、せっかくあれから一か月も経ったので今日は博麗神社にお邪魔しに来たというわけです」

「帰れ。今すぐ」

 

 霊夢になんで来たのかと聞かれたので答えてあげたのだが、即行で突っぱねられてしまった。

 博麗神社――幻想郷のもっとも東に建っており、今のところは幻想郷で唯一の神社だ。ただし幻想郷と外の世界をつなぐ博麗大結界の境目に位置している関係上、実は外の世界にも同じような建物があるので、厳密に言うなれば幻想郷に建っているというわけではない。

 ちょっと前に紫から聞いたところによると神社の周辺に広がる森が結界の役目を担っているらしい。木々の並びで結界を形成しているんだとか。また、結界の狭間にあるために外の世界のモノ(人間も例外ではない)も結構流れてくるため、それを欲しがる蒐集(しゅうしゅう)家も多く集まる。

 神社に来た時、霊夢は境内の掃除をしていたので今は俺も予備の竹箒を借りてそれを手伝っている。影の魔法で一掃してもよかったのだが昼間ではあまり効率がよくないし、人の手が容易に及ぶ範囲であれば手間をかけた方が達成感があるというものだ。

 ふぅ、と一息ついた霊夢が鳥居の台石に腰かけると、「大体」と神社の縁側を指差した。

 

「なんであんたら三人一緒に来るのよ。ここが悪魔が住み着く神社とか言われたらどうしてくれるの?」

「大丈夫ですよ。どうせ私たちがいなくても妖怪神社と呼ばれますから」

「それは大丈夫って言わない」

 

 賽銭箱やら本坪鈴辺りから垂らした縄やらがある横の縁側では、フランとレミリアが二人で将棋を指している。ちなみにフランの方が押しているようで、挑発的な笑みを浮かべる三女と「ぐぬぬ」と悔しそうに顔を顰める長女の構図になっていた。

 フランは推理小説が好きな影響か意外に頭がいい。この勝負も前回と同じように、諦め切れないレミリアが最後まで粘ってフランに王将以外のほとんどの駒が取られる終わりになると予想した。割とひどい。

 

「はぁ、昼間なのにねぇ。雨でも降らないかしら」

「平和でいいじゃないですか」

「心の平和も欲しいわね」

 

 割とのんきにしてるだろうに。

 吹いてきた風のせいで落ち葉が参道の上に戻ってきたのを眺め、これは終わらないなと肩を竦める。ついでに、その肩から伸びている黒い物質の様子を確認した。

 自分の影を傘状に見立てて伸ばし日差しを防いでいる。レミリアやフランは日傘を使わねばならないために、太陽の下で誰の手も借りず両腕を解放できるのは俺だけだ。

 それでもいちいち魔法を使うのは手間がかかる。近いうちにローブやらを編むなり買うなりしようと考えていた。

 

「そうそう、まだ名前を呼んだことありませんでしたよね。霊夢でいいですか? 私のこともレーツェルかレーテで構いません」

「好きに呼んでいいわよ。名前を覚えるかどうかは別として私も適当に呼ばせてもらうから」

「了解です」

 

 ふと、霊夢がなにかに気づいたように空を見上げた。

 

「よう、今日の神社はずいぶんとまがまがしいな。邪神でも沸いてきそうだぜ」

「ホントに出て来そうだからやめて」

 

 やって来たのは竹箒に乗ったいかにも魔法使いらしい恰好をした人間、霧雨魔理沙。参道に降り立つと縁側にいる二人と俺を交互に見ては物珍しそうな顔をしている。

 

「おはようございます、魔理沙」

「ああ、こんにちわだ。この前の魔法談義は楽しかったぜ。またあったら誘ってくれ」

「もちろんです。歓迎しますよ」

 

 霊夢と会うのは今日が二度目であるが、魔理沙とは何度も交流を重ねている。一番近い記憶を掘り返せば、俺とフランにパチュリーと魔理沙で魔法について語り合った日が頭に浮かんだ。

 しかし、と魔理沙がジトっとした目で霊夢を見た。

 

「お客さまに掃除を手伝わせて自分は休憩か。いいご身分だな」

「手伝いたいって言ったのはレーツェルよ」

「で、手伝わせたのは霊夢だろ? 竹箒持ってるしな。他人にやらせてる以上は自分もがんばらないと面目が立たないぜ?」

「……はあ、わかったわよ。やればいいんでしょやれば……レーツェル、ありがとう。助かってるわ」

「どういたしましてです」

 

 霊夢が掃除を再開し、彼女が座っていた台石の位置に堂々と魔理沙が腰を下ろした。今度は目元を引くつかせた霊夢が彼女に目を向けていたが、意にも介さず素知らぬ顔で両手を頭の後ろに回して柱に寄りかかっている。

 

「お姉さま! 私が勝ったわ!」

「ん、おめでとうございます。信じてましたよ」

 

 将棋の決着がついたらしく、日傘を投げ出しそうな勢いでフランが俺たちの方に近寄ってきた。

 台石に座る少女を見ては「魔理沙おはよう」、「こんにちわだぜ」。二人が会話をしているうちに霊夢に「ちょっと休憩もらいます」と一言告げて縁側の方に歩いていく。

 俯いているレミリアに近寄って将棋盤を覗き込んでみると、なるほど、盤上のレミリアの駒は歩が四枚に銀に香車と桂馬が一枚。これはまた手ひどくやられたみたいだ。

 ぽんぽんと肩を叩くと、ガバッと俺の胸に飛び込んできた。

 

「うー……このままじゃ姉の威厳がなくなっちゃうわ……」

「大丈夫ですよ。私の中でもフランの中でも、昔からお姉さまへの印象は変わっていませんから」

「…………それはそれで困るんだけど。っていうかどういう意味なの?」

「そのまんまですよ」

 

 涙目のレミリアを落ちつかせて縁側に座り直させる。

 鳥居の方が騒がしいので二人して見てみれば、はしゃぐフランと冷や汗を流している魔理沙、ニヤリと口の端を吊り上げた霊夢が窺えた。耳を澄ますと、どうやらフランが魔理沙に弾幕ごっこを挑んだらしい。一人ではキツいと判断した魔理沙が霊夢に助けを求めたところで「私はお客さまに手伝ってもらっている身だから掃除しないとだしねぇ」。鬼である。

 三人のもとへ向かって歩き出すと、背後からは日傘を開いたレミリアがついてくる音がした。

 

「フラン、ダメですよ。今は昼間じゃないですか。弾幕ごっこなんてやったら具合が悪くなっちゃいます」

「むぅ、それもそうね。夢中でそこまで考えが及ばなかったわ」

 

 あの一件以降、どうやらフランは魔理沙を慕っているようでたびたび遊びに誘っている。大図書館で魔法についての意見交換なども話し合うことがあり、紅魔館のメンバーの次に仲が良さそうだ。

 そうは言っても、紅魔館以外のフランの知り合いとなるとかなり限定されてくるのだが。

 

「助かったぜ、レーツェル。お礼に今度キノコでもやるよ」

「いらないです」

「そうか? いつの間にかこいつに生えてたやつとかやるぞ? 他に類のない固有種だ」

 

 こいつの部分でいつも飛ぶ際に使っている竹箒を持ち上げた。そんな怪しげなキノコは余計にいらない。食べないのはもちろんであるが、キノコを燃料にした魔法を使う予定は今のところない。錬金術で分解して成分を研究すれば面白い結果が得られそうではあるが。

 不意に強い風が吹き、魔理沙は帽子を押さえてフランとレミリアは日傘を強く持ち直す。終わった頃には参道に新たな落ち葉が転がっていて、とても大きなため息を霊夢が吐いた。

 

「あー、もう! やってらんない! レーツェル、もう掃除はいいわよ! 今日はもう働かないから!」

「風が強い日ですし、しかたないですね。積もりすぎないように管理はしないといけないとは思いますが」

 

 今日もサボるのか、と魔理沙が苦笑していた。博麗神社は森に囲まれているから落ち葉がよく流れてくる。どのみち境内から落ち葉をすべてなくすなど無理な話なのだ。

 竹箒を柱に立てかけて魔理沙の隣に再び座り込んだ霊夢は、両手を台石について俺たち三姉妹に視線を送ってくる。

 

「あんたらは館の掃除とかどうしてるの? 地下の廊下も廊下のくせにすごく複雑で長かったし、その割には埃はあんまりなかったけど」

「咲夜や妖精メイドたちがやってくれるんですよ。広すぎて手が足りないんですけどね」

 

 時間を止めなきゃやってられないと咲夜も言っていたし、メイドは未だ募集中だ。吸血鬼の館で働こうなどと考える人間はおらず、ほとんどの妖怪は悪魔を嫌っているし、幽霊は仕事なんてできない。結局残るのは妖精だけになるのだけれど。

 

「そうそう、前々から不思議に思ってたんだよな。お前らの家って見た目よりはるかに広くないか? どこもかしこもスペルカードで遊べるくらいだ」

「あー、それは私も気になってた。迷うくらいよあれ」

 

 その疑問に答えたのは俺ではなく、ふふんと鼻を鳴らしたレミリアだ。

 

「咲夜は時間を操る能力を持つ優秀なメイドよ。時間を操るとは、すなわち空間を支配することと同義。咲夜の能力で館の中は拡張されてるの」

「ふぅん。自分でそんな風にしておいて手が足りなくなるなんて、完璧に見えてあいつも抜けてるところがあるのね」

「霊夢は咲夜と結構会ってるの?」

「あんたらの長女が連れてくることがあるのよ」

 

 霊夢はフランの質問に返答すると、ふいと思い出したかのようにレミリアをビシッと指差した。

 

「そうそう、あんたらにやられた後は大変だったのよ。私は人間だからあんたらと違って腕が治るのに日数かかるし、風呂に入ると怪我にお湯がしみるし、大体なによ開幕のあの槍みたいなの。あんなの当たったら死んじゃうじゃない。反則よ反則」

「あら、自分が動けないデメリットがあるとは言え、一対一ならともかく二対一で動きを止めたりしてくるのは反則じゃないのかしら。レーツェルたちとの勝負でも問答無用で同じことをしたり、結界とか追尾弾とかたくさん使ってたって聞いたけど」

「ああ、あれはひどかったな。さすがの私も引いたぜ」

「なによ魔理沙まで。あんただってレミリアとの決闘で弾を撃ち落とすとかやってたでしょうが。普通の弾幕ならいいかもしれないけど、スペルカードのそれを躱しもせず打ち消してどうにかするなんて反則に近いじゃない」

 

 あーだこーだと言い合う二人の人間と我らが長女を眺め、フランと顔を突き合わせた。自分たちは違反染みたことをしてないかと記憶を探ってみたが……そういえばイルカ弾幕で魔理沙のスペルカードに穴を開けたりしていた。魔理沙のように回避できないからと撃ったのではなく攻略のために攻撃をしたのだけれど、今後の反省に活かすに越したことはない。

 フランは「うーん」と考え込んでいる辺り、そういうことはしていなさそうである。この場で唯一まともなのが一番世間知らずな我が妹とは、なんともまぁ幻想郷は常識に囚われていないようだ。

 ふと、霊夢たちとレミリアを見て思う。人間と悪魔がこんな風に話し合う世界なんて、どれだけ時代をさかのぼってもこの幻想郷だけだろう。

 そうしてこの日を境に、神社に悪魔がもう二人訪れるようになったらしい。


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