東方帽子屋   作:納豆チーズV

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一八.ほんの少しだけ心を開いて

 魔理沙がミニ八卦炉から魔力を収めているのを横目に、霊夢たちがこっそりと話し合う前、魔理沙が短期決戦を心がけるべきだと言っていたのが頭をよぎった。一対一で戦うように仕向けてきたのはどうにもおかしいと感じてはいたが、なるほど。一度両方を引き離し、あとで二対一になるように素早く合流する手はずだったのか。

 少し想像すれば容易に思いつく策だったのに、まんまと引っかかってしまった。フランがこちらに向かってくる気配もあるから、彼女が来るまでに二人がかりで俺を仕留めるつもりなのだろう。だとすれば俺はフランが戻ってくるまで耐え切ればいい……いや、そんなのは美しくないな。

 自分が思う美しさを体現せよ。フランにスペルカードを教えたのは俺なのだ。ここで二人に全力で挑まずして美しき勝利が得られようか。教えた側としてスペルカードがスペルカード足るゆえんは理解している。

 策にはめられたというのなら、その上でそれを打ち破る。その方が美しい。美しくあろうとしなければ、スペルカードで勝利することになんの意味も価値もない。

 ――"神霊『夢想封印』"。

 霊夢の霊力がこれまでにないほど強烈に強く輝くと、彼女の周囲に圧倒的な封印の力が施された霊力弾が八つ形成された。"童話『赤ずきん』"で魔力狼に放っていた似ている技よりも明らかに強力になっている。

 下手な対処をするわけにはいかない。あれだけ封印の力が鮮烈な技だ。一発でも当たれば怯みが生まれ、連鎖的に残りの七発も食らうことになる。

 未だ続いている猫の獣人モード、そして吸血鬼の身体能力を最大限に生かすために近くの壁に張りついた。飛ぼうとする力を壁に引っつこうとする重力にも似た力に変えて、まさしく猫のごとき素早さで駆け回る。

 大型封印霊力弾をサポートするかのように投げ込んでくるお札さえもしっかりと避けながら、床、片側の壁、果ては天井と縦横無尽に足がつけられる場所すべてを足場にした。

 このまま逃げ続けるつもりなど毛頭ない。俺は、自分を追尾している大型封印霊力弾を魔理沙に当てる心づもりで移動している。げんに魔理沙との距離はかなり近づき、そして今、飛び上がってその背後に回り込んだ。

 

「かかったな」

「にゃっ!?」

 

 俺がここにたどりつくまでに霊夢しか攻撃してこなかった疑問が判明する。魔理沙は、大型封印霊力弾の対処法にレーツェル・スカーレットが『私の背後に回る』と予測し、あらかじめ後ろ手でミニ八卦炉を構えていたのだ。

 ――"恋符『マスタースパーク』"。

 いくら猫の獣人モードと言えど、来ることがわかって準備されていた攻撃など避けようがない。俺にバレないように魔力を動かしていたためか威力は控えめであるが、それでもそれは咄嗟に準備した魔力の爪程度では決して掻き消せないものだ。

 これは受けなければならない。そう判断した直後、俺の体が誰かに横から突き飛ばされた。

 

「フランッ!?」

 

 魔理沙とフランの間にはかなりの距離があったのに、どうやって。その疑問はフランの姿を確認した瞬間、正しくはレーヴァテインを握るのとは逆の手から赤い魔力が多く漏れ出しているのを目撃した瞬間に解消された。彼女もまた後方に魔力を放出し、推進力を得ることで速度上昇を図ったのだ。

 

「レーヴァ、テインッ!」

 

 ――"禁忌『レーヴァテイン』"。

 そして俺を助けると同時にスペルカードも発動していた。両端がスペードの形をしたぐにゃりと曲がった棒、レーヴァテイン。それを掲げると、振りかぶったその先端から莫大な赤い魔力が漏れ()でる。

 俺を退けさせたフランのもとに今まさに迫っていたマスタースパークへ、間に合うかどうかのギリギリでレーヴァテインを叩きつけた。

 

「うおっ!?」

 

 多少太くても威力控えめ気味な魔力光線では吸血鬼の全力がこもった一撃は受け切れず、すぐさまレーヴァテインがマスタースパークを押しのけた。しかし身の危機を察知したらしい魔理沙が即行でスペルカードを解除して横に飛び避けたため、攻撃を当てるまでは行かない。しかしそれでいい。俺に当たるはずだった弾をフランが引き受け、そしてフラン自身も無事であるということは最良とまで言える結果なのだ。

 

「助かりました。フラン」

「うん。ねぇ、お姉さま」

「なんですか?」

「信じてるわ」

 

 それだけ告げて魔理沙の方へ突っ込むと、俺を庇うような位置でレーヴァテインを振り回し始めた。

 改めて前を向けば、そこには俺を追尾して迫る八つの大型封印魔力弾がある。魔理沙に当てる作戦は失敗し、けれどもフランが魔理沙の相手をしてくれるようになったおかげで大型封印弾のみに集中できる。

 

「……信じられてあげます」

 

 俺ならば正面からこれを打ち破れるとフランは判断したのだ。それでは期待に応えるとしよう。猫の獣人モードで小細工を弄するのではなく、また別のスペルカードで。

 ――"神刃『ジャブダ・ベディ』"。

 

「その程度の速さで、この私を捉えることができますか?」

 

 猫の獣人モードを解除すると、魔力と妖力を練り上げて、徐々に翼に流していった。染み渡らせるように翼の根元から先端までじっくりと。

 そうして動かず、大型封印霊力弾が残り一メートルで当たるというところで『光の翼』を具現化させた。

 音を越える。

 口にするだけならばあまりにも簡単な、しかし実際に行うとなれば決して生易しいものではない。能力で無効化しているから平気であるとは言え、本来ならば空気の壁は我が身さえ傷つけ、発生する衝撃波は辺りを大きく巻き込んでしまう。それはまさに天災と言っても過言ではないほどに凄烈だ。

 吸血鬼でさえ知覚が困難な速度を完全に己が物として、俺は八つの霊力弾の周りを縦横無尽に大きく何周も飛び回った。一緒に魔力弾と妖力弾もバラまいているから、今は大量の弾幕が大型封印霊力弾の周りを埋め尽くしている状態だ。

 何百周とする頃には最初の弾が大型封印霊力弾に衝突し、何千周とする頃にはその数十倍の弾幕が殺到していた。大型封印霊力弾は、標的が速すぎて追尾し切れていないようであった。周りを回り続けられるがためにその場に留まり、ただ俺の弾幕を受け続けている。ちなみに目が回らないように自身に魔法をかけていたりもする。さすがに数秒で何百何千と回っていては吸血鬼と言えど気分は悪くなる。

 たったの数秒、もしくは数十秒。ただしあまりにも濃厚でバカげた速さ。追いかけられず一か所にまとまった八つの大型封印霊力弾へ、スペルカードの最後として俺自身が突っ込んでいった。

 全身に魔力と妖力を纏い、全身全霊の一撃を大型封印霊力弾へと叩き込む。それまでに俺の弾幕を数多く当てていたこともあり、容易く残りの力が霧散して消えていった。

 これが"神刃『ジャブダ・ベディ』"。まずは知覚できない速度を持って相手を取り囲むように無数の弾幕を設置し、一定時間経過後に最後の仕上げを打ち込む。そしてその最後の仕上げとは、俺自身が弾幕になることだ。

 

「……さすがに驚いたわ。小細工なしでそれを攻略できたのはあんたが初めてよ」

 

 魔理沙が霊夢のもとに戻り、フランが俺の横に並ぶ。二対二で相対し、霊夢が目を見開いてそんな感想を述べた。

 

「だってよ。よかったな、霊夢にしては珍しく本気で驚いてるみたいだぞ」

「どういたしまして、でしょうか。私も魔理沙には驚かされましたよ。まさか後ろに回るのが読まれていたなんて」

「咲夜から似たようなことされたって霊夢から聞いてたしな。こう、ビビッと来たんだ。それより私はフランのその変な棒に驚いたぜ。なんだあれ。私のファイナルスパークでも勝てるかどうかってくらいだ」

「えっと、どういたしましてでいいのかな。ふふん、なんと言っても私の自信作だもん。そう簡単には破れないよ」

 

 そんな会話をして魔理沙とフランが笑い合う中、唯一霊夢だけが不満そうに頬を膨らませていた。

 

「霊夢の封印のアレもすごかったですよ。食らったら絶対にただではすみませんでした」

「あんな簡単に攻略されてそんなこと言われてもねぇ」

「あのスペルカード、私の切り札の一つなんですよ。赤ずきんみたいなお遊びでも長靴をはいた猫みたいな制限をつけたものでもない、私のこの翼のすべてが込められているんです」

 

 逆に言えばそれを使わなければ対処し切れないくらい、大型封印霊力弾が過激であったということだ。

 霊夢にしてみれば今の言葉は嫌味に聞こえるのかもしれないが、俺は純粋に賞賛している。そのことには彼女も気がついているらしい。はぁ、と小さくため息を吐いていた。ちょっとだけ嬉しそうに見えたのは幻視ではないと思いたい。

 

「それにしても作戦失敗ね。どうするの、魔理沙。また二対二になっちゃったわよ」

「そうだなぁ。同じ作戦は二度も通用しないだろうし、他の策は……悪いがすぐには思いつきそうもない。霊夢はどうだ?」

「あいにくと私もよ。あの二人の弾幕を避けながら考えるしかないわね」

 

 短期決戦にしたいという彼女らの魂胆はすでに破綻している。俺たちが揃った時点でそれはもう不可能なのだ。最後まで一緒に遊び尽くすしかない。

 フランと視線を合わせ、頷き合うと、二人して耐久型――制限時間内を回避し続けることでしかほぼ攻略法がない仕組み――のスペルカードを取り出した。

 ――"童謡『ハンプティ・ダンプティ』"。

 ――"秘弾『そして誰もいなくなるか?』"。

 霊夢と魔理沙は諦めていないだろうから、きっとまだまだ遊戯は続く。どれだけ時間がかかってもいい。もっとたくさんの、もっといろんなものを見せてくれ。悪いけど、このまま終わりを迎えるまで付き合ってもらうとしよう。

 

 

 

 

 

 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □

 

 

 

 

 

「行っちゃったね……」

 

 フランが名残惜しそうな声音をしていたので、また遊んでもらえばいいんですよ、と彼女の頭をゆっくりと撫でる。

 見事俺たちの耐久スペルを耐え切った二人とさらに何度かのスペカの応酬を重ねた後、魔理沙が降参だと両手を上げて降伏を示した。体力や気力の限界、そしてなによりも魔力がそれ以上は持たないのだという。霊夢はまだまだ霊力には余裕があったようであるが、さすがに一人で二人の相手をしてもらうわけにはいかない。魔理沙は自分たちの負けでいいと言っていたが、仕留め切れなかったこちら側としてはそんなのは気分がよくない。引き分けということで落ちつけておいた。

 霊夢と魔理沙を見送り、そこら中に穴が空いた廊下を見ては妖精メイドたちに謝りたい気持ちになる。絶対に修理を手伝おう。なにせ俺も惨状を引き起こした原因の一人だ。

 

「……お姉さま、一つ、お願いごとしてもいい?」

「いいですよ」

「そうじゃなくて……いつものように軽いのじゃなくて、本当に真剣なお願い」

 

 気づけばフランは、まるで自分の中でなにか大きな覚悟を固めたかのように、俺の顔を見つめてきていた。撫でられて、いつもなら気持ちよさそうに細まる目も、今はその陽気さが欠片も見当たらない。

 そんな空気に当てられて、彼女の頭から手を離した。余計なことを考えていた思考をシャットするために少しの間だけ目を閉じて、再度開けた時に「言ってください」とフランに臨む。

 

「私、地下室の……ううん、この館の外に出てみたい。この世界がどんな形をしてるのか、お姉さまがどんな暮らしをしてるのか、この目で見てみたい。そしてその上で、私の意思で動いてみたいの」

「あ――――」

 

 少なからず予想はしていたことだったが、どうしても驚愕が抑え切れなかった。なにせ軽い考えから来た発言ではないことが容易く実感できるくらい、フランの瞳は強く純粋に透き通っていた。

 ここまで強く、純粋になにかを求めてきたことは、今までに一度もなかった。

 

「私、お姉さまのこととか本当はなんにも知らなかった。だから、もっとたくさんのことを知りたいの。もちろん絶対に『イイコ』でいる。お姉さまが言うことは全部聞くし、お姉さまの邪魔はしないし、能力だって勝手に使わないわ」

「フラン……」

「……嫌だけど、でも、ワガママだって、それ以上はもう言わないから。お願い、お姉さま。これからは、私も一緒に外に連れてって?」

 

 原作でもそうだったからだとか、手加減の修行は完璧だからだとか、そんな理屈的な理由は俺の頭から抜け落ちていた。

 俺は両親とその眷属、そしてフランへの償いと贖いのために生きてきた。フランに狂気を宿した原因は俺なのだからと、責任を果たすために過ごしてきた。その罪の意識が後ろめたさを俺に与え、それが阻害していたせいで、一番安全だと判断できる今日に至るまで彼女を外に連れ出そうとしなかった。

 フランを信じる。今ここで必要なのは、それだけだ。

 もしかしたら後悔することになるかもしれない。地下室に四九五年もいさせて大切なものを守れていたのだから、今のままが本当は最善なのかもしれない。でも、フランだって俺の大切なものの一つだ。

 元々連れ出す気だったとか、そういうんじゃなくて、信じるんだ。フランドール・スカーレットという自分の妹を。

 ――うん。ねぇ、お姉さま。

 ――なんですか?

 ――信じてるわ。

 ――……信じられてあげます。

 

「わかりました」

 

 フランは『イイコ』でいると言っている。俺の言った言葉も守ると言っている。能力を使わないとも言っている。最初の五〇年はちょっと興奮するだけでやたらめったら辺りを壊しまくっていたけれど、ここ最近はそんなもの影も形もない。信じなければならない。フランが俺を信じたように、俺も少しは本当の意味でフランを信じなければならない――信じてみたい。

 自分の中でそんな結論を出して、フランの頭にそっと手を置いた。

 

「……さっき、私の言うことはなんでも聞くって言いましたよね」

「え? うん、まぁ」

「では早速一つ。お姉さまのことを時たま『あいつ』って呼ぶのはやめましょうか」

「むぅ……しかたないなぁ。わかったわ。お姉さまは本当にレミリアお姉さまが好きだよね」

「私にとっては天使みたいなものですから」

「悪魔なのに?」

 

 よくよく考えれば、天使は人間にとっては至高の存在であろうが、悪魔にとっては天敵みたいなものなのかもしれない。それなら悪魔という表現の方が正しいのかな。いや、俺も悪魔だしフランも悪魔だ。それならレミリアは……。

 

「邪神?」

「……お姉さま、たまによく変なこと言うね」

「いえ、真面目に言ってるんですが……」

 

 悪魔にとって至高の存在と言えば邪神とか魔王とかだろう。なにがおかしいのか。本気でわからない、と首を傾げる俺に、フランは「お姉さまらしいけどね」と苦笑を浮かべていた。

 少しだけなら、救われてもいいのかな……?

 頭に置いていた手で撫でると心地よさそうに彼女が擦り寄ってきて、張り裂けそうな痛みを与えてくる胸の穴を埋めてくれるようだった。




今話を以て「Kapitel 3.幻想が遍く世界で」は終了となります。
紅魔郷メンバーの全員の勝負を書くのは予想以上に骨が折れたので、「Kapitel 4」以降はもうちょっと大人しくしていようと思います。
あとはスペルカードばかり使いすぎで通常弾幕がほとんどないことと、霊夢さんが反則気味なので、次回以降はそれも改善していきたいです。

「Kapitel 4」は霊夢たちとの交流、香霖堂への訪問、今までずっとスルーしてきたチルノとの出会いなどができればと考えています。
あくまで予定なので狂う可能性は大きくありますが、次回からもどうぞよろしくお願いいたします。

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