東方帽子屋   作:納豆チーズV

41 / 137
一六.狂い咲く悪魔の太陽

 ――"禁忌『クランベリートラップ』"。

 フランは魔法陣を具現化させ、そこら中に解き放った。それぞれ適当に飛び回りながら魔理沙を狙った弾を連続で放ち、そのどれもがゆったりとした速度だ。それだけで見れば回避は容易であるものの、魔法陣は常に移動しているために避け方を間違えれば一度回避した弾幕にも当たる危険性がある。魔法陣が重なり合うことで数が増えたり合体したりと、宙を動く規則性が読みにくい。

 ――"黒魔『イベントホライズン』"。

 しかし魔理沙も同様に自らの周囲に魔法陣を展開させていた。フランが少なくて二、多くて六なのに対し、なんと魔理沙は一〇個も魔法陣を作り上げている。フランと違うところはすべてが規則性を持っていることであり、発動者を中心に渦を巻きながら広がっていく。魔法陣の通った場所には小さな星屑が滞在していた。

 互いのスペルカードが激突する。両者とも自分から攻撃せず、魔法陣同士の激突であった。フランのそれがあらゆる方向から弾幕を放ち、魔理沙のそれは圧倒的な物量ですべてを防ぐ。

 その均衡を破ったのは魔理沙の方だった。

 彼女の魔法陣が四人全員を囲い込むほど広がった途端、星屑のすべてが魔法陣とは逆の回転を描いて魔理沙の方へと集まり始めた。かと言って魔法陣の活動が停止するわけでもなく、むしろさきほどまでよりも大量の星屑を放出し始める。

 

「ちょっと! 私も巻き込まないでよ!」

「そんなこと言われても共闘を前提にしたスペルカードなんて作ってないんだよ。自分でどうにかしてくれ」

「もうっ!」

 

 チームワークが大事云々はどこに行ったのか。通常は周り全員が敵なのだから、全体に攻撃するスペルカードが間違っているわけではないのだが。

 さて、そろそろ俺も行動を起こそう。魔理沙のスペルカードは星屑の数が多すぎて、本人にまで攻撃を通すにはある程度以上の威力がなければ不可能だ。ここは俺がフランの"禁忌『クランベリートラップ』"をサポートするとしよう。

 魔力を練り上げ、五匹のイルカ型魔力弾に造形した。行け、と魔理沙へ指を向けると、星屑のブラックホールに逆らわないように回転しながら対象へ接近していく。

 

「なんだこれ!? 動き気持ち悪っ!」

 

 魔理沙の何気ない一言にガーンッと傷つきかけたものの、そういえば幻想郷には海がなかったんだったか。川はあるから魚は知っているだろうが、イルカのように水中で活動する哺乳類は見たことがないはずだ。

 気を取り直し、前を向いた時はすでにイルカが爆散して魔理沙を囲む大量の星屑に穴を開けたところだった。フランを横目で見れば力強く頷いて、作られた空虚に"禁忌『クランベリートラップ』"の魔法陣の弾が集中する。

 

「おっと!」

「むぅ」

 

 スペルカードを中断した魔理沙が間一髪で回避した。相手を徐々に追い詰めるためにわざと遅くした仕掛けが今回はあだになったというところか。

 けれどこの隙を見逃す手はないとフランと一緒に弾幕を生み出そうとして、不意に背後から霊力の高まりを感知する。心の中で謝りながら即座にフランを突き飛ばし、次の瞬間には俺は四方を線で囲まれた不思議な空間に囚われていた。

 ――"神技『八方鬼縛陣』"。

 

「魔理沙、あの技早く!」

 

 どうやらいつの間にか霊夢に後ろ側へ回られていたらしい。警戒はできるだけ怠らないようにしていたはずだけど……そういえば彼女には『空を飛ぶ程度の能力』があった。つまりは空間を飛んで――零時間移動をして俺たちの背面に回ったというカラクリ。

 体がまったく動かない。レミリアに聞いた話によれば、彼女もこうして動作を封じられた後に魔理沙の大技で仕留められてしまったのだとか。ならば今回も、早々に同じことをして先に一人をリタイヤさせようという作戦に違いない。

 しかしそれが通じるのは相手が一人の時だけだ。

 魔理沙が帽子の中から小さな八卦炉、ミニ八卦炉を取り出すと同時、フランがキッと俺の後ろにいるであろう霊夢を睨む。

 ――"禁忌『フォーオブアカインド』"。

 

「お姉さまを離して!」

 

 "禁忌『クランベリートラップ』"で使っていた魔法陣が三つに収束した。それぞれから莫大な魔力が溢れ出るとすべてが同じ人型を、フランドール・スカーレットという姿を形作っていく。

 分身の魔法、本体も合わせて四人のフランが存在した。分身たちを大技の準備をしている魔理沙の方へと全員向かわせて、本体のフランは俺を助けるために霊夢へ接近を開始する。

 

「やっぱりそう簡単には行かないか」

 

 ふっと体の自由が戻ってきた。振り向きざまに大槌を象った弾幕を振り回してみたが、危なげなく下方へ落ちて躱される。

 レミリアから聞いていた通り、吸血鬼でさえも縛る霊夢の術は使用中に本人も動けなくなるらしい。やはりフランを突き飛ばしておいたのは正解だった。二人一緒にやられるなんて面白くない。

 

「お姉さま、大丈夫?」

 

 適当に弾幕を撃って巫女を追い払うと、心配そうな顔でフランが問いかけてきた。

 

「全然平気ですよ。私もさきほどはいきなり叩いてしまってごめんなさい。痛くありませんでしたか?」

「そんなの気にしなくていいわ。それに、痛くならないように配慮してたんでしょ?」

 

 ――"魔符『スターダストレヴァリエ』"。

 スペルカードの発動に目を向けてみれば、魔理沙がフランの分身を巨大な星屑で撃破しているところだった。分身はどうあがいても分身なので単純な攻撃しか行うことができない。弾幕を放つ人数が増えるのはかなりの利点ではあるけれど、すぐにやられてしまうのもしかたがないことだ。

 

「フラン、私から離れないでください」

「わかった」

 

 俺たちから離れた霊夢が魔理沙と合流するのを眺め、そろそろ俺もスペルカードを切ろうと倉庫魔法を行使した。

 金と銀の装飾がその豪華さを醸し出す、俺の身長にはあまり合っていない大き目の弓を手元に呼び出す。妖力と魔力を複雑怪奇に組み合わせ、矢の形をした特殊な金色の弾を作り出した。

 矢を弓に番え、自分たちの真上へと矢先を向ける。

 ――"光弓『デア・ボーゲン・フォン・シェキナー』"。

 シュンッ、と静かに飛んだ矢はすぐに天井に衝突した。直接狙って来なかったことに霊夢と魔理沙が訝しげに見てくるが、そんな余裕は一瞬のうちになくなる。

 矢が当たった部分が太陽のように光り輝き、無数の光の線を地下室中に撒き散らした。その数は数百、はたまた幾千を越えているか。重力に従うそれらは容赦なく人間組に降り注ぎ、逆に吸血鬼組のこちらは唯一光が降らないY軸上に浮いている。

 

「上ばっかり見ていたら危ないですよ?」

 

 光の線を回避すること自体はさほど難しくないのだ。実際、霊夢と魔理沙は危なげなく落ちる光を見定めている。

 本番はここからだ。それも今回は大サービス、通常版ではなく特別版。

 フランと手を繋ぎ、互いの魔力と妖力を混ぜ合わせながら周囲に数え切れないほどの矢型弾幕を生成していく。普通ならば両者の力が反発し合って魔力操作どころではなくなるところ、けれども完全に息が合っているために速度と威力、そして数は何倍にも膨れ上がる。四九五年間をともに過ごしてきたからこそできるコンビネーションだ。

 最早これだけでスペルカードを名乗ってもいいのではというほどに膨大な数を誇る光の矢の矢先を全方位へと向ける。霊夢と魔理沙の顔が引きつっていた。

 上から降り注ぐ光の線に注意しつつ、横から迫るあまりにも多すぎる矢の弾幕をすべて避ける。上空を見上げながら前を見ることができないように、光の線に集中していれば矢型弾幕は避けられないし、矢型弾幕に注意していると光の線に無防備になる。目が三つある生物ならばともかく、揃って顔に二つしかついていない人間にはかなりキツいスペルカードだ。

 

「発射」

「はっしゃー!」

 

 ――"夢符『封魔陣』"。

 外側の矢から順に高速で発射し始めた瞬間、霊夢が魔理沙を近くに引き寄せて結界を張った。威力よりも数を重視した矢型弾幕は結界を打ち破ることができず、現状ではなかなかにいい手と言える。

 ただし光の線は別だった。結界の上側に落下する一筋の光――実は、天井から降り注いでいるこれは極小の妖力弾と魔力弾の集まりである。弾が軌道を残すほどに光っていたり速かったりするわけではなく、帯を纏って落ちてきているわけでもなく、ただ単に線のすべてがとても小さな弾幕が集約されたもの。

 霊夢が展開した結界に光の線が落ちるということは、それはつまり数万にも及ぶであろう数の魔力弾と妖力弾が、ほぼ同じ位置へ超連続的に刺激を与え続けることになる。そうなれば当然、

 

「えっ!?」

「霊夢の結界を破ったのか!?」

 

 最初に開くのははるかに小さき穴。しかしそこに殺到するバカげた数の弾幕が徐々にその穴を広げて、無視できないほどに大きな孔になったのだ。

 一部分が破れた結界は規則性を失うがゆえに他の部分の弱体化を招き、そうなれば今もなお打ち破らんと衝突し続ける矢型弾幕にも結界を壊し得る可能性が生まれる。光の線が下側まで貫通することで顕著になり、十数秒もすれば矢が結界を打ち破り始めた。

 だが、俺が思っていたよりも"夢符『封魔陣』"は強度が高かったようだ。時間をかなり稼がれた。最初に天井へ撃ち放った黄金の矢が効力を失い、光の線が降り注いで来なくなる。

 矢の弾幕だけでもスペルカードに匹敵する数があれど、上からの補助がなければ直線で飛んでくるだけの読みやすい弾幕でしかない。残った矢を一斉に打ち放ってみたが、やはり仕留められず(グレイズさせ)るだけにとどまった。

 

「あ、危なかったな。さすがレミリアの妹だ。中途半端なスペルカードじゃどれもこれも対処し切れんってわけか」

「八方鬼縛陣クラスの技を連発しなきゃいけないとか? それはさすがにちょっと厳しいんだけど」

「同感だ。やっぱり今回も短期決戦を心がけるべきだな。長引いて集中力が切れれば通常弾幕にさえやられかねん」

「でも、どうするのよ。あいつの時は私が動きを止めてあんたが仕留めてなんとかなったけど、今回は二人いるからそれも通じなさそうよ」

「……ふむ、それなら一つ考えがある」

 

 霊夢と魔理沙がコソコソと話し合っている間、俺とフランは一緒に両手で耳を塞いでいた。

 せっかく俺たちに聞こえないように喋っているのに吸血鬼の聴力だと誤って聞こえてしまう可能性がある。それでは面白くないとはフランの言で、こうして声を拾わないように配慮していた。

 作戦会議が終わったらしいお二人が俺たちに向き直り、魔理沙が片手でオーケーのサインを作ったので手を耳から離す。

 

「ご親切なことね。どんなに小細工を重ねたところで人間風情では自分たちに敵わないとでも思ってるの?」

「逆ですよ。どんな策を講じて人間が吸血鬼を倒し得るのか、私たちはそれを知りたいんです」

 

 レミリアを倒したことは決して偶然ではない。偶然を支配する彼女を、偶然などでは打ち破れるはずもない。きっとそれをなし得るだけの素質と資格がある。

 まだ足りない。もっと見せてくれ。もっと証明してくれ。この程度で終わりじゃないんだろう。

 

「まぁなんでもいいわ。行くわよ、魔理沙」

「了解だ」

 

 なにかをしかけてくる雰囲気を感じ取り、どんな手にも対応できるように意識を張り巡らせつつ身構えた。

 魔理沙の口元に弧が描かれ、竹箒から魔力の高まりを感じ取る。

 そして次の瞬間、霊夢と魔理沙は背を向けて逃げ出していた。

 

「えっ?」

「えぇ……」

 

 フランと二人して呆れた声を上げてしまうのもしかたない。彼女たちは地下室の出口に直行しているようで、俺とフランも頷き合って追いかけ始めた。

 霊夢と魔理沙の姿が開いていた扉の向こう側へ消えていき、俺たちもそこを潜り抜ける。だだっ広く、とてつもなく複雑な構造をした迷路のような廊下。さてどの方向に行ったのだろうと視線を巡らせようとした直後、自らの足元に正方形を描いたお札が設置されていることに気がついた。

 

「むっ、またやられちゃいました」

「魔理沙、早くそいつ持ってって!」

 

 結界の中に囚われて身動きが取れなくなる。吸血鬼である俺が暴れれば数秒で破れそうな脆弱な作りではあったが、結界の意義は俺を足止めすることにあるようだ。

 俺を助けようとフランが飛び寄って来ようとして、廊下の奥側にいる魔理沙が妨害としてその進行方向へこれでもかというほど魔力の弾幕や光線を撃ちまくる。

 

「フラン、あなたは魔理沙の相手を」

「でもっ」

「一対一なら負けませんよ。この二人は二人がかりでお姉さまを打ち倒したんですから」

 

 フランが攻めあぐねている間に頭上で霊力が練り上げられる感覚を覚えた。このままでは両側から彼女が狙われるからと、早く魔理沙の方へ行くように伝える。

 魔理沙はフランが自分に近づいてくるのを確認すると、踵を返して廊下の角に消えて行った。霊夢と魔理沙の目的は俺たちの分断のようだ。フランも角を曲がり追いかけて行ってしまい、この場には俺と霊夢だけが残る。

 魔力を全身から放出し、俺を囲んでいる結界を壊してすぐさま霊夢に矢型魔力弾を撃ち込む。霊夢の投げていたお札と衝突し、霊力と魔力がせめぎ合った。

 

「さあ、あなたの相手はこの私よ。一人だからって舐めるなよ」

「二人一緒では隙がないので個別に撃破するということですか。お姉さまには魔理沙と協力して辛勝したと聞いたのですが、舐められたものですね」

 

 だからと言って手加減するつもりは毛頭ない。できるだけ早く撃破してフランと魔理沙を探しに行こう。

 距離を取る霊夢を見据えながら二枚目のスペルカードを取り出して、その発動を宣言した。

 ――"童話『赤ずきん』"。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。