東方帽子屋   作:納豆チーズV

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一五.謀る邂逅は誰がため

 □ □ □ Standpunkt verändert sich zu Remilia Scarlet □ □ □

 

 

 

 

 

 幻想郷は今日も快晴だった。紅い妖霧は残念なことに影も形もなく、幻想郷は平和のはずだった。

 うっとうしいくらいに差し込む日差しが日傘の向こう側から伝わってくる。この場にいる一人の巫女と一人の魔法使いも、暑そうに額の汗を拭っていた。

 ちょっと前に巫女には「日傘なんかで大丈夫なら霧なんて出すな」と言われたが、そういう問題ではない。太陽のためにこちらが手間を負わねばならないなんて腹立たしいではないか。

 

「暑いぜ暑いぜ、暑くて死ぬぜ」

「死んだら、私が鳥葬(ちょうそう)にしてあげるわ」

「あら、私に任してくれればいいのに」

「あんたに任すのは、絶対に嫌」

 

 汗一つ流さない私に苦い顔を見せる黒白の魔法使いこと霧雨魔理沙。吸血鬼に喰われるより鳥葬の方が、人間にとっちゃはるかに嫌で迷惑だと思うけど。

 鳥に喰われるのはもちろん嫌だろうし、人肉を喰らった鳥どもは当たり前ながら妖怪化する。人の肉を食べなければほとんど生きていけなくなるのだ。それに人間の死体が長く放置されてしまえば衛生上悪くなるし、その死体を妖怪が食らった日には疫病が流行る。幻想郷は狭いから即行で広まるに決まってる。

 そういうこともあってか、紅白の巫女こと博麗霊夢は「でもま、最近の幻想郷では火葬が主流なのよねぇ」と呟いた。

 

「それよりあんた、そんなに家空けて大丈夫なのか?」

「咲夜に任せてるから大丈夫よ。レーツェルもいるし」

 

 うん? と霊夢が首を傾げる。

 

「誰よ。そのレーツェルって」

「ああ、お前は会ったことなかったな。面白いやつだよ。こいつの――」

 

 瞬間、幻想郷の最東端にある博麗神社まで届く雷鳴が響き渡った。

 

「夕立ね」

「この時期に、珍しいな」

「私、雨の中、歩けないんだよねぇ」

 

 とは言い合うものの、外の様子を見ると明らかに不自然な空になっているものの、しばらく経っても雨は降ってこない。

 いや。

 目を細めて遠くを注視してみれば、どうやら幻想郷の奥の一部だけ強烈な雨と雷が落ちているみたいだ。

 

「……私んちの周りだけ雨が降ってるみたい」

「ホントだ、なんか呪われた?」

「もともと呪われてるぜ」

 

 天候を変える魔法か。十中八九パチュリーの手によるものだと思うけど、紅魔館になにかあったのか? なにかあったとしても雨を降らす理由はなんだ?

 

「困ったわ、あれじゃ、帰れないわ」

「あんたを帰さないようにしたんじゃない?」

「いよいよ追い出されたな」

「決めつけないでよ」

「じゃあ実は中から出てこないようにしたとかか?」

「やっぱり追い出されたのよ」

 

 フランが出ようとして止めた、という線もあるか。しかし今は家にレーツェルがいる。パチュリーならフランに彼女がついていれば大丈夫だと判断して雨なんて降らせないだろう。

 だとすれば私を帰れないようにしたという考えが自然か。だけどなんのために……。

 

「……あぁ、そういうことね」

「なに、なにかわかったの?」

「別に。ただ、食事どうしようかしらって思って」

 

 私にとっての食事とは人間の血を喰らうことだ。食糧は紅魔館に支給されるから、もしもこのまま帰れなければどこかで人を襲わなければいけなくなる。悪魔の契約があるにしても、相手から危害を加えさせればいいのだから実は手はいくらでもあるのだ。まぁ、そんなことしたら境界の妖怪に消されるんだけど。

 このまま雨が続いた時のことを考えてか、はぁ、と霊夢が大きなため息を吐いた。

 

「しかたないなぁ、様子を見に行くわよ」

「あぁ、あいつが言ってたのはこういうことか。そうなると今回は……」

 

 私に神社の留守番を任せると、二人は紅魔館に向かって飛んで行った。悪魔である吸血鬼に神社を預けるとは、あいかわらず博麗の巫女とやらは楽観的な性格らしい。

 

「……これでいいのよね。私が異変を起こしてから一か月……二人の運命を操り始めて一か月。きっとこの夕立は、こうやって紅白と黒白を館へ向かわせるための口実。レーツェルに会わせるための……いや」

 

 魔理沙はすでにレーツェルと面識があった。それはつまり、霊夢も時が経てば出会うことになっていたに違いないことを示している。

 だとすればこの雨は私の運命の産物ではない? レーツェルから生じた不確定要素が巨大化して起こったことこと?

 そうなるとレーツェルが雨を降らせた原因に関わっていることは間違いない。わざわざ二人に調査へ行かなきゃいけない理由を作った目的は……そうか。

 

「レーツェル、あの二人とフランを引き合わせるつもり?」

 

 フランがあの子の中でもっとも歪な立ち位置であることは私が一番理解している。

 お母さまやお父さま、その眷属に手を下した張本人。それでいて自らを慕い、自らも可愛がる実の妹。

 一度変化を望んで失敗したからこそ嫌な予感が止まらない。生まれてからずっと、四九五年も外界との接触を絶ってきた彼女が私を打倒した二人の人間に会ってどうなるか。ああ、もう。想像もつかない。雨がなければ私もすぐに帰るのに。

 ……あなたはなにをするつもりなの? いったいなにを望んでこんなことをするの?

 願わくば、あの子がさらなる深みへと沈みませんように。

 

 

 

 

 

 □ □ □ Ein Standpunkt wird wiederhergestellt □ □ □

 

 

 

 

 

「お姉さま、そのお客さまっていうのはまだ来ないの?」

「もうすぐですよ。今頃パチュリーがお出迎えしてる頃じゃないですか?」

 

 異変解決から一か月、俺はレミリアが博麗神社へと出かけている時機を見計らってパチュリーに館付近に雨を降らせるように頼んだ。

 俺が慕う姉を追い出すようなお願いをしたことに少なくない驚きを見せる彼女であったが、博麗の巫女と魔理沙の二人にフランが会いたがっていると言うと一応納得してくれた。雨を降らせればレミリアが困り、それを解決するために二人がやってくる。

 紅霧異変の解決だけでは東方紅魔郷は終わらない。フランドール・スカーレットの打破によってそれは幕を閉じるのだ。

 

「ふーん。それにしても、レミリアお姉さまを倒した人間ねぇ。どんなやつらなのかしら」

 

 力加減の修行はもはや終わったと言っても過言ではない。物を壊すことはほとんどなくなり、興奮しない限りは適切な力量で物事を行うことができる。むしろそうでなければフランを紅白の巫女と黒白の魔法使いに会わせようと考えなどしない。

 いや……そもそもとして俺が三歳までに自分の生まれた意味をしっかりと考えて過ごしていれば、フランは自由に生きる権利を持って生まれて来れたはずなのだ。十分に両親の愛を受け、意図せず物を壊してしまう体質など持たずに幸福な生を。それを『破壊』したのは他でもない俺で、フランに苦労を強いたのも俺以外の何者でもない。会わせようと考えなどしないなどと偉そうなことが思えたものか。

 やめよう。これ以上考えても不毛である。

 フランの問いに答えるために、ここに来るようにしている巫女と魔法使いのことについて考えを巡らせた。

 

「紅白の方が博麗霊夢、黒白の方が霧雨魔理沙と覚えておけば問題ありません。イメージとしては目出度い感じの人と空き巣みたいな人です」

「変な評価なのね」

 

 そうは言われても『目出度い』は魔理沙が言っていたことだし、『空き巣』はどうしようもないくらいしっくりくるのだからしかたない。

 

「お姉さま、その人間たちが来るまで二人で遊んでよう?」

「いいですよ。なにして遊びます?」

「にらめっこ」

「……えっと、私、絶対に負けませんよ?」

「冗談よ。冗談ー」

 

 そう言ってフランは立ち上がり、手に持ったレーヴァテインをぽーんと高く放り投げた。重力に従って戻ってきたそれを受け取ってくるくると回し、満足そうに首を縦に振る。

 俺も腰を上げて、倉庫魔法で弓を取り出した。不具合もないし問題なく機能しそうだ。元の空間にそれを戻し、さて、と地下室の入り口に向き直った。

 ギギギ、と古めかしい音を立てて扉が開かれていく。そこから現れるのはここに来るように謀った二人の人間だ。

 一人は何度か面識のある、コーンみたいな帽子をかぶった黒白の魔法使い。来てやったぜ、とか言いそうな表情で俺たちの方を眺めている。

 

「来てやったぜ。そいつがお前の妹か?」

「ようこそおいでくださいました。そうですよ、綺麗な翼でしょう?」

「三人とも形が違うんだな」

 

 そしてもう一人はテレビ画面から覗いていたことはあれど直接会うことは初めての人間、博麗神社に住まう紅白の巫女。

 一番最初に目が行くのは、袖がなく肩と腋を露出したおかしなデザインの赤い巫女装束だ。袖口からサラシが見える。頭の後ろで大きな赤いリボンを結んでおり、金髪金眼な魔理沙とは違っていかにも日本人らしい色の瞳と髪をしている。

 博麗霊夢。ついに真打ち登場とでも言うべきか、『空を飛ぶ程度の能力』を有する東方Projectの主人公だ。

 

「なに、魔理沙こいつらと知り合い?」

「そっちの金銀の方とはな。あっちの宝石ぶら下げてるやつは知らん」

 

 ふぅん、と霊夢は自分から聞いたくせに大して興味がなさげだった。

 

「ご紹介しますよ。こちらは三姉妹の三女、フランドール・スカーレットです」

「よろしくー」

「そして私はレーツェル・スカーレット。三姉妹の次女に当たります」

「スカーレット……? あんたらまさかレプリカとかいう悪魔の」

「レミリアです。異変の解決、おめでとうございます。ご推察の通り、私たちはレミリアお姉さまの妹ですよ」

 

 そんなあからさまに嫌そうな顔をしないでほしい。まだ会ってちょっとしか経ってないのに。

 

「これが人間かー。思ってたよりは面白そう」

「なんだ、お前は人間を見たことないのか?」

「私は四九五年間一回もお外に出てないのよ」

「そうなのか。ほれほれ、思う存分見るがいい。私は人間だぞー」

「やっぱり問題児なのね」

 

 大きくため息を吐くと、霊夢はゴソゴソと懐を漁ってお札を取り出した。魔理沙はニヤリと口の端を吊り上げて持っていた竹箒に腰をかけ、フランは二人の様子にに笑みを深めるとレーヴァテインを握り直す。

 俺も体内の魔力の流れと翼の調子を確認した。

 

「パチェから話は聞いてると思います。私たちと一緒に遊んでもらいますよ」

「はぁ、こんなことのためにわざわざ雨を降らせたのね。あなたの姉が神社で困ってるわよ。というか、普通に神社に来ればいいのに」

「昼間では太陽のせいで遊べません。夜は人間には迷惑な時間帯でしょう? ですから、こうしてここにお二人を呼び出すことが最善だったんですよ。それともまた紅い妖霧でも出しましょうか」

「あーもう、わかったわよ。遊べばいいんでしょ遊べば。なにして遊ぶ?」

「わかってるんでしょう? そこに飛び込む遊び道具、弾幕ごっこです」

「ああ、パターン作りごっこね。それは私の得意分野だわ」

 

 トン、と静かに霊夢が飛び上がった。それに箒に腰かけた魔理沙がついていく。

 地下室は弾幕ごっこくらいなら楽に行える広さがある。この時のために家具もすべて俺の倉庫に保管し、邪魔なものなどなに一つない状態にしてあった。

 

「レミリアお姉さまの時は二対一で倒したんですから、どうせですから今度もチーム戦にしましょう。相手を定めず二対二です。そちらは二人とも私とフランのどちらにでも攻撃していいし、私たちもあなたがた二人のどちらにでも危害を加えていい」

「わっ、お姉さまと共闘できるの?」

「一緒にがんばりましょうね」

「うん、がんばるわ」

 

 拳を突き合わせると俺たちも二人して床を蹴った。宙に浮かび、すでに油断なくこちらを見据えてきている霊夢と魔理沙と相対する。

 彼女たちは二人がかりでレミリアを打倒した。ならば同じ吸血鬼である俺たちにも同様の条件で挑ませるのが好ましい。二対一で同程度の実力である長女を倒したのだから、今度は二対二。さて、お二人さんはどこまでやれるのか。

 

「一人でも手に余る相手が二人か。一対一じゃどう考えても厳しいからな、こいつはチームワークが重要になりそうだ」

「チームワーク、ねぇ。あんたとのコンビって果てしなく不安なんだけど」

「そうは言ってもレミリアの時はなんとかなっただろ? もう諦めろ。やるしかない」

「まぁ、そうね」

 

 四人の間を緊張感が走り、雰囲気がいつ始まってもおかしくないそれへと変わった。

 静寂が空気を重くし、重圧のかかった空気が緊張感を煽る。その緊張感はさらなる静寂を場にもたらし、それが余計に緊張の具合を加速させる。

 不意に魔理沙が小さく笑い、フランに向けて問いを投げた。

 

「さて、遊んでやる代金はいくら出す?」

「コインいっこ」

 

 ピィン、と小さな音。二人の会話に合わせ、俺がちょうど持っていたコインを取り出して指で弾いたのだ。

 魔理沙とフランが一瞬目を丸くして、しかし二人ともすぐに笑みを深める。

 

「一個じゃ、人命も買えないぜ」

 

 コインが床につく。それを合図として、フランと魔理沙が同時に動き出した。

 

「あなたたちが、コンティニューできないのさ!」


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