東方帽子屋   作:納豆チーズV

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※『運命を操る程度の能力』に関しての独自解釈があります。


三.わからない程度の能力

「運命を操る程度の能力……それがお姉さまの力?」

 

 一緒に寝たあの満月の夜明けの日から、レミリアは積極的に俺に関わってくれるようになっていた。

 俺もレミリアはあと半年ほどで三歳と五歳になる。言ってしまえば一年が経っている。

 今の俺は三歳の頃のレミリアよりも言葉をうまくしゃべっている。そもそもの話、ちゃんとした発音がわかっているのに音程をズラし続けるのは無理があった。

 そういうわけですぐにハッキリとした発音で話すようになったのだが、両親もレミリアも早熟な子どもとして流してくれてずいぶんと助かった。

 

「そうよ。まぁ、必ず勝つ運命を引き寄せるだとか月が落ちてくる運命を創り出すだとか、そんな大それたことはできないけど」

 

 そして今は、レミリアと『程度の能力』と呼ばれる力について話している最中だった。

 場所は最近俺の入り浸っているレミリアの部屋、そこのベッドに二人並んで腰かけている。

 

「それじゃあ、お姉さまはどんなことができるの?」

 

 得意げな顔で自身の能力を語る彼女に、首を傾げて問いかけてみる。

 今は女の子として生を受けた身だ。しゃべり方についてはずいぶんと悩んだが、前世は前世として、今世は中性的な話し方を心がけることにしていた。女性的な感じは無理があったので却下。

 レミリアは両親のことをお父さまお母さまと呼んでいた。それに倣い、俺は両親を同じ呼び方、レミリアをお姉さまと呼称している。

 

「そうねぇ」

 

 ふむ、と考え込むレミリア。

 運命を操る程度の能力――東方Projectについての知識があるだけに、レミリアがその能力を保持していることは元々知っていた。それが使われたことが全然ないために、具体的にどのようなことができるかはわからないのだが。

 

「『一定の確率以上で起こり得る偶然を支配し、私が望んだことが起こる運命を未来において引き寄せる』。私の能力はありていに言えばそんな感じか」

「えーっと、つまり……」

 

 教えられたことを頭の中で整理する。

 一定の確率以上の偶然の支配、それにより望む未来を引き寄せる――。

 

「欲求する未来に必要な偶発的事象を故意的に起こし繰り返す能力ってこと?」

「え……? うーん、たぶんそれ。レーツェル、難しい言い回しが好きだね」

 

 元日本人な俺としては今みたいに一言でまとめた方がわかりやすいんだけど。

 

「一定の確率以上って制限があるから、必ず勝つ運命も引き寄せられないんだよね」

「うん……ほんと、頭いいわね。低すぎる確率の偶然は最早必然でしか起こり得ず、すべての偶然を支配する私の能力では必然は支配できない。そういうことよ」

 

 そう言ってすぐに、俺が口をはさむより早く「裏技はあるけど」と付け足した。

 それについての説明を求める視線を送ると、「しょうがないわね」とレミリアが呟く。

 

「例えば三〇〇回連続でコインの裏表を当てる運命を引き寄せると仮定してみる。さすがに確率が低すぎるから、そのままじゃ私の能力は関与できない。けど、その運命を『いつか起こる』と条件をつけて能力を使えば話は別になる」

「コインの出目当てを繰り返して、その成功と外れの順番と割合の運命を捻じ曲げて……結果的に、『いつか』三〇〇回連続で裏表を当てることができても『必然』じゃなく『偶然』って言えるくらいまで確率を引き下げる、ってことかな」

「さすがはレーツェル。その通りよ」

 

 今ここで『リンゴを食べたい』と思っても手に入るわけもない。しかし一週間後に『リンゴを食べたい』と願ったのならば、一週間の間に一週間後にリンゴが手に入るであろう偶然が連鎖的に起こり続け、結果的に一週間の時を経てリンゴが手元に渡ってくる。

 これは小さな例だけど、レミリアの語ることが本当ならもっと大きな――ちょうど一年後にこの場所を台風が襲撃するなどと願えば、小さな偶然が重なって実際にそうなる運命に変わるはずだ。

 バタフライ効果(エフェクト)。小さな差が次第に大きな差へと拡大し、事実上予測不可能な結果になっていく。それを望んだ結果になるよう引き起こし続けるのだ。時間さえかければ大抵のことは実現させられるだろう。

 

「理解してもらえたとは言え実践してあげた方がわかりやすいか」

 

 レミリアはそう言うと枕の下から一枚のコインを取り出した。

 なんでそんなところに、と問うより先に一言、「近いうちにレーツェルに私の能力を見せたかったから」。

 ふふん、と鼻を鳴らすさまがかっこ可愛い。抱き着いて匂い嗅いでもいいですか。

 

「表」

 

 ピィン、と爪が金属を弾く音とともにコインが宙を舞った。

 何度か床をバウンドし、最終的に向いた面は宣言通りの表。

 

「裏」

 

 足元に落ちたそれを広い、もう一度レミリアが宣言する。

 さきほどと同じように重力に従って床に落ち、当然のごとく裏を向く。

 

「まだまだ当てられるよ。さすがに三〇〇回連続は無理だけど、ある程度までなら今起こり得る偶然として処理できる」

「はあぁ……」

 

 思わず、感心した風な息が漏れる。目の前で起こったのはたった四分の一の確率の事象ではあるものの、あんな自信満々に疑う余地もなく宣言通りのことを当てられた人間なんて見たことがない。

 俺の足元に落ちていたコインを手に取り、無意識のうちに仕掛けがないかと探していてしまった。

 

「今度はレーツェルが宣告して投げてみる? 『三回連続でコインの出目を当てられる』って運命をレーツェルに引き寄せておくから」

「うん、やる」

 

 若干ワクワクした心持ちでコインを人差し指に寝かせる。

 ふう、と一息吐く。レミリアの方に視線を向ければ、「大丈夫」と言わんばかりに大きく頷いてくれた。

 

「裏」

 

 親指で、キィンとコイントス。ドキドキとする心臓に呼応してか、育つに連れて向上し続ける吸血鬼の感覚が研ぎ澄まされる。

 宙を舞うコインの光景をコマ送りのようにゆっくりと目に焼きつけられ――裏、表、裏、表、裏――今、地面についた。二回バウンドして、コインは結果として――。

 

「表……?」

 

 俺は自分が事前に予言した結果にならなくて首を傾げるだけであったが、能力を使用した当人であるレミリアは限界まで目を見開いて驚いていた。

 この様子から見るに、能力を使用していないというわけでも、本来は能力で為し得ない事象であるわけでもなさそうだ。

 表の面を見せているコインを呆然としたまま拾い上げるとレミリアは、

 

「能力は確かに使った……使った、はずだ。もしレーツェルがコインの出目を操作するような技術を持ってても、それが失敗するくらいのことならまだ偶然の範囲内……そうだ、絶対必然じゃない。なら、能力が正しく発動しなかった……? いや、確かに私は能力を使って……」

 

 ぶつぶつと独り言を言い始めた。何度か「お姉さま」と呼びかけてみるも、反応がない。

 こちとら日本で学生として暮らしていた記憶があり、能力のない世界が普通だったので『能力が思ったように発動しない』ことがどれだけショックな出来事なのかはイマイチ実感がわかなかった。

 本来ならできるはずのことができない――右手を上げろという指示にちゃんと従ったつもりだったのに、どういうわけか左手を上げていたみたいな感覚なのかも。もしそうなら戸惑うのも納得できる気もする。

 とりあえず、必死で思索にふけるレミリアをじーっと眺めて目の保養にでもしていよう。焦るレミリアも新鮮でうぇへへ。

 

「レミリアが能力を正しく発動しているのに結果が違うのなら、レーツェルが持つ能力がなにかしらの影響を与えたという予想はどうでしょう?」

「「お母さま?」」

 

 思いも寄らぬ人の言葉が聞こえてレミリアも思考の海から戻ってきたらしい。呼ぶ声が見事にハモった。

 いつの間にかレミリアの部屋の扉は開かれており、そこに柔和な笑みを浮かべた金髪の女性が立っている。

 歳は二〇歳ほど――見た目は、という装飾の言葉がつくが――だ。赤いドレスを着込み、吸血鬼の証である悪魔の翼、紅の瞳を持っている。

 原作――東方Projectの世界では設定の欠片もない、俺とレミリアの母親だった。

 

「お母さま、ノックをしてから入ってきてっていつも言ってるでしょ」

「ええ、以後気をつけますよ」

「気をつけるだけで守る気はないんだよね?」

「今日は守ります。明日はわかりません」

 

 なんてレミリアと小言を交わしながら彼女は近づいてきて、俺の目の前で立ち止まると膝をついて視線を合わせてきた。

 

「レーツェル」

「は、はい」

「あらあら、そんなにかしこまる必要はありませんよ。ほら、リラックスリラックスです」

 

 そして俺は、この人がちょっとばかり苦手だった。

 嫌いなわけではない。ただ、俺は人間の男性だった頃の記憶を携えて生まれ変わっているのである。両親に少なからず負い目を感じるのは当然だ。

 とは言え理由はそれだけではない。父親は別に苦手ではないし、普通に接せられる。

 今世の母は家族にも敬語を使うしゃべり方と穏やかな姿勢を備えていた。この一線引いた感じがどうにも俺を見極めようとしているようにも思えてしまい、毎度会うたびに全身がわずかばかりの緊張を纏う。

 そんなものは全部自意識過剰だということはわかっているけど、いくら思考で抑制しようとしても、不安を感じた正直な体が勝手に警戒してしまうのだからしかたない。

 

「レミリアの能力が正しくあなたに反映されなかったのは、あなたの中にある能力が原因であると私は考えます」

 

 程度の能力。これまで暇があれば前世のことを振り返るばかりで、そんなものを意識したことなんてなかった。

 

「胸の辺りに手を当てて、その内を探るように……深い意識の底を、暗い海の底にある確かな波動を見つけ出してください。あなたならそれができますから」

 

 まっすぐに目を見つめられて告げられると、さすがに断れない。半ば反射的にこくりと頷いた。

 ふぅ、と小さく息を吐く。そして言われた通り、心臓付近に右手を添えて奥底にあるものを見つけ出そうと意識を集中させる。

 いつの間にか、目を瞑っていた。

 

 ――そこは色のない箱の中だった。

 ――中央に、色のない箱がある。

 ――それを開けると、いつの間にかその箱の中にいた。

 ――いつの間にか体は縮んでいて、箱の大きさになじんだものになっていた。

 ――中央に、色のない箱がある。

 ――それを開けると、いつの間にかその箱の中にいた。

 ――いつの間にか体は縮んでいて、箱の大きさになじんだものになっていた。

 ――中央に、色のない箱がある。

 ――それを開けると、いつの間にかその箱の中にいた。

 ――いつの間にか体は縮んでいて、箱の大きさになじんだものになっていた。

 ――中央に――――。

 

「ひゃっ!?」

 

 首筋に当てられた冷たい感触に、ビクリと体が震えた。体の内側、ずっと奥深くに沈んでいた意識が急激に引き上げられる。

 目を開ければ、俺の首に手を当てている悪戯っ子みたいな顔の今世の母親と、気遣わしげな表情を浮かべたレミリアの姿があった。

 

「能力、見つかりましたか?」

 

 確信を持っているかのような母の問いかけ。それに、どう答えたものかと困ってしまう。

 

「能力……なのかな。箱の中にいて、箱が前にあって、それを開けるとまた箱の中にいて、箱が前にあって、それを開けるとまた、って……そんなイメージだけが繰り返されてた」

「イメージですか……レミリア、あなたはどのような風に自分の能力を認識しました?」

 

 俺の答えに困惑した彼女は、今度は長女へと質問を投げた。

 

「別に、私は『こういうことができる』って感覚が流れ込んできただけだったけど……お母さまは?」

「敢えて言うなら吸血鬼固有の力を名称化して『吸血をする程度の能力』、『霧になる程度の能力』、『蝙蝠(こうもり)になる程度の能力』などでしょうか。どれもレミリアにもレーツェルにもできることですし、私は固有の力は持っていませんから、探そうと自分の中に意識を向けても反応はないのです」

 

 つまり、反応があったのにも拘わらず能力が把握できずイメージだけが浮かび上がる俺は異様ってことか?

 ふぅむ、と唸る。 母と違いなにかしらの反応があったわけだし、十中八九能力があると言ってもいい。しかしどのようなものなのか見当もつかないのは致命的だ。

 レミリアのように自身の力を正しく把握した上で、その全容を一言にまとめたものが能力名称――つまりは自己申告だ。名称から内容をある程度把握するなんてことはできない。

 

「レーツェルの中にあったのはイメージだけ……使い方もわからないんじゃ、どうしようもないわねぇ」

 

 レミリアのそんな呟きに、俯いていた母がハッとしたように顔を上げた。

 

「レミリアの能力が正しく反映されず、能力の概要が理解できない……もしかして、それこそがレーツェルの能力なのではないでしょうか」

「どういうこと?」

 

 レミリアの切り返しに、「つまり」と母が人差し指を立てた。

 

「『わからない程度の能力』です」

「本人もわからない能力だから『わからない程度の能力』ってこと? 安直すぎない?」

「レミリアの能力が正しく通じなかったのは結果が"わからなくなった"からだと私は推測します。未来を決定したはずがレーツェルの能力の影響で不確定へと戻ったということです」

「あー、なるほどねぇ」

 

 二人はそうして納得した風に頷き合っていた。

 なるほど、確かに筋は通る。能力者の当人である俺が能力を把握し切れないのも"わからない"なら当然だ。でも、どこか引っかかる……。

 すべてが正しいはずなのに、なにかが決定的に間違っている気がしてならない。能力者だからこそ覚える違和感か、あるいはただの勘違いか。

 まぁ、これから能力を扱って、使いこなしていけばわかることだ。

 

「お姉さま、お願い。能力の使い方を教えてほしい」

「ん、よろしい」

 

 すでに能力を使いこなしている姉に頭を下げると、自信満々に胸を張って即答される。あまりにためらいのない肯定に呆気に取られ、「ああ、言われるの待ってたな」と気づくのにも時間はかからなかった。

 母親は、そんな俺たちを微笑ましく見守っていた。

 未だ前世のことを振り返ることが多々ある。それでも第二の人生は――人じゃないけど――間違いなく幸せと言えるものであった。


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