東方帽子屋   作:納豆チーズV

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一四.三週間後の大図書館

 幻想郷の夏、しばらくの間休息を取っていた太陽も久々に顔を出し、すべての霧を根絶やしにした。レミリアが供給をやめたおかげでスムーズに進み、数日もすれば紅い妖霧など見る影もなくなっていた。

 あの日、レミリアは二人の人間に敗北を喫した。無事に原作通りに行ったと言えばそれまでであるが、パチュリーと咲夜の看病の合間にテレビでちょっとだけ様子を見させてもらった限りだと、博麗の巫女は傷だらけで黒白魔法使いは魔力が(から)。むしろ負けたレミリアの方が全然平気そうであった。相当苦戦したであろうことが容易に窺える。

 紅い妖霧を出さないことを約束させられたレミリアが二人を見送った辺りで看病が一段落した。紫はそのままスキマで帰ったが、ルーミアの見送りも兼ねてレミリアを迎えに行く。そうして部屋に戻れば気絶していた咲夜が目覚めていた。

 紅茶を一気に飲んで蒸せていたり苦しそうな表情をしていたりで慌てたものの、彼女もいろいろと悩ましいお年頃だったらしい。伊達に四九八年も生きてないぜ的に自分なりにがんばってなぐさめてみて、元気を取り戻してくれた時はほっとした。年上の貫録を見せつけることに成功したと思う。

 そんなこんなで今はあれからすでに三週間が経過していた。あの異変で変わったことは主に四つだ。咲夜がそこはかとなく明るくなったこと、美鈴が鍛錬に足場を作る魔法の制御を取り入れたこと、俺の意向で活動時間と睡眠時間が反対になったこと、そして。

 

「よう、今日もパチュリーの体調チェックか? ご苦労なこったねぇ」

「あ、こんにちわです。そちらは今日も本を盗みに来たんですか? ご苦労さまです」

 

 大図書館に訪れた俺を迎えたのは二人の魔法使いと小悪魔だった。魔法使いのうち片方は当然パチュリーで、もう片方はあの日に館に乗り込んできた人間の魔法使いだった。

 いかにも魔法使いのような白いリボンをつけたコーンのようなつばの広い黒い三角帽に、片側だけおさげにして前に垂らした金髪が個性的だ。服装は黒い服と白いエプロンを織り交ぜた変わったデザイン。近くにはいつも竹箒があるが、本人に聞いたところによると別に箒なんてなくても飛べるみたいだ。魔法使いらしいから使っているとのこと。

 霧雨魔理沙。男勝りなしゃべり方が特徴の、東方Projectの主人公の一人だ。そして俺が活動時間と睡眠時間を逆にすることになった元凶でもある。

 

「盗むんじゃない、死ぬまで借りるだけだぜ。どうせ私の一生なんてお前らにとっちゃ特別長いもんでもなし、私が亡くなった後に取り返せば」

「私との約束を忘れましたか?」

「……冗談だ。ちゃんとこいつが指定する期限は守るさ」

 

 釘を刺した私に、こいつ、と魔理沙が指差したのは我関せずと本を読んでいるパチュリーだ。

 これで魔理沙が館および大図書館に訪れるのは通算三回目になるのだが、その間にいろいろとあったのである。

 まず最初に魔理沙が本を盗みに来た時、その日の夜はそれを取り返すためにパチュリーが出かけた。一人では心配だったので俺もついていき、そこでたどりついたのが魔法の森という場所にある魔理沙の家だ。

 『死ぬまで借りるだけだぜ』、『期限がどうであれお前に本を貸すつもりなど微塵もない』。そんな感じで喧嘩を繰り広げ始めたので、両者に譲歩して私が提案したものが魔理沙が言っている約束というやつだ。

 借りてもいいがパチュリーが指定する期限に従う。パチュリーは自分が読んでいるわけではない、もしくは近いうちに読む予定がないのならできるだけ貸し与えるようにして、最少の期限を三日とする。もしもパチュリーが決めた期限を守らないことがあれば、吸血鬼レーツェル・スカーレットによって霧雨魔理沙には世にも恐ろしい呪いが降りかかる。そんな内容だ。

 二人ともしぶしぶと言った感じであったが、魔理沙はレミリアの例で吸血鬼の恐ろしさを知っているし、パチュリーはもともと大図書館は紅魔館のものであることもあって納得してくれた。代わりにパチュリーからは今度魔法の研究を手伝うという条件を出されたものの、それくらいお安い御用である。

 魔理沙が約束を守るかどうかという点に不安があったので、昼にも活動するようになった。そうなると必然的に夜に起きている時間も減っていき、レミリアやフランも俺に合わせて活動時間が変わり、咲夜も釣られて変化した。

 今では美鈴が門番をやっている時間も普通に起きていて、美鈴が武術の達人だと知ってたまにやってくる挑戦者との観戦を、レミリアは楽しみにしている節がある。熟練者同士の勝負を見ていて面白いのはどの時代も同じということだ。

 

「それより私はレミリアのやつに妹がいることに驚いたな。なぁ、レーツェルもあいつと同じくらい強いのか? 弾幕ごっこ」

「ふふふ、お姉さまは三姉妹の中でも最弱……」

 

 人間ごときに負けるとは吸血鬼の面汚しよ。そう続けようかと思ったが、たとえ冗談でも俺がレミリアの悪口を吐けるはずもない。むしろ称えたい。その素晴らしさを語って聞かせたいくらいだ。

 

「さ、最弱だと……? あいつより強いのがあと二人もいるってのかっ!」

「あ、すみませんジョークです。三人とも同じくらいの強さですから安心してください」

「なーんだそうなのか……って、あいつと同じ程度って言われても安心できるはずないな。というか三姉妹ってことはあと一人がいるってことか?」

「フランドールという末っ子がいますよ。普段は表には出てきませんが……きっと近いうちに会えるでしょう」

「嫌な予言だ」

 

 魔理沙が苦い顔で呟く。レミリアとの勝負を思い返しているんだろう。

 

「魔理沙はお姉さまとの決闘をものすごく楽しんでいたと聞きましたよ?」

「あんなん投げやりになってただけだぜ。家に帰ってから『命拾いした』ってブルブル震えてたからな」

 

 アドレナリンが大量分泌でもされていたのか。なんて考えてみるが、そもそもアドレナリンがどういうものかよく知らなかった。

 

「ま、霊夢と協力するってのは新鮮だったよ。いつも競い合ってばっかだからな。たまにはああいうのもいいかもしれん」

「霊夢って、確か博麗の巫女の方でしたよね」

「目出度いやつだよ」

 

 俺はまだそちらとは面識がない。ただ、おそらく一週間後辺りに知り合うことになるだろう。

 原作からいろいろと隔離している中で紅霧異変は正史通りに攻略された。ならばその続きも正史通りに行うべきで、フランはその件をきっかけに地下室から出て屋敷内も出歩くようになる。俺は彼女を霊夢と魔理沙に引き合わせるつもりだ。少しでもフランにいい影響を与えられればそれでいい。

 もちろん人間側の二人が死なないように最大限の配慮をしつつシナリオをたどらせる。フランは加減のコントロールがもうほぼ完璧ではあるが、念のため。

 

「それより私はお前の妹のフランドールとやらのことを知りたいな。どんなやつなんだ? 長女みたいにルール無用で殺しかかってきたりしないよな?」

「とっても可愛い子ですよ。えっと、このくらいの背で」

「姉が二人ともそのくらいなんだから、まぁそのくらいだろうな」

「魔法の勉強にいっつも熱心で、私にいっつも甘えてくれる甘えん坊さんです。部屋に行くといっつも出迎えてくれてですね、とっても笑顔が似合うんです。最近は力も制御できてるので抱き着かれても痛くなくて心地いいですし、私が上げたクマのぬいぐるみをまだ愛用してるんですよ。今は裁縫を習ってるのでいろいろとできるようになったら今度はウサギのぬいぐるみをプレゼントしたいと思ってます。甘えん坊と言いましたが決してヘタレではなくて、自分がやらなきゃいけないことに自分から他人に助けてもらおうとしたりしません。お礼と謝罪がちゃんとできる礼儀正しい性格でもあります。あとは匂いがとても――」

「わかった。もういい」

「え? でも」

「それだけで十分わかったからもういいぜ。わかったのはお前のことだけどな」

 

 なにかとてつもない誤解をされているような気がする。弁解しておかないと。

 

「勘違いしないでくださいね。私はお姉さまのことも大好きですよ」

「勘違いが深まったぜ」

 

 はぁ、とパチュリーが小さくため息を吐くのが聞こえた。続いてパタンと本を閉じる音に俺と魔理沙の注目が集まる。

 

「おはよう、レーテ。ご覧の通り私は元気よ」

「おはようございます。今日もいつも通りでなによりです」

「今は昼だな」

 

 本が一段落したらしい。大図書館に来ても反応してくれないことがあり、そういう時は大抵集中して本を読んでいるので、俺も近くに座って一定まで読み終わるのを待っていることが多い。魔法使いにとって研究の時間はなによりも大切なものなので唐突な挨拶で邪魔したりなどはエヌジーだ。

 大図書館は季節と時間から隔離された空間だ。夏ならば涼しいし冬ならば暖かい、朝でも夜でも明るさは変わらない。しかしそれ故に居すぎると規則の乱れた生活になりやすい。一時期パチュリーがそうなって体調を崩し、いろいろと叱ったのはいい思い出だ。

 

「レーテら三姉妹のシスコンなんて今に始まったことじゃないわよ。レーテはこの通りの姉と妹好き、妹さまとはあんまり会わないけど前に見た時はレーテにべったりって感じだったわ」

「その言い方だとフランドールってのとレミリアのやつは仲がよくなさそうだな」

「別に、何百年も一緒にいるんだから悪いわけがないわよ。相対的にそう見えるだけ」

「ああそうかい。あ、知ってるか? 今の植物の名前だぜ」

「知ってる」

 

 アアソウカイ。トゲがめちゃくちゃついてるサボテンみたいな植物だ。みたい、であってサボテンではない。

 

「あなたは想像がつかないと思うけどレミィも相当なまでの妹好きよ。主にレーテを」

「よかったな。愛されてるぞ」

「私も心より慕ってます」

「一週間くらい前にレミィの部屋に行った時なんて留守だったから他に探しに行こうとして、机の上に変な本を見つけたのよ。まぁ日記帳だったんだけど、そういえばレーテのそれを真似し始めたって聞いたなって手に取ってみたのよ」

「他人の日記を読むなんて最低だな」

「本を盗みに来るやつよりはマシよ」

 

 睨み合う二人であるが、こちらからしてみれば五十歩百歩だ。いがみ合うくらいなら反省してほしい。

 

「で、なんて書いてあったんだ?」

「あ、最低とか言っておきながら聞くんですね」

「気になるしな。それに私は読んでない」

「……まぁ、最初から教えるつもりだったからいいんだけど」

 

 いったん間を置いて、パチュリーが思い出すように顎に手を添えた。

 

「レミィの日記ねぇ、どの日の内容もレーテと過ごした時のことで半分は絶対に埋まってるのよ」

「どの日もか」

「ええ、どの日も。九割ほどレーテのことを書き綴ってる日もあったわ。あれじゃ日記じゃなくて妹成長観察日記ね。この前の異変のことも書いてあったけど、咲夜をなぐさめるレーテの素晴らしさで八割くらい埋まってたわ」

「……解決した身としてはなんか釈然としないな。というか、なんだ。咲夜のやつなんかあったのか?」

「人は誰しも大なり小なり悩みがある、ということよ。心配しなくてもレーテが解決したから問題ない」

 

 それにしても、レミリアも日記をつけていたのか。そういえば二〇年くらい前に日記がどうとか話したような気もする。

 内容についてはパチュリーの主観が多分に含まれるから言葉通りではないだろう。鵜呑みにしないことが賢明だ。

 

「しかしあのレミリアのやつがなぁ……世の中わからないもんだ」

「一応言っておくけど日記のことは本人にはバラさないようにね。下手しなくても私もあなたも八つ裂きにされるから」

「忠告受け取ったぜ」

 

 意外に仲がよさそうでなによりだ。俺が告げ口することもできるが、そう考えた瞬間にパチュリーがぶるりと体を震わせたのでやめておく。

 パチュリーも今日は特別体調が悪くなさそうだし、魔理沙も本を盗もうとしたりと言った所作がないので、そろそろ俺はおいとますることにした。

 今日もフランが待ってる。そうだ、紅霧異変以来、たまに咲夜に紅茶の入れ方を習ってるから持って行ってみよう。咲夜のそれほどじゃないけど喜んでくれたら幸いだ。

 ほんの少し変化が生じただけで、変わらず紅魔館は日常を綴っている。ただしそれは表の話であり、この大図書館より下側は幻想郷に来るより何百年も前から変わっていない。

 なにかよき変化があればいいと、一週間後に起こることに思いをはせていた。


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