東方帽子屋   作:納豆チーズV

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一二.願い続ける儚き憧憬

 □ □ □ Standpunkt verändert sich zu Remilia Scarlet □ □ □

 

 

 

 

 

 右腕を向けると、弾幕を撃ってくると思ったらしい二人が体を強張らせた。

 王者が先に攻撃などするものか。手の平を上にして、クイクイと人差し指を曲げて挑発した。

 先手は譲ってやる。遠慮なく攻撃してくればいい。

 

「舐められてるぜ私たち」

「こっちは二人だってのにあの余裕だものねぇ。さすがに私もちょっとムカつくわ」

 

 口を挟まず、紅白と黒白が行動を起こすのを黙って待つ。好きなだけ話し合えばいい。私は逃げも隠れもしない。

 しばらくそうして待っていると、やがて二人が頷き合って紅白はお札を、黒白は帽子の中から小さな八卦炉を取り出した。

 

「"夢符『封魔陣』"!」

 

 無数に放たれたお札が私の周囲を取り囲み、線が結び結界となる。普通の人間では出せるほどの強度ではないそれに少々驚くものの、私にとってはそこそこ強力という程度にしか感想を抱かない。

 どういうわけか紅白と黒白の一直線上にだけ大きな穴が空いており、そこから容易に脱出できそうだが……なるほど。

 

「霊夢お前、そのスペルカードそんな使い方もできるのかよ」

「線を結び結界となす。これくらい常識よ。それよりせっかく閉じ込めたんだから外さないでよ」

「なるほどな。よーわからんが、私がこの技を外すわけないだろ?」

 

 魔法使いの持つ小さな八卦炉に魔力の輝きが灯り、私に向けてられている。逃げられないようにして大技を確実に入れるというわけか。人間にしては考えたものだ。

 ならば真正面から応えてみせるだけ。右手を開き、手の平の上に魔力を集中させる。

 

「"恋符『マスタース――"」

「避けなさい魔理沙!」

 

 ――"神槍『スピア・ザ・グングニル』"。

 バカげた威力が秘められた一つの魔力弾に紅白が叫ぶが、もう遅い。

 迫り来る膨大な魔力の奔流に超高速で弾幕を投擲した。槍に見えるほどに速く強力な一発。一瞬だけ拮抗するものの、すぐに魔力光線の中心を貫き始めた。

 私たち姉妹は何百年も前に弾幕合戦という本気で弾幕を撃ち合う遊びを開発していた。その時に生み出した技の一つに名前をつけただけだ。このスペルカードはレーツェルの音を超える速さに追いつき、フランの圧縮魔力弾を貫き得る。

 

「ふぅん」

 

 黒白のスペルカードを完全に撃ち破った紅い槍が空へと消えていき、後に残った光景にそんな声を漏らす。

 あのギリギリで紅白が黒白に突っ込んで無理矢理に槍の軌道から逸らさせていたらしい。あれだけ強力な魔力光線を撃っていれば自分からは動けないのは明白だ。救出する方法としてはもっとも正しい判断である。

 ただし、

 

「お、おい霊夢、その左腕……」

「うるさい。いいから目の前の相手に集中しなさい」

 

 あと一歩完全には間に合っていなかったようで、紅白の片腕が使い物にならないくらいにボロボロになっていた。

 

「でも、いい反応ね」

「掠っただけでこれってどういうことよ、もう」

 

 私たち吸血鬼は幻想郷の人間を殺害することを禁忌として契約させられている。悪魔の契約は絶対のものであるから逆らうことはできず、つまりそれは私の今の攻撃が契約に反していないことを指す。

 いや、まぁ、紅魔館に乗り込んできた時点で危害を加える意思があると考えることもできるわけだが、今回の異変を起こしたのは私なのでそれを原因に殺すことはできない。

 ……なにを言いたいのかと言うと、間違えてレーツェルやフランと戦う時と同じ感覚でぶっ放してしまった。殺そうとする気はなかったのである。これだけ距離が空いていればレーツェルやフランならば容易く反応して逸らしたりしてくるし、実は弾力性を持たせているから物理的な影響は低く、吸血鬼の耐久度ならば当たったところで気絶するくらいなのだ。人間なら吹き飛ぶが。

 

「くそっ、舐めてたのは私たちの方かよ! お前はもう休んでろ、私があいつを倒す!」

「バカ言ってんじゃないわよ、即行でピンチに陥ったくせに。あんたが気に病まなくても私は平気よ。だから落ち着け。二人で倒すのよ、あいつを」

 

 私が提案した時は渋っていたくせに、私の力を見た後はその態度か。それもいい。その恐怖は私の力となり、その恐怖こそが私を畏れた証拠となるのだ。

 

「……ったく、霊夢にそんなこと言われる日が来るとはな。悪い、私らしくなかった。でも本当に平気なのかよ」

「大丈夫って言ってるでしょうが。見た目より中身はひどくないわ。いいからあんたはあいつを倒す方法でも考えてなさい」

「ああ、了解だ。それにしても命の危機があるなんてな、普通に遊びの域を越えてると思うが……」

 

 スペルカードルールとは決闘を遊びにしたものだ。その反論はもっともだろう。

 うっかり威力調整をミスって撃ってしまったなどとは言えず、とりあえずレーツェルがいつか言っていたかっこいいセリフの一つを引用しておくとする。

 

「ゲームであっても遊びではないのよ、この私との決闘は」

「弾幕ごっこは遊戯だぜ」

 

 そんなことはどうでもいい。それよりそっちからの行動は許したのだから、今度は私からしかけよう。

 

「さて、これは避けられるかしら」

 

 パチンと指を鳴らすと無数の弾幕が出現し、渦を描いて周囲に飛び散った。

 人の身を飲み込んであまりある赤い弾をつなぐように中くらいの大きさである水色の弾が走り、それらとは別に小さな青い弾が五つセットで渦の向きに合わせて放たれる。

 本物の竜巻のごとき立ち入る隙のない圧倒的物量の弾幕だ。それに対する二人の人間の反応を見て、ほう、と関心の声を漏らした。

 紅白は無数に存在する弾幕から自分に当たるものだけを見定めて必要最小限に、黒白は大きく飛び回ることで弾幕の薄い部分を掻い潜り、それぞれ器用に避けている。

 

「こんな密度でスペルカードじゃないのかよ!」

「魔理沙、むやみにスペルカードを使おうとしないで。こちらから動けばその隙を容赦なく突かれるわ。やるべきことは逆、私たちがあいつの隙を見つけ出す。そこを一気に狙うわよ」

「ああ、わかった!」

「短期決戦を心がけなさい。長引けばそれだけ私たちが不利になる」

 

 なるほど、この弾幕をしゃべりながら回避する余裕があるか。館内を駆け巡り、このテラスに行き着いただけのことはある。

 それならば遠慮なくやらせてもらおう。吸血鬼の恐ろしさを知らぬ哀れな人間に、その真の強さを見せつける。

 ――"神罰『幼きデーモンロード』"。

 

「まずはそこの黒白、沈みなさい」

 

 全方位一〇〇メートル先まで、人の身の半分ほどの大きさの青い弾が一定の規律をもとに薄く浮かび上がった。それらをつなぐ細い線は、今の時点では当たり判定がない。

 しかし私が魔力弾を線の隙間にバラまくと同時、線が実体となり弾と同程度の大きさまで膨れ上がった。

 一部の弾幕同士をつなぐことで相手の動きに制限をかけ、私が直接放つ弾で相手を仕留める。そういうスペルカードだ。

 さきほどまでの避け具合を見る限り巫女ならばそれでも避けることはできるだろうが、大きく動くことで避けることを実現させていた黒白はいったいどうなるのか。

 

「今の私は最高にハイッってやつだ! これまでで一番強い相手と、しかも霊夢と一緒に戦ってるんだ! 燃えないはずがないってな!」

 

 しかし、結果は私の予想とはまるで違っていた。動きが制限されるならばしかたがないと、黒白は自らの弾幕で迫りゆく私の弾を打ち落とし始めたのだ。

 こちらの弾の方が当然威力は高いが、黒白は自分に当たりそうな弾を見定めて集中して自分の弾幕を放っている。なんとか凌ぎ切れているようだった。

 面白い。二人してこの私のスペルカードを乗り切るか。

 かつて咲夜が紅魔館を訪れた時のことが頭をよぎった。人間にして時を止めるという最上級の能力を持ち、レーツェルがいなければ私を十分に苦しめていただろう元吸血鬼ハンター。

 つまり、この二人も彼女と同じタイプの人間だということだ。人の身にて私に届き得る素質を秘めた儚くも力強き。

 

「ふふっ、これはどうかしら」

 

 ――"紅符『スカーレットマイスタ』"。

 大きめの魔力弾を四つ連続で紅白に向けて放ち、それに追随する形で数え切れないほどの小型弾幕が襲いかかる。ついでとばかりにその後に全方向へ大き目の弾幕を一発ずつ、小型弾幕も大量に撒いておいた。

 それを何度にも渡って連続に。

 乱雑に撃ち出したからこそ大きく動くこと以外で避けることは難しい。黒白ならばこういう弾幕から逃れることは得意だろうが、器用に避けることが能である、しかも怪我を負った紅白ならばどうなるか。

 その期待も再び裏切られることになった。

 

「ありがと、助かったわ」

「さっき私も助けてもらったからな! お互いさまだぜ!」

「……テンション高いわねぇ」

 

 弾幕に当たる直前だった紅白を抱え、大きく旋回して避けながら黒白が口元を緩める。

 ――妖怪は一人でも生きていけますが、人間は常に互いを助け合うことで生を得ています。どこまでも寂しがり屋で、だからこそ人とわかり合うことができるんです。

 レーツェル、あなたは本当に人間が好きよね。私も何度も助けられた。だけど私は、あなたを助けられているのかな。

 そんなはずないか。

 救うために何百年も能力を行使し続け、運命を操っている。自分の運命さえ。ならばここでこの二人に会ったのも、きっとあの子を救うために必要であるからだ。

 もっと見せてくれ。もっと証明してくれ。あなたたちは、あの子に関わるに足る人材なの?

 

「負けたら死ぬかもしれないって危機感があるからかもな! これまでにないくらい『本気』で戦っている感覚が、なんだか死ぬほど心地いい!」

「だからって本当に死なないでよ。今の私じゃ一人であんなの相手にできないから」

「ああ、わかってるぜ!」

 

 ――"神術『吸血鬼幻想』"。

 魔力の大玉をいくつかまとめて飛ばす。当然それは避けられるのだが、その軌道上には小さな弾が多く残っていた。それには私の血を込めてあり、私が望んだ瞬間にゆっくりと拡散していく。

 それに合わせて再び大玉を放った。通った跡にはやはり弾が残り、前の弾が漂っているのにも拘わらずそれもまた拡散させる。

 

「散開して!」

 

 まとまっていれば不利と判断したらしい二人が、それぞれの避け方を始めた。

 紅白はまるで空気に身を任せるかのようにフワフワと揺蕩い、けれども確実に自らに近づく弾幕は回避する。黒白は「こんな鈍い弾幕、楽勝だ!」と叫びながら障害物を避けるように飛んでいた。

 なるほど、それならば昨日思いついたばかりのバージョン二をお見せするとしよう。

 ――"『紅色の幻想郷』"。

 原理は"神術『吸血鬼幻想』"と同じ、やり方も渦を巻かせて全方向に撃ち出すだけでほとんど一緒。しかし数だけが段違いだ。

 辺りに飛び散る血液の弾幕がもはや空を覆い尽くすほどに増大し、細かいすき間に目ざとい紅白はともかく大きく動く黒白はすでに回避などほとんどできなくなっていた。

 

「ちっ、多すぎる……!」

「魔理沙、もういいわ。スペルカードを使いなさい」

「けど!」

「いいから! あんた、ここに来るまでに二回もやったでしょ? それと同じ!」

「っ、そういうことかよ! それなら遠慮なくいかせてもらうぜ!」

 

 ――"魔符『スターダストレヴァリエ』"。

 黒白を中心に発生した巨大な星屑が未だ増え続ける私の弾幕の一部を削り取る。無駄だ。なくなったら増やすまで。一気に仕留めるつもりで弾を彼女のもとへ集中させた。

 

「即席マスタースパークっと!」

 

 ――"恋符『マスタースパーク』"。

 向かわせた弾幕を打ち消すために最初に繰り出した魔力光線をまた使ってきた。私を直接狙ったわけではないので、ちょっと横に動くだけで躱すことができる。

 それにしても、その技は隙が大きいということは学んだはずだろう。血液の弾幕に意識を集中し、側面や背後から黒白へと近づけていく。

 その瞬間、背後で限界まで高まった何者かの霊力を感じた。

 

「"神技『八方鬼縛陣』"」

 

 そうか、黒白は囮か。四方を線に囲まれ、まるで体が金縛りにあったように動かない。これでは次に来た技を避けることなどできないだろう。

 いつの間に私の後ろに回ったのかという疑問もあるけれど、咲夜という前例がある。おそらく巫女が持つ能力かなにかだ。

 だが、それはそれとしてこれほど特殊で強力な結界ならば後ろにいるはずの紅白も……。

 

「魔理沙、やりなさい!」

「いいのか? 確かそれって使ってる時はお前も動けなかっただろ?」

「構わないわ。私は『浮く』から。仲間からの攻撃なら別に反則じゃないでしょう?」

「……はぁ、まぁ、そうかもな。でもそれ遊びにならないレベルでズルいからなぁ……今度それを使った技を私がスペルカードとして命名してやるよ」

 

 浮く? 反則? この二人はなにを言ってるのだ?

 ただ一つわかることは、会話の流れからして黒白の攻撃を受けても紅白は無事であろうということだけだ。

 私が弾幕を放たなくなれば打ち消す意味もない。即座に魔力光線を中断し、自分に近づいてくる弾幕をあらかた打ち落とした上で、黒白が再度私の方を向く。

 これは……ちょっと、マズいな。いくら紅白も同様に縛られるとしても、吸血鬼である私が動けなくなるほどの力など予想もしていなかった。

 

「これでピンピンしてたら困るからな。残った魔力を全部込めさせてもらう」

 

 小さな八卦炉に、これまでの魔力光線の何倍にも上るエネルギーが蓄積されていく。まだそこまでの余力が残っていたのか。

 私にできることは飛び散っている血液が込められた弾幕を操作することだけであるが、あいにくと遅すぎて黒白の魔法発動を止められそうにない。

 諦めて受けるしかないのだ。彼女の一番の大技を。

 

「行くぜ! 正真正銘、これが私の全力全開! ファイナルッ! スパァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアクッ!」

 

 ――"魔砲『ファイナルスパーク』"。

 建物を一つ丸ごと飲み込む大きさを持ちながら、その実、黒白の魔法使いができ得る限界まで圧縮された魔力。

 襲い来る莫大な奔流を前にして私は笑っていた。

 しかたない。この勝負は、私の負けだ。さしもの吸血鬼である私もこれだけ濃縮された光と熱を食らっては数秒やそこらで勝負ができるまで回復することはできない。数分、もしくは数十分は再生に時間を費やさなければならないだろう。

 まさかこの私が二人がかりとは言え人間に負けるとは。そんな気持ちとは裏腹に、どこか納得しているような思いも心にあった。

 妹に助けられるだけの存在である私が、強力な敵を前にして血縁関係でもない他人と協力し合える二人に敵うはずもない。

 そうして自嘲気味に笑みを深めながら、私は大人しく極太の魔力光線をこの身に受け入れた。

 

 

 

 

 

 □ □ □ Ein Standpunkt wird wiederhergestellt □ □ □




「Normal」を原作通りと仮定すると、一~五面(二面除く)のボスまでは「Normal」と「Hard」の間くらいの難易度です。
しかしレミリアだけは「Lunatic」。一人だけぶっ飛んでるので、「Normal」仕様の霊夢と魔理沙では二人がかりにならないと厳しかったようです。

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