東方帽子屋   作:納豆チーズV

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一〇.永遠の巫女と紅魔館のメイド

「ゆかりん! 早く!」

「もう、わかってるわよ」

 

 パチュリーを回収しにスキマを開いて大図書館へ移動するのをしり目に、ベッドで眠る美鈴を持ち上げた。

 しかたないので別の部屋で寝ていてもらおうと思っていたのだが、どうにも抱えた感触で起きてしまったらしい。ううん、と呻きながら美鈴の瞼がゆっくりと上がっていく。

 

「あれ……レーツェルお嬢さま……? なんで私……」

「起こしちゃいましたか。美鈴は紅白の巫女に」

「あ、大丈夫です。思い出しました。確か……負けちゃったんでしたよね、私」

 

 「下ろしてください」という言葉に逡巡する俺に、「頭を打っただけですから大して怪我は負ってません」。しぶしぶとその体を支えながら床に足をつけさせる。

 ちゃんと大丈夫なようで、フラつくこともなく平気そうにその場に立っていた。

 

「すみません。侵入者を通しちゃったみたいで……」

「大丈夫ですよ。あの巫女には……いえ、あの巫女と魔法使いにはお姉さまに勝負を挑むだけの資格があります。それに、美鈴ががんばってくれていたことはちゃんとあの箱で見てましたから」

「あちゃあ、やられてるところ見られちゃってましたか……」

 

 どうしてそうマイナス方面で捉えようとするのかな。いつもの調子を取り戻してくれるような言葉をもっと考えようとして、目の前の彼女が笑みを浮かべながらも拳を強く握り締めていることに気づく。

 悔しいのだ。足場を作る魔法という奥の手を早々に使って、それでも一〇分と持たずやられてしまったことが。

 

「美鈴」

 

 ここで言うべきはなぐさめではなく激励の言葉だ。

 両手で彼女の手をやんわりと包み込んで、瞼をパチパチとさせて見つめてくるその顔を見上げる。

 

「またリベンジすればいいんですよ。スペルカードルールには、敗者からの再戦の申し込みはできる限り受けるようにするという規定もあります」

「……また挑めばいい、ですか。ふふっ、そうですね。ありがとうございます。心配かけちゃいましたか」

「もっともっと強くなりましょう。美鈴が望むなら私もいくらだって手伝います」

 

 やっと元気が出てくれたようだ。そんな彼女の手を引いてコタツの方に持ってくると、俺から見て左側の側面に座らせた。

 ルーミアがボーっと見つめていることに気づいたのか、美鈴が笑顔で話しかける。

 

「初めまして、この館で門番をしてる紅美鈴です」

「門番ー? 私が来る時はいっつも空いてるけど」

「働くのは主に昼だからなぁ。妖怪だから不眠不休でも大丈夫なんですけど、お嬢さまがたのお気遣いがありまして」

「ふぅん、まぁなんでもいいわー。私はルーミア、しがない宵闇の妖怪よ」

 

 問題なく二人が話せているのを確認して、俺はベッドの方に戻る。ちょうど紫が戻ってきたところだった。ニュッとコタツの定位置に彼女が現れると同時に、ドサリとベッドにパチュリーが落ちてくる。やはりかなりの無理をしていたようで顔色が悪い。

 頭の近くにあった枕を取り上げて、逆側にある彼女の脚の下にベッドと挟ませるように置いた。足を高くして頭を低くする。貧血の対処法だ。着ている服を少しだけ緩めたりもした。

 

「むぅ……」

「もう起きちゃいましたか。無理しないでください。このまま寝ていていいですから」

 

 薄っすらと目を開けたパチュリーは、俺の顔と部屋を見渡した後、テレビに視線を向けて納得した風な表情をした。

 

「……無様なとこ、見せちゃったわね」

「いえいえ、かっこよかったですよ。とっても」

「お世辞は……ふふっ、レーテはそんなこと言う性格じゃなかったわね。ありがと……素直に受け取っておくわ」

 

 それ以降は俺の忠告通りに無理をしてしゃべることなく楽な姿勢を取った。ただし視線はテレビの方を向いている。

 紫、ルーミア、美鈴、パチュリー。こんなにたくさんの知り合いを同時に寝室に招いたのなんて初めてだ。なんだか前世で友達と集まってテレビゲームで遊んでいた頃を思い出す。

 テレビゲーム、か。幻想郷には忘れられたせいで流れ着いた外の世界の道具、そしてそれを売ることを専門にする店もある。今度そこに訪ねてみるのもいいかもしれない。

 

「さぁ、この異変もあと少しで終幕ですね。あの二人が咲夜とお姉さまに勝てればの話ですけど」

 

 

 

 

 

 □ □ □ Standpunkt verändert sich zu Sakuya Izayoi □ □ □

 

 

 

 

 

 時が止まってしまえばいいのに。もっと時が早く進めばいいのに。時を遅く、この瞬間を長く味わいたい。

 人間の誰しもが一度は抱える『時間』という欲求のすべてを私の能力は体現する。望めば止まり、欲せば早まり、求めれば鈍くなる。万物が縛られる『時間』の檻を操る、まさしく世界を支配するような力だ。

 この力さえあるならその気になればなんでもできる――そんなことを思ったことは、私は一度としてありはしない。

 

「お嬢さまは滅多に人に会うようなことはないわ」

「軟禁されてるの?」

「お嬢さまは暗いところが好きなのよ」

 

 妖精メイドたちが騒がしいからその原因を探って屋敷を歩いてみれば、出会ったのは肩と腋を露出する変な巫女服を着た人間の侵入者。

 どうやら紅霧を止めるためにレミリアお嬢さまを倒しに来たようで、それならばメイド長である私が見過ごすわけにはいかない。いや、それ以前に侵入者であるという時点で追い返さなくてはならないか。

 まったく門番(メイリン)はなにをやっているのか。たかが人間(ネズミ)風情をこうも容易に館内に通してしまうなど。

 

「暗くないあなたでもいいわ。ここら辺一帯に霧を出してるのあなたたちでしょ? あれが迷惑なの。なにが目的なの?」

「日光が邪魔だからよ。お嬢さま、冥い好きだし」

「私は好きじゃないわ。止めてくれる?」

「それはお嬢さまに言ってよ」

「じゃ呼んできて」

 

 一瞬、ここでレミリアお嬢さまではなくレーツェルお嬢さまを呼ぶという考えが浮かんだけれどすぐに掻き消した。姉に危害を加えようとする目の前の巫女を追い返そうとする光景の反面、お客さまとして喜んでレミリアお嬢さまのもとへ案内する姿も想像できたからだ。

 

「ご主人さまを危険な目に遭わせるわけないでしょ?」

「ここで騒ぎを起こせば出て来るかしら?」

 

 お祓い棒とお札を構えながらニヤリとする目出度い巫女に、はぁ、とこれ見よがしにため息を吐いてみせた。

 妖精メイドたちをやたらめったら蹴散らしてきて出てこないのに、そんなことしても無駄でしょうに。

 そろそろ話も終わりにしよう。さっさとネズミ掃除を終わらせなければ美鈴ともどもレミリアお嬢さまに怒られてしまう。

 

「あなたはお嬢さまには会えない。それこそ、時間を止めてでも時間稼ぎができるから」

 

 ナイフを不意打ち気味に放ち、それに追随する形で巫女に接近した。

 いきなり首元を狙った刃物に驚いて素早くお祓い棒で弾いた巫女の懐に入る。私は両手にはすでにそれぞれナイフを持っていた。

 まずは脚を削ぐ。

 迷うことなく太ももを切りつけようと刃を振り回す。しかしどこを攻撃されるのか勘かなにかで察したらしい巫女が瞬間的に宙返りしたことで空振りに終わった。ならば二段目、右手では投擲の姿勢を取りながら左手のナイフを胸元に振り上げる。

 

「危ないわねっ!」

 

 お祓い棒で受け止めてきた。それを確認すると同時、右手のナイフを手先のスナップだけでヒュッと投げる。顔を狙ったのだけれど、これもまたギリギリで首を傾けて避けられた。

 近距離戦では分が悪いと判断したようで、巫女はナイフ越しにお祓い棒で私を突き飛ばすと空に飛んで大きく距離を取ろうとした。

 逃げようとしたのなら迷わず追撃しろ。そんなあからさまな隙を見逃す手立てはない。

 ここで拾われる前、子どもの頃に習った教えに忠実にスペルカードの発動を宣言した。

 ――"幻象『ルナクロック』"。

 

「時よ止まれ」

 

 その言葉を最後に世界から音が消え失せた。

 別にこんなセリフは吐かなくても時間は操作できるのだが、レーツェルお嬢さまが「時を止める時にこれを言うとかっこいいですよ」と教えてくれたので余裕がある時は口にしている。後でパチュリーさまに聞いたことによると、どうやらファウストという作品の名言「時よ止まれ、汝はいかにも美しい!」から引用してきているのだろうとのこと。

 宙で飛び上がった体勢で止まっている巫女に向けて数々のナイフを投擲する。その数はざっと数十、さすがに一〇〇には及ばない。時が止まった世界では私の手から離れた物質は動くことが適わなくなるので、数メートル進んだ辺りですべてのナイフが宙で静止していた。

 

「時は動き出す……」

 

 これもまたレーツェルお嬢さまに懇願されて言い始めたものだ。こちらはパチュリーさまもなにをモチーフにしたかはわからないとか。もっとも、時が止まった世界では私しか活動できないので言っても言わなくてもバレないから本来なら構わないのだけれど。

 世界に音が戻り、巫女からしてみれば急に現れたであろう無数のナイフが容赦なく襲いかかる。

 

「ッ、封魔陣!」

 

 ――"夢符『封魔陣』"。

 片手で取り出したスペルカードをそのまま振り下ろすと、巫女を中心に広がっていく青白い結界が出現した。容易くナイフを吹き飛ばして私にさえ届きかけるものの、防御のために使ったスペルカードなど恐れるに値しない。

 数センチ前まで迫っていた結界が解けていくのを確認し、あらかじめ構えていた十数のナイフを一気に投擲した。手持ちが減ってきたので時を止めてこれまでで使ったナイフを回収し、時が再起してすぐに数本を速度を高めて投げつける。

 巫女は大きく旋回し、回避し切れなかったぶんをお祓い棒と身の周りに漂う陰陽の模様が描かれた玉からの霊力弾で叩き落とした。

 

「まさかただのメイドがこれまで出会った中で一番強いとはね」

「ただの巫女も意外にしぶといわね。最初のスペルカードでくたばってくれてよかったのに」

「言ってろ!」

 

 ――"霊符『夢想封印』"。

 巫女が腕を広げると霊力の高まりを感じ、一〇にものぼる大きな霊力弾が生み出された。そのどれもから封印の術式の力を感じる。

 素直に受ける道理はないので回避しようとして、どうやら追尾してくるらしいことがわかった。なるほど、厄介な技だ。数が少なくともこれでは簡単には避けられない。

 だけどそれも私には関係のないことだ。

 

「時よ止まれ」

 

 ――"幻世『ザ・ワールド』"。

 私の時間(チカラ)は一人の例外を除いて等しくすべてを支配する。時が止まった世界で追尾機能など働くはずがない。

 ナイフを回収しつつ巫女の背後に回り、死角にナイフを配置していく。この技で仕留めるつもりはないので退路さえ塞げればそれでいい。

 

「時は動き出す」

「――えっ!?」

 

 私が彼女の後ろに移動したことで封印術式が組み込まれた霊力弾がすべて巫女に向かって飛んでくる。下がろうとしたところには"幻世『ザ・ワールド』"で設置したナイフがあり、それを避けたり押しのけたりしながら通ろうとすれば封印の霊力弾が先にたどりつくのは明白だ。上や下、右や左に移動して避けようとするならば私も同じ方向に動くだけ。

 巫女を仕留めるのは巫女自身の技であり、私のスペルカードではない。

 

 

 

 

 

 □ □ □ Ein Standpunkt wird wiederhergestellt □ □ □


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