東方帽子屋   作:納豆チーズV

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八.天翔る龍の拳法

 □ □ □ Standpunkt verändert sich zu Hhong Mei Ling □ □ □

 

 

 

 

 

 生み出す弾が少なければ容赦なく霊力のこもったお札を投げつけられ、多くすれば自分に当たるものだけを回避して、確実に弾幕の隙間にお札を投擲してくる。それを避ければその隙を縫って追撃が来るし、かと言って避けないでいるわけにもいかない。

 私は妖怪としての格は低いが、それなりの年月を生きてきているつもりだ。紅魔館の門番として死闘を繰り広げたことも少なくない。それなのにたった十数年しか生きていないであろう目の前の巫女は、舞でも踊るかのように私の弾に身を掠らせ(グレイズし)ながら徐々に追い詰めてきている。

 咲夜さんが腕試しと称して私に勝負を挑んできた時のことを思い出していた。彼女もまた多大なる才能を秘めていた。あぁ、レーツェルお嬢さまが吸血鬼にとっては食事の対象でしかないはずの人間を高く評価する理由が今ならハッキリとわかる。

 長きを生きる妖怪とは真反対の存在、短き生だからこそ必死に輝こうとする荒くも美しい魂。

 

「なにを笑っているのよ。押しているのは私なのよ?」

「む、だったら押し返さないといけないなぁ」

 

 ――"華符『セラギネラ9』"。

 イメージは葉上の茎が一直線に伸び続けられないために分枝し続ける植物、イワハビ。

 全方位に生み出した数多くの弾幕が交差し、混ざり合い、まさしくイワハビが葉を広げるように放射状に空間を埋め尽くしていく。

 私は花や植物が好きだ。だからそれの再現ならば結構自信がある。

 

「パターンが甘い!」

 

 しかし巫女には通じないようで、さきほどと変わらず普通に避けながらお札を投げつけてきた。それは展開していた弾幕の一つに命中して消滅するが、そうして作られた隙間に連続的にお札を撃ち出してくる。

 イワハビの葉が一枚ずつ確実に破られ、やがてお札が中心にいる私のもとにまで向かってきた。さすがに大人しく食らうつもりはない。お札がたどりつく前にスッと横に移動して、しかしそれが相手の狙いだった。

 

「かかったわね」

「えっ!」

 

 動いたことで弾幕にズレが生じ、巫女がつけ入るスキができた。

 普通ならば避けられるはずもない無数の弾幕、私の回避により生まれたほんのわずかなすき間を縫うように接近してくる。

 スペルカードルールは別に攻撃は飛び道具や弾幕のみと決められているわけではない。このまま打撃で攻めてくるつもりか? 迎え撃つためにスペルカードの発動を取りやめて身構えると同時、巫女が手に持つお祓い棒を振り上げた。

 直後、その背後から陰陽を表す太極図が描かれた一つの玉が顔を出す。

 

「ぐっ」

 

 玉から発射される霊力弾を咄嗟に両腕を交差してガードし、すぐにそれが悪手だったと気づかされる。お祓い棒を逆手に持ち替えた巫女が交差した腕の隙間にガッと刺し込んできた。

 ただの打撃ではなく、多大な霊力が練り込まれている。一瞬、意識が飛んだ。

 マズい、フラフラする。いったん距離を取って回復しないと。

 

「逃がさないわよ」

 

 私の斜め後ろ。右上、右下、左上、左下。それぞれの方向に一気にお札を投げてきた。直接当ててこないことを疑問に思いつつも後退しようとして、ビリッと電流が走ったような感覚が背中を駆け巡る。

 慌てて振り返ってみれば、そこに四つの札が宙に留まり正方形を描くことで青い半透明の結界が生み出されていた。

 

「これで終わり!」

 

 進路を妨害されたと気づいた時には遅く、すでに巫女の手からお札が、浮いた陰陽の玉からは霊力弾が発射されていた。

 回避は到底間に合わない。もともと飛行は得意な部類ではなく、後退を阻止された直後で方向転換ができるほど器用ではないのだ。

 ――美鈴の弾幕は七色に輝いてて本当に綺麗ですねー。特に花をモチーフにしたスペルカードは再現度が素晴らしいです。

 ――本当ですか? いやぁ、ありがとうございます。

 ――でも、どこかパターンに頼り過ぎている気もしますね。弾幕ごっこは確かに『美しさ』を重視しますが、それでも決闘なんですよ?

 ――うぐぅ、それはわかっているんですが、なにぶん飛行や空中戦は苦手でして……地上なら武術も使えて結構行ける自信があるんですけど。

 ――ふぅむ、地上なら、ですか。なるほど、それなら一つ良い案がありますよ?

 

「"虹符『烈虹真拳』"!」

 

 ――足場がないから、支えがないから武術がほとんど使えないんですよね。だったら作ればいいんですよ。使いこなせるかどうかは美鈴次第ですが、これは日頃のお礼です。

 レーツェルお嬢さまから授かった足場を作る魔法を咄嗟に使い、その状態で即座にスペルカードの発動を宣言。長きにわたる修練を経た肉体は一瞬にして気力を最大まで練り上げて、迫り来るお札と霊力弾を左拳の連続突きで打ち消した。

 多少視界がフラつくけど、この巫女を相手に回復まで逃げ続けるのは得策じゃない。また今のように結界やらなんやらで追い詰められる可能性が高くなる。だったら一気に畳みかけるべきだ。

 

「シッ――!」

 

 その場から跳び上がり、くるりと半回転して上の空気を足場にする。ダンッと一気に巫女まで接近した。

 脚に気力を込めてのその移動は常人ならば視認すらできないもののはずだが、さすがに目の前の巫女は格が違う。お祓い棒で迎撃しようとしてきた。

 

「速いけどこれで、えっ!?」

 

 真横の宙を足場にして急激な方向転換、私に視線が追いついていない巫女の隣に魔法で着地する。その時にはすでに技の準備を終えていた。

 ――"撃符『大鵬拳』"。

 右の拳に溜まった気力が漏れ出して虹色のオーラとなる。このスペルカードの特徴は二つ、ただ力と肉体の限り揚炮を繰り出すだけの射程もなく単純な作りであることと、出がとてつもなく早いということ。

 もしも音速で動けるのだとしても、三〇センチの隙間もない超至近距離だ。決して避けられはしない。

 

「ハァッ、えっ!?」

 

 勝利を確信して一撃を繰り出した時、今度は私が驚愕の声を上げることになった。瞬時に形成された結界に私の攻撃が阻まれ、むしろ打ち出した私の方が傷を負ったのだ。

 よく見れば、巫女が片手の人差し指と中指を立てて印を結んでいる。

 

「間一髪、ね。あなたが私の攻撃を殴って打ち消したのを見てすぐに準備しておいてよかったわ。それにしてもすごい威力、結界にヒビが入ってる……」

 

 ――"霊符『夢想封印』"。

 巫女が両腕を大きく広げたかと思うと、霊力の高まりを感じて即座にその場から飛び退いた。

 直後、彼女の身と同程度の大きさの強力な光の弾が八つ生み出された。これをまともに受ければタダでは済まないと見ただけでわかった。それにただの霊力弾ではなく、どうやら封印の効力が込められているようで。

 それぞれの光弾が発射され、逃れるために地面を蹴った。上へ下へ前へとさまざまな方向へ。しかし光の弾は私を追尾してきているようで、なにをどうやっても振り切れない。

 

「それならっ!」

 

 ――"星気『星脈地転弾』"。

 八つの光の弾に向き直り、後退しながら気力を込めながら両腕で大きな塊を作っていく。回転し、練り上げ、全身全霊の気力を込めた一つの強大な気力弾へ。

 完成と同時に撃ち放ったそれが光の弾に直撃し、互いの力が反発して爆発が起こる。消滅させた数は、五。未だ三つは健在だ。

 ――"熾撃『大鵬墜撃拳』"。

 一つ目を半歩踏み出しての崩拳で破壊し、二つ目を背中からぶつかる体当たり、鉄山靠で相殺する。あと一発。

 

「揚炮ッ!」

 

 全力で繰り出した拳でなんとか最後の一つも霧散させ、ふぅ、と一息ついた。危なかった。攻撃に気力を込めて受けるダメージを最大限に抑えたはずなのに、直接触れた部分が痛みを訴えてきてしかたない。

 レミリアお嬢さまと初めて戦った時のことを思い出す。あの時も完璧な対処法で防いでみせたはずなのに私はダメージを――あ。

 

「あれっ、あの巫女は……」

 

 右、左。いない。後ろかと振り返ってみてもどこにも見当たらない。光の弾を打ち消すのに夢中になりすぎて巫女を注意するのを忘れていた。

 

「くそっ、まさかもう紅魔館の中に」

「それこそまさか、ね。誇っていいわよ、あと一歩ってところまで私を追い詰めたこと」

 

 その声はすぐ真上から。気づいた時には遅く、私の脳天にお祓い棒が叩き込まれていた。

 油断した。最初に受けたダメージと合わさって、全身から力が抜けていく。視界が黒く染まっていく。

 飛んでいられない。魔法が途切れる。意識が闇に沈んでいく。

 

「おっ、やっと追いついたぜ」

「なに、新手? ってなんだ魔理沙か。遅かったわね」

「いやぁ、意外と強くてな。あと湖でちょっと迷ってた」

 

 ……ごめんなさい、お嬢さま。侵入者、通しちゃいました……。

 

 

 

 

 

 □ □ □ Ein Standpunkt wird wiederhergestellt □ □ □

 

 

 

 

 

「んぅ……あれ、ここは?」

「あ、目が覚めましたか?」

「レーチェル? ここはレーチェルの……うーん。黒白の魔法使いにすっごい太いレーザーを撃たれて、それから……」

「気絶していたんですよ。そのまま放っておくわけにもいきませんし、館の方に連れてきちゃいました。迷惑でしたか?」

 

 俺のベッドから出てきたルーミアが、目元を擦りながらぶんぶんと首を横に振る。

 

「迷惑じゃないわー。助かったわレーチェル」

「どういたしまして。あとレーツェルです」

 

 トテトテと歩いてきた彼女がコタツに入る俺の隣に座ってきた。初めて会った日からちょくちょく訪れたりこちらから呼んだりしているので、今では結構仲良しになれたのではないかと思っている。

 ルーミアがテレビに視線を向けて、「あれって」と首を傾げた。

 

「さっきの紅白と黒白? どーしてその変な箱に映ってるの?」

「知り合いにストーカーが得意な妖怪がいまして、この箱であの二人を観察してるんです。そろそろ戻ってくる頃だと思いま」

「持ってきたわよ」

 

 ニュッ、とスキマを開いて紫がコタツの対面に現れた。同時にさきほどまでルーミアが使っていたベッドからドサッと音がして、見ればそこに悔しそうな表情で眠る美鈴の姿がある。

 唐突に出てきた紫の姿にルーミアが目を丸くしていた。

 

「あら、あなた起きたのね」

「誰ー?」

「しがない境界の妖怪よ」

 

 ルーミアはそう言って胡散臭そうに笑う紫をしばらく眺めたのち、「ふぅん」と興味なさげに視線をそらした。初めて会った時、自分より強い力を持つ者が近づいてきているのを知っていながら「めんどくさい」と逃げなかった彼女のことだ。関心がないことにはとことん関心がない。

 テレビ画面をじっと見つめるルーミアにつられて、俺の目も同じ方へと向く。玄関近くにいた妖精メイドたちをなぎ倒しながら、ちょうど紅魔館に入ってくるところだった。

 

「妖精たちは回収しなくてもいいのかしら」

「そうしたいのは山々なんですが、かなりの数がいますからね。やられた彼女たちを全員部屋に招いていたらすぐにぎゅうぎゅう詰めになっちゃいます」

 

 代わりに今度、影の魔法で掃除の仕事を手伝ってあげよう。

 そういえば、とルーミアが俺の顔を見上げて首を傾げてきた。

 

「あの黒白魔法使いに私が両手を広げてる理由を同じように話してみたらレーチェルと同じ反応が返ってきたんだけど、知り合いなの?」

「いえいえ、彼女とは一度も会ったことはありませんよ。きっと私と思考回路が似ていたんでしょうね」

「むー、そーなのかー。つまり誰が見ても十進法を採用したように見えるのかー……」

 

 ルーミアが気落ちしたように声のトーンが下がる。二人から同じことを返されてしまえば、本当にそう見えるのではないかと疑ってしまうのは当然か。

 あれは冗談で言ったんですよとなぐさめたかったけれど、たとえ冗談でも十進法を採用云々の回答に至ったことは変わりないのだ。励ましにはならないな、と違う言葉を頭の中で模索する。

 

「えぇと、大丈夫ですよ。十進法って素晴らしいじゃないですか。とってもわかりやすくて使いやすいですし」

「そっちのフォローはいらない……」

 

 全然ダメだった。マズい、もっと落ち込んでしまった。どうしよう。

 十進法の悪いところを述べればいいのか。いや、十進法を採用しましたって見えるのにそんなことしたらさらに気落ちさせるだけ。だったら一六進法とか二進法との違いを述べるとか? 十進法の素晴らしさを述べてダメだったのにそんなことしても意味がないな。っていうかいい加減十進法関連から思考を離れよう。目的はルーミアを励ますことだから数字について考えてもしかたない。だったらなんていえばいいんだろう。ルーミアを元気にさせられる言葉……うぐぐ。

 あたふたと元気づける言葉を探す俺と、さまざまな理由でしゅんとしているルーミア。そしてそんな俺たちを胡散臭そうな笑みで眺める紫。

 館が人間二人に襲撃されているのにも拘わらず、この部屋では相変わらず気の抜けた空気が広がっていた。


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