東方帽子屋   作:納豆チーズV

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六.動き出す巫女、漂う闇の妖怪

「そろそろですか?」

 

 ベッドから起き上がり、ボーッと顔を宙空に向けながら問いかけた。

 日差しの鬱陶しさを主張した日以降、レミリアは一日一回テラスで十数分ほど紅霧を出し続けている。すでに半月は経っているが、霧が幻想郷中を覆っていくたびにどんどん日差しが届かなくなる様子を愉快に観察しているようである。

 ちなみに、吸血鬼が出す霧はその身の妖気が形を持ったものだけれど、霧が紅いのはそれとはまったく別の外部的要因によるものだ。吸血鬼の霧は水滴よりも密度が高く、細かい水滴よりもさらに細かい、むしろ宝石に近い。だからこそ少量でも光を強く曲げてしまい、紅より波長が短くより屈折する光は乱反射の末に多くが霧に吸収される。その結果として一番ストレートな紅だけが多く残って紅色に見える――って前にパチュリーが言ってた。俺にはよくわからなかったけど、とりあえず頷いておいた。

 

「……どうして気づいたのかしら」

「三度目ですからね。妖力と魔力を探知するくらい寝起きでも簡単に……と言いたいのは山々なんですが、ちゃんと細工がありますよ」

 

 ニュッ、とスキマを開いて紫がコタツの前に現れた。ベッドから下りてその対面に向かいながら、あまりにも簡単でくだらない細工を語る。

 

「お姉さまが霧を出し始めて以降、毎日『出てきたらどうですか?』『まだ巫女は動かないんですか?』『そろそろですか?』と寝起きで言ってるだけです」

「カマをかけられたのね」

「反応してくれなかったらわかってるフリしてるだけなのが見られて、ちょっと恥ずかしいことになってましたけどね」

 

 コタツ前の座布団に座り、急須に紅茶の茶葉と魔法で作り出した水を入れる。湯のみを二つ用意して、急須の効力によって変化した熱い緑茶を注いだ。

 どうぞ、と紫の方に一つを差し出し、もう一つを自分の口に運ぶ。

 

「館の中は霧で満たされてないのねぇ」

「昼間でも活動できるようにするためにやってることですから、もともと活動できる室内を霧で満たしても意味ないです。それにうちは妖精が基本ですが人間のメイドもいますし」

 

 吸血鬼の霧は妖霧と呼ばれるだけあって人間には有害だ。死んだりするわけではないにしても吸えば気分が悪くなるんだとか。

 人里は今、混乱に瀕していると思われる。数日前にチラッと行って覗いてみたが、外に出ている者はなく閑散としていた。

 

「それで、そろそろなんですか? 博麗の巫女が来るのは」

「ええ。他に余計な人間が一人紛れ込んでるけど気にしないでちょうだい。巫女は今、出かける準備を整えてるところよ。霧もそろそろ幻想郷の外に漏れ出そうとしてるから、もうちょっと早く動いてほしかったんだけどねぇ」

「ちなみにどうして今まで動かなかったんでしょう。さすがに異変には気づいていたと思うんですが」

「めんどくさかったらしいわ。博麗神社は幻想郷の最東端にあるのだけれど、そこまで紅霧が届きかけたから、しかたなく動き出したのよ」

 

 それはなんというか、相当危機感に欠けているというか。

 

「とにかく巫女が来るんですね。わかりました」

「あら、余計な人間については聞かないのね」

「気にしないでって言ったじゃないですか」

「本当に気にしないとは思わないじゃない。教えておくと、そいつは星の力を操るのが得意な魔法使いよ。普通に戦うならともかくスペルカードルールに則るなら結構な強さになる」

「なるほど、気をつけておきます。とは言っても今回は私はその二人と戦うつもりはありませんけどね」

 

 のんきに湯のみを傾ける俺に、同じく緑茶を口に通した紫が「どうして?」と首を傾げてくる。

 

「この館に攻め入ってくる以上、二人は美鈴や咲夜はもちろん、道を間違えればパチェとも戦うことになります。その後にお姉さまとの戦闘ですよ? 数が多いじゃないですか。あ、美鈴たちのことは教えたことありませんでしたね。それぞれ門番とメイド長、それから知識人で、個性豊かで楽しい方たちですよ」

「ふぅん、なるほどねぇ。でも本当にそれだけが参戦しない理由かしら。なんとなくだけど、どこかあなたに違和感を覚える」

「……鋭いですね、ゆかりんは」

 

 紫が、愛称で呼んだことに若干嬉しそうに顔を上げた。

 

「私も時機を見て、日を跨いで巫女たちと戦うつもりです。それはきっと一か月くらい後のことになります」

「あいかわらずたまに未来を見通したような発言をするのね」

「いえいえ、予言ではなく予想ですよ。もしもその通りにならないようなら、そうなるように私が動くだけですし」

 

 俺がいることで正史になにかしらの変化を及ぼしてしまうことは吸血鬼異変の時に嫌というほど理解した。紅魔館の住民はその影響をもろに受けているし、東方紅魔郷も正史通りに進むのかどうか果てしなく疑問だ。

 一番の変化はレミリアが弾幕に対しとても強くなっていることだ。卓球が原因で生み出された"弾幕合戦"という遊戯。これにより鍛えられたせいで、彼女の弾幕の生成速度と機動性はずば抜けている。果たして本当に異変は解決されるのかどうか。

 ……そんなに深く考えなくても大丈夫か。なにせスペルカードルールにおいては、異変を解決する人間側は勝つまで何度でも元凶に挑むことが許される。

 

「ひとまず楽しみにしていますよ。最強の人間とその友人が、お姉さまたちを相手にどこまでやれるのか」

 

 俺は巫女や魔法使いのことなんて知らないフリをして、とりあえず今は紫とゆっくりお茶でもしていよう。

 

 

 

 

 

 □ □ □ Standpunkt verändert sich zu Rumia □ □ □

 

 

 

 

 幻想郷中を覆い尽くす紅い霧は光を通さず、闇の妖怪である自分にとってはひどく都合がいい。妖気が秘められているので人間には有害だけれども、妖怪の自分には大して影響もなく、むしろ心地の良く思えるほどのものだった。

 霧のせいで紅色に染まっている満月を見ながら、彼女と出会ったのは逆に月がなかった時だったな、と夢想する。

 彼女とはすなわち、レー……レー……レーチェルという吸血鬼の友人のことだ。闇を支配し身に纏う姿は強大な力をこれでもかというほどに主張して、お札で力を封印されている自分では遠く敵わないことは嫌でもわかった。

 そんな彼女は、偶然出会っただけでなんの力もない私を友達と呼んだ。ただ闇を作るだけの小さな妖怪をあまつさえ家にまで招き、遊びで怪我をさせてしまったお詫びにとご馳走までふるまってくれた。

 その日からレーチェルの家には何度かお邪魔させてもらっている。今私がいる林で遭遇することもあり、生きる意味もわからず宙を漂っているだけの生活に潤いが生まれた。

 あぁ、考えていたらなんだか会いたくなってきた。霧が出るまではとても暑くてずっと闇の中にいたから、最近は遊びに行っていない。

 

「気持ちいいわね。毎回、昼間に出発して悪霊が少ないから夜に出てみたんだけど……どこに行っていいかわからないわ。暗くて」

「お前ならそう言うと思ってたぜ。私は夜は嫌いだけどな。変な奴しかいないし」

「っていうかなんであんたついてくるのよ」

「こんな変な霧を出すやつなら目ぼしいものの一つや二つきっと持ってるだろ? そいつを探しに行こうとしたところにお前がいたんじゃないか」

 

 陽気な会話にくるりと聞こえた方向へ向き直ると、夜の闇の中を飛んでいる二人の人間の姿が目に入る。

 片方はなぜか袖がない赤い巫女服を着込んだ黒髪の女性だ。頭に赤いリボンをつけていることに若干の親近感を覚えるが、そのサイズは明らかに私よりも大きい。

 もう片方はいかにも魔法使いというコーンの形をした三角帽子をかぶり、体には黒いドレス服に白いエプロンをつけている。自力では飛べないのか竹箒に乗っていた。

 

「変な奴って誰のことよ」

 

 人間、人間だ。とりあえず声をかけておく。外の世界の人間なら食べられるのだけれど、そう都合よくはいかないか。

 そもそも外の世界の人間は空を飛べない。魔法使いなんて問題外。希望なんてなかった。

 

「誰もあんたのことって言ってないぜ」

「それはまぁ、当然」

 

 竹箒で飛んでいる魔法使いに言い返される。隣の巫女は私の登場にめんどうくさそうな顔をして、

 

「ほら、あんたが変な奴がどうとか言うから本当に変な奴が出てきちゃったじゃない」

 

 こちらは完全に私を指して変な奴と呼んでいた。魔法使いのように誤魔化しもしない。失礼なやつである。

 そもそも夜は妖怪の活動時間帯なのだから妖怪が出てくるのは至極当然のことなのだ。文句を言われる筋合いはない。

 

「で、お前さんはさっきからなんでそんな手広げてるのさ」

 

 魔法使いの質問。そういえば同じようなことをレーチェルにも聞かれたなぁ、と思い返した。

 なんて答えたんだっけ、あの時の私は。そう、確か私はあの時、

 

「『聖者は十字架に磔られました』っていってるように見える?」

「『人類は十進法を採用しました』って見えるな」

 

 少なからず目を見開いて驚いた。その回答はレーチェルが返してきた言葉とまったく同じものだったのだ。

 もしかしたらこの魔法使いは彼女と知り合いなのだろうか。まさか吐かれた答えが同じだったことが単なる偶然だったとは言いますまい。

 ちょっと戦ってみようかな。

 私が少なからず興味を向けていることに気づいたのか、魔法使いが帽子の中から小さな金属の塊を取り出して身構えた。

 

「あら、あんたがやってくれるのね。ちょうどいいからここは任せて私は先に行かせてもらうわ」

「ちぇっ、しかたないから囮役は買ってやるぜ。よくわからんがそこの妖怪は私と戦いたいみたいだからな」

 

 ちょっと離れたところを通って私の後ろに飛んで行ってしまう巫女を見送ると、体内の妖力を練って弾幕生成の準備を始めた。

 紅霧のおかげで日が届かない日が続いていて機嫌もよかった。それにこの魔法使いはレーチェルと関係がある可能性が高い。あれだけ強い彼女と関わりがあるのなら、いつものようにダルくではなく少しくらい本気を出したって構わないだろう。

 

「目の前が取って食べれる人類?」

「食べるならさっき通りすがった巫女をオススメしますわ!」

 

 そんな対話を開戦の合図にして、私と魔法使いはそれぞれ宙空に弾幕を作る。

 

 

 

 

 

 □ □ □ Ein Standpunkt wird wiederhergestellt □ □ □


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