東方帽子屋   作:納豆チーズV

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五.異変の必要性と博麗の役割

「レーテ、異変を起こすつもりはない?」

「……紫。それ、パチェが私を呼ぶ時の愛称です」

「別にいいじゃない。私たちだって殺し合い一歩手前まで(おこな)った仲でしょう?」

 

 唐突に「お邪魔しますわ」とスキマで俺の部屋にやって来たのが数分前。今回は紫だけでなく、八雲藍も一緒にお邪魔しにきていた。

 挨拶もほどほどにコタツを囲み、紅茶の茶葉で作られた緑茶を出す。そうして落ち着いた後に切り出された話題が上記のものだった。

 

「だったら私もゆかりんとか呼んじゃいますよ」

「あらいいわね。藍もなにか愛称つけてもらったら?」

「そもそも私はこちらの吸血鬼とはろくに会話も交わしたことがないのですが……えー、八雲藍と申します。先日の戦争ではどうも」

「あ、ご丁寧に。レーツェル・スカーレットです。よろしくお願いします、藍」

 

 いきなり呼び捨てはどうかとも思ったが、慧音も呼び捨てにしていたので構わないことにした。藍も特に反応を示さないので許容してくれていると判断する。

 というか、ゆかりん呼びしてもいいのか。冗談だったのだけれど、許可された手前呼ばないのもダメな気がする。

 

「それで、あなたは異変を起こすつもりはないの?」

「ありませんよ。私に頼むくらいならゆかりんが起こしたらどうです?」

「残念ながら、幻想郷の管理者である私が異変を起こす側に回るわけにはいかないわ」

「へー。っていうか吸血鬼異変があったばかりじゃないですか。どうしてまたすぐに異変が欲しいんですか?」

「この前と言ってもすでに半年以上は経ってるわよ。前回は妖怪同士の異変だったでしょう? 今回は妖怪が異変を起こし、スペルカードルールを使って人間たちにそれを解決させたいの」

「人間……博麗の巫女ですか」

「知ってるなら話は早いわ」

 

 スペルカードルールには四つの理念があり、そのうちの二つが『妖怪が異変を起こしやすくする』、『人間が異変を解決しやすくする』。つまりは異変が必要な理由の一つ目がスペルカードルールというシステムの存在価値を明確にすることだ。ついでにスペルカードルールを使えば強力な妖怪にも人間の手で敵うことを証明させられて万々歳。吸血鬼異変を起こしたばかりの吸血鬼ならばその相手にもってこいというわけだ。

 

「ずいぶんと退屈しているみたいだからねぇ。ここらで巫女の本分を再認識してもらわないといけないわ」

 

 そして理由の二つ目が、幻想郷の最東端に位置する博麗神社に仕え、博麗大結界――外の世界を『常識』、と幻想郷を『非常識』と分けることで幻想郷を幻想郷足らしめる結界――を管理する、幻想郷のもう一人の管理者とでも言うべき博麗の巫女に働いてもらうこと。

 どうして働いてもらいたいかは、紫が言った通り本分を思い出してほしいからだろう。前世の記憶によれば、博麗の巫女は吸血鬼異変の頃は大した異変もないせいでだらけ切っていたんだとか。だから一度喝を入れる必要がある、と。

 

「博麗の巫女の役割は二つ。博麗大結界を管理すること、そして幻想郷を今の形のまま維持することさ。巫女なんて謳ってはいても信仰を集めることが本分ってわけじゃない」

 

 そう告げた藍の頭を、紫がいつの間にか手に持っていた扇子でパァンと叩く。地味に痛そう。

 

「だからと言ってオマケというわけでもないのよ。信仰が失われるということは神社の神さまの力が失われるということ。そうなれば悪霊が神社を乗っ取ったりしてしまった時に抵抗することが難しくなってしまう」

「博麗神社は博麗大結界の境目にあるんでしたっけ。確かにそこに異常があったら困りますね」

 

 結界が破れるとは行かないまでも効力が弱まったりなどの影響は絶対にある。その状態で放置し続けたり、更なる不測の事態が起こったりしてしまえば、幻想郷が崩壊する危険性は十分にある。

 結界を管理し、幻想郷の異常を見張り、ついでに信仰心を集める。まったく博麗の巫女とはとても大変で本当に重要な職業だ。万年気ままに過ごしている吸血鬼とは大違いである。

 

「そういうわけで異変を起こしてもらいたいのだけれど、やっぱりダメかしら」

「……そうですね。私は起こしませんよ。起こす理由もありませんから。ただ……」

「ただ?」

 

 この前、レミリアが五〇〇歳の誕生日を迎えた。時期的にはそろそろのはずだ。

 

「今年の夏、お姉さまが異変を起こすはずです。それまで待っていてもらえませんか?」

「あら、確定事項じゃないのね」

「起こさないようでしたら私から起こすように頼んでおきますよ。それでどうでしょう」

 

 俺の提案に紫は迷わず頷いた後、小さく頭を下げた。

 

「それでいいわ、ありがとう。ほら、藍もお礼を言って」

「前回の異変では迷惑をかけたのに、引き受けてくれて助かるよ」

「お気になさらず。その分は貸し一つってゆかりんに言ってありますから」

 

 それに今回の件は貸しにするまでもなく正史で起こる出来事だ。本来ならお礼を言われる必要すらない。

 話が一段落し、三人揃って湯のみを口に運ぶ。

 

「……その急須には紅茶の茶葉が入っていたように見えたけど、どうして緑茶の味が……?」

「自作のマジックアイテムなんですよ。どんな茶葉でも成分を分解、変換、再構築して緑茶にしてくれます」

「どんな茶葉でも? 器用なマジックアイテムを作るのねぇ」

「どっちにしても茶葉を使うのであんまり意味ないんですけどね。いずれは雑草からでも作れるように改良していくつもりです」

 

 藍が珍しいものを見るように急須を観察するかたわら、紫がコンコンとコタツを叩いていた。

 

「これもマジックアイテムね。どんな効果かしら」

「少量の魔力を燃料に内部を暖めたり冷やしたりできるんです。コンセプトは全季節対応コタツ」

 

 しかしこのコタツは失敗作というかなんというか、致命的とも言うべき見落としがあった。別にコタツに不具合があるわけではない。恩恵を受ける側に問題があるのだ。

 言ってしまえば、俺は吸血鬼なので環境の変化に強い。暑くても寒くても大して気分は変わらないので、夏に厚着していても大して苦しくないし、冬に水着を着ていても体が震えたりなんてしない。コタツなんて根本からして必要としていないのである。

 

「その様子だと他にもマジックアイテムを作ってたりしているの?」

「ええ。魔法で作った空間にたくさん保存してありますよ」

 

 藍の質問に答え、倉庫魔法で空間から一本のペンを取り出した。

 

「シンプルなところで紹介しますと、これは込めた魔力を自動的にインクにして、そのまま紙に記すことができます。魔導書を作ったりマジックアイテムに魔法陣を刻んだりする時にすごく便利なんですよ」

 

 魔法使いなら、ちょっと魔力の扱いに慣れれば普通のペンにも魔力を宿らせられるから、実はこれも産廃なんだけど。

 ほとんどが魔法使いとしての技能や俺固有の生活魔法で代用できるものばかりで、実際的に役に立っているものは少ない。コタツだって見た目が好きだから出しているだけだ。そんな中、急須は有用なマジックアイテムの代表と言える。

 元日本人としては緑茶が飲みたい時があるから、紅茶ばかりの紅魔館では必須なものだ。分解、変換、再構築はちょっと複雑なのでやるとなると工程がめんどくさく、それを代用して全自動でやってくれるこの急須は非常に便利なマジックアイテムである。

 

「レーテはまるで河童みたいねぇ。いろいろな用途に合わせた道具を作るなんて、素で莫大な力を誇る吸血鬼が考えることじゃないわよ?」

「人間だって生活を楽をするために道具に改良を重ねたりしてるんですから、知性ありし存在である吸血鬼が同じように道具を開発しない道理はありません。多少珍しくとも吸血鬼が考え得ることですよ」

「ふぅん。私にはどうにも、レーテが生活を楽にするためにマジックアイテムを作っているようには思えないけど」

「……そうですね。どちらかと言えば生活を快適にするためですね」

 

 俺は最後まで緑茶を飲み切ると、湯のみを置いて立ち上がった。

 

「あら、どうしたの?」

「昨日はあんまり構ってあげられなかったので、今日は早めにフランのところへ行こうと思いまして。あ、フランって言うのはフランドール・スカーレットの愛称で、私の妹です」

 

 このくらいの背ですごく可愛いんですよ、と自分と同程度の高さまで手を上げる。紫と藍は揃って「まぁ姉二人もその身長なんだから妹も同じくらいでしょうね」とでも言いたげな顔をしていた。

 

「まぁ、私たちはもう用事は済ませたしねぇ。そういうことならそろそろ退散するとしましょうか、藍」

「そうですね。レーツェル、今日は突然の訪問にも拘わらずもてなしていただいてありがとう。できれば今後は良い関係を築いていければ助かるよ」

「はい、喜んで。また会うことがあればよろしくお願いしますね」

 

 紫が開いたスキマの中に二人が飲み込まれていくのを手を振って見送って、俺も部屋の扉まで歩を進めてそれを開けた。

 フランの力加減の修行も大詰めだ。もう少しで俺やレミリアと遜色ないレベルまで力を制御できるようになる。

 何百年にも渡る彼女の苦労が報われる日が近いうちに来ることを夢想して、自然と地下室へ向かう足は早まった。

 

 

 

 

 

 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □

 

 

 

 

 

「ねぇパチェ。どうして夏は日差しが強くなるのかしらね」

「日を受ける角度が変わるからじゃない?」

「そんな論理的な答えは幻想郷では意味をなさないわ。どうしてわざわざ日差しが強い季節なんてものがあるのか。そこが問題なのよ」

「問題って言われてもねぇ。どうせレミィは昼間は寝てるでしょう? 日光が強くても弱くても大して変わらないじゃないの」

「いい加減鬱陶しいのよ! 夜は短くなるし!」

 

 バァン、と机が強く叩かれる。直前に魔法で硬化させていなければ今頃吸血鬼の腕力で無残なことになっていたかもしれない。

 裁縫に関しての本をパタンと閉じて、夏の日差しについての議論を交わすパチュリーとレミリア、そしてその後ろに控える咲夜を見やる。

 

「咲夜はどう思う? やっぱり夏は太陽のやつ調子に乗りすぎだと思うわよね」

「確かに昼間は暑いですね。ただ、夜はちょうどいいくらいに涼しいですから一概に嫌いとは言えません。旬の野菜や果物も美味しいですし」

「夜はどの季節でも好きよ、私も。レーテはどう思う? 夏の日差しについて」

「そうですねぇ。日差しは眩しいですし美鈴の仕事が長引きますし、あんまり良い季節とはとても言えませんね。夏の夜空は好きなんですけど」

「そうでしょう? そういうわけでパチェ、決まりよ」

 

 本に視線を向けたまま「なにがよ」と聞き返すパチュリー。大して反応を見せない咲夜、ボーっと眺めているだけの俺。

 三者一様としか言いようがない関心のなさを眺めても一切勢いを緩めず、それどころか口の端を吊り上げたレミリアが席から立ち上がって高らかに宣言する。

 

「幻想郷中を私の紅い妖霧で満たすわ! そうすれば日差しは届かないし昼間でも外を出歩ける! どう、いいアイディアじゃない?」

「いいんじゃないかしら。幸いここには異変を起こせるだけ起こしていいってルールもあるもの」

「私も前回みたいに血みどろくさいことにならないなら賛成ですねー」

 

 正直なところ賛成でも反対でもどちらでもないけれど、紫に頼まれたこともあるので前者にしておく。

 

「レミリアお嬢さま。お茶が入りました」

「あらありがと」

 

 ストンとイスに座り直したレミリアが机に置かれたコップを手に取ると、味わうように紅茶を口に含んだ。

 そしてすぐに苦い顔になって唇から離す。

 

「……咲夜、今日はなにを入れたの?」

「先日庭で採れたオトギリソウを少々。これを摂取すると日の光に弱くなる上に血の興奮を抑制するなど効果があるそうです」

「なんでそんなもの入れたのよ。明らかに吸血鬼と相性が悪いじゃない」

「最近は日の光に関して文句をよく漏らしていらしたので、いっそのこともっと日差しに弱くなろうとすることで逆に克服できれば、と」

「…………はぁ」

 

 レミリアがため息を吐きたくなるのも無理はない。これでいて咲夜は結構本気で言っているのだ。

 どうせ毒の効果は吸血鬼には効果を為さないが、オトギリソウは渋みの成分が多い毒草である。紅茶(血入り)とマッチする道理がない。

 

「咲夜、砂糖」

「はい、どうぞ」

 

 スプーン三杯分ほど入れてかき混ぜて、口につけてビクッと震える。まだ渋いのか、それとも甘さと苦さと渋さが絡み合って、絶妙なマズさでも演出しているのか。

 

「とにかく、明日から館の外に紅い霧を出していくわ。そこのところよろしくね」

「……お姉さま、飲むの手伝いましょうか?」

「レーツェルにこんなもの飲ませられないわよ。大丈夫よ、我慢して飲み切っちゃうから……」

 

 そうしてその後、俺とパチュリーにも紅茶は出されたが、血の有無はあれど変なものは入っていなかった。日光の文句はレミリアしか垂れていなかったから、だそうだ。

 さて。

 ついに紫との約束を果たす時が来た。東方Project一作目、東方紅魔郷。こうして、のちに紅霧異変と呼ばれる出来事が始まる。


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