東方帽子屋   作:納豆チーズV

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二.新月、暗闇に潜む妖怪

 今日の夜空は星々の貸し切りだ。宙に浮きながらぼんやりと眺めていると、まるで自分が宇宙空間を漂っているような気分になった。

 お月さまは一回お休みのようで、その丸い塊はなにも太陽の光を反射してくれない。どうにも星たちの瞬きだけでは世界は照らし切れず、本日は一段と闇が濃い日である。

 光を灯す魔法でも使おうかと考えたが、せっかく月に一度の完全なる闇が支配せし世界だ。妖怪として、そんな恐怖の舞台を台無しにするような真似はやめておく。

 

「あぁ、すごく使いやすいです」

 

 そもそもとして俺は現在、光がない方が都合がいい状態にある。

 霧の湖の上に、向こう岸まで届くほどの橋ができていた。色合いは真っ黒、その素材は空間中の影をかき集めたものである。

 新月の夜、闇が多いために影の魔法がもっとも効率よく使用できる。どれだけの使いやすさか気になっていたが、まるで腕を動かすのと同じ――操れることこそが自然と感じられるほどだ。

 カツカツと音を立てて影の橋を渡る。意識を向ければそこに闇が集まり、俺の想像通りに竜の頭を形どる。

 ふと思い立ち、頭を消して自分の体を見下ろした。着ているのは青と白が際立つ紅い紐が結われたレースの服。白は新月には合わない。

 影を纏い、白い部分をすべて黒で埋め尽くした。かぶっているナイトキャップも一度外して同様にする。

 黒は女を美しく見せる……誰の言葉だったっけ。前世で見たなにかの映画のセリフだということは覚えてる。

 どんな人物でも黒い衣装を纏えばそれだけで印象が変わるとすれば、一〇歳にも背が届かない俺でも凛々しく見えたりするんだろうか。転生して間もない頃はそういうことを考えるのも億劫だったが、今はきちんと自分の体だと認識しているので抵抗はない。

 

「……基本的に屋敷の中で暮らしてましたし、あんまり着飾ったりとかしないんですよね」

 

 本人から聞いた話によると、紫は時代に合った服装をするようにしているんだとか。前世でも若人、特に女性は流行には敏感だった。なんだかんだで紫も女性なのかもしれないな、なんてちょっと失礼なことを思う。

 せっかく幻想郷に来たんだし、近いうちに人里にでも行って新しい衣服を買ってくるのも一興か。レミリアやフランはもちろん、それぞれメイド服と中国風の衣装しか持ってない咲夜と美鈴、大図書館にこもりっぱなしのパチュリーにプレゼントするのもよさそうだ。

 

「よっと」

 

 橋を渡り切って、キョロキョロと周囲を見渡した。目の前にあるのは森とも呼べない(はやし)程度の乱立した木々。紫によればここを抜ければ人里に着くらしいが、今日は行くつもりはない。

 

「ふぅむ、静かですね」

 

 新月の夜だからそれなりに妖怪に溢れていると思ったけれど、そんな気配が全然しない。

 せっかく影の魔法の実験ついでに新月で強化される妖怪を見物しに来たのに。林の中にいるのかな? と首を捻りながら足を踏み入れた。

 ただでさえ暗かった視界を木々が星々を遮ることで更なる闇が埋め尽くす。俺は吸血鬼だからほんの少しの光さえあればなんの問題もなく見えるが、人間ならば一寸先も窺えない恐怖を味わうほどの暗闇だ。

 

「あ、みっけです」

 

 一人、俺と同程度の身長しかない女の子の姿をした妖怪をちょっと上空で見つける。フヨフヨとゆっくり飛んで近寄っていくと、あちらも俺に気づいたようで振り返ってきた。

 髪は黄色、瞳は赤とフランに似た色合いをしている。髪型はボブで、赤いリボンが左の側頭部に結ばれていた。着用しているのは白黒の洋服、ロングスカートだ。

 

「だれー? 私になにか用?」

 

 常に両手を左右に大きく広げたポーズを取っている。アラレちゃんが走る時とそっくりというか、同じ動作だ。

 

「この前この楽園に攻めて来た吸血鬼ですよ。用と言うか、ここらへん妖怪が少なくないですか? ちなみにあなたが見つけた妖怪第一号です」

「あー、人里が近いからじゃない? それに近くですごい力が感じられたし……っていうか、あんたから感じられるのよ」

「え、そういうのわかるんですか?」

「わかるもなにも纏ってるじゃないのー、その黒いの。そんなの外に出してるからみんな逃げちゃうのよ」

 

 影の衣を察知されたのか。いや、橋を作った時点で逃げ出していたのかも。かなり大きく作ったし。

 これは失敗したなぁ、と頭を掻きながら一つの疑問が頭に浮かんだ。

 

「じゃあ、どうしてあなたは逃げないんです?」

「感じた力が私となじみ深かったからじゃないのー? 第一、逃げるだなんてめんどくさいと思わない?」

「なじみ深い……? えーっと、名前を教えてもらってもいいですか?」

「光と暑いのが嫌いな闇の妖怪、ルーミア」

 

 ルーミア――東方Projectの登場キャラクターの一人だ。『闇を操る程度の能力』と一見強そうな能力を持ちながら、逆に『出落ちとして一番弱い一面ボスとして置きたかった』として、記念すべき一作目の一面ボスという立ち位置で出現する。

 

「私はレーツェル・スカーレットと言います。なるほど、ルーミアですね。覚えました」

「覚えてどうするのー? どうせいつもそこらへん飛び回るだけだからあんまり会わないよ」

「袖振り合うも他生の縁ですよ。この新月の夜、闇に惹かれ合って出会ったことは偶然じゃないかもしれませんし」

「そーなのかー。よくわかんないなぁ」

 

 首を傾げたルーミアは、しばらくすると空を見上げて気持ちよさげに口元を緩める。

 

「月が出てる時もいいけど、やっぱり新月が一番ねー。闇を出さなくてもどこもかしこも暗闇だもん」

「ほほう、ルーミアは新月の時に力が増す妖怪なんですか?」

「別にそういうわけじゃないわ。暗いところが好きなだけだから」

 

 くるりと一回転すると、彼女は俺に向き直った。

 

「暇潰しでもする? 私と同じような力を使う……レーチェル? にちょっと興味が沸いたの」

「レーツェルです。弾幕ごっこですか? それもいいかもしれませんね」

 

 もともと新月の夜に強くなる妖怪を見たくて来たのだから、戦う準備はとっくにできている。

 

「何枚にします?」

「二枚はどう?」

「わかりました。それじゃ、ちょっと距離を取りましょうか」

 

 身内以外との初めてのスペルカード戦だ。ルーミアはそこまで強い妖怪ではないから負ける要素はほとんどないけれど、少しばかり緊張する。

 移動しながら、スーハーと息を整える。平常心、平常心。

 十分なくらいに距離を取り、そろそろいいかなとルーミアに視線を送った。

 自然と目が合った。言わずと互いの意思が伝わり、それが開戦の合図となる。

 

「行くよ!」

 

 ルーミアが右手を突き出すと、挨拶代わりに赤い妖力弾を連続的に俺を狙って撃ってきた。軽く横に動いて回避すると、今度は彼女が全方位へ青い弾幕を散らかしてくる。

 なかなかに速いが数が少ないので三次元の動きができる空中ではいかんせん当たらなかった。俺もお返しとばかりに二〇個ほどの弾幕を生み出し、すべてをペンギンの形にして撃ち出した。基本的にルーミアの周囲、三つだけは直接本体狙いで。

 

「わわっ!?」

 

 速さはルーミアの弾幕の倍ほどだ。目の前に迫ってくる三つの妖力弾に焦りを見せ、急いで避けようとしたところを彼女の周りに撃っていた弾幕の一つが衝突する。バァン! と音を立てて十数メートルは軽く吹き飛んだ。

 なんとか体勢は立て直したようだが、どうにも体の傷が目立つ。俺の攻撃はたくさん受けてはいけないと判断したらしく、早々に彼女はスペルカードの宣言をした。

 

「"闇符『ダークサイドオブザムーン』"!」

「来ましたね」

 

 ルーミアの姿が闇に紛れて見えなくなる。『闇を操る程度の能力』を使用したのだ。

 新月の暗さと相まって吸血鬼の眼を以てしても彼女が捉えられなくなった。どこにいるかと探そうとした直後、なにもないところから赤と黄色の弾幕が放たれてきた。速くはないが数が多い。

 一つずつ確実に避けていくと、一瞬だけルーミアが宙に姿を現した。両手を振って大きめな黄色い妖力弾を全方位に放ち、すぐに姿がまた闇に消え去る。黄色の妖力弾が一つ迫って来ていたので自分の妖力弾で相殺しておいた。

 再度、どこからともなく闇に紛れて数多くの赤と黄色の弾が放たれてくる。吸血鬼なのだから注視すればルーミアは見つけられると思うが、ある程度は弾を避けることに集中しなければいけないのでなかなかに厄介だ。近づきたくても弾数が多いし、無理矢理行けば当たる確率が高くなる。

 しかしこのスペルカードの対策法は見えた。

 さきほどと変わらず確実に避けることを優先し、ルーミアが大きめの黄色い弾幕を散らかすために一瞬姿を現す――用意しておいた青いイルカ(実物大)型魔力弾を三発撃ち込んだ。かなりの速さで泳いでいくもののルーミアが弾幕を張る方が早い。生み出された妖力弾に衝突して二発のイルカが悲鳴を上げて息絶えてしまったが、一発はなんとか生きていた。

 

「あぐぅ!」

 

 慌てて避けようとした彼女へイルカ型魔力弾が当たって爆発が巻き起こった。さきほどのペンギン弾よりも威力が高いので、当然のごとく二〇メートルは吹き飛ばされていた。

 まだギリギリ戦える状態みたいだが、さきほどよりも傷がひどく、飛び方も不安定だ。たった二発でこれなのだから、あいかわらず吸血鬼の力は反則級だ。

 

「"夜符『ミッドナイトバード』"……!」

 

 それでも諦めず、ルーミアが最後のあがきとして最後のスペルカードを使ってくる。

 まるで駄々っ子のように両手をぶんぶんと振りまくっていた。そのたびに手先から多くの緑色の妖力弾が出現し、手の軌道をたどってそこら中に弾幕がばら撒かれる。

 速く、数も多い。時々巨大な黄色の妖力弾も撃ち出してくるから油断もできない。いい弾幕だ。しかしそれでも五〇〇年近くを生きる俺を打ち落とすには至らない。

 避ければいい弾だけを見極め、下へ右へ左へとしっかり見切って回避していく。

 

「そろそろ私もカードを切りますよ」

 

 懐からスペルカードを取り出し、発動を宣言した。

 ――"光弓『デア・ボーゲン・フォン・シェキナー』"。

 倉庫魔法で、フランのレーヴァテインを参考にして作った自作の弓を取り出した。金と銀の装飾が豪華さを醸し出している。

 ルーミアの弾幕が止んだ隙に俺の妖力と魔力を詰め込んだ矢の形をした特殊な金色の弾を一つ作り出した。弓に番え、ルーミアではなく、満天の星空が広がる天空へと矢先を向ける。

 シュンッ、と。一瞬ではるか遠くまで行ってしまった光の矢を、ルーミアが不思議そうに見上げる。

 

「なにを――――えっ!?」

 

 矢が飛んで行った先が太陽のように光り輝き、いくつもの光の線を散らした。その数は幾百、はたまた幾千か。そのすべてが重力に従い、ルーミアどころか半径五〇メートルほどの領域を巻き込んで落下する。

 

「わ、わわっ!」

 

 ルーミアは苦手な光に顔を歪めながら当たるまいと懸命に光の線を避けていた。後ろ、前、右。弾を撃つ余裕は残っていないようだが、回避に専念すればなんとか避けられるようで。

 

「別にそれだけを避けるなら難しくないんですよ。それだけ、ならですけどね」

 

 光の矢は真上に向けて撃った。中心位置にいる俺のところには少しも光の線は落ちてこない。そのために弾幕を作る余裕があった。

 自身の周りに無数の矢型弾幕を作り出し、全方位にその矢先を向ける。

 

「どうします?」

「っこ、ここ、降参! 降参するー!」

 

 勝負あり。周囲に浮かべていた矢をすべて消し、上空で未だ光の線を振りまいていた太陽も消去した。数秒もすれば光の線はすべて収まり、荒い息を吐くルーミアはフラフラと地面に落ちていく。

 弓を倉庫空間に仕舞い、急いでルーミアのもとまで飛び寄ってその体を支えた。

 

「大丈夫ですか……?」

「あ、あんなの無理……眩しいし、多いし、なんだか新月だからって喜んだせいでお月さまに怒られたみたい……」

 

 ちょっとやりすぎてしまったようだ。もう少し大人しめなスペカを選んでおけばよかったかもしれない。

 地上についても今にも倒れそうに足取りが心もとない。なんだかその姿に罪悪感が沸いてきて、半ば強引にルーミアをおんぶした。

 

「傷が治るまで紅魔館で、私の家で休みましょう。食事も……えーっと、妖怪だから血じゃなくて肉を食べるんですよね。ちゃんと加工前の状態で上げますから」

「え、人間が食べられるの?」

「そうですね、食べてもいい人類を差し上げます。やりすぎちゃったお詫びです」

「私が負けたのに……あー、レーチェルだったっけ。結構優しいのね」

「レーツェルです。そう言っていただけると私も嬉しいですよ」

 

 どうにも正しく俺の名前を憶えてくれなかったが、この後の紅魔館で食事を終えるとルーミアは目に見えて元気を取り戻した。

 なんだかんだで二人で闇と影で遊んだりして、東の空が白み始めたところで「またね」と別れた。

 そうして新月の夜も明けていく。目的の新月で強くなる妖怪には出会えなかったものの、その日は幻想郷での初めての友達ができて万々歳であった。


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