東方帽子屋   作:納豆チーズV

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Kapitel 3.幻想が遍く世界で
一.月を狙おう光線銃


「んー……こうでしょうか」

 

 空に向けて右腕をまっすぐに伸ばし、体内で魔力を練り込んでいく。

 イメージはホースだ。水が(くだ)を通っていくように、後腕から前腕まで一直線に。

 

「マスタースパーク」

 

 ずっと向こうに鎮座している三日月を貫くくらいの心持ちで、魔力を一気に放出する。

 瞬間、俺の身長の何倍にも昇る赤白い光が視界を埋め尽くした。

 辺りの草が吹き飛び、近くの水面は光を避けるように歪みを見せる。それだけでとてつもない力の塊が光線となって放たれていることが窺えた。

 しかし、使っている側としては光が眩しすぎてまったく前が見えなかった。これはたまらないと魔力の流れを止めれば極太光線も収まり、数秒後には撃つ前と変わらぬ静けさが取り戻される。

 

「……うーん。前が見えなくなりますし、撃った直後は完全に無防備……扱いにくいですねぇ。わかりやすくて気持ちはいいんですけど」

 

 紅魔館の近くには、昼間は太陽が見えなくなるほどに霧が立ち上る湖が存在している。現在、俺はその水辺でスペルカードの実験をしていた。

 ふぅ、と息をつき、草が飛んで土が露出している地面に寝転がる。

 実験と言っても自分のスペルカードではなく、東方Projectの登場キャラクターの一人である霧雨魔理沙のそれを再現しようとしていた。

 その名をマスタースパークという。基本的に極太のレーザーを撃ち出すということには変わりないのだが、さまざまなバリエーションが存在する彼女の得意技だ。

 

「とは言え、これはボツですね。私にはちょっとあってません」

 

 四肢を投げ出し、サァ――と風が草を撫でる音を楽しむ。月が満月ではないのが残念ではあるものの、たまにはこうして外でゴロゴロと転がるのもいいものだ。服が汚れるので後で洗わなきゃいけないのは確実だけれど。

 右手の人差し指から小さな弾幕を作り出し、徐々にその形を変えていく。

 最初は簡単に丸っこいネズミの形。次は複雑に羽ばたいている鳥。生物から外れてレーヴァテインの形を模してみたり。

 最終的に蛇の姿をかたどらせ、頭に尻尾を噛ませてみた。回して回して、ぽいっと空へ投げつける。重力に従って落ちてきたそれを指に絡ませて指輪みたいに装着した。

 

「私もなかなか上達したもんですね」

 

 魔力の塊を自在に細かな形態に変化させ、かつてはできなかった重力に従うという法則までも付与をする。こういう放出する妖力や魔力の器用性は三姉妹の中で俺が一番だ。

 何百年も前にレミリアが卓球からヒントを得て開発した"弾幕合戦"により、スカーレット三姉妹は放出する力の操り具合はかなりのものになっている。

 レミリアは弾幕の生成速度と機動性能に、フランは圧縮性と破壊性能にそれぞれ優れている。俺は器用性の他には力を持続させることが得意で、今も蛇の指輪は少しも解ける気配を見せていない。

 

「そう考えると、マスタースパークに向いているのは私よりもフランなんでしょうか」

 

 霧雨魔理沙氏いわく「弾幕はパワーだぜ!」。同じくパワー特化のフランなら向いていそうだ。

 しかしまぁ、やっぱり自分にあった弾幕が一番ということで。

 それにしても静かな夜だ。夜に活動する妖精は少ない。霧の湖のほとりに位置する紅魔館は吸血鬼の住処だと知れ渡っているので、その近くである俺の今いる場所には滅多に妖怪がやってくることもない。

 

「……あぁ。そういえば、もうすぐ新月ですね」

 

 満月で力の増す妖怪がいるように、新月で力が増す妖怪もいる。

 さて、と立ち上がって服についた土を払った。顔を横にブンブン振って、翼も震わせて同様に汚れを落とす。

 お腹が空いてきた。そろそろ紅魔館に帰って、咲夜になにか作ってもらうとしよう。

 

 

 

 

 

 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □

 

 

 

 

 

 咲夜の料理の腕も上達したもので、当初から美味しかったのに今では病みつきになるほどだった。ちなみに比例してナイフ投げも飛距離と正確性、速度が増している。

 もちろん人間の血を織り交ぜた料理なわけであるが、咲夜もよくそんなものを料理してくれるものだと毎度感心している。

 ただ、たまにジギタリスなどの毒草を煎じて「心臓を刺激して血液の流れをよくする効能があるんですよ。紅茶(血入り)に混ぜて飲むと健康にいいかもしれません」なんて言いながら普通に出してくるところが欠点だ。そんなの人間が飲んだら余裕で死ねます。

 一度「殺す気ですか?」と冷や汗を流しながら聞いてみたことがあるが、本気で首を傾げられたのはちょっと恐ろしかった。確かに吸血鬼だから死なないんだけどさ、そうじゃないんですよ。

 

「はい、王手です」

「むぐっ」

 

 コタツの上に展開されている将棋盤。当然ながら盤も駒も俺が自作した。

 自軍の攻められ具合を見て、どうやって王手を回避したものかと考える。

 えーっと、これをこう……あれ。じゃあこっちに……うん? えーっと、うん。はい。

 

「負けました……」

「ふふっ、また私の勝ちですね」

 

 咲夜が対面で湯のみを片手に小さく微笑む。また、という言葉の通りこれで三連敗だった。

 ルールを教えた当初こそは俺の方が勝てていたが、日を経るごとに強くなっていき、今ではせいぜい勝率二割である。どういうことだ。身長が人間換算で一〇歳にも届いていないくらいしかないから、知能も同じくらいしか発達してないのか?

 当然そんなことはないのだが、こうも簡単にあしらわれるとさすがに落ち込んでくる。

 

「勝負してほしいなんて言われた時はスペルカード戦をやるのかと思っていたのですが、いつもと変わらず将棋なんですね」

「屋敷の中であんまり暴れるとお姉さまに怒られますし、咲夜は時間を止めてる間は私を認識できないじゃないですか。それに今日はのんびりとボードゲームをやってみたい気分だったんですよ」

「そうですねぇ。これまで幾度となく強制休憩だなんだのとこの部屋に連れてこられてきましたが、こうしてレーツェルお嬢さまを負かすのは楽しいですね」

「……性格悪いです。悪魔です」

「悪魔はお嬢さまがたのことですよ。私は人間です」

「人間は悪魔よりも怖い生き物なんですね」

 

 両手で体を抱いてブルブルと震えてみた。咲夜にはちょっと笑われただけでなにも堪えた様子がない。

 

「そういえば湖の方で空から光が降ってきたとメイドたちが言ってましたが、なにをしていらしたんですか?」

「月に向けて魔力光線を撃ってただけですよ。あともう少しで新月なので、それより早く残りの月を全部削る気持ちで」

「まだ黄色い部分が残っているみたいですね。パワーが足りなかったのでは?」

「もっと威力を上げた方がいいんでしょうか」

 

 もちろん全部冗談である。出力を上げたところで月を削れたりなどするわけがない。

 緑茶をゴクリと飲み干した後、ガシャガシャと盤上の駒をかき混ぜた。今日はもう将棋は終いだ。三連敗から更に挑む気概はない。

 

「咲夜は幻想郷での暮らしはどうですか? 環境の変化で体調を崩したりとかしてません?」

「そうですねぇ。まだ来て間もないのでなんとも言えませんが、妖精や妖怪が当たり前のように跋扈しているのは新鮮ですわ。体調はいつでも万全ですので心配いりませんよ」

「一〇〇年くらい前までは外の世界でもまだそこそこいたんですけどねー。最近はめっきり見なくなってましたね」

「一〇〇年前にでも産まれていれば、私の生活ももうちょっとマシになってたかもしれないわけですか」

 

 言ってから、「あ、なんでもありません」と咲夜が口を閉じる。無意識のうちに出てしまったという感じか。

 

「ここでの生活は嫌ですか?」

「いえ、私を拾ってくれたここには感謝しています。現状に不満もありません。私が言ったのは、その、それよりも前の話ですわ」

「あぁ、なるほど」

 

 咲夜と初めて会った時の記憶がよみがえる。

 捨て子として生まれ、能力を疎まれ、吸血鬼を殺すためだけに育てられた。

 あれ以来一度も進んで自分のことを話そうとはしない。しかし逆に考えれば、俺との対話で自然とその頃の感想が漏れてしまうくらいには、気を許してくれているということになる。

 

「咲夜はもう、人間のもとには帰しませんよ」

「……嬉しそうですね」

「そう見えますか?」

「表情は変わりませんが、声音や雰囲気でなんとなくわかりますよ」

 

 そうなのか。数年しか一緒に過ごしてない咲夜でもこうなのだから、レミリアやフラン、美鈴やパチュリーでも同じようにわかるのかな。

 

「それにそんなことを言っていても、私が本気で出て行きたいと言ったら見逃してくれるんでしょう?」

「む……そうですね。無理矢理はよくありませんからね」

「そういうところ、レーツェルお嬢さまらしいですわ」

 

 俺らしい、か。褒められているのか諌められているのか。当たり前ながら咲夜としては前者のつもりだろう。

 

「レーツェルお嬢さまはいろいろと不思議ですよね。立場上、私はもっと目上の者と接するようにしないといけないのですが……こうしていると、そんなことも忘れて友人と語り合うような気分になってしまいます」

「人間には多少は理解がありますから」

「それだけじゃありません。美鈴もパチュリーさまも、館で暮らす妖精のメイドたちも、皆、レーツェルお嬢さまと話す時は気楽にしていられると揃って口にしてしましたわ」

「え、そうなんですか? まぁ、掃除を手伝ったりもしてますからね。悪い気はしません」

「誰とでも対等に接しようとする姿勢が親しみやすいのでしょうね。実体験で私も味わってますから」

 

 それは俺が前世では元は人間――日本人として人生を過ごしていたからか。

 日本で培われた価値観は今でも深く根づいている。俺は五〇〇歳近いけど、三つ子の魂百までとはよく言ったものだ。

 しかし、俺は学生のまま転生してこの世界に来たが、社会人になって縦社会を経験していたならば今とも態度がちょっと違ったかもしれない。そうなると手に職つける前に生まれ変わってよかったということか? いやいや、たぶん死んだせいでこの世界に来たのだから死なないのが最善だったか。

 

「長話が過ぎました。そろそろ私は仕事に戻りますわ」

「サボりたくなったら、私がいる時ならいつでも来ていいですからね」

「基本的にここにはレーツェルお嬢さまに連れられてしか入ったことがありませんわ」

 

 吊り上がった口元は、言外に「サボるのは私じゃなくて美鈴の方でしょう?」と告げている。まったくもってその通りだから困る。昼に美鈴が立ちながら寝ていて咲夜に怒られる光景はもはや日常茶飯事だ。寝ていながらも門番としての役割は果たせているのは凄いけれど。

 最近は美鈴には紅魔館の庭の植物や花畑などの管理も任せている。妖精メイドたちの住処として自然が必須なこともあるけれど、なによりも景観がよくなるから。

 咲夜が入れてくる毒草はそこで取れているのだが、なんで毒草なんか育ててるんだ。

 

「それでは、失礼しますわ」

「また後で会いましょう」

 

 部屋を出ていく咲夜を手を振って見送り、将棋の盤と駒の片づけを始めた。

 倉庫魔法は本当に便利である。いつでもどこでも取り出し可能な万能空間。四次元ポケットがドラえもんの標準装備なことが納得できるくらいだ。

 自分の湯のみに緑茶を半分だけ注いで、ズズズとそれを飲み切った。


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