東方帽子屋   作:納豆チーズV

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二話連続投稿となります。
先に前話「一一.心配性な呪われ吸血鬼」からどうぞ。


一一a.救いを目指して得た答え

 □ □ □ Standpunkt verändert sich zu Remilia Scarlet □ □ □

 

 

 

 

 

「お姉さまも出るんですか?」

 

 そろそろ同胞の戦いに混じるために出かけようとした矢先、妹に呼び止められた。

 

「ええ、まぁ。せっかくお誘いを受けたのに行かなきゃ文句を言われちゃうからねぇ」

「……正直、行ってほしくないのですが」

「レーツェル、私たちは曲がりなりにも……いえ、まっとうな吸血鬼なのよ。舐められるようなことがあってはならない。吸血鬼という種の力を知らしめなければならない」

 

 表情がない妹からも、長年一緒に過ごしたことで瞳に込められた感情を読み取れるようになっていた。

 あいもかわらずレーツェルは心配性だ。姉の私がどれだけ安心なさいと諭しても瞳は不安に揺れている。そういう心遣いを心から嬉しいと感じるからこそ、私は出て行かなくてはならなかった。

 

「それにお誘いを受けたのに行かないって言うのもダメなのよ。勝っても負けても、同族から後で疎まれることになる。それは好ましくないことだわ」

「それは、そうですが……館を守る魔法は結構な大規模で、私がいないと発動し続けなくて」

 

 ついて行きたい、という考えが言葉からも透けて見えている。思わず小さく笑ってしまった。

 

「ふふっ、私なら大丈夫よ。あいかわらず心配性ね。"紅い悪魔"はこんなところでは朽ち果てない」

「……危なくなったら、すぐに帰って来てくださいよ」

「わかってるわ」

 

 これ以上残っていると決心が鈍りそうだった。早々に妹に背を向けて、玄関の扉を開けて外へと飛び出した。

 山の方から爆発や轟音が絶え間なく聞こえてくる。これで最初と比べれば収まった方だというのだから、力を持った妖怪同士の争いは計り知れない。音がもっとも熾烈な位置を判別し、大体の方向を決めて空を駆ける。

 まともな殺し合いを行うのは何百年ぶりだろうか。記憶を探ってみるも、心から身の危険を感じたことなんて一度もなかった気がする。

 私が危ない時はいつでもレーツェルが助けてくれた。あの日からずっとそうだ。不甲斐ない姉に代わって、あの子は幾度となく立ちはだかる障害を退けてきた。

 いつだって助けられるのは私で、あの子を救ってあげることなんてできていない。

 延々と続きそうだった過去の想起も、眼下から炎の弾丸が迫って来たことで中断される。軌道を瞬時に把握し、顔を右腕で覆った。

 

「なかなかの熱さねぇ」

 

 素早く振るうことで炎を落とし、魔力を通わせて即座に火傷を回復させる。その後も連続で放たれて来た炎弾をかいくぐり、全力で撃って来ている者の元へ向かった。

 山の麓、灰色の肌を持つ人間の子どもほどの大きさの妖怪がいる。口から炎の息を吐いたりしているから十中八九そいつが犯人だ。

 

「ワタシは火前坊。異国の妖怪、その命を頂」

「うるさい。消えろ」

 

 お返しとばかりに圧縮した魔力弾を高速で投げてぶつけると、弾が急激に膨張して火前坊と名乗った妖怪ごと周囲三メートルほどを飲み込んだ。

 素早く周囲を確認すれば、すでに苛烈な戦闘のせいで木々が吹き飛び地形が変わっている。遠くに同胞と戦っている妖怪を見定め、不意打ち気味に圧縮魔力弾を一発お見舞いした。

 火前坊と同じように魔力の膨張に巻き込まれて消え、そいつと戦っていた吸血鬼が「おや?」と私の方を見る。

 

「おお、やっと来てくれたか」

「ん……あぁ、お前、私を戦に誘ってきたやつか」

「覚えていただいて光栄だよ。一緒に戦ってくれるのかね?」

「私は私で勝手に戦う。お前に構ってる暇は――」

 

 瞬時にその場を飛び退いた。話していた吸血鬼も危機に気づいたようだが、一歩遅かったようだ。飛来した青色の火にその身を許す。

 

「ぐ、がぁ!」

 

 炎を受けた吸血鬼は全身を焼かれながら魔力を解き放ち、強引に炎を振り払った。魔力を消費したせいで再生が遅い体に舌打ちし、攻撃をしてきた方向へ顔を向ける。

 

「あー、すみません紫さま。仕留め切れなかったみたいです」

「さすがは吸血鬼と言ったところかしらね。まぁ、仕留め切れなくても大して問題ないわ」

 

 第一印象は"得体の知れない妖怪"だった。九本の尻尾を保有する狐の妖怪は見ただけで大妖怪とわかるほどの妖気を保有し、なによりもそれに様づけされている方は見るだけで鳥肌が立つ不気味さだ。

 金髪のロングに、妖艶さを放つ同色の瞳と表情。身長は十代後半と言ったところか。紫の前がけをつけた白い衣を身に纏い、赤いリボンの巻かれた帽子をかぶっている。なぜか手には傘を持っていた。

 不敵な笑みは余裕の表れか。一瞬だけこちらに視線を向けてきたが、警戒してなにもしないのを確認してすぐに逸らした。

 

「こ、のアマァ!」

「藍」

 

 一瞬にして詰め寄った吸血鬼の頭を狐の妖怪が掴み、大地がくぼむほどの腕力で足元に叩きつけた。吸血鬼の身体能力に対応した――さきほどの再生が間に合わないほどの青い炎と言い、間違いなく大妖怪クラスだ。

 それを従えていると思わしき紫と呼ばれた妖怪はなんだ? どういう能力を使う? どれだけ強い? 考えれば考えるほどに迂闊に動けなくなる。

 

「もう十分あなたたちには暴れてもらったわ。そろそろ戦も終わりにするわよ」

 

 紫が空を見上げ、手をかざした――直後、肌を露出している部分が焼けている感覚に襲われた。

 この痛みを私は知っている。いや、吸血鬼ならば誰でも知っている。忌々しき日光の力。

 まさか、と天を仰ぐ。目玉が焼かれてよく見えない。しかしわかる。太陽がある。青空が広がっている。

 今さっきまで真夜中だったはずなのに、まるで真昼間かのような明るさと熱気がこの場にあった。

 

「ちっ」

 

 下を向いて魔力を流し、目玉を再生させる。吸血鬼が持つ共通の能力――指先から紅い霧を出現させ、私の近くだけ太陽の光を一時的に遮らせる。

 ほんの数十秒程度なら構いはしないが、吸血鬼である以上は日差しは浴び続けているわけにはいかない。

 

「それにしても、思ったよりも吸血鬼どもは数がいるようね」

「みたいですね。嫌な予感って言うのはそれのことでしょうか」

「どうかしらねぇ。でも、幻想郷のバランスを保つためにも数をある程度減らしておいた方がいいかもしれないわ。どいてなさい」

 

 言い、紫は狐の妖怪が抑えつけている吸血鬼に手に持っていた傘の先端を突きつけた。

 妖力が膨張し、その吸血鬼を飲み込んだ。さしもの再生能力も肉体すべてを消されては意味がない。まるで最初からいなかったかのごとく、私にここの存在を教えた吸血鬼は消え去ってしまった。

 まるで当たり前かのように行われたが、吸血鬼は頭一つでも残っていれば一晩で全回復してしまう再生能力に加え、生半可な攻撃では傷つかない耐久も備えている。こんなに容易に殺せるはずがない。それを為せるだけの力――ここまでの妖怪を二人相手に、私では万に一つも勝ち目はない。

 

「ついでにそこの呆けているやつもやっちゃいなさい」

「了解しました」

 

 指示された狐の妖怪がこちらに目を向け、尻尾の先に灯した青色の炎を撃ってきた。『運命を操る程度の能力』で偶然の現象を支配しつつ、最小限の動作でそれらを避けていく。

 隙ができたところで一気に飛び退こうと考えていたが、九本の尻尾から順に作って放たれてくる炎に隙が一切ない。どう考えても私では二人一緒となると勝てないから、どうにかして逃げる手立てを考えないと――。

 

「あぁもう、なに手こずってるのよ」

 

 脚がなにかに掴まれた。絶え間なく飛来する青い焔のせいで誰も近寄れないはずなのに、何者かに脚を止められたのだ。

 

「しまっ」

 

 青い炎をその身に受ける。これまで一度も感じたことがないほどの熱さ。土が焼けるほどの業火だった。

 炎が外側から侵食してくる感覚に耐えながら、これを魔力の放出で払った吸血鬼を真似て自分も魔力で振り払う。

 

「藍、もう一度よ」

「く、ぁああ……!」

 

 そんなあからさまな隙を見逃してくれるはずもない。炎を退けた瞬間に再び全身が同じものに包まれ、思わず声を上げてしまう。

 私は吸血鬼だ。魔力にはまだまだ余力がある。しかし、青い焔が強力過ぎた。

 どれほど消してもまた襲ってくる。体内まで容赦なく焼いてくる炎は吸血鬼の再生能力を以てしても回復が間に合わない。

 息ができない。音が聞こえない。終わり? ダメだ、弱気になるな。

 私には目指しているものがある。達成しなきゃいけないことがある。そのためだけにここまで来た。なにか収穫が得られるだろうかと期待して、可能性を求めて戦争に参加した。

 こんなところでくたばるわけにはいかない。そんなことは許されない、許したくない。

 

「ほう」

 

 回復よりも攻撃の中断が先だと判断し、炎に焼かれながら一〇個の圧縮魔力弾を作り上げた。

 余裕そうに感嘆を漏らす狐の妖怪へ撃ち放つ。青い炎で迎撃しようとしているが、無駄だ。

 炎を察知したかのごとく迂回して迫る魔力弾にさしもの相手方二人も目を剥く。

 何百年も昔に開発した遊び、"弾幕合戦"。あれは今も暇があれば続けているほどだ。魔力の精密動作性については私がいつも一番で、弾状への生成能力と操作性能に関しては誰にも引けを取るつもりはない。

 とてつもなく複雑に絡み合う機動で狐の妖怪に迫る魔力弾は、しかし紫という妖怪にすべてを防がれてしまう。彼女が手をかざすと二人を囲んで結界が出現し、私の魔力弾を一切通さなかった。

 効かないのはわかっていた。この隙に体に燃え盛る青い炎を打ち消して、すぐにこの場から離脱しようと飛行へ意識を集中させて。

 同時、結界を解いた紫から紫色の無数の光線が飛んできた。疲労している私に避けられるはずもなく、脚や翼、腕などを撃ち抜かれて倒れ込む。

 

「く、ぅ」

 

 さすがに消耗し過ぎていた。炎を何十秒にもわたって浴び続け、こうして全身に穴を開けられる。数時間もあれば回復してしまうと言えば聞こえはいいが、それは決して即座に再生させられるような傷ではないことを示している。

 二人の妖怪が近づいてきているのがわかった。さきほどの吸血鬼のように殺されるのか。そうだとしても恐怖はない。ただ、底知れない不安と後悔だけが渦巻いているだけだ。

 レーツェルは。レーツェルを。レーツェルが。レーツェルに。

 あぁ、ダメだ。まだ死ねない。あの子を救わないと。呪いから解き放たないと。運命を変えないと。

 

「まだ立ち上がるのね。すごい生命力……いえ、精神力かしら」

「黙、り……なさい」

 

 一歩踏み出す。それだけで体がぐらついた。そういえば脚に穴が空いていたんだった。歩けないわけだ。

 だったら歩けなくていい。このまま倒す。体中からありったけの魔力を集めて、集めて、集めて。

 

「がッ」

 

 狐の妖怪に頭を掴まれ、地面に叩きつけられた。気が散ったせいで操作していた魔力が霧散する。

 戦意はまだあった。まだ死ねないという思いもあった。それでも、意識が朦朧としてしまう。体から力が抜けていく。

 

「レーツ、ェ……ル……」

 

 戦争に参加したのは、やっぱり失敗だったのだろうか。

 自分以外の誰かに救いを求めて運命を操作した。最初は美鈴を紅魔館に受け入れた。パチュリーも私の欲もあるけど半分はレーツェルのため。咲夜だって、あの子が好きな種族の人間だから救ってくれるんじゃないかと期待した。

 どれもこれも変わらなかった。結局あの子の大切なものを、その身を縛る鎖を増やしただけだった。

 だから大きな変革を求めて侵攻に参加したのに。

 あぁ、失敗した。あの子を救えなかった。助けてあげられない。どうして。嫌だ。

 お願いだ。誰でもいい。救ってほしい。助けてほしい。まだ死ねない。死にたくない。未練がある。あの子の表情を取り戻したい。もう一度、私の前で。

 お願い――――レーツェル。

 

「――お待たせしました、お姉さま」

 

 聞き慣れた愛しい声音。しかしそれは、どこか計り知れないほどの悲しみを秘めている。

 その声を聞いた瞬間、私は侵略に参加したことが完全なる失敗だったと理解した。

 長らく聞いていないせいで忘れていた。彼女が表情を殺した日のことを。『助けて』という声が今にも聞こえてきそうな、どこまでも苦しそうな作り笑顔の言葉を。

 今のそんな冷たい声音と、最近ずっと聞いていた心配や歓喜と言った感情のこもった温かい声音。それらを聞き比べて、ようやく悟る。

 私は焦っていただけだった。

 本当はたどりつきかけていたのだ。美鈴、パチュリー、咲夜、私とフラン。何百年と言う歳月をかけて、レーツェル・スカーレットにかけられた呪いは少しずつ氷解させられていた。

 あと一歩だった。ただ日常を過ごしているだけで、大事な妹は救えていた。すぐにでも表情を取り戻せていた。

 

「レー、ツェル」

 

 そしてその可能性も今、潰える。私が侵攻なんて行ったせいで。

 作り笑いを浮かべる自らの妹の姿を見て、私は自分が死ぬ以上の後悔と絶望に苛まれていた。

 

 

 

 

 

 □ □ □ Ein Standpunkt wird wiederhergestellt □ □ □


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