東方帽子屋   作:納豆チーズV

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七.属性魔法に風邪気味魔法使い

「今度はなにをするつもりなんですか?」

 

 パチュリーが紅魔館に住むことになってから、一〇年。やはり一〇〇も数えていない歳の者とは若いものだ。

 毎日本を読んでいるだけかと思えば、唐突に外で火を焚いて水をかけるという無意味な工程を何度も繰り返したり、星座を結んで魔法陣を編む実験をしてみたり。パチュリーのおかげでこれまでずっと退屈だった時間の流れがとても遅くなり、四〇〇年も生きている身としては「まだ一〇年しか経っていないのか」という具合である。

 レミリアも同じことを感じているのか、暇な時はとりあえずパチュリーを訪ねるという風になった。濃い一〇年も一緒に過ごしていれば気心も知れて、二人は"レミィ"や"パチェ"と愛称で呼び合ったりするほどに仲も深めている。

 俺もパチュリーのことはパチェと呼ぶようになったし、あちらも俺を"レーテ"と呼んでくれるようにもなった。

 

「まるでいつも面倒事を起こしているみたいな言い方ね」

「この前だって、召喚魔法の練習で小悪魔を喚んでみたはいいけど送還がうまくいかなくて、なし崩し的に契約を結ぶなんてことしてたじゃないですか」

「ああ、あれね。二度目は失敗しないわよ。今回やるのは召喚魔法じゃないけど」

 

 現在、俺はパチュリーとともに紅魔館の庭で並んで立っていた。「魔法使いの先輩としてアドバイスが欲しい」とのことだ。レミリアは俺の代わりにフランの面倒を見ていて、弾幕合戦でもしていると思われる。後日フランが絶対に文句を言ってくるので、相応の埋め合わせも考えておかないといけない。

 それはともかくとして、本当にいったいなにをするつもりなのか。

 

「この前、私が炎に水をかける実験をしていたのを覚えてる?」

 

 言いながら、パチュリーは脇に抱えていた魔導書を開く。

 

「お姉さまが『パチェがおかしくなっちゃった!』って私のところに駆け込んできた時のことですね。よく覚えてますよ」

「……レミィの感想はともかくとして、あの時は相反する属性が合わさった時の相互反応を見てたのよ。どうやって互いの阻害作用を最小限まで抑えるか……実験結果と魔導書の内容を照らし合わせて、ようやくわかったの。レーテにはその魔法を見てほしくて」

 

 そういえば、と前世の記憶に意識を巡らせる。東方Projectにおいて彼女が使っていた必殺技(スペルカード)には"火&水符『フロギスティックレイン』"なんてものもあった。

 水は火を打ち消す。それなのに技として使えるまでに完成させていたのだから、パチュリーの技量の高さが窺えた。

 

「害を及ぼし合う属性さえ合わせることができれば、互いの弱点を補うことができる」

 

 言い切ると、パチュリーは大きく深呼吸をしてからスペルを唱え始めた。

 彼女は主に属性魔法を行使する。精霊魔法とも言われ、大自然に存在する精霊の力を借りる魔法である。 火、水、木、金、土、日、月。五行に二つを加えた七つの属性を操る"七曜の魔女"、それがパチュリーという魔法使いだ。

 属性魔法は自身の力だけに依存する魔法ではないために、少ない魔力で強大な力を扱うことができる。しかしそれ故にきちんとしたやり方で――スペルを一字一句間違えることなく唱える必要があり、また、制御が難しい魔法でもある。

 

「――どう?」

 

 スペルを言い切った彼女の前に、赤と青が斑模様に浮かび上がる魔力の球体があった。

 注視してみれば徐々に青が赤を侵食していっているのがわかるが、腕の上達に連れてその速度も下がるだろう。初めてにしてはかなり上出来な部類だ。

 

「凄いと思います。あとはパチェ自身が魔法使いとして成長すれば、実戦レベルまで持っていけるんじゃないでしょうか」

「そ、そうかしら……いえ、四〇〇年も魔法使いをやってるレーテの言うことなら、き、きっとそうなの、よね……ありがとう、参考になったわ」

 

 隣に目を向ければ、顔を青くしてゼェゼェと息を切らすパチュリーの姿がある。

 彼女には属性魔法の才能がある。しかし――逆に、スペルを唱えるだけの肉体を備えられていなかった。パチュリーは体が弱く、魔法を行使するとすぐに貧血になる。持病として喘息も持っており、調子が悪い時はスペルを唱え切れずにぶっ倒れてしまう。

 

「パチェ、調子が悪い時は大人しく本を読んでるだけにしておいた方がいいと思いますよ」

 

 一回の魔法だけでここまでということは、今日は不調の日であったはずだ。

 魔法を手元から消したパチュリーを半ば無理矢理に背負うと、館の玄関へと足を向ける。

 

「せ、せっかく魔法の研究が一歩進んだんだから……じっとしてなんか、いられなかったのよ」

 

 まったく真面目な魔法使いだ。好奇心は猫をも殺すと言うが……パチュリーは猫ほど動いたりはしないか。

 

「……この羽、邪魔」

 

 なんて言いながら、力なくしなだれかかってくるパチュリー。俺の方が身長が低いから、なんだかおかしな気分である。

 彼女の荒い息を耳元で感じて、自然と足早になった。

 

 

 

 

 

 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □

 

 

 

 

 

 紅魔館の書庫は地下に存在する。その位置はフランが普段いる地下室よりも上で、地上よりは下という微妙な位置だ。

 そんな書庫への入り口を華麗にスルーし、その隣の一室の扉を開ける。パチュリーの寝室だ。

 適当な家具しか置いていない質素な部屋に踏み入ると、抱えていた魔法使いさまをベッドへ横にして下ろした。

 

「書庫でいいのに」

「今日は調子悪いんですからここで大人しくしていてください」

「病人じゃないのよ」

「本を読むなとは言ってません。なんの本か教えてくれれば私が取りに行きますよ」

「……小悪魔がいるから、別にいいわ」

「あれは今書庫にいるはずです。言葉以外で呼び戻すには魔法が必要ですし、そうなるとせっかく休んでいるのに本末転倒ですよ」

 

 パチュリーはそれらのやり取りで俺が一歩も引く気がないのを悟ったらしく、はあ、と大きなため息を吐いた。

 

「レーテは心配しすぎなのよ。こんなのいつものことなのに」

「嘘を吐かないでください――まだ息、整ってませんよ。風邪気味なんじゃないですか?」

「……敵わないわね。魔法でも、こういうところでも」

 

 ごろりと寝返りを打ったパチュリーに、上から毛布をかける。

 

「いつか絶対、喘息を完璧に治す魔法を作ってやるわ」

「属性魔法じゃキツいんじゃないですか? そういう変な魔法は私の部類です」

「変な魔法って……そういえばあんまり詳しく聞く機会がなかったんだけど、レーテはどういう魔法が得意なの? 影を操ったり空間を作ったりできるのは聞いたわ」

 

 ベッドの端に腰かけた俺に、じっと視線を向けて問いかけてくる。

 得意な魔法、か。言われてすぐに思いつくようなものがなかった。

 元々魔法は趣味や暇潰しの一環で習い始めたものである。影の魔法は床や壁、天井まで楽に行き渡らせられる掃除用魔法。空間生成はさまざまなものを手軽に出し入れができる倉庫魔法だし、基本的に利便性を追求した魔法ばかり開発していた。

 

「強いて言うなら、生活魔法でしょうか」

「生活魔法?」

 

 パチュリーが「聞いたことないわね」と首を傾げる。

 

「生活する上で使えると便利な魔法です。今、私が名づけました」

「……魔導書でも書くつもりかしら」

「それもいいかもしれませんね。書き終えたらパチェに上げましょうか?」

「書庫に本が増えるのは喜ばしいことよ。私の腕じゃレーテにはまだ届かないから、きっと読めないでしょうけど」

 

 暇があったら書いてみよう。生活を便利にする魔法辞典とか、面白そうだ。

 

「しかし、生活魔法ねぇ。楽をしたいがために魔法を勉強するなんて本末転倒だと思うけど。普通にメイドでも雇えばいいのに」

「吸血鬼の館に仕えたいと思う人間や妖怪なんてそうそういませんよ」

「だったら人間でも妖怪でもなくてもいいじゃない。私が精霊の力を魔法で借りるように、妖精でも雇ってみたらどうかしら」

 

 妖精――自然現象そのものの具現と言われる存在である。

 寒くなる。暖かくなる。雨が降る。風が吹く。花が咲く。そんな一つ一つの現象に妖精は宿る。自然がある限り厳密な意味で死ぬことはなく、躰がバラバラになったとしてもすぐに再生する。

 姿かたちはさまざまながらも、基本的には人型に蝶などの虫の羽を備えた者が多い。体長は小さければ手の平ほどで、大きくても俺やレミリアと同程度しかない。

 

「最近はどういうわけか妖精が減って来てるみたいだけど、妖精なら死の概念が希薄だから吸血鬼もさほど怖がらないと思うわ。知能が低いからあんまり役に立たないかもしれないけど、そのぶん数をそろえればいい」

「なるほど、妖精ですか」

「どうせだから今度レミィに提案してみようかしら。二つ返事で了承して、すぐに妖精を捕まえに行こうとする姿が目に浮かぶわねぇ」

 

 俺にも見える。残念ながらそこに姉の威厳など欠片ほどもなく、ただの無邪気な子どもである。

 妖精メイドの話はレミリアとパチュリーに任せておく。いったんここで話を切り、俺は脳内で術式を展開した。

 空間を開き、そこからタオルと桶を一つずつ取り出す。水分生成魔法で桶に冷たい水を汲んで、タオルを浸して絞った後にパチュリーの額に乗せた。

 

「……冷たい」

「濡らしましたからね」

 

 彼女は置かれたタオルに手で触れると、静かに目を閉じる。

 

「誰かにここまで優しくしてもらうなんて、いつぶりかしら」

「急にどうしたんですか?」

「どうしたのかしらね。熱でおかしくなっちゃったかもしれないわ」

 

 自嘲気味に小さく笑い、パチュリーは自身の手を元の位置に戻した。

 頬が赤みを帯びているのは、彼女の言う通り熱によるものか、それとも。

 

「私たちとパチェは、もう家族ですよ」

「レーテも熱が出たの? 私と同じように寝た方がいいんじゃないかしら」

「また後日、そんなのもいいかもしれません。そうしたら今度はパチェが看病してくれるんでしょう?」

「……しかたないわね。でも、仮病ならそんなことしないわよ」

「えー。吸血鬼がまともな病気に罹るはずないじゃないですか」

「病気になるなっていう私の心遣いなのよ。感謝なさい」

 

 軽口を叩き合い、しばらくすると「レーテが心配性だから、今日は大人しく眠るとするわ」なんて言ってパチュリーは口を閉じた。

 その口元が緩んでいたのを視界の端に、タオルを再度水につけて絞ってパチュリーの額に戻す。

 

「明日は、パチェの調子もいつも通りに戻っているといいですね」

 

 返答は小さな頷きだけ。

 また今日も、こうして一日が過ぎていく。


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