東方帽子屋   作:納豆チーズV

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五.龍の待遇、破壊の加減

「私はレーツェル・スカーレット。レミリアお姉さまの妹です。よろしくお願いしますね」

「紅美鈴です。お好きに呼んでください、レーツェルお嬢さま」

「じゃあ美鈴って呼びます」

 

 なんて会話を交わしたのも、すでに数年前。

 美鈴には門番として、太陽が出ている時間の門での警備を任せている。今のところ一度も敵の侵入を許していない優秀な手際である。

 俺たちと労働時間がまるで反対なこともあり、一日に数時間しか彼女と出会う機会はない。しかし美鈴も妖怪である。妖怪とは肉体よりも精神に重きを置く存在だ。本来ならば睡眠もそこまで取る必要はなく、少し引き留めればいくらでも彼女と話す時間は作ることができる。

 最初の頃はレミリアの強引さに門番以外になにをされるかと戦々恐々していたようであったが、普通に門番しかやらせない上に、たまに来る侵入者を撃退するだけという簡単なお仕事。給料は朝昼晩の三食しかないけれど、美鈴はそこそこ満足しているようだ。

 

「――で、聞いてくださいよ。この前は『吸血鬼は流れる水が苦手なんだって? お前も吸血鬼の眷属ならそうなんだろ、食らえ!』なんて言って水弾とか滅茶苦茶撃ってくるんですよ。吸血鬼じゃないですし吸血鬼対策の道具は全部効かなかったんですけど、服が濡れたせいで寒くて寒くて。一時的とは言え門番を放り出すわけにもいきませんし、その日は風邪を引きそうで大変でしたよ」

「妖怪は基本的に肉体に由来する病気なんてかかりませんけどね。しかし、水……水も滴るいい、なんでもないです。とにかく、大変でしたね。心中お察しします」

「そう言ってくださるのはレーツェルお嬢さまだけですよー」

 

 門番を始めて数か月も経った頃、疲れていそうだった美鈴に「なにか悩みでもあるんですか?」と聞いたことが始まりだった。最初はあまり会う機会がないせいで交流も少なかったのだが、そうして話をしているうちに愚痴を聞かせてもらえるくらいの信頼を獲得した。

 一応、俺もこの館の主であるレミリアの妹であるのだが、本人である俺が気にしないので美鈴もそこまで気にしないことにしたようだ。

 

「お姉さまも私と同じように話せば愚痴くらい聞いてくれると思いますよ? もしかしたら労働条件だって緩くできるかもしれません」

「あ、別に仕事に文句をつけているってことじゃないんです。ただ毎度毎度相手が吸血鬼対策ばっかりしてくるので、変な戦いになっちゃうのが嫌だなぁってだけで」

「何十年か経てば紅魔館の門番の存在だって広まりますよ。そうすればちゃんとした戦いになると思いますし、美鈴にとっても良き修行の一環になると思います」

「そうなればいいんですけどねー」

 

 一度、美鈴に「私たちが寝ている隙に逃げる気はなかったのですか?」と失礼なことを聞いたことがある。俺たち吸血鬼は昼間は外に出れない以上、あまり遠くへは行けない。逃げるのは容易いことだった。

 それに答えた彼女のセリフが「一度引き受けた以上、逃げ出すなんて一番やっちゃいけないことです」。さすが武人――いや、これは美鈴自身を褒めるべきか。半ば無理矢理門番をやらされているのにも拘わらず、そういうところはしっかりしている。だからこそ親しみやすかった。

 

「もしも相手が弱すぎたり変な戦い方すぎたりで腕が鈍るようなら、私が代わりに相手をしてあげてもいいですよ?」

「えっ、いいんですか……って、ダメですよー。そんなことしたら私がレミリアお嬢さまに怒られちゃいます」

 

 別に本気で怒ったりはしないと思う。俺たち三姉妹は揃って人をからかうのが好きだから、そうやって脅して楽しむだけ。いや、余計にたちが悪いとも言えるのか。

 なんにせよ美鈴が拒否するなら強く勧めるつもりはない。思いつきで提案してみただけであるし。

 

「というか、レーツェルお嬢さまって強いんですか? あ、いえ、舐めてるわけじゃなくてですね。戦ってるところとか見たことなかったので」

「そうですねぇ。強い、と思いますよ? 私も曲がりなりにもお姉さまと同じ吸血鬼ですから」

 

 生半可な相手ならば『光の翼』による音速特攻で一撃で倒せるだろう。今まで本気で戦闘をしたことがないので、実際にはどこまで戦えるかはわからない。

 

「うーん。よくよく考えてみると、門番よりも雇い主の方が強いって変な感じですね」

「美鈴は関門みたいなものですから大丈夫ですよ」

「関門、ですか」

「美鈴を倒すことが私たち吸血鬼へ挑戦するための権利となる。美鈴を突破しなければ真の敵のもとへは向かえない。そういうことです」

「なんだかかっこいいですね。そう考えるとやる気も出てきます」

「でも実際は?」

「水をかけてくるようなやつしか来ないんですよねー……」

 

 世の中はままならないことばかりである。なんだか大変そうだし、今度、使うと服を乾燥させられるマジックアイテムでも考えておこうかな。

 その後も愚痴やら最近あった面白いことやらを話し合い、十数分後には「そろそろお暇します」と別れることになる。

 気を操る武闘派妖怪、紅美鈴。彼女が紅魔館に問題なく溶け込めているようでなによりだった。

 

 

 

 

 

 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □

 

 

 

 

 

「お姉さま、おそーい!」

「ごめんなさい。次からはもっと早く来るように心がけます」

 

 地下室に入ると、扉の前で待っていた頬を膨らませたフランに文句を言われてしまう。

 しかし謝罪の文を述べると「しかたないにゃあ」という具合に彼女に笑みが浮かんで、バッと胸に飛び込んできた。

 いつものことなので適当に対処しつつ、部屋の中央辺りまで移動する。

 

「どうせ新しく雇ったって言う門番と話してたんでしょ」

「鋭いですね。美鈴が働いてくれるおかげで私やお姉さまも規則正しい睡眠時間を取れるようになりました。感謝してもし切れません」

「……それはいいことだけど」

「そんなに拗ねないでください。フランをないがしろになんてしませんから」

 

 父とその眷属の時と同じ失敗は繰り返さないつもりだ。フランと交流を持った以上、なによりも妹を優先する。あの日交わした約束を絶対に破らない。

 

「そうですね。今日は遅れたお詫びに一緒に寝てあげる、なんてどうですか?」

「いいの?」

「もともと私のせいですからね。フランは許してくれますか?」

「もちろん許すわ。というか、もともと怒ってないのに」

 

 やれやれ、と冷静に首を振っている……つもりなのかもしれないが、口元はニヤけているし手元は落ち着いていないし翼がパタパタと動いている。

 喜んでもらえるのはそれだけ慕われている証拠なので素直に嬉しい。

 

「今日も魔法のお勉強?」

「いえ、今日は力の加減の方を練習しましょう。えーっと、確かここらへんに……」

 

 脳内で術式を描き、魔法を行使。倉庫として作っておいた空間へつながる穴を開き、右腕を突っ込んで目的の物を探す。

 

「そういえば、お姉さまは空間を作る魔法ってどうやって作ったのよ」

「これですか? 仙人の術に似たようなものがあると知っていたので、書物を参考に疑似的にそれを再現しただけですよ」

 

 改良の余地はまだまだある。開く際の魔力消費量やら生成における効率性やら。

 空間の作成は結界と似たような要領で行えるが、本来ならば妖怪は結界作成などは苦手としている。主に人間が行使する霊術が『防御』や『封印』などが豊富なのに対し、妖力を用いる妖術は『攻撃』や『幻惑』等に優れているのだ。

 しかし魔法はそんな向き不向きなどがなく、さまざまなことが可能な万能の術である。俺は妖怪兼悪魔である以前に大量の魔力を宿した吸血鬼。魔法を通して霊術の真似事だってすることができる。

 

「ん、ありました」

 

 目的の物を取り出して、術式を掻き消して空間を閉じる。

 手に持つそれはハンドグリッパーの形をしている。握り込むことで握力を鍛えることができる器具だ。本来ならばこの時代には存在しないが、適当に素材を集めて魔法でそれっぽく作った。

 もちろん、フランの握力を鍛えるためにこんな物を出したわけではない。これは『設定した握力の度合いに近づけば近づくほど握り込める』マジックアイテムだ。

 例えば『二〇キログラム』に設定した場合、『一五キログラム』と『五〇キログラム』の力では前者の方が深く握ることができる。

 フランの全力を受けても壊れないように何重にも保護(プロテクト)をかけておいたし、堅さもレーヴァテイン並みのものへ昇華させている。それでも壊れた時のために予備も二つ用意しているので遠慮なく使ってくれるようにフランには言ってある。

 

「今日はどのくらいを目標にします?」

「えっと、前回はどのくらいだっけ」

「確か二〇〇キログラムくらいだったと思います」

「じゃあ今日は一九五にするわ」

 

 内部の魔力量を調整し、手元に表示される数値が一九五となった時点で共有を絶つ。

 

「確か、人間は三〇とか四〇とかが普通なんだよね」

「全力で、ですけどね。普通に暮らす限りで使う握力は一〇キログラム程度だと思います」

「先は長いわ……」

 

 強すぎる力をコントロールするための訓練は、フランが「やりたい」と言ったために魔法の勉強と同時期に始めたものだ。

 ハンドグリッパーを一瞬握りかけて、すぐに元に戻った。少しずつ力を調整していき、一九五キログラムで維持できるようにしていく。

 一九五キログラムというと人間にしては非常に高い数値だが、最初の頃と比べるとかなり成長していた。一番初めは五〇〇キログラム――ゴリラと同程度の握力――でもピクリとも動かないほど力が強すぎたのだ。

 常に全力を出すことしか知らなかったフランの肉体が、きちんと加減を覚え始めている。この訓練が終わって自分の力をちゃんと操れるようになれば、彼女だって俺やレミリア、人間たちと同じようになんの気兼ねもなく遊んだり暮らしたりすることができるようになるのだ。

 

「……フラン、ありがとうございます」

「えっ? なんのお礼?」

「いえ、なんでもありませんよ。がんばってください」

 

 なんとなく言いたくなった。ただそれだけのこと。

 妖怪はとても長い時間を生きる種族だ。こうしていろいろと学んでいけば、どれだけ途方もなく思えてもきっといつかは届いてくれる。最初はどうしようもなかったはずのフランの加減具合だって、今はこうして希望が見えていた。

 もしかしたら、いずれ彼女の狂気も――――。

 右手を顔に添えて無表情であることを確認し、かぶりを振った。

 期待するな。自分から幸せを求めるな。もう間違えてはいけない。あの日の誓いは未だここにある。

 

「疲れたら休んでもいいんですよ?」

「お姉さまだって、つまんなかったら本でも読んでていいよ」

「そんなことしませんよ。私はフランががんばっているところを見たいので」

「……もうっ」

 

 フランが頬を赤らませながらも、手元のハンドグリッパーに集中する。俺はなにもせず、ただそれを眺めていた。

 はてさて。なにが起こるわけでもなく。

 今日も今日とて、平和な一日である。


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