東方帽子屋   作:納豆チーズV

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2月25日はレーツェルくんの日(誕生日)というわけで更新です(ーωー )
なぜ2月25日なのかはカランコエ(誕生花)です。カランコエには「たくさんの小さな思い出」や「あなたを守る」といった花言葉があります。
ちなみにラナンキュラス(こいしちゃんのスカートの模様の花)も2月25日が誕生花に含まれています。こちらは「晴れやかな魅力」など魅力的であることを表す花言葉があります。

後日談その七。香霖堂で買い物をするレーツェルくんのお話。


七.思いに応えるカミの記憶

「うーむ……」

 

 香霖堂。

 そろそろ春が近く暖かくなってきた頃だが、まだ寒さが抜け切らないからだろうか。どうやらいくらか掃除をさぼっているらしく、トーテムポールやらアナログテレビやら、一部の商品には埃が積もっているのが窺える。

 霖之助は割とこういうことが多い。掃除をしないわけではないのだが、どうせまた汚れるのなら、ある程度までたまったところで一気にやった方が効率がいい。

 他にも少しでも興味を持ったらどう考えても役に立たないものまで拾ってきて、しかも頑なに捨てようとしなかったり。そういうところは割と魔理沙に似ている。

 魔理沙は幼い頃からそれなりに霖之助にお世話になっていたそうだし、案外根っこの部分は純粋で、こういう霖之助のダメな部分ばかり真似してああなったのかも……ないか。だって魔理沙だ。たぶん霖之助と関わっていなくともあんな感じになっていたに違いない。

 

「……ふむ。またずいぶんと難しい顔をずっとしているね。それに君が一人でここに来るなんて珍しい」

「あ、霖之助」

 

 香霖堂には今、俺と霖之助しかいない。いつもなら霊夢やら魔理沙やら、あるいはこいしかフラン辺りが付き添っているところだが、今日は一人で来た。

 ずっと唸っていたからだろうか。ロッキングチェアでくつろぎながら本を読んでいた霖之助がページから目を離し、不思議そうに俺を見やっていた。

 

「フラン以外なら、誰かと一緒に来てもよかったんですけどね。今日は私物の買い物ですし、誰かに声をかける必要もありませんでしたから」

「意外だな。君があの子と一緒に来ることを拒むだなんて。君たちはとても仲が良いと記憶していたけど」

「もちろんです。私もフランのことは大好きですよ。喧嘩している、というわけでもありません。ただなんというか……今日はどうしてもフランとは一緒に行けない用事だったというか……」

「この買い物がかい?」

 

 霖之助が訝しむのも無理のない話だ。買い物程度が大好きな妹を連れていけない用事だと言われてもしっくりとこないだろう。誕生日プレゼントとかなら別の話だが、さすがにそれだけ大事なものを古道具屋で買おうとは思わない。

 初めはちょっと気になった程度だったのだろうが、俺がなにを見ているか気になったようだ。霖之助は本を閉じて立ち上がると、隣まで寄ってきて俺がさきほどまでずっと見ていたスペースを覗き込んだ。

 

「あぁ、これは……」

「そうです。神のカードです」

 

 前世の記憶はかなり曖昧になってきてはいるが、まだそれなりに覚えていることもある。今俺が見ているこれもその範疇にあるものだった。

 俺がフランと、最近はこいし、あとたまに魔理沙を交えて行うカードゲーム。それを象徴していた、神のカードと呼ばれた三枚のカードが今、俺の前に並べられている。

 

「神の、カード? 君はこれの正体を知っているのか? もしかして外の神さまが作ったものなのかい?」

「あ、いえ、なんと言いますか……この三枚はとある神さまを模したカードなんです」

「あぁ、偶像の類だったのか。てっきり僕は……」

「僕は?」

「いや、僕の能力のことは君も知っていると思うけどね。この三枚のカードだけ他の同じようなカードに比べて違う用途が浮かぶんだ。だからこうして別のところに置いておいたんだけど……」

 

 霖之助の力、つまりは道具の名前と用途がわかる能力だ。

 俺やフランがやるカードゲームのカードはもっぱら香霖堂でバラ売りされているものを買っている。それがこうして離れて売られていたのは多少不思議に思ったものだが、どうやらそういう理由だったらしい。

 

「いつもの君たちが買ってくれるカードなら『ボードゲームを遊ぶための道具』と出るんだが、その三枚は違ったんだ」

「どう違うんです?」

「『架空世界に存在した闇のゲームを再現するための道具』、だ。闇のゲームだなんて言うもんだからもっと禍々しいものだと思ってたんだけど、偶像の類だったとはね。神さまにとんだ無礼を働いてしまった」

「用途が悪意を感じる要約ですね……」

 

 特にこのカード、と言いながら、三枚のうち不死鳥をかたどった黄金の神のカードを霖之助は手に取った。

 

「このカードからは特にその傾向が強いんだ。少なくとも『ボードゲームを遊ぶための道具』ではないというか、それに使うのはいささか無理があるというか……そのために作られたようには到底感じられない。能力で浮かぶ名前もなんだか霞んでいてね。ラーって部分があるだろう? それがたまにヲーに見えることがあったりして――」

「それ以上はやめてください、やめてください……やめてあげてください」

「え? あ、あぁ、わかった。よくわからないけど……」

 

 不死鳥のカードには間違いなくラーと書かれているのだが、多くの人がそれを拒んだというか……模しているはずなのに、その効果が元々の神としての力とあまりにかけ離れているせいで、その現実を認めなかった者が多くいたからだろうか。その想いがカードに乗り移り、霖之助の能力にも悪影響を及ぼしているのかもしれない。

 ……いや、それっぽく推測を立ててみたがやっぱりちょっと意味がよくわからない。いくら思いや精神の力が強い意味を持つ幻想郷でも、それだけの影響で名前が変わるだなんて普通はありえない。相当な話だ。あまり深く考えないでおこう。

 

「それで霖之助、これって商品なんです?」

「いや、闇のゲームだとかなんだとかなにか不吉そうだったから非売品のつもりだったんだけど」

 

 商品と一緒に並べてあるのに非売品とはこれいかに。

 

「でもまぁ、君ならそれの正体がわかってそうだから売ってもいいか。僕の手にあるよりはよさそうだ。ただ、いつものカードよりレアなぶん割高になるよ」

「大丈夫です。お小遣いはそれなりにあります」

「お小遣いって……そういえば、君たちの館のやりくりは主にうちのお得意さまのあのメイドがやっているんだっけ」

「咲夜のことですか? そうですね。咲夜にはいつもお世話になっています。お姉さまにそういうこと任せていたら後先考えなさそうですし」

「珍しいな。君が姉のことを悪く言うだなんて」

「悪くだなんて言ってません。お姉さまは子どもらしくて愛らしいって言いたいんです。咲夜は大人っぽくて落ちついてますし、とどのつまり長所とか異なりますから。役割分担だってことです」

「人には人の役割がある、か。だとすれば、カードにもカードの役割があったりするのかな? この不死鳥のカードにも」

「え、そ、それは……ど、どうでしょうねー?」

「なんで口ごもるんだい? 君のことだから、はい、なんて即答すると思ってたのに」

「いやまぁその、はい、そうですね……ただ世の中には狭い範囲でしか活躍できないものだってあるんです。とても限られた、しかも普通では起こり得ない条件下でしか力を発揮できなかったり……得てしてそういうものは不遇と呼ばれるんです」

「ふぅん。まぁ確かに、ここの商品はこの店に置いておいて役に立つものなんて一割あればいい方だ。外の世界では便利な道具でも、こんな寂れた古道具屋じゃ置き物にしかならない。道具という存在にとって確かにそれほど不遇なことはないな。少し新しい活用法でも考えてみるか……」

 

 なにやら難しいことを考え始めようとした霖之助に、とりあえずこの三枚をください、とさっさと取引を行っておく。それから三枚のカードを倉庫魔法で異空間にぽいっとしまった。

 これで次こそは必ず……そうして一人で燃えたぎっていると、霖之助がふいとなにかを思い出したように「あれ?」と声を上げた。

 

「ところで、どうして新しいカードを買うことが君の妹と一緒に来ちゃいけないことに繋がるんだい? まだ肝心の理由が判明していなかったと思うんだが」

「へ? あ、あー……それはですね。その、なんて言いましょうか……」

「言いづらいなら言わなくてもいいさ。無理に聞きたいほどのことじゃない」

「いえ、霖之助になら別に言ってもいいです。魔理沙とかだとからかわれそうなので嫌ですけど」

「ふむ。なら、どんな理由なのか、聞かせてくれるかな」

「……負け続きで、悔しかったからです」

「え?」

「最近このカードゲームでフランと遊んでも、どうしてかフランはいつも引きがよくて……ノリノリで『私のターン、ドロー!』なんて言った後すぐに『来たわ! 見せてあげるお姉さま! これが私の切り札……絶対無敵、究極の力を解き放て! 発動せよ、『超融合』!』とか言い出すんですよ! しかもピンチになったら毎回です! 気合いを入れてドローしたら引きたいカードが引けるだなんてアニメの主人公じゃないんですから!」

「お、落ちついてくれ。君らしくもない。第一、たかがゲームの話だろう? そんな必死になることじゃ」

「半端な気持ちで語らないでください! デュエルの世界を!」

「えぇ……」

 

 霖之助がドン引きしている。どうやら少し熱くなりすぎららしい。

 一度大きく深呼吸をして心を整えてから、改めて口を開いた。

 

「とにかく、そういうわけで……フランに勝てるだけの力が、つまり新しいカードが欲しかったんです。それなのにフランを一緒に連れて来れるわけがありません」

「な、なるほどね。しかし引きたい時に引きたいカードを引く、か……まぁ、実際問題、ありえない話ではないのかな」

「え? なにか理屈があるんです?」

「ん、ああ。そうだね……ちんちろりんを知っているかい? サイコロの目を当てるゲームだ。例えば霊夢なんかはそれを百発百中で当てられるらしい」

「はい?」

「宴会でたまにやっているという話だったけど、君は見たことがなかったみたいだね。ああいや、先に言っておくけど別にそれは霊夢だけの特別な能力というわけじゃないさ。彼女の力は『浮く』だけだ。サイコロの目にまでは作用できない」

 

 それは当然の話だろう。応用の範囲として、かつて俺にやったように表情を浮かばせたりということはできても、サイコロの目を当てるだなんてことは浮くという言葉の範疇にはない現象だ。

 

「霊夢いわく、この世界は三つの層から成り立っているんだそうだ。一つ目が物理の層。要するに物理的法則さ。ものを持ち上げて、離せば落ちる。そういう当然の事柄のことさ」

「じゃあ二つ目はなんです?」

「心理の層。人の心、あるいは魔法や妖術が作用する範囲の層だ。君が自分の妹のことを大事に思う気持ちだとか、そういうものさ。大抵の妖怪や僕なんかはこれら二つの層で物を捉えるから、幸運のメカニズムを理解することができないらしい」

「幸運のメカニズム……霖之助は三つ目の層のことを知っているんですよね、霊夢から聞いて。それっていったいどういうものなんですか?」

「記憶さ」

「記憶……?」

「世界は同じことの繰り返しを拒むようにできているんだそうだ。つまり、万物を捉え、すべての出来事を記録し覚える記憶の層。それこそが世界の最後の層なんだ」

「……アカシックレコード、ですか」

「なんだ、知っていたのかい?」

「いえ、実際にあると知ったのは初めてです。もっと詳しく教えてもらえませんか?」

 

 アカシックレコード。この世界が始まった時から起きたこと、すべての生き物が感じた思い。そういったすべてが記録されている世界記憶の概念のことだ。

 現在を構成する物理と心理、そして過去と未来を形作る記憶。その三つの層で世界が成り立っていると言われれば、確かに納得はできた。

 

「僕も霊夢の受け売りなんだけどね。物理の層が物理法則で、心理はその結果の解釈、そして記憶は確率の操作を行う。因果応報というやつだね。今、まったく同じ条件下のつもりでサイコロを二回連続で振ったとしよう。けれどその二回目が仮に物理的、挑む時の心理的に同一だとしても、『二回目のサイコロを振った』という過去の記憶だけは覆せない。記憶の層が違う。だから初期条件が同じ状態で二度サイコロを振ったとしても、同じ結果になるとは言い切れないんだ」

「なるほど……でもそれならなんで霊夢はサイコロの目を当てられるんです? 同じ結果にはならないー、なんてわかっても、それって結局次の目がどうなるかわからないことがわかるだけでなんにもわかってないじゃないですか」

「そうだね。僕もそう思った。だけど違ったんだ。逆なんだよ」

「逆?」

「サイコロの次の目がわからないのなら、サイコロの次の目がそうなるような条件にすればいい」

「いやまぁそれはそうでしょうけど、どうやって引き寄せるんですか。今なにをどうやっても同じ結果は必ずしも起こり得ることはないってわかったばっかりじゃないですか」

「そうだね、必ずはありえない。霊夢だって次にどんな目が出るかなんて知らない。でもサイコロは、霊夢が次のサイコロの目を予想したことを記憶している」

「つまり?」

「霊夢は幸運な存在だと記憶されているから、記憶の層が霊夢が幸運になるような結果を勝手に引き寄せる。霊夢がサイコロの目を当てるんじゃなく、サイコロが霊夢の予想と同じ結果を取る。そしてそれが百発百中に繋がるってことさ」

「……あの、霖之助」

「なんだい?」

「それってつまり元々幸運な人じゃないと意味がないってことじゃないですか! 結局!」

「あはは、まぁ、確かにそうだね」

「むぅー……」

 

 俺も頑張れば幸運になれるかもと思って興味津々に聞いていたのにこの仕打ちである。思わず不満げに唸ってしまうのもしかたがない。

 つんっとそっぽを向いている俺をよそに、霖之助は「話を戻すよ」と続けた。

 

「この世界は三つの層から成り立っている。物理の層と心理の層だけで捉えたら、確かに、君の妹のように次に引くカードに望んだものを引き寄せることはできない。けれど」

「……世界は、フランの持っているカードたちはフランの勝ちたいという思いを記憶している。フランが引きたいと思ったカードを記憶し続けている。そしてこれまでずっとその結果は結びついてきた記憶がある。だから、フランが本気で『勝ちたい』と思ってカードを引けば、カードが必ずその思いに応える……そういうことですよね」

「その通りだ。まぁ、君の妹とそのデッキの相性がよほどよかったからだろうね。使うカードをがらりと変えたりしたら、たぶん引きたいカードも引けなくなるんじゃないかな」

「それじゃ意味がないです。私は、今の強いフランに勝ちたいと思ってここに来たんですから」

「……だとすれば、君もまた彼女と同じなのかもね」

「同じ?」

「君の妹の気持ちにカードたちが答えるように、君の勝ちたいという思いの結果にあったものが、その三枚のカードなわけだろう? それも神のカードだなんて大層なものなんだ。これがただの偶然のはずがない」

「私はこの三枚のカードに導かれたと?」

「そこまでは言ってないよ。君とそのカードたちは少なからず相性がいいだろうってだけの話さ」

 

 うむむ、と倉庫魔法で異空間から取り出した三枚のカードを再び手に取る。

 

「……決めました。私、この三枚のカードと一緒にフランに勝ってみせます! カードが私たちの思いに答えてくれるのなら、私もカードに応えます! というわけで霖之助、そろそろ失礼しますね! 今日は遅くなるまでドローの素振りをして特訓ですっ!」

「え、あ、ああ……素振り……? カードゲームの話じゃなかったのか? それになんの意味が……って、もういないな」

 

 ――この日から俺の日課に一日最低一〇〇回ドローの素振りが追加された。

 ちなみに意気揚々とフランに勝負を挑んだ結果だが、三枚の神のカードのおかげか、割と勝てるようになって満足していた。

 しかもラーに至ってはいつも初手に引いたカードの中にいる。常に切り札が一番初めに引けるのだからそうなる記憶が世界にあるのだろう。勝つ時も負ける時もいつも一緒だ。もはや俺の相棒と言ってもいいカードである。

 ……ちなみに、ラーをフィールドに出した勝負で勝ったことはない。


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