文もなんだか淡々としてますが、ご了承くださいませ。
後日談その六。謎の妖怪かぼちゃライダーのお話。
□ □ □ Standpunkt verändert sich zu Marisa Kirisame □ □ □
秋の入り始めとなると非常に涼しく心地のいいものだが、中盤以降にまで入ってくると肌寒いくらいになってくる。
少し前までは結構な頻度でいろいろあったものだが、ここ最近はどうにも平和だったからか、時間の流れがいつもより早く感じた。
去年は暑い夏頃になんか天候がいろいろとおかしくなったり神社が崩れたり。年末にはなんか地獄の鴉が暴れたとかなんとか。今年の春には、空にお宝がありそうなでかい船が見えたので探しに行ったり。
それらの結果として地獄と地上との関係が若干良好になったり幻想郷に新しい寺が生まれたりもしたが、それももう真新しいとは言えない頃合いだ。
「で、霊夢はなんの準備をしてるんだ?」
「なにって、祭りの準備だけど」
賽銭箱の前にある階段に腰かけて肘をつきながら、ぼうっとその辺りに視線を巡らせる。霊夢が珍しく真面目に参道の掃除をしたり、河童が露店のようなものを出す準備をしていたりしていた。
「祭りねぇ。この時期ってなにか祭りって言えるような行事ってあったか?」
「んー、私もこの前まで知らなかったんだけどね。なんだか外の世界ではこの時期になるとハロウィンっていうお祭りをやるんだって」
「はろうぃん? あー、言い方からして外の世界でも結構遠くの方のところっぽい行事だな。どんなことをやるんだ?」
「ほら、そろそろ夏も完全に終わって冬の始まり、つまりは秋も中頃に差しかかるでしょう? こういう境界が曖昧な時期には霊たちが、それから人に害を為す魔女や精霊なんかも増えてくるの」
「ふーん。つまりは量産型アリスか。なるほどそれは恐ろしいな」
人に害を為す魔女や精霊が出てくるとなると、その霊たちとやらもただの幽霊ではないものが混じっているだろう。
悪霊、あるいは怨霊。妖怪の天敵であり、人間にとっても忌むべきものであり、現世におけるほぼすべての者たちから望まれない存在。
そんな危険な存在が増える時期にお祭りをやるとは、いったいどういうことなのか。
私が不思議そうにしていることに霊夢は気がついている。問うまでもなく説明を続けてくれた。
「ハロウィンっていうのは、そういうよくない精神的存在たちを遠ざけて身を守るための宗教的な儀式のことよ」
「ほー……いや、なんでそれで祭りをすることになるんだ? 聞く限りだとこんなお祭り騒ぎするような行事には思えないんだが」
「宗教的な意味合いがあると同時に、収穫祭っていう一面もあるの。ほら、秋も真っ只中だからね。収穫の秋って言うでしょう?」
「なるほどな」
ただ、まず間違いなく普通は神社でやるような行事ではないだろう。霊夢もそれはわかっているだろうに、こうして準備を進めているのは、これを口実にどんちゃん騒ぎをしたいからか。あるいはイベントを開くことでもっと参拝客とお賽銭を増やしたいからか。
まぁ、どっちだって構わないか。私だってこういうお祭りは嫌いじゃない。むしろ大好きだ。思う存分楽しませてもらうとしよう。
「あー、そういえば……」
「どうしたの?」
河童が作っている露店にかぼちゃの飾り物があることを認め、ふと口から出た呟きに、霊夢が掃除をしつつもちらりとこちらを見た。
「いや、最近どうにもおかしな噂話を聞いてな。昨日は興味本位でちょっと探してみたりもしてみたんだが……」
「噂? なんの?」
「……一つ、私はいつも傍にいる仲間の心の強さを知らなかった。二つ、誰に頼ることもしなかった。三つ、そのせいで皆の笑顔を脅かした。私は自分の罪を数えたぜ……さあ、お前の罪を……数えろ」
「…………なにそれ」
とてつもなく冷えた目線で霊夢が私を見据えてくる。やめてくれ、私だってこんなの言いたくないんだ。
「う、噂になってる『かぼちゃライダー』とかいう意味不明な妖怪の決めゼリフだよ。どこからともなく影の中からにゅっと現れて人助けをしては、ほんのちょびっとのお菓子を対価に要求して去ってくんだと」
「はぁ? かぼちゃライダー? なにその頭が悪そうな名前の妖怪。見たことも聞いたこともないけど」
「私だって里で噂として聞くまでは知らなかったんだよ。でも実際そいつに助けられたやつもいて、話を聞いてみたりもしたんだ。しかも全部事実だった」
「はぁー……変わった妖怪もいたもんねぇ……ん? 里?」
ぴたっと掃除の手を止めたかと思うと、霊夢は凄まじい勢いで私に詰め寄ってきた。
「ちょ、ちょっと待って! その妖怪って里に出てるの!? 妖怪なのに!?」
「あ、あぁ。まぁでも、そんなに問題はないんじゃないか? 別に悪いことしてるわけでもないし。それに妖怪って言われてるけど、そいつかぼちゃの被り物してるから本当に妖怪かどうかとかはわかってないんだ」
「そっちの方が逆に危ないじゃない! 正体不明となるとなにが目的なのかも予想がつけられない……客観的に見たら人助けになってても、もっと別のなにかが目的なのかもしれない」
「うーん……まぁ確かに、それも一理あるか」
一見あまり意味がないように見えても、妖怪という存在にとって深い意義を為すことがある。特定の手順を踏むことで本来の力を取り戻せたり、ある一定の条件下でのみ存在できたり。
「こうしちゃいられないわ。私はちょっと里に行ってくる。魔理沙は?」
「私は昨日行ったしな。河童たちの様子でも眺めてるよ」
「一応言っとくけど、勝手に神社の中のものを持ってったりしないでよね」
ふわり、と霊夢が体を浮かせると、急ぎ気味に里の方へ消えていく。
残されたのは店の配置を話し合ったり実際に組み立てたりと忙しそうな主に河童の妖怪たちと、手持ち無沙汰になった私だけ。
「…………ん?」
ふと、河童たちに紛れておかしな格好をしたやつが見えた気がした。
こう、暗い色をしたボロボロのローブとマントを羽織って、人の顔の形に穴を開けたかぼちゃ頭をかぶった、なんだかいかにもバカっぽい格好のなにかが……。
こっそり立ち上がり、他のやつらの視線から隠れるようにこそこそと人影が見えた方へ近づいてみる。
やはり、見間違いではない。かぼちゃをかぶったなにかが河童たちと同じように店を開く準備をしていた。
かぼちゃの頭をした妖怪なんて最近耳にした『かぼちゃライダー』以外には聞いたことがない。となると、十中八九あれこそが『かぼちゃライダー』だろう。
私が観察していることがばれていなかったようなので、抜き足差し足忍び足で背後に近寄ると、ぽんっとその肩に手を置いてみた。
ひぇっ!? と女性らしい甲高い悲鳴が被り物の中から漏れる。その声をどこかで耳にしたようなことがあるような気もしたが、少々くぐもっているせいで正確にはわからなかった。
かぼちゃライダーが急いで私の方に振り向いてきたので、挨拶するように片手を上げてみせる。
「よう。お前、『かぼちゃライダー』だろ?」
「え? あ、魔理沙……」
「ん? 私のことを知ってるのか?」
「うぇ? あ! そ、それはもちろん! 人間でありながら妖怪に一切引けを取らないすっごく強い魔法使いって有名ですよ! あはは……」
「そうか、そりゃ照れるな」
興味本位で話しかけてみたのだが、どうにも挙動不審だ。なにかばれたくない秘密があるような、そんな感じがする。
「ところで聞きたいことがあるんだが。お前、里で人助けをして回ってるんだって? なんでそんなことしてるんだ? なにか目的があってしてることなのか?」
「そ、そうですね。特にありませんけど、強いて言うならお菓子をもらうことが目的ですよ。私、この時期に駄菓子とかもらって回るの大好きなんです」
「ふーん。でも子どもにお菓子を配って回ってるとかいう噂もあるんだが、せっかくもらったのに他人に上げてちゃ意味なくないか?」
「も、もらうのが好きなんです。大人からはお菓子をもらって、子どもにはお菓子を配る。トリックオアトリートです。私は幻想郷の皆にもハロウィンを知ってもらいたいと思ってですね」
「ハロウィンを、ねぇ。でも私はハロウィンってのは秋の収穫を祝ったり悪霊を遠ざけるための宗教の意味合いもある祝祭って聞いたぞ。なんで菓子をもらったり上げたりっていうのがハロウィンになるんだ?」
「え? ハロウィンって本当はそんな意味もあるんですか?」
「いや私に聞かれても……」
「てっきりお菓子をもらったり上げたりする行事だと……」
ハロウィンに因んだ妖怪かとも思ったが、どうやら違うようだ。そうなるとなんだ? もしかしてかぼちゃの妖怪?
というか、なんだろう。この不思議な感覚。こいつとどこかで会ったことがあるような、そんな既視感が会話を始めてからずっと心に引っかかっている。
「なぁ、私とお前ってどこかで会ったことがあったりしないか?」
「うぇっ!? そ、そそそんなことはありませんよ? 断じてないですよ? 私はハロウィンにのみ現れる弱きを助け強きをくじく謎の仮面ヒーロー、その名は正義のかぼちゃライダーですし……」
なんだその肩書き。
「なら試しにその被り物取ってみてくれないかね。そうすれば私もすっきりするし」
「こ、これは私の体の一部なのでちょっと……これを取ったら、こう、あれです。その……そう! 私の奥底に眠る悪の心が表に出て、お菓子をくれなきゃいたずらするようになっちゃいます!」
「余計に見たくなったな」
「いや、ちょ、その。て、手をかけないでください! 取ろうとしないで……う、うぅうううう!」
半ば強引にかぼちゃの被り物に手をかけてみたが、外すよりも早く両手でかぼちゃを押さえられる。妖怪だけあって異様に力が強い。全然外れる気配がしない。
それでも諦めずに力を入れ続けていると、不意にばきんっと不穏な音が鳴った。
これ、まさか……。
その正体に気づいてすぐに力を抜いたのだが、一足遅かったようだ。
かぼちゃが私とかぼちゃライダー――主には妖怪たるかぼちゃライダーの力だろう――の握力で完全に割れてしまい、破片がぼろぼろと地面に崩れ落ちていった。
「うぁぁうう!? め、目が、目がぁー……!」
「あ、悪い」
そうして現れたかぼちゃライダーの正体は、こいつかよ、と呆れながらもなんだか妙に納得できるような、幼い少女の見た目をした大妖怪だった。
吸血鬼、レーツェル・スカーレット。
かぼちゃがなくなったことで容赦なく日差しが彼女の頭と顔を焼いている。私はすぐさま自分のかぶっていた三角帽を取るとレーツェルにかぶせると、その背中をそっと押して日陰の方、賽銭箱近くの階段まで誘導した。
「ひ、ひどい目に合いました……無理矢理取るなんてひどいです。外道です。なんたる非道を働くんですか」
「すまんすまん、悪かったって。こんなアホみたいな格好するんだから妖精かなにかだと思ってたのに、まさか中身がお前だとは……」
「アホみたいって……はぁー、いったい魔理沙はなに言ってるんです? めちゃくちゃイカした格好じゃないですか。このセンスがわからないなんて人生の半分は損してますよ」
「その損した半分は私って人生にはいらない分なんだろうな……」
私のつれない反応に、レーツェルは終始不満そうに頬を膨らませている。
数年前にこいつが異変を起こすまでは常に無表情だったから当時はこういう反応が新鮮だったが、数年も経てばさすがに慣れた。
他人に気を遣うクセは変わらないが、割と開放的に振る舞うようになったことは良い変化と言えるだろう。
しかし、いつもだったらもっとこう、保護者みたいに理知的な雰囲気なのに……今日はあれだ。なんだか妙に頭が残念な印象を受ける。妖精レベルだ。ハロウィンというイベントが彼女をそうさせるのだろうか。
「……なんでそんなかわいそうなものを見るような目をしてるんです?」
「いや、大丈夫だ。そう落ち込むなよ。きっと妖精ならお前のセンスだってわかってくれるさ」
「別に落ち込んでないですけど、なんだか密かにバカにされてるってことはわかりました」
つんっ、とレーツェルがそっぽを向き、さらには私がかぶせた帽子を深くかぶって顔を隠す。
悪い悪い、と軽く謝りながら、とりあえず正体が判明してからずっと気になっていることを問いかけてみることにした。
「で、レーツェルはなんでそんなアホっぽ……じゃない、変わった格好をしてるんだ? しかも店まで出そうとしてたろ」
「アホじゃないです。この格好をしてるのは、幻想郷にハロウィンを広められたらなと思ったからですよ」
「ハロウィンを広める、ね。なんでその目的でそんな格好になるのかを聞いてるんだが」
「私の前世だと……幻想郷の外の世界でもそうだと思うんですけど、現代ではこういった仮装をしたパーティを開くことがハロウィンってイベントになってるんです。かぼちゃはそのシンボルですね。店はかぼちゃの料理店でも出そうかと」
「ああ、なるほどな。外の世界のやり方か。だから霊夢とお前の認識に差があったんだな」
「みたいですね。子どもはこうした仮装をしていろんなところを訪ねて『トリックオアトリート』、つまりはお菓子をくれなきゃいたずらするぞって言ったりしてですね、とにかくそうして楽しく騒ぐのが現代では主流になってます。元々は違うみたいですけど」
大人にはお菓子をもらって、子どもにはそれを配る。そんなおかしな噂も、レーツェルなりにハロウィンを広めようとしていたのだと考えれば、確かに納得できる話だ。
「でもそれだとお前がなんも得しないんじゃないか? 子どもでもあり大人でもあるって感じで」
「そんなことありませんよ? 弱気を助け強きをくじく謎の仮面ヒーロー、その名は正義のかぼちゃライダーはやってて楽しいですし。皆の助けにもなれますしね。ハロウィンを広めることもできて一石三鳥です」
「そ、そうか」
人助けが楽しいというのは妖怪らしくない考え方ではあるが、こいつに限っては今更な話か。それだけじゃなく単純に変装も楽しんでいるようであるし、心配するようなことはなにもなさそうだ。
「あー、でも……」
「どうかしたんですか?」
「いや、お前って里でハロウィン広めようと頑張ってたんだろ? 里に妖怪が普通に出現してるなんてなにか企んでるに違いない、ってさっき霊夢が急いで里の方に……」
「……え?」
「正体がお前だって知られたら、たぶんぶち切れるだろうな、あいつ」
「…………や、やだなぁ。魔理沙は冗談が上手ですね。なんにも悪いことなんてしてないのに怒られるわけ……」
「ああ、そうかもしれないな。でもなレーツェル。それ、本気で言ってるんだとしたら相当哀れだぜ」
「うぐぅっ!」
レーツェルは以前にもやらかしているし――萃香との喧嘩の余波で幻想郷に地震を起こし、霊夢を里に繰り出させた――、二度目となるとレーツェルにはそれなりに甘い霊夢もさすがに怒るだろう。
レーツェルもそれはわかっているらしい。だらだらと冷や汗を流しながら、今の自分の服装を見下ろしている。
「……魔理沙。かぼちゃライダーはさっき悪の魔法使いに頭をかち割られて死にました。もうこの世にはいません。悲しいですね」
「どっちかって言うとお前のバカ力で割れてたけどな」
「か、かぼちゃライダーは今日をもって廃業です! 正義の味方は大人になると名乗るのが難しくなりますからしかたないですね! おつかれさまでした! 私はちょっと用事ができたので帰りますね!」
「おっと、いいのか? このままじゃ私、うっかり口が滑って本当のことを霊夢に話しちゃうかもしれないぜ?」
「むぐ……な、なにが目的ですか」
「明日はお前の店の料理をタダでくれよ。あとキノコ料理も追加してくれ。そうすればうっかり口が滑っちゃうこともきっとなくなるに違いないなきっと」
「うー……わかりました。その代わり、本当にそんなうっかりがないようにお願いしますね」
「もちろんだぜ」
レーツェルは私に帽子を返すと、霊夢が戻ってくるよりも先に逃げるように紅魔館の方へと飛び去っていった。たぶん、館に置いてあるかぼちゃライダーとしての活動の証拠品でも処分しに行ったんだろう。
霊夢は妙に勘が鋭いからな。かぼちゃライダーを探る過程でなんとなくで紅魔館にたどりついて、偶然レーツェルにまで行き着くこともありえなくはない。
「ふーむ。そうだな……霊夢には、かぼちゃライダーは私が退治したとでも言っておくか。別に間違いでもないし」
これからはもうかぼちゃライダーなんて意味不明な妖怪は出現しないし、霊夢にこれ以上無駄な捜索を続けさせる理由もない。
とりあえず、レーツェルが作るというかぼちゃとキノコの料理を楽しみにしておくとしよう。前に食べたあいつのお菓子とかおいしかったから期待できる。
霊夢はとりこし苦労、レーツェルは証拠隠滅。悪い魔女や幽霊を遠ざける意味もある祭りのはずなのに、実際は魔女たる私だけが得をする。皮肉な話だ。
「ハッピーハロウィンだぜ。私だけな」
くつくつと笑いながら、レーツェルから返してもらった三角帽を深くかぶる。
レーツェルがかぼちゃの被り物をしていたせいだろう。かぶった帽子からは、甘いかぼちゃの匂いがした。
□ □ □ Ein Standpunkt wird wiederhergestellt □ □ □