東方帽子屋   作:納豆チーズV

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後日談その二、ミスティアさんの順位がもうちょっと上がってほしい話。かつて一位をもぎ取った人の人気にあやかりましょう。


二.何でも無い日の小さな宴会

 季節は巡る。降り積もっていた雪は何か月も前に解け切り、今はすでに自然の緑色をさらしていた。

 先月までは爛々と桜の花が咲き誇り、花見と称して連日連夜宴会を行っていたものだが、桜の季節が過ぎ去ればその回数も激減する。数年前、萃香が異変を起こした際は、夏になろうともお構いなしに三日おきに宴会を開いたりしていたものだけれど、異変でもなんでもない今年はそんなことはなかった。

 さて、そんな満月でもなんでもない普通の日の夜。

 少し前から若い人間や妖怪の間で話題になり始めているという、妖怪の開いている赤提灯の屋台に、人間化魔法を使った状態でやってきていた。

 

「失礼します」

「お邪魔しまーす!」

「おー、いらっしゃーい」

 

 屋台の赤提灯やのれんには一文字ずつ『八目鰻(やつめうなぎ)』と大きく掲げられており、一番右側ののれんには八目鰻の絵が載っている。

 普通赤提灯と言えば焼き鳥だと思うのだけど、という疑問は店主であろう妖怪の少女の姿を見て解消された。

 鳥と蝙蝠を足して二で割ったかのようなデザインの翼に、吸血鬼と同様に鋭く尖った爪、触ったら気持ちよさそうな羽でできた耳。薄紫色の髪の上に羽根の飾りがついた帽子をかぶり、体には紫のリボンであしらわれたブラウンのジャンパースカートを着込んでいる。

 この店主は鳥に関する動物の妖怪か、妖獣らしい。自分に類するものを焼いて食わせようだなんて普通嫌だろうし、だとすれば売っているものが焼き鳥でないのも納得ができた。

 

「と、いうか……」

「うんー? どうしたの? 私の顔になにかついてる?」

「いえ、どこかで会ったような気もしたのですが、たぶん気のせいですね」

 

 幻想郷での知り合いの記憶を適当に思い起こしてみるが、目の前の少女の特徴と一致する者はいなかった。それなのにこうして見覚えがあるような気がしている理由は、おそらく前世の記憶が関係しているから。

 幻想郷中の『答え』をなくすあの大異変を起こして以来、前世の記憶を正確に呼び起こすことが難しくなっていた。というよりも、これまで魂にこびりついてずっと脳裏から離れなかった呪いじみた記憶が、なんでもないありふれた記憶と同じものになったという表現が正しいか。能力を失ってしまったからか、それとも俺の中でなんらかの心情的変化があったせいか。紫いわく「それはあなたが前世の呪縛から正しく解き放たれたことを証明している」らしいが、原作知識がはっきりと思い出せなくなったのは少し痛いかもしれない。

 とにかく、幻想郷で会ったことがないのに見覚えがあるような気がしているのは、おそらくはこの店主が原作に出ていたキャラクターであることを示しているのだろう。はっきりとは思い出せないが、こんな変な姿のキャラがいたような気がしなくもないかもしれない。

 

「こいし、なにを頼みます?」

 

 今日は一人で来たわけではない。一緒に来た、物珍しそうに店内を見渡している少女に、俺は質問を投げた。

 

「はんぺん食べたいねぇ。あとこんにゃくと大根とー……あれぇ?」

「どうかしましたか?」

「焼き鳥ないの?」

 

 店主が鳥の妖怪であるにもかかわらず、というかそんなこと知らないとでも言わんばかりに無邪気に首を傾げるこいし。

 こいしはその特性上、どんなに大声を出しても周りから気づかれないのだが、今回は俺が「なにを頼みます」と話を振ったからその限りではなかった。

 

「ふんっ、屋台だから焼き鳥があるなんて発想、古いわね」

 

 こいしの呟きを耳にした店主が、頬を膨らませて身を乗り出してきた。

 店主の発言に、そうなの? とこいしが小首を傾ける。

 

「そう、古いの! もっと二重においしい食べ物だってあると思うの。ほら、たとえばこの辺って鳥目の人間が多いでしょう?」

「そうなの?」

「そうなの! で、それなら八目鰻とかが二重においしくていいんじゃないかなって! 八目鰻って普通においしいし、鳥目に効くって言われてるし。ほら、想像してみてよ! 鳥目でまともに歩けないところに目立つ赤提灯、そこには鳥目に効くと噂の八目鰻の屋台! 焼き鳥なんかより何倍もお得! ほら、無敵じゃない?」

「そうなのかなー」

「だからそうなんだってば! 実際売り上げも上々だし……まぁ、鳥目の人間が多いっていうか、私が鳥目にしてるんだけど」

 

 人間を鳥目にし、屋台におびき寄せては八目鰻を自主的に買わせている、と。なんというか、ずいぶんと妖怪らしい客引き方法だと思った。

 まぁ、この屋台の八目鰻はかなりおいしいと実際に評判にもなっているので、大した問題ではないだろう。仮に問題があっても人間側が勝手にどうにかするだろうし、特に被害を受けていない俺が口出しすることではない。というかめんどい。

 そんなことよりも、その評判のおいしい八目鰻とやらを食べることの方が今は重要だ。なにせそのためにこいしと一緒にこの屋台にやってきたのだから。

 

「それで、結局なにを頼むの? はん、ぺんと……なんだっけ」

「こんにゃくと大根ですね、こいしは」

「そうだったそうだった! で、あとは?」

 

 店主の視線がこいしに向けられる。こいしはそれに、迷わず胸を張って答えた。

 

「焼き鳥っ!」

「今の話聞いてたわよねぇっ!?」

 

 がくんっ、と体勢を崩す店主。必死に八目鰻を勧めた結果がこれとなれば、この反応も当然だろう。

 

「焼き鳥ないの?」

「ないに決まってるじゃない! あのねぇ、いいっ? 元気に空を飛び回る鳥を火刑なんて残酷なものに処した焼き鳥なんか置いてないの! なにせ、おいしい上に鳥目にも効く八目鰻の方が何重もお得なんだから!」

「そうなの?」

「そうなの! 実際評判も売り上げも上々……あれ、なんだかデジャヴ……」

 

 こいしはぱちぱちと目を瞬かせた後、こてんと首を傾げた。

 

「それで、焼き鳥ないの?」

「……ねぇ、お姉さん。こんなのの相手してて疲れない?」

 

 目元をぴくぴくとさせた店主の疑問に、俺は苦笑いを返すことしかできない。おそらくこいしは話は聞いているのだろうけど、一切理解しようとはしていない。

 こいしが果てしなくマイペースなのはいつものことだが、今日は気分がいいのか、相当キレがいいようだ。ただ、このままだと店主の機嫌を損ねて追い出されてしまいそうなので、この辺りでなだめておくことにする。

 

「こいし、焼き鳥なら今度私がご馳走してあげますから、今日は別のものを頼みましょう」

「えー。焼き鳥食べたいなぁ」

「いえいえ、この屋台には焼き鳥はないみたいですから」

「あれ、そうなの?」

「そうなのです。だから、頼もうにも頼めないのです」

「なーんだ、じゃあしかたないねぇ」

 

 こいしはしばらく考え込んだ後、「じゃあちくわぶで」と告げる。八目鰻じゃないんですね、と思ったことを口にしてみると、こいしはなぜか自慢気に胸を張った。その理由はわからないが、こいしのことなので「それを頼むと思ったかバカめ!」と言った感じだろう。

 店主はあっけに取られた様相で、俺とこいしを眺めていた。

 

「……お姉さんの話はちゃんと聞くのね」

「いえいえ、こいしは誰の話でも聞いてますよ。興味のない話は一切理解しようとしませんが」

「それ、聞いてるって言わないと思うんだけど」

 

 その言葉を否定することはできず、ただ愛想笑いを浮かべた。

 店主はこれ見よがしにため息を吐くと、それで、と俺に向き直る。

 

「お姉さんはなにを頼むの?」

「そうですね……私も焼き鳥を――」

「今日は閉店かなぁ」

「嘘です。とりあえず、こんにゃくと卵と、イカ……って、海鮮物はないんでしたっけ」

 

 幻想郷に海はない。イカが置いてあるはずもなかった。事実、店主も首を傾げている。

 

「イカは取り消しです。油揚げとちくわをお願いします」

「あいよー」

 

 余分な会話をしすぎたが、ようやく注文が終わって、一息をつく。

 本当なら八目鰻を食べに来たのだけど、こいしも頼まなかったので今はやめておいた。どうせならあとで注文する方がいい。こいしもどうやらそのつもりのようであるし。

 ――それからは、俺とこいしに店主を交えた三人で賑やかに話して過ごした。基本的にはこいしがマイペースに話を切り出し、店主がさまざまな反応を示し、俺が最後になだめるという具合である。

 

「それにしても、どうしてこんなところで屋台を開いてるんですか? さきほどは繁盛していると言っていましたが……あ、もちろん妖怪が里で屋台を開けないのは承知のうえですよ」

 

 酒を飲み干した猪口を置くと、のれんから顔を出し、辺りを見渡してみる。外は屋台の内側とはまるで別世界のように静かだった。月と星の明かりだけが頼りの夜の林は少々不気味で、見通しもかなり悪い。

 人里から近いと言える距離ではあるが、妖怪に襲われる可能性を考えると、どれだけ売っているものがおいしくても客の足数は数えるほどしかないはずだった。もちろん妖怪の客は別であるが。

 

「夜の鳥ぃ、夜の歌ぁ……うん? まぁ、確かに人間がこんな林の中まで私の屋台目的でやってくることは少ないけどねぇ、別の方法が充実してるもん」

 

 気分よさげに歌を歌っていた店主が、たとえば、と三本指を立てる。

 

「一つ目。この道はね、比較的人間が通る道なのよ。鳥目予防で来てくれる人もいるし、別に通る人たちが私の屋台目的じゃなくても私が鳥目にしちゃえば嫌でも赤提灯のこの屋台に来なきゃいけないし、あとは鳥目に効くって噂の八目鰻でも食べさせてやれば儲かるわ。効かなきゃ私が鳥目を解けばいいしね」

「ここまで堂々と詐欺の暴露をする人は初めて見ました」

「妖怪だもん。で、二つ目。たまーにそれで八目鰻を気に入ってくれる人もいるみたいなのよね。そういう時はその辺の雀を通して連絡が来るから、私がわざわざ鳥目にしなくても屋台を開くだけで儲かる。楽でいいわー」

「まぁ、確かに美味しいです。あの、私たちもまた来ていいですか?」

「もちろん!」

 

 すでに八目鰻は注文し、俺もこいしも食べ終えている。焼き鳥とはまた違った食感や特徴的な味は、焼き鳥とはまた違った種類の美味しさを感じさせた。

 

「それで、三つ目はなんなんです?」

「え? 三つ目? そんなのないけど。これで終わりよ?」

「……じゃあ、なんで三本も指を立てたんですか?」

「…………細かいことはいいじゃないの!」

 

 大声で押し切られた。隣でこいしが、計算できないんだねぇ、とちくわを加えながら呟いていた。計算と呼ぶほどの計算ではないと思うのだが……まぁ、相手は鳥の妖怪だ。妖怪としての力もそう強く見えないし、鳥頭なのだろう。

 いや、鳥頭は『バカ』という意味じゃなくて、記憶力が弱いことのたとえだったか。じゃあ、『バカ』のたとえってなんだっけ。妖精?

 そうやって俺が黙り込むと、店主が歌を再開した。『夜の鳥、夜の歌、人は暗夜に(てい)を消せ。夜の夢、夜の(あか)、人は暗夜に礫を喰らえ』。そんな歌詞の、めちゃくちゃなリズムの歌だった。失礼ではあるが、ぶっちゃけ酒でも飲んでいなければ雑音にしか聞こえないような。

 どういう意味なのだろう、と考えてみる。

 

「『夜の鳥(よすずめ)の歌を聞き、鳥目になれ。なにも見えない真っ暗な中で赤提灯の屋台を見つけ、そこで八目鰻を喰らえ』。そういうことですか?」

「え? そうなの?」

「いや、私に聞かれても」

 

 店主は、あまり意味も考えず歌っていたようだ。少なくとも、その歌詞は店主が考えたものだと思うのだけど、鳥頭なので歌詞の意味を忘れてしまっているのかもしれない。それならばなぜ歌詞を覚えているのかという話になるが。

 しかし、歌、歌か。転生してから――前世の記憶が薄まり始めてから、生まれ変わったという意識も徐々になくなってきているけれど――さまざまなことを経験してきたが、曲だけは前世のそれに勝るものを耳にすることはほとんどなかった。歌単体であればそうでもないが……それも、楽器という科学の結晶が普及してないのだから当然だと言えば当然である。

 もちろん、楽器がないというわけではない。幻想郷にも外の世界から流れ込んできた楽器が数多く存在しているし、俺は以前河童の作ったグランドピアノを買っている。楽器の付喪神だってまず間違いなくいるはずだ。だがそれでもやはり、音楽という一点で前世を越えるものはあまり知らない。

 

「いつか、幻想郷の『音楽』でも求めてふらふらしてみるのもいいかもしれませんね」

 

 ただその前に、そろそろグランドピアノをまともに弾けるようになりたいところである。

 購入からすでに数年。練習も何度も重ねてきているけれど、あと少しで人に楽しんでもらえるくらいのレベルになれる気がしていた。

 思い立ったが吉日、とは言うが、今は酒の席だ。明日か明後日か、とにかく近いうちに気合を入れて本格的に練習を始めるとしてみよう。

 香霖堂に寄ってみるのもいいかもしれない。もしかしたらだけれど、外の世界の楽譜を売っている可能性もある。

 

「店主さん。八目鰻をもう一本、お願いできますか?」

「あいよー」

「あ、私も私も! あと焼き鳥!」

「だから焼き鳥はないってば!」

 

 がやがやと騒がしく、夜が更けていく。

 宴会で大勢で楽しむのもいいけれど、こうして少人数で騒ぐのも風情があると感じた日だった。

 ――ちなみに翌日、焼き鳥を作ってこいしに渡してみたら、「店主の人、焼いちゃったの?」と言われたことをここに記しておく。


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