東方帽子屋   作:納豆チーズV

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Kapitel 2.答えを探す数百年へと
一.吸血鬼たちによる球遊び


「あー、てすてす。我々は宇宙人でありますー」

「宇宙人でありますー」

 

 父とその眷属が亡くなってから、いったいどれくらいの時が経っただろうか。

 表情をなくした当初こそレミリアもいろいろとキツく問い詰めてきていたが、俺がほとんど相手にしないでいると、次第にその回数も減ってきた。俺が案外普通に過ごしていることも大きいのだと思う。

 現在、俺は地下室でフランとレミリアと一緒にゴロゴロと暇を持て余していた。

 フランはちゃんと構ってあげれば興奮しない限り狂気は現れず、ただの甘えん坊の可愛い妹だ。

 

「私たちは吸血鬼じゃない。あんな遠くに住んでもないし人間でもないわよ」

 

 そして、悠久を生きる妖怪にとって、時間という概念があまり重要ではないなんてことも最近ちょっとだけ悟ってきた。

 最初の十数年こそ俺たちを討伐しに来た人間やら、名を上げようと攻め入ってきた妖怪がたくさんいて退屈しなかった。実戦の経験を積めたし魔法の研究対象にもできたし万々歳であったわけだが、次第に幼いながらも確かな強さを持つ悪魔であることが知れ渡って挑んでくる数も減った。

 父のように周辺の妖怪やら悪魔やらを統治したりもして、この地の平和を約束する代わりに定期的に人間を提供してもらう契約も結んだ。つまり、無理に外に出て働く必要もない。

 そうして毎日毎日館の中で自由に暮らしていると時間の感覚も曖昧になってくるもので、気づけばどういうわけか八〇年の時が。本当に驚きである。

 そしてこれが不思議なことで、かなりの年月を経たのにも関わらず前世の記憶は色褪せることなく残っている。一応予想は立てており、『魂に刻まれた記憶』であるためだ。

 『魂』は便宜上そう呼んでいるだけで、『意識』だとか『自分』だとか言い換えてもなんら問題はない。

 本来なら記憶は脳に保存される。しかし俺は転生してもなお前世のそれを保持していた。脳が違うのに記憶が続いているということは、記憶が脳以外に格納されている可能性が高い。違う原理で記憶が保管されているのなら『忘却』が起こらないのも納得できる。

 

「やることないんですー」

「レミリアお姉さま、なにかいい案ないの?」

「ないわね」

「つまんなーい」

「そんなこと言われてもねぇ。私にはどうしようもないから」

 

 そして現在、俺は地下室にてレミリアとフランとともにゴロゴロと暇を持て余していた。

 ぶーぶーとレミリアに文句を垂れるフランは「つまんなーい」と口にしては手に持った変な形の棒を弄る。

 両方の先端がトランプのスペード型をした、グニャリと折れ曲がった黒い棒である。レミリアがフランに与えたものであるが、思わず「レーヴァテイン……」と俺が呟いてしまったのをきっかけにレーヴァテインと呼ばれるようになった。

 丈夫なことに、加減を知らないフランの筋力にも耐えられるらしい。暇な時は彼女はよくくるくると回しては遊んでいる。

 ……ふむ。回す、か。

 

「…………そうですね。卓球でもしましょうか?」

「卓球?」

 

 首を傾げ、フランが聞いてくる。

 

「人間がやるスポーツ、つまりは遊戯の一つですよ。簡単に言えば、ちっちゃい球を打ち合って落とした方が負けっていうルールです」

 

 今の時代に卓球があるかどうかは知らないが、俺の記憶にはあるんだから関係ない。道具にしても全部作ればいい。

 

「卓球は人間の遊戯ではあるんですけど、そもそもとして人間自身が反応できない速度で球が台の上を飛び交います。吸血鬼がやるなら更に速さは増すでしょうし、最近の運動不足も解消できると思います」

「なかなか面白そうな遊びね。レーツェルはその卓球って言うのが好きなの?」

「そこそこです」

 

 前世ではせいぜいが学校での体育の時限にたまにやらされていただけだった。それでも何十年も暇を持て余していれば全力で遊べる遊戯が欲しくなる。サッカーやバスケなどは大規模だし人数が揃わないとできないけれど、卓球は場所を取らず少ない人数でできるために打ってつけだ。

 とは言っても結局はフランが気に入ってくれればの話である。八〇年前に交わした呪いの約束は今だって有効。できる限り自分から幸せは求めず、フランのことを尊重する。

 

「お姉さま、卓球って楽しいの?」

「暇潰しに棒を振り回してるよりは楽しいと思います」

「それなら私もやってみたいなー」

 

 普通にノリノリだった。長く生きていると「面白そう」と感じたものは些細なことでも試してみたくなるものだ。

 よし、決まり。

 とりあえず木材を集めて、魔法を使ってそれっぽい道具に仕立ててみよう。

 

 

 

 

 

 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □

 

 

 

 

 

「うーん、このラケットっていうんだっけ? どうして二種類あるのかしら」

「なんだかちょっとだけ形が違うね」

 

 木材ではラケットのラバーと球が作れないことに気がつき、物質をゴム状に変化させる魔法がないかと、何十年か前に吸血鬼退治に来た人間が持っていた魔術書を読み漁っていた。

 顔を上げて姉と妹の様子を見てみれば、試作として形だけ作り上げた二種類のラケットをしげしげと眺めている。

 

「お姉さまの近くにある方がペンホルダーと言って、こう、フォークやスプーンのように持つラケットです。フランの近くにある方はシェークハンド、普通にぎゅっと握るタイプですね」

「ふーん。握り方が違うとなにか変わったりするの?」

「当然ながら打ち方と、得意な状況も変わります」

 

 卓球を実際にやったことは数える程度しかないけれど、知識だけなら読んでいた漫画や見ていた動画等の影響で多少はある。

 

「ん、これですか」

 

 パラパラと捲っていた魔術書をピタリと止め、物体の性質変化と書かれた一文に目を向けた。

 指定した物体の形状や性質を自由に変化させ、それを固定することができる。

 

「お姉さま、これ読めてるの?」

「読めますよ。鍵も見つかりましたし、たぶん大丈夫です」

 

 いつの間にか俺の手元を覗き込んできていたフランに返事をし、「さて」と立ち上がった。

 性質変化の魔法を行使するにしても、ラケットに直接使うとラケットそのものがぐにゃぐにゃになってしまう。

 薄い張りつける木版を用意して、色でもつけて、それに性質変化の魔法を付与してみよう。

 

「んー……ねぇお姉さま。今度、私にも魔法を教えてくれない?」

「もちろんいいですよ。いつでも言ってください」

「やった! ありがとうお姉さま!」

 

 

 

 

 

 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □

 

 

 

 

 

 そうして制作に取りかかり、ゴム状にした木版をラケットに張りつけて『ペンホルダー&シェークハンド・ver1.0』が完成した。

 確かこんな感じだったかな、という具合に作ったので形は結構雑ではあるが、そこは実際にやっていくうちに使いやすく改良すればいい。

 それぞれの種類を三つずつ作り、レミリアとフランに一つずつ配った。

 台の前に立ち、表面がザラザラとしていないか確認する。

 卓球の経験なんてろくにない俺が台の長さなんて知っているはずもなく、こちらも「大体これくらい」と適当な面積で作り上げられている。ネットの部分は布を両端で縛っただけだ。高度に関しては、吸血鬼であるからか、はたまた妖怪という長寿な存在であるからか、俺たちは実年齢と違って一〇歳未満の子どもの姿でしかないため、それ相応の低さに設定してある。

 

「問題は球ですね」

 

 木版を丸めてみたり超薄い金属で球体を作ってみたりといろいろ試したが、すべてが惨敗だった。

 もっと軽く、しっかりとした球体で、中に空気が詰まっていなくては卓球の球みたいには跳ねないのである。

 物質を軽量化する魔法なんて使えないし、そもそも軽ければいいというわけでもない。完全な球体を作ろうにも性質変化の魔法は習ったばかりだし、中に空気を詰める関係で囲む物質はかなり薄くしなければならない。そんな精密な使い方はやれと言われても不可能だ。

 そもそもとしてピンポン玉は非常に軽い素材で作られているという話だし、木で同じような形のものを作り上げても代用できるかどうか。

 

「……うーん」

 

 木材はダメ、金属も当然ダメ、布では跳ねてくれない。

 いろいろなものを脳内でシミュレートしていく中で、不意に一つの考えが頭に浮かぶ。

 ピンポン玉じゃなくても、それっぽい跳ね返る球体なら問題ない。だったら、そういう性質を持たせた魔力の塊でもいいんじゃないか?

 妖力や魔力というものは自分の力そのものだから、ある程度までなら性質を操ることができる。

 思い立ったが吉日。早速体内の魔力を右手へと集め、手の平の上に弾力性のある球体を想像する。

 大きさは適当、密度は薄く、なにかに当たっても跳ね返る性質を強固に宿す。

 そうして生成された赤白い球体を、台の上に置いていたペンホルダーの表面で叩いてみた。

 

「あ」

 

 確かに狙い通りラケットに弾かれて飛んでいってくれた。しかし、重力が反映されていないせいで一直線に進んでしまう。

 地下室の壁に当たって跳ね返り、それがまた床に当たって跳ね返り、跳ね返り、跳ね返り、やがて消滅していった。

 ……あいにくと俺は重力の性質の宿し方を知らない。と言うか重力とは物質の持つ性質ではなく、もっとこう、根本的な部分にあるものだ。魔力が重さという概念を持たない以上、重力を宿すことはできない。少なくとも俺には不可能だ。

 さて、また手詰まりになった。どうしたものかと再び思考の海に沈もうとしたところ、「それよ!」と背後でレミリアが叫んでいるのが聞こえてきた。

 

「道具なんてラケット一つで十分じゃない! 人間の作ったままのルールで遊ぶより、魔力の弾を力の限りに打ち返し合う遊びの方が楽しそうだわ!」

 

 それだと台を作った意味がなくなるんですが、と思いながらフランの反応を窺ってみる。彼女が賛成しなければ始まらない。

 ……製作に力を注ぎ過ぎて実際の卓球ができていなかったからか、レミリアの提案を面白そうだと感じているようだ。

 それだけでなく、

 

「……魔力でできた弾を打ち返すのにラケットなんて必要?」

 

 そう呟いたフランの手には、グシャリと原型を留めていない二つのラケット。

 あぁ、フランのすぐに道具を壊してしまうクセを忘れてた。

 どうやらせっかく作り上げた道具類は、全部いらない子になってしまったらしい。

 

 

 

 

 

 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □

 

 

 

 

 

 その後、弾力性のある魔力弾を跳ね返し合ったりしていたのだが、全員が共通に「地味につまらない」という結論を出した。

 少しでも面白くしようと数を増やしてみれば、同時に弾が通り過ぎ去ったりで跳ね返し切れない。

 しかし、ふとした拍子に弾の一つがレミリアに命中し、そこで考え込んだ彼女による再度の「思いついたわ」発言。

 

「互いに弾幕を発射し合って、ぶつかった方が負けとかどうかしら」

 

 かくして、娯楽の一種として殺傷能力を下げた弾幕を撃ち合って勝負する"弾幕合戦"が生まれた。

 ルールは単純、当てれば勝ち。要するに雪合戦の弾幕版である。フランが加減できず超巨大弾幕を放ってしまったりとトラブルはあったものの、おおむね楽しめる遊戯が誕生した。

 ちなみにその後、卓球のことが俺たちの会話に上がることはなかった。道具類に関してはいつの間にか粉々になって地下室の隅に転がっており、近いうちに掃除を決行することとなった。


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