東方帽子屋   作:納豆チーズV

109 / 137
四.境界を越える賢者の謀略

「はぁ…………なんでこんなことに……」

「いいじゃないですか。ほら、あなたの力を見せてください。私はそれを真似てみますから」

 

 迷いの竹林、永遠亭近く。ちょうどよく日差しが遮られ、フードをかぶらなくても済む場所。これみよがしにため息を吐く鈴仙に、俺は精一杯媚びるような気持ちで教えてくれと頼み込んでいた。

 上の方で風が吹き荒れる音が聞こえた。竹の葉がザアザアと揺れていたが、逆にそれらがすべての風を吸収してしまったのか、こちらまでその空気の流れがやってくることはない。

 彼女は俺の懇願にいかにも嫌そうな顔をしていたが、再度大きく息を漏らすと、ちらりと永遠亭の方を見やる。

 

「……まぁ、師匠に言われたことだし、やるのはやぶさかじゃないんだけど……なんで相手があんたなのよ」

「私のこと、嫌いなんです?」

「嫌いっていうか、苦手。あ、私の前ではあの黒いのは禁止ね。絶対。もし一回でも見せたら修行なんて手伝ってあげないから」

「黒いの……影の魔法ですか? わかりました。私も最近、あれの使用は控えるようにしていますし」

 

 鈴仙はどうにも、俺とのスペルカード戦の最中で影に捕らわれた時のことが完全にトラウマになっているようだった。怖気が走ったかのようにぶるりと全身を震わせる彼女を見ていると、つい数か月前にあれのおぞましさを理解してしまったこともあって、胸の中が非常に申しわけない感情で溢れてくる。

 

「それじゃ、始めるわよ。いい? まず私の能力は玉兎、つまり月の兎が共通して持っている力であって、地上の妖怪なんかとは一線を画する特別な――」

 

 瞳を閉じて人差し指を立てる鈴仙の説明に耳を傾けながら、頭の片隅でこうなることになったきっかけを思い起こす。かつての永夜異変にて鈴仙から奪った月の兎としての能力を、その本人から享受することになった経緯。

 その起因はほんの十数時間前の、すなわち昨日の深夜時間帯までさかのぼる。人間の里が寝静まり、妖怪たちが騒ぎ出す夜中、俺はただ一人で空を飛んで、永遠亭へと向かっていた――。

 

 

 

 

 

 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □

 

 

 

 

 

「病気かもしれないから見てほしいって話だったはずだけれど……どういうつもりかしら」

「それはこちらのセリフです」

 

 竹林の霧や細工を能力で無理矢理打ち消して、できるだけ時間をかけずに永遠亭に訪れていた。訪問拒否をする鈴仙を押しのけ、医者をやっている永琳にどうにか話をつけて、病気を見てもらうという話まで持っていくことに成功した。

 そうして招かれた一室から鈴仙が去り、俺と永琳だけしかいないことを確認した後、彼女がふとした拍子で俺に後ろを向けた隙にその影を踏んだ。

 相手を動けなくする魔法、影踏み。さらにその手を掴んで考え得る限りの力を封じ、背後から首元に顔を近づけていつでも噛みつけるようにしておく。

 永琳は、そんなことをされても少しも慌てることなく、ただただ淡々としていた。それどころか、影踏みをされているにもかかわらず首だけで半分振り返って、鋭い目線を俺に向けてくる。

 

「こちらのセリフ、ねぇ。どういうこと?」

「とぼけないでください。先日、博麗神社に妖怪ウサギが……いえ、妖怪ウサギに変装した月の兎が潜り込んできました。この幻想郷において月の民は輝夜と鈴仙、そしてあなただけのはず」

「……なかなか観察眼があるのね。あれの正体を見抜くなんて」

 

 本当に驚いた、という風に永琳が若干目を見開いていた。

 

「なにを企んでいるんですか? 新しい玉兎を月から連れてきて……数百年前、紫が月に攻め入ったから、今度はそちらから攻め込もうとか」

「面白い妄想ねぇ。しょせん妄想だけれど」

「答えてください。私は今、あなたに触れている。これがどういう意味を持つのか……って、あなたは知りませんでしたね。私の能力は――」

「言わなくてもわかるわよ、こんな禍々しい力。どうしようもないくらい穢れ切っている、すべてをなかったことにする願望と破滅の能力。叡智さえ無に(かえ)し、量子を根本から否定する裏側の……まさかこんなバカげたモノを持ってる輩が地上、いえ、この世界にいるなんてねぇ」

 

 永琳が口の端を吊り上げて、面白そうに俺を眺めてくる。俺からしてみれば、欠片も笑えない話だった。

 答えないのなら、と背伸びをして口を開き、牙を彼女の首元に近づけていく。それに怯えたわけでもなかろうが、永琳はそんな俺の様子にただ両肩を上げた。

 

「私は、私たちはなにもしていない。あのウサギは私たちが連れてきたわけじゃないわ。偶然幻想郷に迷い込んで、偶然私たちのもとに流れ込んできただけ。加えて言えば、あれはもう地上にはいない」

「そんな戯れ言を信じろと? 幻想郷は結界で守られています。そう簡単に入って来れるわけがありません」

「量子的に物事を見た場合、起こり得る事象は必ず起こります。なぜなら、量子の世界では確率的に事象が決まるのに、その情報を完全に捉えることができないから。結果を求められない確率で起こる事象とは、いかなる低い確率であろうとゼロではない限り存在する事象なのです」

 

 ふふ、と小さく永琳が笑った。

 

「この世は量子からできている以上、月から幻想郷に生き物が偶然紛れ込むなんてことも珍しいことではありません」

「……確かに、そうかもしれませんが……」

 

 幻想郷は幻想となった存在を引き込むように作られている。月に住んでいる者たちのことは地上の人間の間では知れ渡っておらず、幻想の存在と言えるだろう。ならば月の兎が地上に、それも目的地もなく降りようとした時、たまたま幻想郷に入り込んでしまうということがないとは言い切れない。

 だがそれでも、そんな偶然が起こったと考えるよりも、月の民である永琳や輝夜などがなにかを企んでいると考えた方が自然である。それも俺たち妖怪が今年の冬に月に行くという話をし始めた時点で、この事態だ。

 そんな俺の考えを見透かしたかのように、永琳が肩を竦める。

 

「正直に言えば私たちにとってもあのウサギが落ちてきたことは予想外だったのよ。そもそもの話、もしも知っていたら私は博麗神社の近くにウサギを呼び寄せるなんて愚行を犯さない。巫女にバレる危険性を決して無視したりはしない。神社にあのウサギが来たことを知っているなら、巫女が一度ここを訪れたことも知っているのでしょう?」

「……まぁ」

「私たちがなにかを企んでいると考えれば、一応の辻褄は合うでしょう。あなたがた吸血鬼の計画を阻止しようとしている線も考え得ることができます。でも、そう考えた時に発生するいくつかの違和感を、あなたは無視することができるのかしら?」

 

 その質問を境にして互いに黙り込み、俺と永琳は見つめ合いにらみ合った。

 永琳が俺を騙そうとしている可能性は否定し切れない。だが現状、それを断定するにはあまりにも情報が少なすぎた。新しい月の兎が幻想郷にやって来て、怪我をしていたところを霊夢に保護されて、その後の消息が不明になった。今の俺はただそれだけのことしか知らないのだ。

 影踏みの魔法を解除し、永琳の首元に近づけていた顔を戻す。掴んでいた手を離し、能力の影響からも解放した。

 ちょうど診察のためにと用意されていた丸イスに座ると、永琳はやっと解放されたと言わんばかりに伸びをして、俺の対面のイスに腰をかけた。

 

「私の話、信じてくれたのかしら」

「……完全に信用したわけじゃありません。だから、事細かに話してください。あなたとあの玉兎がどういう関係なのか」

「ええ、いいでしょう。でもその前に一つ、契約として、約束していただかなければならないことがあります」

 

 ぬぅ、と永琳が俺に顔を近づけてくる。一見穏やかな笑みを浮かべていたが、それゆえの目に宿る真剣さが際立っていた。

 

「ここでの話はすべて内密のものよ。巫女にも魔法使いにも、あなたの家族にも決して漏らしてはいけません」

「……危ない話だったら」

「その時はご自由に。悪魔は契約を破れない……しかし、あなたの忌々しい力ならばそれさえ可能にしてしまうでしょう。本当は口止めなんかじゃなくて、今すぐ殺してしまいたいところなんだけど……今の私たちは地上の民だもの。同じ地上の民のあなたの命を奪うことはできない」

 

 できないと言いつつ、それは、自分で自分を戒めているような感じであった。いや、実際にそうなのだろう。郷に入っては郷に従えなんてことわざがある通り、今の自分たちは地上の幻想郷に住む者なのだからその一線を越えるような真似はしてはいけない、と。

 ここでこの話を信じるも信じないも、受け入れるも受け入れないも、すべては俺の裁量次第だ。それでも、答えはとっくに決まっていた。

 

「わかりました。でも一つ、条件があります。それさえ飲んでくれるのなら、あなたたちが本当になにも企んでいないと、私の大切な人たちに危険が及ばないとすれば、あのウサギが玉兎であるということやあなたたちがあのウサギに関与している部分のことを、誰にも漏らさないと誓いましょう」

「ええ、ありがとう。やけに素直に聞いてくれるのね。それで、その条件とは?」

「実は前回の、あなたたちが起こした異変の最中に鈴仙に吸血をすることで力の一部を写させてもらっているんです。それをどうにか使いこなしたいので、鈴仙を師につけてくれませんか?」

「月の兎の力を……まぁ、いいでしょう。それくらいならお安いご用よ」

「……えぇと、鈴仙に許可は取らなくても?」

「必要ないわ。主導権は私にあるもの。それじゃ、なにから話そうかしら。まずはあのウサギの存在にいつ気づいたかというところかしらね」

 

 永琳が事情を話してくれるのは、決して俺を信頼しているからではないだろう。ただ単にきっと、変な噂を吹聴されたり勝手に勘違いして動かれたりするのがめんどうなだけだ。

 彼女が話すのは都合のいいように改変された過去なのかもしれない。俺に嘘を吹き込んで、利用しようとしているのかもしれない。それでも、少しは信じてもいいと思った。

 それは永琳たちがなにかを企んでいるとすれば違和感が出てきてしまうということもあるが、一度永琳が見せた、地上の民として生きていくという姿勢がどうにも気に入ってしまったことが大きいせいかもしれない。

 なにが起こっているにしろ、なにかが起こる可能性があるにしろ、俺は俺の全力を以てして対処するだけだ。

 心の中で短く覚悟を固めて、永琳の語る事情に耳を傾けていた。

 

 

 

 

 

 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □

 

 

 

 

 

「――で、あるからして、私の力は物事の波長を操ることができるのよ。わかった?」

「あ、はい。たぶんわかりました」

「たぶんって、もう一度聞かれたって教えてあげないからね」

「大丈夫ですよ。きちんと覚えています」

 

 じゃあたぶんってなんなのよ、とぶつくさ揚げ足を取るような文句を漏らす鈴仙を眺め、小さく肩を竦めた。覚えてはいるが、理解したかどうかは別問題ということだ。

 結局、永琳は似非妖怪ウサギが幻想郷に落ちてきたことには関わっていなかった。

 博麗神社にあのウサギが迷い込む少し前、ちょうど空を眺めていた永琳はなにやら光るものが落ちてきたことに気づいたらしい。霊夢が永遠亭を訪れたことで、月の兎が降りてきたという予想は確信に変わった。その原因を突き止めるため、急いで鈴仙に玉兎特有の能力で月の都と連絡を取ることを頼み、その結果として月の都で問題が起きていることを知った。

 すなわち、月に『地上からの侵略者』の痕跡が見つかって大騒ぎしており、その侵入者側に加担しているウサギがいるという噂により、多くの玉兎たちが不当な裁判にかけられている。博麗神社に迷い込んできた似非妖怪ウサギはきっと、その魔女狩りのようなものから逃げてきたウサギなのだろうと。もしくは本当に侵略者に加担しているスパイウサギだろうと。

 そして地上からの侵略者は、永琳と輝夜の二人ということになっているらしい。自分たちにその気はないし、そんなことをするすべもない。つまりは自分たちも被害者なのだと永琳は語った。

 いつの間にか地上と月の闘争に巻き込まれていることも考えて、できるならば自分たちの手で自分たちを利用しようとしている犯人を捕まえたい。その思いをもとに永琳は、ちょうどよく月から降りてきた玉兎に、月の都にいる味方とも呼べる数少ない知り合いへ『これから起こること』を書いた手紙を、この玉兎をかくまってほしいむねと一緒に託したのだとか。月の羽衣があるならば自分たちと違って月の都に戻ることができ、地上に降りてもその布を大切にしているということは、この地上に逃げてきたとしても月に戻る意思があるのだろう、と。

 永琳は、それで自分たちが月から落ちてきたウサギに関与している部分は終わりだと言う。『これから起こること』とやらがなんなのかという問いに関しては「降りかかる火の粉を払うのは当然でしょう? そこにあなたが関わる余地はない」として答えてくれなかった。ただ、月の都を侵略者から守るため、そして今回の件の犯人を突き止めるための情報が詰まっているとだけ教えてくれた。

 

「やっているわね」

「あ、師匠」

「永琳、こんにちわです」

 

 鈴仙の講義のさなか、赤と青のツートンカラーが特徴的な服と帽子を身に付けた、銀髪の女性が永遠亭の方から歩いてきた。彼女は俺の姿を認めると、どこか感心したような声を上げる。

 

「これは、なるほどねぇ。他の存在の遺伝子を保存して、古代の力で再現、適応、固定……針に糸を通すようにうまく組み合わせてる。なかなか面白いわね」

 

 ちょうど玉兎化魔法を使っている最中のため、頭には鈴仙と同じようなヨレヨレのウサ耳があることだろう。永琳の興味の視線はそこに注がれていた。

 

「あら、本当に吸血鬼がいるのね」

「信じていなかったの? 輝夜」

「信じてたわよ? 信じてたから、疑わしかったの」

 

 そんな矛盾しているようなことを嘯くのは、永琳に続いてやってきた蓬莱山輝夜だった。ゆったりとした桃色の和服に身を包み、どこか面白げに口元に手を当てている。

 鈴仙が二人に挨拶をした。俺も、永琳に続いて輝夜にも「こんにちわ」と言っておいた。

 

「師匠、輝夜さま。本当にこんなやつを信用してもいいんですか? 吸血鬼ですよ?」

「信用するしない以前に、あのウサギの正体がこの吸血鬼にバレてしまった以上、情報の共有をすることで口止めをするしかないのです。地上からの侵略者……いえ、私たちを侵略者に仕立て上げてなにかを企んでいる輩を捕まえるためにも、あることないことを吹聴されては困るのですから」

「でも、師匠」

「いい加減に諦めなさいよ、鈴仙。永琳の言う通りにしてれば問題ないわ。それに、なんだか楽しいから私は今の状況が結構好きよ」

「私は楽しくないです……」

 

 反論をする鈴仙が、永琳と輝夜に言いくるめられて段々と小さくなっていく。

 ――永琳は、すべての元凶は幻想郷にいる可能性が高いと語った。外の世界の者ならばそれはそれでよし、しかし幻想郷にいるのならばお灸を据える必要がある。

 俺はその存在に一人だけ心当たりがあった。そして俺にそれがあるということは、きっと永琳にも同様の見当があるに違いない。

 近々月の都をどうこうしたいと考えていて、空に浮かぶ月の事情に軽々と関与できるほどの移動能力を持つ、幻想郷の住民――八雲紫。

 紫がなにを考えているのかはわからない。俺たちには藍を通して目ぼしいものを取ってきてほしいなんてわけのわからないお願いをしに来たが、真にはなにを企んでいるのか。

 紫はなんらかのよからぬことを企んでいる。永琳は黒幕の野望を阻止したいと考えている。これから起こるすべてはそのすれ違いから生じるものなのだと、俺は理解した。

 

「そもそもどうしてそんなに嫌がるのかしら。この吸血鬼……レーツェルって言ったかしら。見た目ほど子どもではないし、そこそこ理知的じゃないの」

「それは……そうかもしれませんが。でも、地上の民ですし……」

「前の異変で、私がちょっとやらかしてしまいまして。その一件以来、鈴仙には避けられているというか」

「やらかした? 鈴仙に? へぇ、続けて」

「か、輝夜さま! なんでもありませんから! あんたもその話はやめなさいっ!」

 

 慌て気味の鈴仙が、聞き出そうとする輝夜と話そうとする俺を押しとどめる。そんな鈴仙を輝夜は笑みを浮かべてからかって、永琳はその様子を口元に手を当てて微笑ましげに眺めていた。

 話そうと口を開いたら、鈴仙は能力で俺の声の波長をいじって、周りに聞こえないようにしてきた。しかし、だてに俺も鈴仙から講義を聞いていない。自身の玉兎としての力でそれを打ち消し、それを感知した鈴仙がさらに手を打って、それに俺が対処して。

 そんな中、「うふふ」と笑いを堪え切れないという風な様相の一人の妖怪ウサギが、ひょこっと永琳の背中から顔を出した。

 

「鈴仙はねぇ、そこの吸血鬼が出した触手に結構艶めかしい感じで捕らえられてねー。吸血までされて発情寸前だったんだよねぇ」

「ちょ、てゐ!? なんで知ってるのよ!」

 

 俺と背は同等くらいだろう。クセのある短めの髪の上に垂れたウサギの耳があり、ニヤニヤと細まった瞳は赤色に染まっている。裾に赤い縫い目がある桃色の半袖のワンピース、首元にはニンジンのネックレスをかけていた。

 突然の暴露に鈴仙が顔を真っ赤にし、てゐという妖怪ウサギに詰め寄っていく。そんな彼女をイタズラっ子のように笑みを深めて見つめ、鈴仙が自身に触れるという直前でてゐは勢いよくジャンプした。頭上にあった竹の枝を掴み、一回転したのちに勢いのままに跳び、俺の真横に着地する。

 

「やぁ、私は因幡てゐ。この竹林の管理者をやらせてもらってるよ」

「あ、これはご丁寧に。私はレーツェル・スカーレット、吸血鬼です。ところで、なんで永夜異変の時のことを……?」

「普通に隠れて見てたもん。いやぁ、あの時の鈴仙は傑作だったなぁ……おっと」

 

 鈴仙が能力を使って気づかれないようにてゐの背後に回り込んでいた。間一髪でそれに感づいたてゐが、再びジャンプして、今度は輝夜の近くに着地をする。そうして彼女の体を盾にするようにして鈴仙を見やった。

 

「あはは、鈴仙はあいかわらず追いかけっこが下手下手。どんなに便利な力を持ってたって、こんなか弱いウサギ一匹捕まえられないようじゃねぇ」

「ぬぐぐ……てゐぃ……!」

 

 輝夜が近くにいるから派手な真似はできないのだろう。鈴仙は悔しげに、快活に笑うてゐを睨んでいた。

 

「輝夜さま! そいつをこっちに渡してくれませんかっ!」

「あらあら、必死ねぇ。でも、だからダメよ」

「だ、だからとは?」

「その方が鈴仙の反応が面白いから。うふふ、てゐは私のこういう性格を見越して私の後ろに隠れてるのよね、きっと」

 

 輝夜の視線を受けて、てゐがくすくすと声を漏らす。鈴仙は歯ぎしりをして、そんな彼女に強い眼差しを向けていた。

 なんとなく、これまでのやり取りだけで、鈴仙がこの永遠亭において一番の苦労人であることを悟った。きっといつもこんな感じで周りからいじられているのだろう。なんだか無性に可哀想に思えてきた。

 俺から向けられる生温かい目線に気づいてか、鈴仙がてゐと一緒に俺にも睨みを利かせてくる。

 

「まぁまぁ、その辺にしておきなさい、鈴仙、てゐ」

「師匠」

「過去のことをいつまでも引きずっていてはダメよ。私たちはもう永遠でいることをやめた地上の民なんだから、新しいことに挑戦して、取り入れていくことも必要なの」

「それが、今回の一件だと?」

「いえ違うわ」

「そうで……って、え? じゃあなんで今そのことを話したんですか」

 

 混乱の感情を表情に表す鈴仙。永琳はそんな彼女を見て、やはり楽しげに頬を緩めた。

 

「なんにせよ、これからしばらく修行って名目で顔を合わせることが多くなるのでしょう? いつまでもそんな風に苦手意識を持っていては単に居心地が悪いだけよ」

「それは、そうですけど」

「私たちのことをすでにこの吸血鬼には話してしまった。だから今はむしろ、親しくなっておく方が得も多いはずです」

「本人の前でそんな損得勘定の話するんですね」

「お互いキツいことは言いっこありでしょう?」

 

 俺は急患を装って、脅し気味に似非妖怪ウサギとの関係を聞き出そうとした。これはその時のお返しのようなものだと永琳は言いたいのだろう。

 たとえ得が生じるためであろうと、親しくしてくれることはこちらとしても願ってもない話だ。文句を言ったりはするつもりはない。そもそも鈴仙は、表面上でだけ柔らかい態度を取るような器用な性格には思えないし。

 力なく永琳の提案を受け入れる鈴仙をてゐが笑って、それを聞いた鈴仙が怒りを思い出したという感じで再びてゐを追いかけ始める。妖怪ウサギとしての卓越した素早さを器用に用い、竹林を三次元に駆けるてゐを鈴仙はまったく捉え切れていなかった。

 

「賑やか、ですね」

「あなたがいるから、一層ね」

 

 輝夜のなんとはなしに放った一言が、なんだか心に強く残った。

 あなたがいるから。

 俺もこのメンバーの中にほんの少しだけ混じることができた気がして、なんだか少しだけ心地がよかった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。