東方帽子屋   作:納豆チーズV

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七.答えを乱す正直な嘘

 昨日はすごい大雪だったらしく、樹木の木の葉部分、地面や建物の屋上など、至るところに今にも落ちそうなほど大量の雪が降り積もっていた。人里では屋根が落ちないようにと雪かきに手を尽くしている人間が大勢いるに違いない。

 そんな前日とは打って変わって本日は晴天であり、目出度いことにさとりを紅魔館に連れてくる初めての日でもあった。

 さすがにさとりも半年近く続けてきていれば地上の見聞も広まってきているようで、今回は地霊殿はもちろん、地底へ繋がる大穴への出迎えもいらないとのこと。場所を知っているこいしとともにあちらから紅魔館を訪れて来てくれるとのことで、俺は自室にてフランと遊びながらそれを待っていた。

 

「お姉さま、これで終わりよ! ブラックマジシャンで攻撃をしかけて、お姉さまの残りのヒットポイントをすべて削るっ!」

「ふっふっふ、甘いですね。トラップカード、聖なるバリアミラーフォース発動。今、フランのフィールド上にいるモンスターはこれまで私を攻撃してきていたおかげですべて攻撃表示……だからフランのモンスターを全部破壊することができ」

「神の宣告っ!」

「負けました」

 

 俺が肩を落とすのとは対照的に、フランは口元を緩めて誇らしげに胸を張る。今のところ三連敗の負け越しだ。フランは三姉妹の中でボードゲームやギャンブルの系統などには一番強く、勝てることがあまりない。そういうものの勝率は大体フラン、俺、レミリアの順番である。

 今やっているのは外の世界のカードゲームだった。先日香霖堂に寄った際、前世で見たようなカードゲーム用の紙束が入っている箱を見つけたので、そこそこの値段で買ってきた。霖之助が「その中には神の写し身たる三枚のカードが」とか慌てていたが、霊夢と魔理沙が可愛そうなものを見る目で彼を見ていたので、とりあえずその場の空気的に俺も鼻で笑っておいた。

 

「フランは強いですね……勝てる気がしません」

「その割にいつも勝つ気で挑んでくるよねぇ、お姉さまは」

「そりゃあそうですよ。そうじゃないとフランに失礼ですし、負ける気でなんていたら遊びとして成り立ちません。それに……」

「それに?」

「……姉としての面目が立ちません。妹に負けっぱなしだなんて。まぁ、そうして挑み続けた結果として負けも重なってるわけですけど」

 

 フランが目をぱちぱちと瞬かせた後、頬を緩めてがばっと俺の胸に飛び込んできた。ちょうど間にあったカードが散乱し、せっかく別々の束にまとめた俺とフランのそれが混ざり合う。

 

「むふふぅ、ちょっと拗ねてるお姉さま可愛いなぁ。大丈夫だよ、私はどんなお姉さまでも尊敬してあげるから」

「す、拗ねてませんが」

「私に隠し事はできないよ? お姉さまのことはなんでもお見通しだからねぇ。ほらほら、ねぇ、悔しい? 恥ずかしい? 姉としての面目が立たないどころか倒れ伏してるけどどんな気持ち?」

「ちょ、ちょっと、フラン」

 

 流れるままに押し倒されて、両手を脇腹に入れられそうになる。俺がそこをくすぐられることを弱いのはレミリアはもちろん、フランも当然知っていた。くすぐりを回避するために吸血鬼としての反射神経を全力で発揮し、自身の両手でフランのそれを防いでいく。

 そんなことに集中していれば他のことには気が回らない。フランの端正な顔立ちが眼前まで迫り、ニヤリと口の端を吊り上げたかと思うと、彼女の頭が少し横にずれた。吸血でもするつもりなのか、と戦々恐々としつつ、脇を守るのに手いっぱいで対処し切れない。

 ふぅー、とフランの淡い吐息が耳元にかかり、そのこそばゆさに一瞬体を硬直させてしまった。まずい、と思った時にはすでに遅く、フランの両手が俺の脇の方へ――。

 

「なにしてるの?」

 

 その直前で俺やフランとは別の声が近くで聞こえ、ビクリと二人して体を震わせる。しかしこれはチャンスだ。声の主を確認するよりも早くフランを引きはがし、即座に飛びかかられても反応できる距離を取った。名残惜しそうに少し手が伸ばされてくるさまには若干の罪悪感を覚えるものの、あのままでいられたらたまったものではなかったからと、自分を無理矢理に納得させる。

 そこまで至ってから、ようやく謎の声の主の確認に移った。とは言っても半ば予想していたというか、それが誰かは声音からほとんど確信していた。

 

「ようこそおいでくださいました、こいし、さとり」

「あ、うん。ただいま?」

「……お邪魔します、よ。こいし」

「あ、こいしこんばんわー」

「うん、ごちそうさま」

 

 もはやなにがなんだかわからないが、今は昼だし、なにも食べ終わってないどころか食べ始めてすらいないことだけは確かだ。

 すぐ横にしゃがみこんだこいしがいて、その隣でさとりがほんの少し頬を赤らめて立っていた。こんな近くに来るまで気づけなかったのは、目の前のことの対処に夢中だったうえ、こいしの能力が合わさっていたせいだろう。

 とりあえず、さとりに赤くなっている理由を聞くと、目を背けて「寒かったからじゃないですか」と帰ってきた。そういえば寒い中をずっと飛んできてもらったんだった、と遊びに興じていた後ろめたさもあって、ちょっとだけ申しわけない気持ちを抱く。

 

「その、こいしに連れられるがまま勝手に入ってしまったのですが……よかったんでしょうか。えっと、門番もいたのにスルーしてきてしまって」

「大丈夫ですよ。私の知り合いは通してもいいように言ってます。それに、そうやってできるだけ誰にも会わず私の部屋に来るように言ったのは私ですから」

 

 俺がいなければ心を読むことを防ぐことができない。できるだけ人間や妖怪との接触を避けて俺のもとへたどりつかなければならないのはしかたがないことだ。

 この場にはフランがいる。俺が座ったまま左手を差し出すと、さとりは頷いて、俺と同じ目線の高さまでしゃがんでから手を取った。そうして能力を発動してさとりに誰かの心を読めなくさせたのとほぼ同時に、「ふーん」とフランがさとりをじろじろと眺めた。

 

「この人が最近お姉さまがぞっこんの人?」

「語弊があります」

「この人が最近お姉さまにぞっこんの人?」

「一文字変えただけなのに不思議ですね。意味がまるっきり反対方向に変わりました」

 

 そんな俺とフランの流れるようなやり取りに、さとりが小さく噴き出した。

 

「でも、あながち間違ってないよねぇ。特に後者」

「こいし、誤解を招くようなことは」

「え? うーん、私のは誤解もなにも事実だと思うんだけどねー」

 

 さとりとこいしのやり取りにフランの目が細まり、虎が倒れた鹿を前にして辺りのハイエナに向けるような表情をさとりに向ける。さとりが慌てふためいていたので、フランに擦り寄って「冗談はその辺にしましょう」と額を小突くと、彼女はぺろりと舌を出した。

 さとりがほっと息を吐いたのを確認し、とりあえず自己紹介に移った。

 

「こちらが私の妹、フランドール・スカーレットです。さとりは私の心象から多少はご存じですよね?」

「レーツェルはフランドールさんのことをよく考えますから。とても大切にされているのが心の様子からいつも伝わってきますよ」

「ふふん」

 

 フランが誇らしげに胸を張る。翼がぱたぱたと動いているところから見るに、どうやら嬉しがってくれているようだ。

 

「それでこちらが私の友達、こいしの姉の古明地さとりです。私と手を繋いでいるのは、こうしていないと心を読む能力を封じられないからです。他意はありません」

「ふぅん、そっか、そういうことならしかたないわ。うんうん、能力を封じるためだもんね。しかたない。しかたがないから、もう片方の手は私がもら」

「ダメだよフラン。お姉ちゃんと逆のレーチェルの手は私のなんだから」

 

 と、こいしがフランよりも早く俺の右手を握っては、フランに背を向けて守るようにした。フランはぱちぱちと瞬かせ、いかにも不満ですよと言わんばかりに頬を膨らませる。

 さとりがこいしを諌めようとしていたが、それよりも早くフランが立ち上がった。

 

「ふんっ、じゃあいいもん。お姉さまの両手なんて二人にあげるわ」

「あ、フラン」

 

 怒ったのか、いかにも出て行ってしまいそうな雰囲気に手を伸ばして引き留めようとする。ところがそういう気は一切ないらしく、素早く俺の後ろに回り込んだかと思えば、がばぁ、と背中に寄りかかってきた。

 首に手が回され、おんぶをするような態勢になる。喧嘩別れのようにこの場から去られなかったのはよかったものの、予想外の事態に少しばかり混乱し、「えぇと」とうまく思考を働かせることができない。

 

「代わりに私はここをもらうから」

「あ、ずるい」

「ずるくないわ。こいしが私のぶんを奪ったのが悪いの」

 

 横を見れば、こいしが口を尖らせてフランを見やり、フランはそんなこいしに視線をやって鼻で笑う。なんとはなしに逆側に目を向けてみると、どことなくさとりがもの欲しそうにフランを……というよりフランのいる位置を見つめているようにも見える。

 両手どころか三方向が花に包まれているが、状況は俺の意思とは関係なしにエスカレートしていく。こいしが「じゃあ私も」とフランの下に割り込もうとして、フランが必死にそれを防いで。そんなことをやられては俺もずっと座ってはいられず倒れ込んでしまい、それでも争い続けるフランとこいしのせいでさとりの手が離れそうになる。吸血鬼としての身体能力を駆使して、どうにかそれを手首の力だけで引き寄せると、勢い余ってフランとこいしの方にさとりが突っ込んでしまったりと。

 

「……はぁ。なにをしているのかしら、あなたたちは」

 

 散々な状況が主に俺の背中の上で繰り広げられている中、今度こそ本当の救世主が扉を開けて姿を現した。こいしとさとりは――さとりは大方俺のせいだけれども――二人とも俺をフランから助けてくれた割に最終的には俺をどうこうしようとする側に回ってしまった。四人目こそどうにかしてくれると信じて顔を上げる。俺の上の三人も別の誰かの登場にいったん硬直し、扉の方へ顔を向けた。

 呆れ果てたように腰に手を当てて俺たちを眺めるのは、俺とフランの姉、長女レミリア・スカーレットだった。その姿を確認すると、フランはどうでもいいやとばかりに俺の背中にぎゅっと張りつき、こいしも興味をなくしたようにそんなフランに割り込み始める。唯一さとりだけがぺこりと頭を下げた。

 再度ため息を吐いたレミリアが歩み寄ってきては、まるで猫をどかすようにフランとこいしの服の襟の後ろを摘まんで、ポイッと左右に放り投げた。俺を起こし、「大丈夫」と心配してくれるレミリアには多大なる尊崇の、じゃなかった。感謝の念を感じざるを得ない。

 

「あ、お姉さま、いたんだ」

「いたんだ、じゃないの。さっき丸っきり私のこと見てたじゃない」

 

 フランの反応はあいかわらずだ。こいしは、放り投げられた際に床を転がったのが面白かったのか、俺の背中に乗っかろうとすることも忘れて、楽しげに自分から床の上で転がり回っている。

 

「まぁ、いいわ。いつものことだもの。いや、まぁ、妹になめられてるのをいつものことって流すのもなんなんだけど……今はそれより優先すべきことがあるわ」

 

 レミリアはさとりの方に向き直ると、スカートの裾を摘まんで丁寧なお辞儀をした。

 

「ようこそおいでくださいました。わたくしはこの館の主、レミリア・スカーレットと申ひましゅ」

「あ、噛んだ」

「噛みましたね」

「噛んだねぇ」

「……えぇっと、古明地さとりと申します。以後よろしくお願いいたします」

 

 気まずそうに苦笑いを浮かべるさとりを前に、レミリアが顔を赤くしつつ、こほんと咳ばらいをした。

 

「ようこそおいでくださいました。わたくしはこの館の主、レミリア・スカーレットと申します」

「なかったことにしようとしてるわ」

「してますね」

「あれ? なんで同じセリフ言ってるの? もしかして残像?」

「え、ええっと、はい。古明地さとりと申します。電話で一度お話をさせていただいていますよね? 以後よろしくお願いいたします」

「ええ、よろしく」

 

 何事もなかったかのようにさとりとレミリアの二人がお辞儀をし合う。これが自然な流れで為されたことだったならばともかく、一度やり直しているから茶番にしか見えなかった。

 

「ひゃっ!? こ、こいし? 急にどうしたのよ」

「いや、お姉ちゃんも残像なのかなって」

 

 こいしがさとりの脇腹をつついてはそんなことを言った。こいしは嘘を吐けるような性質ではないし、本気でそう思い、この行動に踏み切ったのであろう。

 フランがこみ上げてきた笑いに堪え切れないように口を抑えた。こういうところがあるからこいしは面白い、だとか。

 

「そういえばお姉さま、どうしてこの部屋に?」

「ん? ああ、さっき適当にうろうろしてたら霊夢に声をかけられたのよ」

「館の中で、ですか?」

「そうだけど、それがどうかした?」

 

 いえ、と首を横に振る。美鈴には俺の知り合いを阻まずに通すように言っているが、霊夢と魔理沙はその限りではない。紅霧異変以降は彼女は霊夢に会うたびに勝負を挑み続けており、魔理沙はパチュリーに迷惑をかけることが多いので、それが伝わって「通すわけにはいかない!」と言った具合に。

 きっと美鈴、今頃門の前でボロボロに倒れてるんだろうな。後で差し入れをしに行くことを心に誓いつつ、レミリアの話に耳を傾ける。

 

「なんかねぇ、これから新しい神事をやるからレーツェルを呼んでって。ずいぶんと信頼されてるのね」

「神事、ですか? いったいどんな」

「そこまでは聞いてないわね。言うだけ言って帰られたもの。まったく、いくらレーツェルのことだからってこの私に雑用を押しつけて……次の宴会の時はひたすら飲ませてやろうかしら。ああ、別に行かなくてもいいわよ? お客さまが来てるみたいだからね。来てなくても行かなくていいけど」

 

 今日はせっかく初めてさとりに紅魔館に来てもらった日だ。できれば館の中を案内したりとかしたい……が、霊夢の方も気になる。それにせっかく呼んでくれたのに、無視をするのも気まずいというか。

 そんな風に考え込む俺を見かねたのか、それとも最初からそう言い出すつもりだったのか、さとりが「博麗神社に行きましょう」と立ち上がった。

 

「その神事とやらはたぶん、今日だけのものなんでしょう? それなら行ってあげるべきです。館の探検はまた次の機会でも大丈夫ですから」

「……そうですね。さとりがそう言うなら。さとりやこいしもついてきてくれますか?」

「もちろんです」

「うん、行く行くー」

 

 空いていた俺のもう片方の手を再びこいしが独占する。それからすぐに背中に重みを感じ、倒れそうになりながらもなんとか踏ん張った。

 

「私も行くよ。先にお姉さまと遊んでたのは私だもん」

 

 両手と背中に一人ずつ、計三人。結局さっきと同じ状態に戻ってしまった。たかが少女三人程度吸血鬼の怪力にかかればどうってことないが……果てしなく動きにくい。

 そんな俺の視界の端で、レミリアがとても深刻そうになにかを考え込んでいるのが印象的に映った。どうかしましたか、と。声をかけるよりも早く、彼女は前方から俺の胸に飛び込んできた。

 

「それなら……私はここね。私もついていくわ、レーツェル」

「……えぇっと、はい。わかりました」

 

 結局レミリアも加わり、四方を完全に塞がれてしまった。もはや歩くことがままならないので、自分の家の中だというのに妖力と魔力で飛行して、四人に引っ付かれながら自室を出ていく。通りかかる妖精メイドたちにとても奇妙なものを見る目で眺められながら、紅魔館の外に出た。

 さすがにこのままの態勢では霖之助製ローブに着替えられないということで全員引っぺがし、そこに至ってようやっと平穏な状態で進むことができるようになった。

 道中、さとりだけ手を繋いでいてずるい! だとかで飛行中に再度引っつかれるという事態を数回経験しつつ、博麗神社にたどりつく。そんな俺たちを出迎えたのは、ヒュイー、という聞き慣れないおかしな音だった。

 首を傾げつつ、眼下に霊夢と魔理沙の姿を認め、五人でその近くに着地する。

 

「あら、遅かったわね。って、大所帯ね」

「たった今始まったばっかりだぜ」

 

 バサバサと複数の鳥が羽ばたくような音が辺りを舞っている。ヒュイー、と変わった鳴き声を放つ何匹もの鳥が魔理沙に引っつき、ツンツンとくちばしでつついていた。

 

「魔理沙、それはなに?」

 

 訝しげな態度を隠そうともしないレミリアの質問。なにせ飛び回る鳥からは明らかに普通の動物とは違うなにかを感じる。

 

(うそ)よ。天神さまの使い魔。今までに吐いた嘘をついばんで幸福に替えてくれるの。今回は鷽替神事と言って、この鷽を呼んで嘘をついばんでもらう神事をやってみたのよ」

 

 答えたのは魔理沙ではなく霊夢だ。へえ、とレミリアが興味深そうに手を伸ばすと、その上に鷽が乗る。

 そうしてツンツン、と彼女の手の甲をついばみ始めた。

 

「なにこれ。痛いだけじゃない」

「私がやられてるのを見てただろ。痛い以外になにがありそうに見えるんだよ」

「まぁ、それもそうね」

 

 魔理沙の不満げな回答に頷いた後、しっしっとレミリアが鷽を追い払う。ほとんどの鷽が魔理沙の方に殺到している関係上、こちらには数匹程度しか飛んでこない。

 レミリアが遠ざけた鷽が今度はこいしの方へ行ったかと思うと、しかしそのすぐそばを通りすぎた。さとりの近くも通りすぎ、次に留まったのはフランである。

 

「あら、さとりとこいしは正直者みたいね。おめでとう」

「ありがとうございます」

「えー。小鳥さん触りたいなぁ」

 

 こいしが魔理沙にとてとてと小走りで寄って、集まっている大量の鷽のうちの一匹に手を伸ばし、そっと包み込んだ。こいしの手の平の上に移動された鷽は不思議そうにこいしを見つめるだけで、つついたりする様子はない。

 

「なにこの鳥。しっしっ」

 

 フランは自分をついばみ始めた鷽を不機嫌に振り払う。レミリアとフランは嘘を吐いたことがあるらしい。というか、前提として生きている以上は少なからず嘘を吐いていなければおかしい。嘘を吐いていないと言い切れる者は、その言葉こそが嘘なのだ、と。さとりとこいし、それから霊夢は例外だ。

 鷽が今度は俺に近づいてきた。肩に乗っかると、迷う間もなくつんつんと頬の辺りをついばんできた。ちょっとチクっとして痛いが、なかなかに可愛い気もする。

 

「意外ね。レーツェルが嘘を吐いたことがあるだなんて」

「そりゃあそうですよ。私も生きてるわけですから嘘の一つや二つは普通に吐きます」

 

 霊夢の質問にそう答えると、その時だけ鷽が俺をつつく速度が増した。霊夢が怪訝そうに首を傾げる。

 

「……あれ? あんた、今嘘吐いたの?」

「え? いや、吐いてませんけど」

 

 今度は鷽が力強くついばんできた。痛そうにしたのが様子が周りにも伝わってしまったのか、フランが俺に歩み寄ってきて、ムッとした表情で俺の肩に乗る鷽を払った。

 

「……嘘を吐いてないのに、嘘を吐いてる? うーん、よくわかんないわね。即興で考えてやった神事だし、こういう変なことも起こるか」

「そいつはつまり、幸福に替わるかも当てにならんってことか」

 

 魔理沙の確認に、ちょっと悩みながらも霊夢が首を縦に振る。すると魔理沙は突然暴れ出し全身の至るところに留まっていた鷽を全部飛び立たせた。

 

「ついばまれ損じゃないかっ!」

「いや、ごめんごめん。今は頷いちゃったけど、よくよく考えたらたぶんそっちは嘘じゃないわ。きちんと天神さまの力の欠片が感じられるもの」

「嘘つけ!」

「嘘じゃないって。ほら私、ついばまれてないでしょ?」

 

 フランが俺から離れさせた鷽が霊夢の肩に乗る。レミリアやフラン、俺や魔理沙の時とは違い、霊夢をつつこうという気はまったくないようだった。

 

「とりあえず中でお茶にしましょ。神事のじっけ……神事も済ませたし」

「実験って言いかけたよな、今」

 

 霊夢に連れられ、博麗神社の中へと入っていく。お茶を入れられ、再度ついばもうと近寄ってきた鷽にレミリアやフランが威嚇したり、さとりが微笑ましげに鷽を眺めたり、こいしがはしゃぎながら飛ぶ鷽を追い回したり。

 そんな光景を眺め、お茶を口に含みながら、ふとさきほどのことを思い出す。

 つまり、嘘を吐いたことがあると言った途端、鷽に素早くついばまれたこと。それが嘘じゃなかったのかと聞かれ、嘘じゃないと答えた時に、否定するように強くつつかれたこと。

 

「……私は誰に、嘘を吐いてるんでしょうね」

 

 嘘を吐いてないのに、嘘を吐いてる。

 霊夢がなんとはなしに呟いた言葉が、どうしても頭から離れなかった。


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