東方帽子屋   作:納豆チーズV

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九.こうして帽子屋は生まれましたとさ

 吸血鬼狩り――――。

 その話を聞いたのは、能力で表情をなくしてからすぐのことだった。

 父は紅魔館の主であり最強クラスの妖怪兼悪魔であった吸血鬼。周辺の妖怪や悪魔はその力を以て従えており、その内の一匹が「人間が吸血鬼狩りをしようとしている」という情報を持ってきたのだ。

 正気に戻ったレミリアは、まだ俺にいろいろ問い詰めたかった様子ではあったが、今は目の前のことに集中しなければならないと棚上げしたようだ。

 

「ところで、その……あなたがたのお父上は、どこに」

 

 低姿勢で窺ってくる狼の悪魔――人狼、あるいは狼男か。

 隣に顔を向けると、レミリアと視線が合った。

 

「……お父さまは今は手が離せないの。なにか用事?」

「いえ、そういうわけでは」

「用事はない、か。急に駆け込んでくるものだから一大事なのかと思えば、たかだか人間風情が攻め入ってくるだとかくだらない話だけ」

 

 赤い瞳を爛々と輝かせ、キッと強く睨む。

 

「私たち吸血鬼が人間なんぞに討たれるかも、と? 身のほどを知りなさい」

「も、申しわけありません」

「わかったのならさっさと去りなさい。ここはお前程度が長居していい場所じゃない」

「……はい」

 

 そそくさと立ち去っていく人狼を見送り、その気配が感じられなくなったところで二人して大きなため息を吐いた。

 

「あの人狼、気づいてたわね」

「……血の臭いですか」

「その話し方……はぁ、今は気にしないでおく。あいつらは鼻が利く悪魔だから、きっとお父さまの臭いだとわかったんだ。だからあんなことを聞いてきた。今はまだ疑いを持たれているだけだと思うけど……いずれ必ずバレる」

 

 歳が二桁に突入したばかりの吸血鬼一匹に、未だ一桁の同種二匹。それしか館にいないと知られた時の妖怪、悪魔どもの反応は容易に想像できる。

 蹂躙、復讐、下剋上。

 そしてなによりも、

 

「人間が攻めてくるって言うのも厄介です」

 

 いつか起こるであろうことよりも、まずは目の前のことに対処しなければ。

 父とその眷属がいなくなった途端の事態。明らかに偶然ではなく、人間側に千里眼に相当する能力持ちがいる可能性が非常に高い。

 今は人間たちにとって絶好のチャンスなのだ。厄介な大人が二匹ともがいなくなり、ろくな戦闘訓練も積んでいない幼い吸血鬼しか館に存在しないのだから。

 そして、きっと人間は昼間に攻め入ってくる。それも銀の武器を大量に持って。

 

「……今しかない、ってことね」

「私もそう思います」

 

 吸血鬼は日光を浴びると灰になってしまう。仮面を被って人間から変化する某吸血鬼みたいに一瞬で蒸発してしまうわけではないが、長時間日の下にさらされるのは得策ではない。

 人間は狡猾だから絶対にそこを突いてくる。弱点を嫌というほどネチネチと。そりゃもう全員が根暗男子のごとくネチネチと。

 ならばやられる前にやるしかない。夜が終わる前に、先にこちらから人里に攻め入る。

 

「でも、どう考えても厳しい」

 

 不意打ちで吸血鬼の全力の一撃を注げば一気に戦力が削れるんじゃないか。そんな考えも一瞬頭に浮かんだけれど、すぐに甘いとかぶりを振った。

 千里眼的能力を所有する能力者が人間側にいるのなら、こちらの不意打ちが読まれる確率も非常に高いことになる。太陽が出ている時に戦うよりは幾分かマシであろうが、この場合のデメリットとして敵陣に直接踏み込むという形になるのだ。

 罠がたくさんあるに決まってる。何度も囲まれるに決まってる。

 

「…………チッ」

 

 イライラとした様子でレミリアが舌打ちを吐く。それほどに厄介な事柄。なにもかも、父が生き残っていれば話は違ったのだけれど。

 吸血鬼とはありとあらゆる面において頂点に迫る力を持つ種族だ。天狗に迫るスピード、鬼にも届くパワー、数ある種族の中でも群を抜いて多い魔力保有量、頭以外を破壊されても一晩で回復する驚異の再生能力。他にも数多の特徴を持ち、悪魔の頂点に君臨する最強の妖怪種の一つ。

 人里が一つなくなるのはこちらにとっても少々問題にはなるけれど、もしも父が生きていればその魔力を以てして大量の悪魔を呼び寄せて攻め込んで、一夜にしてすべてが収まったはずである。

 俺とレミリアとフランしかいない現状ではそんな手は使えない。下手に手を借りようとすれば逆に俺たちのことがバレてしまうし、そうなれば下剋上ルート一直線なのでご遠慮願いたい。

 ならば逃げるか? これも絶対的にノーだ。蝙蝠の翼と赤の瞳は吸血鬼のトレードマーク、絶対に人間に感知される。それに夜の種族である自分たちが準備もなしに出て行って、ちゃんとした住居を得られなかった場合の未来は想像に難くない。きっと日差しの下で何度も人間や妖怪と戦うことになって、最悪そのまま野垂れ死ぬ。

 

「攻め込まれるのは当然却下として、むやみに攻め込むのも得策ではない。そうなれば残るは……遠くから大規模な魔法で一気に撃ち払うくらいね」

「お姉さまもそう思います?」

「人間風情を認めなきゃいけないのは悔しいけど、妖怪退治を生業にしてるようなやつらがたくさん集まれば、ろくに戦ったこともない私たちでは敵わない。だとすれば戦闘に持ち込まず、遠くから一方的に殲滅することが理想よ」

 

 この身に秘める吸血鬼の魔法力を用いて、遠くから人里を攻撃して滅ぼす。それが最善だとレミリアは言っているのだ。

 思い立ったが吉日。人間側に千里眼持ちがいるかもしれない以上、こちらの会話が漏れている可能性も常に頭に入れて行動しなければならない。対処される前に先手を打つ。

 

「フランはどうします?」

「……あの子はそのまま休ませておく。戦場に不確定要素を持ち込むのはあまり感心しない、ってお母さまもお父さまも言ってたから」

 

 フランも吸血鬼ではあるが、生まれつきの狂気のせいでいろいろと不安定なところがある。確かに今回の作戦には混ぜない方がいいか。

 

「そういうレーツェルも平気? 飛行訓練は頑張って結構上達してるみたいだけど、魔法なんて勉強してるところは見たことない」

「もちろんぶっつけ本番です。でも大丈夫ですよ。なんたって私はお姉さまと同じ吸血鬼なんですから」

「『根拠はないけどやるしかない』って言いたいのね。私一人だとたぶん力不足だし、手伝ってもらわなきゃいけないのはわかってるんだけど……」

「お姉さまがダメって言っても私はやりますよ」

「……そうね。素直に力を借りるとするわ」

 

 生まれて日が浅い吸血鬼、そのたった二匹による人里殲滅作戦。

 

「魔導書はいる?」

「初心者がそんなのを使い切れるとも思えませんし、いりません。この体に宿る大量の妖力と魔力に指向性を持たせて飛ばすだけにするつもりです」

「賢明な判断ね」

 

 

 

 

 

 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □

 

 

 

 

 

 紅魔館のはるか上空にて、じーっと遠くの光を見つめていた。

 街までの距離は十数キロと言ったところか。目立つ障害物がなく、そこまで敷地が広くなさそうなのが幸いか。

 これだけ離れていても様子を窺えるとは、さすがの吸血鬼は視力も最高クラスらしい。

 

「行くよ」

 

 レミリアの指示に従って、並んで空を飛んでいく。これだけの距離から攻撃しようとしても外れる確率が高いし、確実に当てられるくらいまでは近づいておきたい。

 周囲の警戒に当たっていたために会話はなく、街まで残り数キロと言ったところで二人して宙に静止した。

 

「レーツェル、準備して」

「了解です」

 

 妖力と魔力を動かす練習は飛行訓練で嫌というほどやってきた。今回はその二つの力を表に出すだけ。魔法と言っても超簡単の超単純、ただの力の具現。

 

「要領は『光の翼』と同じ」

 

 スッ、と右手をゆっくりと突き出した。

 

「とりあえずありったけの力を出しまして」

 

 手の平を広げると、その上に力の限りを尽くして妖力と魔力の混合物を具現化させる。

 一瞬にして、そこらの一軒家くらいなら軽く飲み込んでしまいそうなほどに巨大な力の塊が出現した。

 

「……このまんまじゃでかすぎですね」

 

 だったら某白髪ベクトル少年のごとく、とりあえず圧縮してみよう。

 容量を減らすのとは違う。反発し合う磁石をくっつけようとするように、ゴムボールを押し潰そうとするように、とにかく内部のものを収縮させた。

 小さくしようとすればするほどに、それに消費する体力や妖力、魔力が量を増していく。

 あまり消耗し過ぎるのは好ましくないので、小型自動車一台程度の大きさになったところで圧縮を止めた。

 

「レーツェル。それ、全体の何割くらい?」

「七割と言ったところです」

「……寸前か」

 

 かなりの力を込めたけれど、試し撃ちはしていないので威力がどれほどのものかは不安が残る。

 ふと、レミリアの方を見れば、あちらも魔力を具現化させて高密度の球体を作り出していた。

 

「レーツェル、もう一度作戦を確認するわ。まずは街の主戦力が集まってるところにここから二人で全力の一撃を叩き込んで、一気に戦えるやつらの数を減らす」

「その後は消耗を抑えるために人間たちのところに突っ込んで直接戦闘。あまり無理はせず余裕を持って蹴散らせ……ですよね?」

「ん、その通り。気を引き締めるのよ、レーツェル」

 

 手の上に生成した力の塊を振りかぶり、戦える人がいそうなところへ適当に狙いを定める。

 目を細め、外れないようにして、気分は狙撃手。

 

「それじゃ――――消えなさい、人間ども」

 

 レミリアの言葉を合図に、膨大な力の塊を人間たちの街へと放った。

 加減もなく全力全開で撃ったそれは数キロ程度の距離など容易に詰めて、爆弾にも等しい二つの暴力は狙った通りの位置へと着弾した。

 直後、雷が落ちたかシャッターが切られたか、一瞬だけ視界が真っ白に染まる。見れば、小さな街というのもあるが、その面積の六割程度が俺とレミリアの攻撃により一気に抉り取られ消失していた。

 数秒後には、遅れて爆弾でも落ちたかのような――実際、それに類するものが落ちたのだが――轟音が耳に届く。

 

「先に行きますね、お姉さま」

 

 翼に妖力と魔力を流し込み、『光の翼』を作り出す。

 静止している今は安定して出せているとは言え、あまりに速すぎるためにコントロールは未だに適わない。けれど一直線に突っ込むだけなら何の問題もない。

 気分は弓に番えられた矢であろうか。吸血鬼の眼で人間が集まっている場所へと狙いを定め、翼の根元から一気に力を放出――ジェット機のごとき速度で瞬く間に目的地へたどりつく。

 当然、『光の翼』を制御し切れていない俺が地面への衝突を免れることはできず、全身を思い切り石畳の上に打ちつけた。

 大爆発、大音響。音速を超えた物質の衝突、そして音速を超えたゆえの衝撃波が着地した一角を滅茶苦茶にする。

 地面に埋まった頭をスポッと取り出して、かかった土を体を振って払う。

 見渡せば、ミサイルが落ちたと言っても過言ではない惨状が広がっていた。何十メートルにも及ぶクレーターの中心に俺は座っている。

 

「うん、ちゃんと能力は発動してますね」

 

 音を越えること、そして衝突によって怪我を負うという結果(こたえ)をなくした。土埃がついていたり衣服がボロボロになっていたりはしても、怪我は一切負っていない。

 衝撃をなくすこともできたけれど、それだとこうして周囲の破壊を行えないので怪我の『答え』だけをなくした。

 

「う、わぁ」

 

 立ち上がり、近くに誰かいないかなぁ、とクレーターの外に目を凝らしてみると、なんとも無残な光景がそこにある。

 俺が落ちてきて吹き飛ばされたであろう大量の人間が建築物の壁に激突し、一面の壁に血の絵画を描き出している。

 そうしてようやく、自分が初めて人を殺したのだという実感が沸いてきた。

 

「でも、大丈夫」

 

 心が震える? 目を背けたくなる? 忌避感を抱く? ノー、ノーノーノー。断じてそんなことはない。

 そもそも俺はこの世界で両親や親しくなった女性の死をすでに体験しているし、見知らぬ誰かの命が散ったところで知ったことではない。

 もし本心がそう思っていなくても、どうせ表情には出ないし、俺自身が気づこうとしなきゃ、それが真実になる。

 片手で顔に触れてみた。ちゃんと無表情だ。

 

「だから、殺せる」

 

 そもそもとして俺は最強の妖怪種、吸血鬼である。そこらの人間の命なんて気にする必要はない。

 あぁ――――胸が痛いな。

 

「ん?」

 

 バァン、と火薬の音。スンスンと鼻を利かせてみると、足元から顕著に臭いが漂ってくる。

 視線を下げれば、銀の弾丸がそこに埋まっていた。

 

「お前は何者だ」

 

 カチャカチャ、と背後からたくさんの銃を構える音。少々思考が長すぎたのか、いつの間にか囲まれていたようだ。

 振り返ると、予想通り十数人の人間が銃をこちらに構えて警戒を露わにしていた。

 

「銀弾を使ってるんだからわかってるんでしょう? 問う意味がないと思いますけど」

「……そんな翼の吸血鬼は見たことがない」

「私は自分より変な羽の吸血鬼を知ってますけどね。なんか七色の結晶がぶら下がってて、意外と綺麗なんですよ、アレ」

 

 バァン、と再度の発砲音とともに俺の横スレスレを弾丸が過ぎていく。無駄な話をするなとでも言いたいのか。短気なやつめ。

 

「そうですねぇ、強いて言うなら私は……あ、アレにしましょう。帽子屋」

 

 なんて名乗ろうか、と考えていた時に頭に浮かんだのは、生前気に入っていた童話『不思議の国のアリス』の登場人物であった。

 その名を帽子屋。"猫のない笑い"ことチェシャ猫から「気が狂っている」と称された二人のうちの一人であり、主人公であるアリスに「カラスと書き物机が似ているのはなぜ?」と『答え』のない問いを投げた経歴を持つ。見事にピッタリだ。

 まぁ、あんまり好きなキャラクターじゃないんだけど。

 

「"狂った帽子屋"。どうぞそうお呼びくださいな」

 

 芝居がかった口調で告げながら、スカートを摘まんでお辞儀でもしてみる。なかなか様になってるんじゃなかろうか。前世は男であったが、女として八年過ごしたので最早こういうことをする羞恥心は残っていない。残ってても表情に出ないけど。

 ふざけたことを、とでも言いたげに憤慨する人間たち。帽子なんて売ってないしね。そんな彼らに作り笑いを見せて、「さぁ!」と両手を大きく広げた。

 ――能力を行使し、銃弾で怪我をする『答え』をなくす。

 

「今宵は記念すべき"狂った帽子屋"の誕生日! 皆さんも盛大にお祝いしてくださると、私はすっごく嬉しいです!」

 

 

 

 

 

 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □

 

 

 

 

 

 その日、一つの街が壊滅した。

 それを為したのがたった二匹の吸血鬼、それも一〇歳前後の生まれたてであったという驚愕の事実に、人間側は吸血鬼という存在の恐ろしさを再確認することとなった。

 その翌々月には数多くの妖怪と悪魔が紅魔館と呼ばれる吸血鬼の住処へと攻め入ったが、結果は惨敗となる。多くの者が"狂った帽子屋"を名乗る金と銀の髪を持つ幼き吸血鬼によって討たれ、やがてその名は光翼の悪魔として畏れられることとなった。

 長女こと紅魔館の主、"紅い悪魔(スカーレットデビル)"レミリア・スカーレット。

 次女こと光翼の悪魔、"狂った帽子屋(マッドハッター)"レーツェル・スカーレット。

 謎が多き三女、"悪魔の妹"フランドール・スカーレット。

 その地で代表すべき吸血鬼と言えば、まず彼女らの名前が挙がるであろう。




今話を以て「Kapitel 1.狂気は幸福のすぐ傍に」は終了となります。
周辺の妖怪が攻め入ってくる云々は、オリモブキャラたくさん出すことになってめんどくさいですし、なんだかんだで普通に無双で終わりそうなので、ざっくり全カットしました。

次話からは小話を挟みつつ紅魔館のメンバーを揃えていく「Kapitel 2」が始まります。「Kapitel 1」のごとき怒涛の鬱展開はありませんのでご安心ください。
ただし紅魔館メンバーの出会いに関しては不明な部分が多いのでオリジナル要素が多々含まれます。ご了承くださいませ。

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