結局、その日は夜も遅かったので、解散となった。
俺たち三人は、少し残務があると言う貴虎をオフィスに残し、一足先に失礼した。
「貴虎がミッチの兄貴だなんてな」
ユグドラシルタワーを出たところで、紘汰が言った。
「誰だ、そいつは」
「戒斗も顔は見たことあると思うよ。
チーム鎧武のメンバーだ。俺の弟分だったんだ。な、裕也?」
「ああ」
紘汰は、ミッチの正体を知らない。
本当は進学校に通っていることも、平然と路上で着替える、または自家発電を行う変態少年であるということも、両刀使いであるということも。
貴虎の話から、進学校に通っていることくらいは察しがつくかもしれないが、そこは紘汰なので、思い至っていない方が自然だ。
チーム鎧武を辞める、という旨の電話をした時、態度に腹が立った勢いで、つい、紘汰がミッチの路上自家発電を皆に吹聴して回っている、というような言い回しをしてしまったことを思い出した。
もし本当にそうだとしても完全に自業自得なわけだが、あの性格だ、紘汰のことを逆恨みしかねない。
そういえば、電話を切る前に何かぶつぶつと呟いていたが、アレはもしかしたら紘汰への恨み言だったかもしれない。
とはいえ、ミッチに今の紘汰がどうこうできるとは思わない。
どうせビートライダースも辞めたんだし、少しずつ疎遠になり、たまに再会しては何かちょっと気まずい感じになる、くらいが妥当な落としどころか。
紘汰じゃないんだから、カチコミをかけてくるとも思えない。
まあ、全て杞憂に終わるだろう。
「ミッチは頭が良くてな―」
その時、紘汰の背中が突如爆発した。
ほう、これも何か新たな力なのか、と言わんばかりにのほほんと興味津々な顔をしている戒斗とは対照的に、俺の脳裏は、何か嫌な予感でいっぱいになった。
「紘汰!」
紘汰は、そのままうつ伏せに倒れ、動かなくなった。
背中からは、硝煙が上がっていた。
―銃だ。
何者かが、紘汰を撃った。
「誰だ!」
俺は叫んだ。
戒斗は何故か無駄に一度跳躍し、着地に失敗したのち地に伏して顔を歪めた。
「…なんとなく察しがつくぞ。お前だな?」
俺は、戦極ドライバーを取り出し、腰に装着した。
そして、気配のする方へ―――
「ミッチ!」
「察しが良いですね、裕也さん」
暗がりから現れたそれの声は、明らかにミッチのものだった。
聞き慣れたものよりも、少しトーンが低めではあったが。
しかし、それは今、問題ではない。
問題は、その姿だ。
「どこで戦極ドライバーを?」
「色々調べたら、ユグドラシルに辿り着いたんだんです。タワーに潜入して、一つ失敬してきました」
俺と同じ、戦極ドライバーで変身した者の姿。
だが、俺とは違う緑色の体に、毒々しい紫色の、ブドウを模した鎧。
そして、紘汰を撃ち抜いた銃。
「紘汰さんが化け物じみた力を手に入れたって聞いたからね。
対抗するには、これしかない」
「ミッチ…!なんでこんなことを」
オレンジ!
俺は、ロックシードを握り締め、一抹の希望と共にミッチに問い掛けた。
どうか俺のせいじゃありませんように。
俺のせいじゃありませんように。
「裕也さんが教えてくれたんでしょ?
葛葉紘汰は…知ってはならないことを知ってしまった…!」
俺のせいだった。
「路上自家発電のことか!ごめん!
あのことなら、実は俺が目撃しただけなんだ!
紘汰から聞いたってのは嘘!
嘘ついてマジでごめんミッチ」
「えっ!嘘だったの!
紘汰さん!ごめんなさい!紘汰さん!」
ミッチは、倒れている紘汰に駆け寄り、謝罪した。
紘汰は起き上がり、ミッチの肩を叩いた。
「俺なら大丈夫だ。
少しオーバーに痛がっただけだからな。
サッカーではこういうのが有利に働くんだ」
戒斗は本当に痛そうだが、そんなことは今はどうでもいい。
紘汰が無事で良かった。
「紘汰さん…僕はあなたになんてことを」
「良いんだ、ミッチ。間違いは誰にでもある。
俺だって、路上自家発電(ハード)を舞に見られたことがあるんだ。
それ以来、舞は俺に近付かないけどな。
でも、その次からは少し物陰に隠れてやることにした。
そうしたら、あまり人目には付かなくなった。
動いたから、変わったんだ」
「紘汰さん」
「さあ、ミッチ」
紘汰はブドウのロックシードをミッチの戦極ドライバーから取り外すと、自慢の鉤爪でドライバーを一閃、粉々に破壊した。
ヘルヘイム植物を自在に張り巡らし、あっという間にミッチを拘束、慣れた手付きでズボンとパンツを剥ぎ取りにかかった。
「ここからは俺のステージだ!」
「ああっ!紘汰さん!」
紘汰が握り締めたブドウのロックシードは、ヘルヘイム果実に変化していった。
それを、ミッチの尻に捩じ込んでゆく。
俺は、たまらずiPhoneを構え、ムービー撮影に入った。
戒斗は阿呆みたいな顔をして、一部始終を眺めていた。
「僕も、紘汰さんと一緒に希望を追いかけます!」
「ああ!」
身も心もすっかりインベスになった光実は、爽やかにそう言った。
一皮剥けた顔だった。
自分の殻に閉じ籠り、誰のことも信じられなかった彼は、もういない。
残務を終えてユグドラシルタワーから出てきた貴虎が、そんな光実を嬉しそうに見つめていた。
どうしようもない兄弟だと思った。
つづく