仮面ライダー鎧武オルタネイティヴ   作:瀬久乃進

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最終話「裕也の花道」

―――俺のオルタネイティヴオレンジ、そして、紘汰の、大きなオレンジ色をしたロックシードと、 ―――鍵のロックシードが、粉々に砕け散るのが見えた。

 

「紘汰ァッ!」

 

俺たちは、生身で吹き飛ばされ、煉獄のひび割れた大地に、思いきり打ち付けられる。

激痛。

―――再生能力が発動した。

おかげで、俺はまだ、なんとか動くことが出来る。

だが、紘汰は―――

 

「紘汰!紘汰!」

 

「………ぅ…ゃ…」

 

―――口から血を吐いて、咳き込む紘汰を、抱き起こす。

やばい。

鎧がショックアブソーバーになったものの、あのエネルギーを、まともに食らったんだ。

人間の体をした紘汰が生きている方が、奇跡だった。

 

周囲には、ロックシードの残骸。

紘汰のホルダーに付いていたものだろう、これらも、衝撃波で壊されたようだ。

ドライバーは、いや、…いずれにせよ、紘汰にもう、戦う力は―――!

 

「ラタトスク、てめえええェェッ!」

 

俺は、立ち上がり、吠える。

煉獄の樹を、正面に見据える。

そして、もう一度、今度は、

―――インベスの姿へ、変身する。

 

「死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない」

 

ラタトスクは、狂ったように、そう繰り返す。

煉獄の樹がバックアップの役割を果たしたとはいえ、一度、死を味わったんだ。

その恐怖が、こいつを狂わせ、暴走させた。

煉獄の樹は、まるで巨大な生命体のように、うねり、唸る。

その枝は、無数の手のような形に変形し、こちらへ伸びてくる。

俺たちの命を刈り取るための、手だ。

 

「うおおおおおおおおッ!」

 

俺は、全力の衝撃波で、それを何とか食い止める。

だが、また、押し寄せる。だから、衝撃波を放ち続ける。

―――俺も、かなり限界に来てるみたいだ。

なんとなくだけど、わかる。

もう、次の再生は、ない。

 

なら、最後の力で、これを耐えきる。持ちこたえる。

そして、紘汰に、時間を、

 

「紘汰ッ!」

 

―――ここから逃げるための時間を!

 

俺は、ヘルヘイムに通じるクラックを、後ろ手に開いた。

 

「逃げろォッ!」

 

「裕也ッ………!」

 

「早く!俺が持ちこたえてるうちに―――!」

 

頭だけで振り返ると、紘汰が、よろよろと立ち上がり、転ぶのが見えた。

這いずり回って、周囲のロックシードの残骸の中から、まだ動きそうなものをひとつ探り当てると、それを手に取る。

 

「俺も、一緒に、戦―――」

 

立ち上がってそこまで言うと、また、膝から崩れ落ちる。

口から、大量の血を吐く。

紘汰!

 

 

『裕也、ごめんな…』

 

 

―――頭の中にフラッシュバックするのは、俺の腕の中で死んでいった、もうひとりの葛葉紘汰の姿だった。

 

いやだ。いやだ!

もう、こいつを死なせたくなんてないんだ。

こいつが死ぬところは、もう、見たくないんだよ。

 

紘汰が、倒れ伏したままでも、そのロックシードを解錠しようとするが、力が入らないのか、その手の中から、こぼれ落ちる。

 

―――この衝撃波の壁も、もう、あまり長くはもたない。

轟音。無数の手が、ノックを続ける。

 

「紘汰!いいから、早く!早く行けェェッ!」

 

「い…やだ…!」

 

ちくしょう。

ちくしょう、ちくしょう。

 

ここに来て、負けるのか。

ここまで追い詰めて、ダメなのか。

 

俺たちは、煉獄には勝てないのか。

この世界の不自由に、理不尽に、打ち克つことはできないのか。

 

俺は、自分の人生を、全うすることさえできないのか―――!

 

 

 

―――ラタトスクの思念、だろう。

俺の頭の中、声が、響くのを感じた。

 

 

 

『角居裕也』

 

なんだよ。

 

『なぜ、そうまでして死にたがる?』

 

死にたいわけじゃねえ。

散々、言った筈だろ。

 

『おまえを、生きるためか』

 

そうだよ。

わかってんじゃねえか。

 

『生きるために、死ぬのか』

 

そういうことになるな。

てめえには、絶対、わかんねえだろうよ、ラタトスク。

 

『わからない。だが』

 

だが、なんだよ。

 

『そのように生きられるのなら、この恐れは、消えるだろうか』

 

どうだかな。

俺だって、死ぬのは怖えし。

 

―――本当はさ、やっぱ、怖えし。

死ぬのも、死なせんのも。

 

『ならば、私に、還れ』

 

説得のつもりかよ。

誰が乗るか、バーカ。

 

『私は、怖い』

 

知ってるよ。

 

『死が、怖い』

 

だから、知ってるっつーの。

 

『私の中には、無数の魂がある。森が世界を侵食する度に生まれてきた、数限りない死が、私の中にある』

 

俺の中にもあるし、俺も、そうだ。

 

『彼らの声が、聴こえている』

 

ああ。

 

『彼らの生涯の記憶を、すべて持っている』

 

だったら、お前にもわかるだろうが。

 

『わからない。私は、このように生まれてきたのだから。このようにしか、生きられないのだから』

 

へえ。

 

『なぜだろう、私は、』

 

なんだよ。

 

『私は、』

 

もったいぶんな。

 

『おまえたちのことが―――』

 

 

 

『羨ましい』

 

 

 

―――瞬間、俺の身体の中、心の奥、それが、光を放つ。

 

 

 

青い、光だ。

 

 

 

―――俺の衝撃波は、遂に限界を迎えた。

拘束を解かれた無数の手が、俺と、紘汰に迫る。

 

だが、―――手は、静止する。

 

煉獄の樹は、俺の中のそれと呼応するかのように、内側から漏れ出す、青い光に包まれた。

咆哮は止み、やがて、視界の全てが、青に染まってゆく。

 

 

そして、流れ込む思念。

俺は、一瞬にして、すべてを理解した。

 

 

―――そうか、ラタトスク。

おまえの中に、あいつらがいるのか。

そうか、あいつらも、死んじまったのか。

おまえが集めるのは、インベスになって死んだ者の魂。

だから、あいつらも、例外じゃなかったんだな。

 

ラタトスク。

ほんとは、おまえも、本物になりたいって、そう願ってんだ。

特に、あいつらの記憶を見ちまったから。

おまえは、怖かった以上に、―――動揺してたんだな。自分自身の、想いに。

それが、隙を生んだのか。

 

―――与えられた、どうしようもない運命。

生まれた姿。

そういうものに、自分なりになんとか抗って、あいつらは戦った。

あいつらだけじゃなくて、誰だってそう。

何度でも言うが、それが、人間の証だ。

 

合鍵は、力を失ってはいなかった。

ラタトスクの中から、俺へのリンク。

かつて、その力で、この場所を管理していた者からの、リンクだ。

だから、使い方は、知ってると。

そうか。

そういうことか。

 

俺からラタトスクの中のそいつへ送られた合鍵は、強い光を放ち、俺たちを包み込む。

 

 

―――俺に、力を貸してくれるのか。

俺は、光の中、化け物の手を伸ばす。

5本の手が、それを掴んだ。

俺は、それを、全力で引っ張りあげて、

 

 

 

視界が、戻る。

 

 

 

そして、目の前に立っていたのは、―――四体のインベスと、一人の、黒いアーマードライダーだ。

 

 

「ウッホワアアア!やっと出られたぜ!」

 

 

もうひとりの、葛葉紘汰。オレンジインベス。

 

 

「見たか。これが俺の強さだ」

 

 

もうひとりの、駆紋戒斗。バナナインベス。

 

 

「兄さん…もうちょっとそっち行ってよ」

 

 

もうひとりの、呉島光実。ブドウインベス。

 

 

「光実ェ!俺から半径1m以上離れるんじゃない!光実ェ!」

 

 

もうひとりの、呉島貴虎。メロンインベス。

 

そして、

 

 

「―――アーマードライダー黒影、見参!」

 

 

初瀬亮二。アーマードライダー黒影。

 

 

―――ああ、やっぱり、思い思いに馬鹿だなあ、こいつら。

 

煉獄の樹は、まるで、時間が止まったかのように、フリーズしている。

 

紘汰は、―――インベスではない紘汰は、目の前に広がった光景に、目を丸くした。

 

「は、初瀬と、…夢で見た、インベスと、………俺?」

 

それだけ言うと、紘汰は、また咳き込んでしまう。

貴虎は、それを見るや、素早く紘汰に駆け寄り、言った。

 

 

「大丈夫か、葛葉」

 

「た、貴虎、なのか」

 

「ああ。―――おまえの知っている呉島貴虎ではないが、私も、呉島貴虎だ」

 

 

貴虎は、紘汰の身体に手を当てると、黄緑色の光を生み出した。

あれは、治癒の光。

インベスになった貴虎の、力だ。

紘汰の咳は止まり、青白かった顔にも、血の気が戻る。

 

 

「紘汰さん、僕も、初めましてですね」

 

 

ミッチも、紘汰のそばに寄り、言う。

―――今ならわかるが、あれは、笑顔だな。

俺も、随分とインベスの表情に詳しくなったらしい。

ここで気が付いたが、俺は、いつの間にか人間の姿に戻っていた。

 

 

「ミッチ!ミッチだな!」

 

「はい。立てますか?」

 

「ああ、」

 

 

紘汰は、ミッチの、緑色をした異形の腕を、迷うことなく取り、立ち上がる。

 

 

「ありがとう、貴虎、ミッチ。えっと、じゃあ、そこにいるのは、戒―――」

 

「バナナだ!」

 

「いやバロンだろ?!」

 

 

見た目は完全にバナナの妖怪としか言いようがない戒斗が、腕を組んで立っている。

 

 

「無様だな、葛葉。あれほどの力を持っていながら、負けるとは」

 

「負けてねえ」

 

「ふん。どうだかな」

 

 

戒斗は、そう言うとそっぽを向いてしまった。

紘汰は、そのまま、初瀬に話しかける。

 

 

「初瀬…だよな」

 

「ああ」

 

「初瀬、―――ごめん、俺、」

 

「ば、馬鹿、謝んなよ。えっと、おまえは、あのときさ、シドから庇ってくれたじゃねえか。だから、その、むしろ、ありがとう、っつーかよ」

 

「初瀬………!」

 

「だ、大の男が泣くんじゃねーって。おい角居、こいつなんとかしろ」

 

 

初瀬に話を振られ、俺は、思わず苦笑しながら、首を横に振った。

―――それが、紘汰ってやつだよ。

 

 

「なんか、変な気分だなあ」

 

 

何やら、照れ臭そうに頭をぼりぼりと掻きながら、そう言ったのは、

―――オレンジインベスこと、もうひとりの紘汰だった。

 

二人の紘汰が、向かい合って立つ。

ひとりは、人間。

もうひとりは、インベス。でも、―――こいつも、人間だ。

 

 

「おまえが、本物の俺かぁ」

 

「ああ。―――その、なんて言ったらいいか、わかんねえけど、」

 

「まあ、細かいことはいいだろ!おまえがいなきゃ、俺たち、生まれて来ることもできなかったんだ」

 

 

もうひとりの紘汰は、そう言うと俺の方を見て、だよな、と口を動かした。

 

―――よかったよ。

こいつらが、本物の紘汰を憎んでなくて。

それは、少し、心配だったから。

 

「―――裕也」

 

もうひとりの紘汰は、俺に、何かを手渡した。

 

「いろいろ、辛い思いさせてごめんな。これ、使ってくれ」

 

それは、―――オルタネイティヴオレンジのロックシードだった。

 

「合鍵の力の残りを、全部使って作ったデラックス版だ。ウッホワアアア!やったな、裕也!」

 

―――相変わらず、紘汰のような、紘汰じゃないような、変なやつだなあ。

 

でも、

 

「ありがとう。あと、ごめんな。おまえも、紘汰だ」

 

「ああ!」

 

俺が、オルタネイティヴオレンジのロックシードを握り締めると、もうひとりの紘汰は、満面のインベススマイルを浮かべた。

 

 

「裕也さん、もうすぐ、ラタトスクが活動を再開します」

 

「私たちが、道を作ろう。角居、そして、―――そちらの葛葉」

 

 

口火を切ったミッチに、貴虎が続く。

貴虎が指し示したのは、本物の紘汰だ。

 

「お前たち二人の力で、今度こそラタトスクを仕留めろ。チャンスは、恐らく一度しか無い。決して振り向くな。いいな?」

 

「貴虎、………いいのか、みんな」

 

俺は、インベスたちと、初瀬を見渡す。

―――ただひとり、頷くことのなかった戒斗が、言った。

 

 

「どの道、消えるか、ラタトスクの苗床になるかしか、俺たちには残されていない。だったら、最後に、強さを証明して、消える。それだけのことだ。勘違いするな、貴様らのためではない。この俺が道を拓いてやるんだ。必ず、勝て」

 

 

そして、初瀬が続いた。

 

 

「このままじゃ、俺、ほんとにただの雑魚で終わりだからなぁ。最後に一花、咲かせなきゃ気がすまねえよ。―――死んだ城乃内と、生きてる城乃内のためにもよ」

 

「初瀬………」

 

 

貴虎が、そんな初瀬を、真摯な眼差しで見つめる。

 

 

「―――私も、だな。無力でないことを証明してみせる。光実、そんな兄さんをよく見てろ」

 

「はいはい、わかったから、近い、近いよ兄さん」

 

 

―――ミッチは、自分にほとんど密着するようにして立つ兄を、制する。

だが、決して、嫌そうではなかった。

照れているんだろう、きっと。

 

 

「裕也さん、僕、わかりました」

 

「何をだ?ミッチ」

 

「僕の物語の主人公は、僕だ。大事なのは、それだけだったんですね」

 

「………ああ。そうだぜ、ミッチ」

 

 

ミッチは、とても強い目をしていた。

―――さっき、ミッチの死の記憶も、俺の中に流れ込んできた。

ミッチは、本物の呉島光実の暴走を止めるために、そして、紘汰や舞、仲間たちの笑顔を守るために、たったひとり、勇敢に戦ったんだ。

悪の誘惑に負けず、己の正義を貫いたんだ。

 

 

「僕も、僕のステージで踊ってみます。ね、紘汰さん」

 

「ああ!」

 

「ああ!」

 

 

―――二人の紘汰が、同時に返事をしてしまい、顔を見合わせて、吹き出した。

それでいいんだろう。

きっと、ミッチは、両方に語りかけたんだから。

 

「―――まあ、そういうわけだ、みんな」

 

もうひとりの紘汰は、笑みを浮かべたままそう言うと、一歩前に進み出る。

 

 

「じゃあ、俺が先陣を―――」

 

「いや、俺が一番だ」

 

 

戒斗が、もうひとりの紘汰の前に走り出て、先頭を取る。

 

 

「待ってください!戦術的には遠距離攻撃がある僕が―――」

 

「駄目だ光実ェ!私が先頭だ!こういうことは大人に任せるんだ」

 

 

続いて、ミッチと貴虎もそれに加わり、揉み合う。

 

 

「お、俺も先頭がいいぞ!かっこいいし」

 

 

―――初瀬も加わった。

 

 

「ならば、背の順だ」

 

「ずるいぞ戒斗!お前、バナナのヘタの分だけデカイじゃねえか」

 

「人間時代準拠の背の順でどうだろうか」

 

「それだと兄さんの一人勝ちじゃん!」

 

「わかった!チンチンのデカさで決めるぞ!」

 

「葛葉は葛葉でなにいってんだ!」

 

「葛葉、それだけは駄目だ。考え直せ、葛葉」

 

「兄さん…」

 

「バナナの大きさで決めるぞ」

 

「バナナはお前だけだ!」

 

「バロンだ!」

 

 

―――俺と紘汰は、突っ立って、それを見ていた。

紘汰も俺も、また吹き出してしまう。

こんな、こんなにも、深刻な事態なのに。

―――最後の時間なのに。全然、湿っぽくなれねえや。

 

「わかったから、もう、横並びでスタートしてくれ!」

 

俺の叫びと同時に、煉獄の樹のフリーズが、解ける。

地震。

煉獄の大地が揺れ、空が蠢く。

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

 

「―――そんじゃ、行くか」

 

「はい!」

 

もうひとりの紘汰に、ミッチが返事をする。

オレンジインベス、バナナインベス、ブドウインベス、メロンインベス、そして、アーマードライダー黒影は、横一列になり、立つ。

俺と紘汰は、その背中を見つめる。

 

 

「印籠を渡してやるぜェェェッ!」

 

「行くぞッ!はいッ!人類救済!」

 

「舞さあああああん!愛してます!どうかお元気でえええ!」

 

「バナナオブスピアァァァァァアアッ!」

 

「ラタトスクッ!ぜってェ許さねえええ!」

 

 

―――やっぱこいつら、おかしいよなあ。

でも、それも、立派な個性だ。

 

初瀬たちは、思い思いに馬鹿みたいな大声で叫ぶと、ヨーイドンで走り出した。

それとほぼ同時に、煉獄の樹の枝が、再び、無数の手のように、怒濤の勢いで、こちらに押し寄せてきた。

 

 

「まとめて私に還れェェェェェッ!」

 

 

ラタトスクの叫びが、煉獄を震わせる。

それは、開戦の合図。

―――最後の戦いの火蓋が、切って落とされた。

 

 

 

「………喋ってる時間は無えな、裕也」

 

「………ああ」

 

隣り合って立った俺と紘汰は、そう言って顔を見合わせる。

言葉はなくとも、紘汰の目が、すべてを語っていた。

 

 

 

―――紘汰、覚えてるよな。

一緒に、踊ってた頃のこと。

 

俺も、おまえも、世間のルールとか、常識とかさ、そういうのが大っ嫌いでさ、流されるのが嫌で、自分でもわからないような大切な何かを失くしたくなくて、だから、ダンスをしたんだよな。

自分の好きなことを続けていたくて、そのためなら、何を言われても怖くなくて。

 

二人でチームを始めて、たくさん、たくさん、仲間ができたよな。

たくさん一緒に笑ったし、たまに喧嘩もしたけど、それと同じだけ、仲直りしたよな。

すげえ、楽しかったよな。

俺の大切な思い出の中では、いつも、隣におまえがいるよ。紘汰。

 

―――チームを辞めるって、俺にそう切り出した時、おまえ、ものすげえ勢いで泣いたよな。

だからさ、逆に泣けなかったよ、俺。

っていうか、いつもそうだったよ。

うん、そりゃまあ、寂しかったけどさ、でも、俺、おまえのこと、すげえって思ったんだよ。

 

言えなかったけど、俺、その時にはさ、ダンスを逃げ道にするようになっちまってたんだ。

最初はそうじゃなかったはずなのに、いつの間にか、ふらふらしてることの言い訳にしてたんだ。

おまえもそうだったのかもしれないけど、―――でもさ、おまえには、おまえの中の、守りたい大切な何かが、見えたんだよな。

それを守るために、大人の世界に飛び込む覚悟を決めたんだよな。

悔しいけど、かっけぇって思ったよ、ほんと。

 

そうこうしてたら、俺、死んじまった。

ほんと、ドジだよなあ。

その辺に生えてた木の実食って、そのせいで死ぬとか。ギャグかよ。

結局、逃げたまま、答えなんて出ないまま、俺、死んじまったんだ。

おまえが、めちゃくちゃ辛い戦いをしてるっていうのにさ。

何の役にも立てなかったよ。

 

―――でも、おまえがもう一度、チャンスをくれたんだよな。

絶対流されたりしないって、そのために戦うって、俺に、チームを組んだときの、最初の気持ちを思い出させてくれた。

答えを出すための時間を、俺にくれた。

お陰で、今、俺にはハッキリ見えてるよ。

大切なもの。

 

それは、なんか上手く言葉になんねえけど、きっと、おまえならわかってくれるよな。紘汰。

 

 

 

「―――行こう、紘汰」

 

「ああ!」

 

 

 

なあ、二人でチームを立ち上げた時と、同じだな。

 

 

 

―――オルタネイティヴオレンジ!

 

 

 

俺と、

 

 

 

―――オレンジ!

 

 

 

おまえ、

 

 

 

 

「「変身!!」」

 

 

 

二人で、

 

 

 

―――オルタネイティヴオレンジアームズ!

―――オレンジアームズ!

 

―――花道、

―――花道、

 

 

 

―――ラストステージ!!

 

 

 

"鎧武"だ。

 

 

 

「ここからは、」

「俺たちの、」

 

 

 

「「―――最後のステージだ!!」」

 

 

 

 

 

―――Got it, Move.

 

 

 

 

 

 

俺と紘汰は、全力で大地を蹴って、走り出した。

 

「うおおおおおッ!」

 

前方を走る初瀬たちが、襲い来るラタトスクの"手"を次々に粉砕し、俺と紘汰の前に、道ができてゆく。

 

煉獄の樹までの距離は―――いや、関係ない。

どれだけ遠くても、近くても、あとは、あれに向かって全力で走るだけだ。

そして、一撃を叩き込む。

 

貴虎と、チェリーエナジーのロックシードを使う初瀬が、集団の先頭だった。

両者共に、その高速移動能力を遺憾なく発揮している。

 

―――だが、攻撃の最前線は、戒斗とミッチだ。

戒斗は常にバナナ爆弾を遠投し続け、ミッチは、同じく掌から光弾を放つ。

そうして生じた爆炎を掻い潜って現れた腕を、初瀬の赤い弓、その刃と、貴虎の二本の鉤爪が切り裂いた。

 

そして、初瀬と貴虎が逃した手は、

―――もうひとりの紘汰が、まだその身体に残されていた衝撃波の力で、打ち砕く。

 

俺たちの前に、腕は到達しない。

横から現れるそれは、俺たちのスピードに追い付けない。

 

一際大きな枝を引き受けた貴虎が、それに押し流され、前線から離脱したのが見えた。

続いて、ミッチが足を掬われ、転倒。

そのまま引っ張りあげられると、腕の海に飲まれ、姿が見えなくなった。

 

 

―――さよなら、もうひとりの呉島貴虎。

俺は、あんたの記憶を通じてしか、本物のあんたを知らない。

でも、あんたも、きっと、本物も、優しく、強い男だったと思う。

短い間だったけど、あんたの部下になれて、良かったよ。主任。

ありがとう。

 

 

―――さよなら、もうひとりの呉島光実。

おまえは、最後の最後に、ちゃんと、おまえの物語の主人公になれたんだよな。

鎧武のリーダーとして、最後に言っておくよ。

チーム鎧武は、いつまでも、おまえの居場所だ。ミッチ。

ありがとう。

 

 

「ミッチ、貴虎…!」

 

隣の紘汰がそう溢すのが聞こえた。

だが、立ち止まるわけにはいかない。

前に進まなければ、あいつらは、何のために。

前へ。

とにかく、前へ!

 

―――前方、崩れた陣形で、負担が増えたのだろう。

バナナ爆弾の投擲と平行して槍を振るっていた戒斗を、一本の手が掴み、遠くへ投げてしまった。

戒斗の姿が、煉獄の赤い空に消えてゆく。

 

―――ラタトスクまで、あと少しだ。

 

そして、もうひとりの紘汰のもとに、大量の手が迫る。

それを衝撃波で退けようとしたが、あまりの物量に押し負けそうになる。

―――だが、最後の力を振り絞った衝撃波で、道を拓いた。

もうひとりの紘汰は、そのまま横凪ぎに吹き飛ばされていった。

 

 

―――さよなら、もうひとりの駆紋戒斗。

口を開けば強者だ弱者だ、変なやつだと思ってたけど、おまえと俺は、少し似ていたのかもな。

おまえも、自由が欲しかったんだろ。

そのために、力を求めた。

俺がこんなこと言っても嬉しくないだろうけど、おまえは、強いと思うよ。戒斗。

ありがとう。

 

 

―――さよなら、もうひとりの葛葉紘汰。

おまえには、なんて言ったらいいか、よくわかんねえな。

だから、これだけ。

おやすみ、紘汰。

ありがとう。

 

 

とにかく、前へ!

 

 

「うおおおおおッ!」

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

 

 

俺たちは、ラタトスクに負けまいと、全力で叫ぶ。

前線からは、初瀬を残して、全員が離脱した。

目の前に、初瀬が逃した腕が迫る。

それを、俺たちは、それぞれに持った二本の刀で切り裂いてゆく。

 

―――ラタトスクまで、あと少し。あと少しだ!

 

そして、枝を懸命に食い止めてくれていた初瀬が、ついに限界を迎えた。

腕に弾き飛ばされ、こちらに飛んでくる。

同時に、無数の腕が、こちらに迫る。

 

「初瀬ッ!」

 

初瀬が目の前に倒れ、俺たちは、それを踏み越えてゆく。

ごめんな。初瀬。

俺は最後の衝撃波を使い、目の前の枝を砕くが、―――その向こうから、更に大量の腕が!

 

「くそっ!」

 

その時、後方から、初瀬の声がした。

 

「うおおおおッ!」

 

―――チェリーエナジー!

 

初瀬が放ったであろう、赤く輝く矢が、俺たちの前を、拓いてゆく。

そこにはもう、煉獄の樹があった。

 

目測、10m。

―――射程圏内だ。

 

「角居、がんばれッ!」

 

「おうッ!」

 

 

―――さよなら、初瀬亮二。

俺とおまえの死から、すべては始まったんだよな。

おまえは、どうだった?

もう一度生きられて、嬉しかったか?

―――たぶん、そうだよな。初瀬。

ありがとう。

 

 

紘汰に、仮面の奥の目で合図をする。

―――跳ぶぞ。

伝わったに違いない。

俺たちは、同じタイミングで戦極ドライバーのブレードを降り下ろす。

 

 

―――オルタネイティヴオレンジスカッシュ!

―――オレンジスカッシュ!

 

「行くぞ、紘汰ッ!」

 

「ああ!」

 

そして、―――武器を投げ捨てて、跳ぶ。

 

 

目の前に、もう、障壁は無い。

みんなが、命を賭けて切り拓いてくれた道だ。

 

 

『私に還れ、』

 

 

―――煉獄の樹の幹、その上部に、見たことのない顔が浮かび上がる。

まるで、栗鼠のような、齧歯類じみた顔だった。

―――そうか、それがおまえの素顔か、ラタトスク。

 

 

『角居、』

 

 

意外と可愛い顔してやがったんだな。

そっちの方が、いいよ、ラタトスク。

 

おまえにも、感謝しなくちゃいけないのかもな。

 

 

『裕也ァァァァァアアッ!』

 

 

―――天高く跳んだ俺と紘汰は、並んで、キックの姿勢を取る。

だよな、紘汰。

必殺技っていったら、―――やっぱり、これだよな。

 

右脚に、力が集中するのを感じる。

戦極ドライバーやロックシードだけの力ではない、この俺に残された、すべての力が。

すべての想いが、この一撃に、込められる。

 

―――最後の最後だ。しくじんなよ、裕也。

 

そんな紘汰の声が聞こえた気がする。

当たり前だ。

リーダーなめんなよ。

 

ラタトスクの顔のある部分めがけて、俺と紘汰は、煉獄を滅ぼすための一撃を、ちゃんと生きるための一撃を、俺たちの、最後の一撃を、全速力で、全力で、放つ。

 

 

 

貫け。

 

 

 

「行けェェェェェェェェェッ!」

 

―――初瀬の叫びが、煉獄に響いた。

 

 

 

「「うおおおおおおおおおおおおおおッ!!」」

 

 

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」

 

 

 

―――光。

 

そして、俺と紘汰は、煉獄の樹を、ラタトスクを貫いて、

 

 

たぶん、かっこよく着地した。

 

 

そして、背後で、大爆発。

 

 

―――ヒーローっぽいだろ?

 

 

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」

 

 

 

 

振り向くと、煉獄の樹は、大きな、大きな炎に包まれ、断末魔の叫びを上げていた。

 

「か、勝った………よな、裕也」

 

「ああ」

 

今度こそ、ラタトスクも、この煉獄も、―――終わる。

 

 

俺と紘汰は、その真っ赤な炎を、ただ見つめていた。

―――すると、煉獄の空の色が、変わりはじめた。

 

「眩しい」

 

その色は、白。

暖かいも冷たいもわからない、白。

ただそこにある、始まりの色だった。

ただそこにある、終わりの色だった。

 

 

叫びはもう止んで、代わりに、歌が聴こえてきた。

言葉のわからない歌だ。

スローテンポの、優しい歌だった。

 

そして、俺と紘汰は、見た。

―――その炎から立ち昇る、光を。

 

それは、空高く吸い込まれ、やがて、消えてゆく。

俺の体からも、同様の光が漏れ出してゆくから、それでわかった。

これは、―――魂だ。

ラタトスクの、そして俺の中にあった、死者の魂だった。

 

 

「裕也」

 

 

紘汰は、そう言うと、変身を解除して、俺に向き直った。

 

俺も、変身を解除した。

 

 

「―――紘汰、煉獄はな」

 

 

俺は、紘汰の目を見据える。

その目は、またも涙で滲み始めていた。

俺自身が発する光の向こう側、紘汰は、必死に、涙を堪えていた。

 

 

 

「―――天国に行くための場所なんだ。漫画で、そう行ってた」

 

「そうか。よかったよ、裕也」

 

「ああ。一足先に、失礼するよ。おまえは、ゆっくり来い」

 

「裕也、俺、俺―――」

 

「泣いていいよ。我慢すんな」

 

「裕也………!」

 

 

―――俺には、ひとつ、わかることがある。

煉獄は、ヘルヘイムの森の、過去と未来に波及する存在だ。

未来で失われる命もまた、その存在の担保となっていた。

ラタトスクは、そのようなルールのもとに生まれた。

わけもわからないまま。

そういう生態に、なっていた。

 

つまり、煉獄が消滅すれば、

―――未来は変わり、過去は改変され、今は消滅する。

 

紘汰たちに、煉獄に纏わる記憶は残らない。

この一連の出来事の結果も、世界には残らない。

文字通り、煉獄は無かったことになる。

 

でも、―――"始まりの男"。

そいつは、すべてを思い出す。

よくわからないが、そういうことになっている。

それだけは、わかるから。

 

だから、願わくば、紘汰が、思い出してくれたらいいな。

今を。

俺たちのことを。

俺たちが、ここにいたことを。

 

 

 

俺の体は、光と共に消えてゆく。

 

 

 

「紘汰、ひとつ、約束してくれ」

 

おまえが、忘れても。

思い出してくれても。

どっちでもいいからさ。

約束、してくれよ。紘汰。

 

「………ああ」

 

俺は、オルタネイティヴオレンジのロックシードを、紘汰に手渡した。

そして、"約束"を口にした。

 

 

 

「俺たち、」

 

 

 

いつまでも、仲間だぜ。

 

 

 

 

ありがとう。

紘汰。

俺の、親友。

 

 

 

おわり




仮面ライダー鎧武オルタネイティヴ、これにておしまいです。

多くの方々に読んでいただき、また、様々な形で応援していただきました。
完結させることが出来たのは、読者の皆様のおかげです。

原作愛はある方だと思います、と言ってはいますが、今ならこう言っても良いでしょう。
原作愛しかありません。
ありがとうございました!

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