仮面ライダー鎧武オルタネイティヴ   作:瀬久乃進

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第41話「最期の救済」

―――目を覚ました俺は、走る痛みを堪えながら、無理矢理に、身体を起こした。

 

駐車場の屋根を打ち付ける音。

どうやら、雨が降っているらしかった。

 

腰に着けたままの戦極ドライバーに触れると、気を失う前に起きたことを、ゆっくりと思い出してゆく。

変身した俺は、"本物の"光実と戦い、―――敗北したのだ。

 

本物の俺を、そして人類を裏切り、俺の弟を殺した、本物の光実に、俺は、勝てなかった。

その悔しさが、物理的な痛みよりも激しく、強く、この胸を刺す。

 

「結局、俺は、無力か」

 

―――この諦めからは、もう逃れられないのかもしれない。

俺が持っている記憶は、本物の呉島貴虎の、レプリカ。

偽物だ。

しかし、それでも、俺は、思い出す。

 

生きてきた中で、何度も壁にぶつかった。

その度に、俺は、己の甘さ、無知、そして無力さを痛感し、それでも、呉島の男として恥じない生き方をしようと、常に努力を続けてきた、つもりだった。

いつからだろう。

諦めることに慣れてしまったのは。

現実の非常さの前に跪き、屈服してしまったのは。

これが、俺の望んでいた、俺の在るべき姿だったのか。

 

―――違う。

違う筈だ。

頭をもたげる無力感は、消えない。

それでも、何かまだ、俺には出来ることがある。

そう信じないことには、俺は、立ち上がれないし、

―――本物の呉島貴虎に、死んだ弟に、仲間たちに、合わせる顔が無い。

俺は、駐車場から抜け出すと、雨空の下、閑散とした様子の沢芽市を、歩き始めた。

 

遠目に、ヘルヘイム植物に侵食されたユグドラシルタワーが見える。

灰色の空、雨の中にぼんやりと、それでもしっかりと形を持って浮かぶ。

あれは、俺の希望の象徴であり、また、絶望の象徴でもあった。

人類救済。

ヘルヘイムによる、理不尽な、理由の無い侵略から、人類を救う。

ただその想いだけを胸に抱いて、毎朝、出社した。

 

人類を救うために、60億の人間を殺す必要がある。

上層部からそのことを聞かされた夜、眠ることができなかった。

その翌日、俺は、地下シェルター計画から、火星への移住まで、どんなに突拍子の無いものでも、現実感の無いものでも、片っ端から打診したものだった。

そのどれもが一笑に付され、俺は正気を疑われたが、正気を疑いたいのは、俺の方だった。

 

町を、歩く。

もう、どこから流れているともしれない、黄緑色に変色してしまった俺の血液が、まるでナメクジの歩いた跡のように、雨に混じって、アスファルトを汚してゆく。

 

―――そうだ、この姿で歩いては、いけない。

葛葉たちに、混乱を与えてしまう。

俺は、メロンのロックシードを解錠し、戦極ドライバーにセットした。

 

―――メロンアームズ!

天下御免!

 

凌馬は、何をしているのだろうか。

シドは。湊は。上層部の者たちは。部下は。

町が、こんなことになっているんだ。

世界が、こんなことになっているんだ。

ユグドラシルが救わなくて、どうするんだ。

そのためのユグドラシルだろ。

そのための戦極ドライバーだろ。

 

俺のいた、偽物の世界を、俺は救えなかった。

ちょうど、あのタワーの場所に、煉獄の樹が顕現し、世界は、赤黒い終末を迎えた。

人は誰もいなくなった。

あの世界の人類は滅んだ。

この世界も、そんな風になってしまうのか。

 

朦朧とした頭で考え続けてはいるが、思考にはこの空と同じく靄が掛かって、何一つ掴めない。

ただ、死人のように、俺は、何処へともなく、町を歩いてゆく。

 

―――葛葉がいたのは、どっちだったか。

そんなことさえも、もう、わからず、慣れ親しんだはずの町で、いい大人がひとり、迷子だ。

それでも、歩いてゆく。

自分に出来ることを探して、歩いてゆく。

 

まるで、俺の人生の縮図じゃないか。

俺は、もう、人では無いけれど。

 

―――裏路地に入ったところで、数人の男女が、一塊になって座っているのが見えた。

そのうちの一人、スーツを着た女性が、こちらに気が付くと、目を見開いて、言った。

 

「―――呉島主任」

 

湊燿子。

凌馬の秘書だった女性で、また、俺の部下だった。

その顔を血で汚し、肩で息をしている。

この鎧は、呉島貴虎しか使えないもの。

本物と偽物の区別は、付かないだろう。

 

「め、メロンの君!」

 

同じく声を掛けてきたのは、大柄な男―――だった。

親交は無いが、見覚えがあった。

彼は、凰入・ピエール・アルフォンゾ。

"あっちの"世界で、俺が、救えなかった人間だ。

 

そして、その凰蓮の腕の中、抱かれるようにして、呻き声を上げているのは、

 

―――城乃内秀保。

初瀬の友人で、彼もまた、俺が、救えなかった者だった。

 

そうか。

こちらでは、生きていてくれたか。

 

そして、赤いコートを着た、黒髪の青年がひとり。

確か、あれは、ビートライダーズの、チーム・バロンの衣装だ。

彼は、言葉を発することなく、こちらを見詰めていた。

呼吸が、苦しそうだった。

 

皆、負傷しているようだった。

程度の差はあれど、このままだと、命に関わるかもしれないように思う。

 

―――俺に出来ることが、見付かったかもしれない。

 

「皆、少し、動くな」

 

皆、言葉を発する余力もあまり無いようで、俺の言葉に、声で返事をする者はいなかった。

俺は、彼らの前に立つと、両手を掲げ、力を込める。

 

彼らの頭上に、巨大な、黄緑色の光が生まれた。

それを見た彼らは、驚き、その光から逃れようと、腰を浮かせるが、

 

「案ずるな。攻撃ではない」

 

俺がそう言うと、そのまま、もう一度座り込んだ。

俺の言葉を信用したのかもしれないし、どのみち避けられない、と悟ったのかもしれない。

 

光は、ゆっくりと彼らのもとへ落下してゆき、やがて、それぞれの身体を包み込んでゆく。

 

―――インベスとしての俺に与えられたのは、治癒の能力だった。

失った命までは戻せないが、怪我くらいならば、この力でなんとかできる、はずだ。

いつも、俺は後手に回るから、生きた人間に使えるのは、これが初めてだが。

 

光。

光が、薄暗い裏路地を、照らしてゆく。

 

「き、傷が」

 

黒髪の青年が、驚きの声を上げる。

それに伴い、他の面々も。

 

「塞がってく…」

 

光は、そのまま少しずつ小さくなり、やがて、一点に収束して、消えた。

 

俺は、皆を見やる。

城乃内が、凰蓮の腕の中から身体を起こした。

湊がゆっくりと立ち上がり、身体の調子を確認しているようだった。

 

「主任、これは一体―――」

 

「このロックシードの機能だ」

 

俺は、そう言うと、踵を返し、来た道を引き返してゆく。

 

「主任!どこへ―――」

 

「少し、急ぎの用があるでな。お前たちは、まだ安静にして………」

 

「メロンの君!」

 

―――凰蓮が、大声を出す。

 

「―――また、お会いできるかしら?」

 

「………ああ」

 

俺は、振り向かない。

 

「少ししたら、戻る」

 

本物の俺が、戻る。

 

「その時には、共に戦おう」

 

本物の俺が、共に戦おう。

 

「―――そうだ、」

 

俺は、一度、歩みを止めて、言った。

 

「城乃内」

 

「えっ?俺?」

 

突然の指名に、驚いたような声が聴こえる。

俺は、早口に言うと、そのまま、角を曲がり、彼らの前から、姿を消した。

 

 

 

「―――初瀬が、よろしく言っておいてくれと。それだけだ」

 

 

 

ありがとうございました、そんな声を背中に受けながら、苦笑する。

ありがとう、か。

感謝されたくて生きてきたわけではないが、

―――やはり、悪い気はしないものだな。

俺は、変身を解き、片手でクラックを開くと、倒れるようにして、ヘルヘイムの森に入っていった。

 

雨の音が、しなくなる。

クラックが閉じたらしい。

今度こそ、身体が動かない。

 

―――治癒の力は、俺の体力を、著しく蝕む。

その上、あの光は、自分自身に、まるで効果が無い。

わかってはいたが。

やはり、少し、無茶だっただろうか。

 

だが、最後に、救うことが出来て、良かった。

命を。

あちらの世界で救えなかった者たちを。

心残りは、当然、ある。

それこそ、死ぬほどに。

だが、それでも、この手で、命を守ることができた。

 

―――うつ伏せに倒れ、薄れゆく意識の中、遠目に、緑色の何かが倒れているのが見えた。

 

まさか。

 

俺は、最期の力を振り絞り、そちらへと、這ってゆく。

もう動かなくなった身体を、それでも、必死に動かす。

 

そして、それに、手が届いた。

―――ああ、やはりな。

 

 

光実。

 

 

それは、俺の弟の亡骸だった。

顔をこちらに向けていてくれて助かった。

インベスになろうと、見紛うことはない、俺の弟の顔だった。

 

片足が、無かった。

壮絶な戦いだったのだろう。

俺は、もう一度、光を生もうとする。

それは、蛍のように小さく、儚く、すぐに消えてしまう光。

だが、諦められなかった。

何度も、何度も、出涸らしになったこの身体から、小さな光を生み、光実に届ける。

 

光実は、幸せそうな顔をしていた。

―――これほど、凄絶な最期を遂げていながら、

俺の弟は、その命が終わる瞬間、笑ったのだ。

きっと、光実は、大切なものを守るために、懸命に戦ったのだ。

俺の弟は、そんな男だったのだ。

 

「光実」

 

俺は、駄目な兄だったかもしれない。

おまえに多くのものを押し付けすぎて、おまえにはそれが、疎ましく感じられたのかもしれない。

だが、俺は、おまえを愛していた。

おまえは、俺の、たった一人の、弟なのだから。

 

呉島の男として、だとか、そういったことばかりを、口煩くおまえに言い続けた俺が言うには、あまりにも身勝手だろうが、

―――家も、責任も、使命も関係なく、俺は、おまえを、ただひとりの弟として、愛していた。

 

「よく頑張ったな、光実」

 

もう、光は生み出せない。

ならば、せめて。

俺は、光実の亡骸を、抱き締めた。

そして、まだ幼い頃、光輝くあの庭でそうしたように、光実の頭を、撫でてやった。

 

「偉いぞ、光実」

 

涙が止まらなかった。

光実。

ごめんな。

兄さん、馬鹿で、ごめんな。

もっと、誉めてやればよかったな。

もっと、たくさん、話を聞いてやればよかったな。

ごめんな。

光実。

ごめんな。

 

『貴虎兄さん』

 

声がした。

光実の、声だ。

 

『おかえり』

 

幻聴かもしれない。

それでも、確かに、聞こえた。

 

だから、俺は、それに答えた。

あいつの、家族として。

あいつの、ただひとりの兄として。

 

「ただいま、光実」

 

光実。

これからはずっと一緒だ。

 

つづく




あと三話で終わります。
最後まで、よろしくお願いいたします。

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