―――雨が、降り始めたらしい。
だが、そんなことは関係ない。
空がどうであれ、その下に立つのは、俺だ。
風がどうであれ、その中に立つのは、俺だ。
揺るがないことは、それだけ。
確かなことは、それだけだ。
俺は、バナナオブスピアーを構え、再び、緑色のオーバーロードに突撃してゆく。
「はあああっ!」
ピコン。
横目に、"もうひとりの駆紋戒斗"が、赤い弓を引くのが見えた。
緑色のオーバーロードはというと、だいぶダメージが蓄積してきたか、動きが遅くなっている。
「く、くく、しぶといね、おまえたち」
言葉でこそ余裕を見せてはいるが、息が切れている。
もう、反撃の隙は与えん。
一気に叩き潰す!
―――こいつは、俺を舐めていた。
何が起こるかわからない戦いの場で、相手を侮った。
今を、疎かにした。
だから、こいつは、弱者。
この俺の道を阻むには至らない、弱き者だ。
俺は、戦いを通じて、それを確信していた。
「ハァッ!」
―――いま、弓を射ったこいつもまた、似たようなことを思ったのではないか。
わからないが、わかるような気がする。
こいつと、俺は、似ているから。
―――サガラの言った言葉を、思い出す。
『おまえは、駆紋戒斗の、偽物』
―――あるいは、そうなのかもしれない。
俺は、こいつを模して造られた、偽物なのかもしれない。
そう考えると、辻褄が合う部分もある。
「セイッ!」
「うぐっ!」
―――だが、辻褄を合わせて、何になる?
俺がこいつの偽物だとして、それが何だ?
本物も偽物も、知ったことか。
俺は今、ここにいる。
ここに、確かに存在している。
俺の頭で考えて、俺の体を動かして、俺は今、確かに、戦っている。
それだけ、揺るがなければいい。
それだけ、確かならばいい。
「ぐあっ!」
「くくく、はぁっ!」
「ハァッ!」
―――俺には、戦う意思と、そのための力がある。
必要なものは、他には何もない。
外の世界への、存在の証明は必要ない。
内の世界への、存在の確立も必要ない。
俺はただ、ここにいる、そのありのままを、ひとつの魂で、ひとつの体で、感じてゆく。
チリチリと焦げ付くようなこの熱を、感じ続けてゆく。
生きるために戦っている。
戦うために生きている。
相反するようなその二つが、俺の中では、しっかりと、形を持って輪を成している。
俺は、駆紋戒斗。
誰が何と言おうと、そこにいるそいつが駆紋戒斗であろうと、俺は、駆紋戒斗だ。
俺は、今を疎かにしない。
俺は、今に甘んじない。
昨日より遠く、今日より高く、明日より速く。
それが、俺の信ずる、強さ!
―――レモンエナジースカッシュ!
奴が、必殺の一撃の構えに入る。
俺もまた、バナナオブスピアーの強度を上げる。
仕留めてやる。
覚悟しろ、緑色のオーバーロード!
「セイーッ!」
「セイーッ!」
俺と奴の声が一つになり、それぞれの攻撃が、一直線に緑色のオーバーロードを狙う。
「くっ!」
―――緑色のオーバーロードは、苦し紛れの声を上げると、自らの周囲に緑色の竜巻を起こし、攻撃を回避した。
俺は、即座に次の攻撃の準備に移る。
もうひとりの駆紋戒斗も、再び、弓を引く。
だが、
―――声がする。
「おまえたち、中々楽しませてもらったよ。
今日は、これまでだ」
緑色のオーバーロードの声がそう告げ、その高笑いが雨音に混じり、沢芽市の空に響くと、緑色の竜巻は、そのまま、どこかへ消えていった。
「―――逃げたか」
奴が、肩で息をしながら、そう呟く。
その金色の鎧は、傷だらけだ。
マントも、ところどころが破れている。
俺もまた、痛みを感覚する。
―――奴が、振り向く。
視線が、交差する。
痛みには、慣れている。
それは、奴もきっと同じだろう。
「―――約束したな」
奴が、口を開いた。
「次に会うとき、決着を付けると」
「ああ」
そうだ。
痛みなど、関係ない。
今、すべきことは、ひとつ。
お互いに、それを感じ取った。
それだけのことだ。
「―――来い」
俺は、バナナオブスピアーを構える。
奴もまた、その弓を。
こいつは、駆紋戒斗は、敵ではない。
邪魔者でもない。
ならば、戦う理由などない。
―――と、この世界の大部分、腑抜け共は、そう考えることだろう。
だが、俺は違う。
敵でなくとも。
邪魔者でなくとも。
戦わなくてはならない相手は、いるのだ。
その戦いから背を向ければ、己の過去と、今と、未来からも、同じように背を向けてしまう。
そんな戦いが、あるのだ。
だから、俺は、こいつを倒す。
こいつを超える。
―――もう、こいつとの間に、言葉はいらないだろう。
どう転んでも。
最後に、これだけは言っておこう。
さらばだ。
駆紋戒斗。
「はあああああッ!」
「はあああああッ!」
―――決着は、一瞬で付いた。
全力での、正面からの、激突。
一撃、先に届いた方の勝利。
それだけの、この上なくシンプルな戦い。
俺好みだ。
駆紋戒斗。
貴様と戦えて、良かったぞ。
俺の、バナナオブスピアーは、
奴に届く、その寸前、
粉々に崩れ落ちていた。
何故なら。
この身を、
奴の弓、その刃が、
横一閃、切り裂いていたからだ。
俺は、仰向けに、倒れた。
雨。
雨が、降っている。
だが、やはり、そんなことは、どうでもよく、
俺は、
満たされていた。
満たされてしまった。
駆紋戒斗が、そのまま、立ち去ってゆく足音が、聴こえる。
俺に、言葉を、掛けることもなく。
―――そうか。
貴様は、まだ満たされないか。
それが、勝敗を分けたのかもな。
それだけが、俺たちの、違いだったのかもな。
だが、
俺は、俺で、俺しかいない。
俺もまた、本物だ。
事実がどうあれ。
俺は、駆紋戒斗だ。
意識が、薄れてゆく。
ああ。
俺は、死ぬ。
それだけのことだ。
―――きっと、あと、何十秒も無いだろう。
ならば、最後くらいは、いいだろうか。
俺は、幼い頃、まだ、この世界を憎んでいなかった、あの頃のことを、思い返す。
この記憶も、ちゃんと、俺のものだ。
この安らぎも、ちゃんと、俺のものだ。
そうだ。
この生と、この死と、この世界は、ちゃんと、俺のものだ。
つづく