―――オルタネイティヴオレンジアームズ!
花道アナザーステージ!
「来いよ、フレズベルグ。
ここからは俺のステージだ」
俺は、左手の青い刀を、フレズベルグに向けた。
「青い、オレンジアームズ…!」
紘汰が、後ろで呟くのが聴こえた。
俺は、腰を深く落とし、戦いの構えを取る。
―――この、"オルタネイティブオレンジ"のロックシードの正体は、正直、俺にもわからない。
どうも、"ブラッドオレンジ"という代物があるらしいが、それに近い、オレンジの亜種だろう、というくらいの推測しかできない。
ただ、感覚的にわかることが、一つ。
―――このロックシードは、"本物の沢芽市"において、俺が食べてしまったヘルヘイム果実が変化したものだ、ということ。
この鎧は、俺の決意の証だ。
個を奪い、全に取り込もうとするような、そんな思想との戦いに身を投じる、その決意の証なんだ。
―――たとえば、それが、自己の存在否定に繋がるとしてもだ。
「―――角居、祐也ァァァッ!」
フレズベルグが、怒りの雄叫びを上げ、放つのは、
―――衝撃波。
「祐也ッ!」
紘汰が、咄嗟に叫ぶ。
フレズベルグの内側から見ていた。
その攻撃は、紘汰のオレンジアームズに、多大なダメージを負わせた一撃だ。
心配するのも、無理は無い。
―――だが、
俺は、その耐え方を教わったんだよ。
もうひとりの紘汰から。
―――体幹を意識して、踏みとどまる。
今ならわかる。
オレンジインベスは、世界を統治するにあたり、ラタトスクの力の一部を利用していたんだ。
だから、これは、
―――あの戦いのとき、オレンジインベスが使ったのと、同じ力!
「なっ―――」
フレズベルグが、踏みとどまった俺に対し、驚愕の声を上げる。
―――俺の体が盾となり、紘汰に影響はないようだった。
そうだ、このレベルの衝撃波は、一瞬。
そこを耐えれば、次の瞬間は、
「はぁぁっ!」
「ぐああっ!」
―――俺のもんだろ。
俺は、右手で左腰の刀を抜きざまに、フレズベルグを素早く切りつけると、左手の刀で、追撃を食らわせる。
手応えを感じた。
効いている。
「なっ、なぜっ」
「オラァァァッ!」
何が何だかわからない、といったフレズベルグに、俺は、こいつも持ってけ、と、全力の蹴りを入れる。
―――なぜ、苗床が、これほどの力を!
フレズベルグが言いたかったのは、そんなところだろうよ。
そう、俺は、今、合鍵の力を、使っているわけではない。
あの力は、出てくる時に使い果たしたから。
だから、こいつからしたら、今の俺は、ただの出涸らし。
なぜ、その出涸らしの攻撃が、これほどまでに効くのか、わからないんだろう。
―――答えを、教えてやるよ!
「ハァァァッ!!!」
「うっ!?」
俺は、"奴から奪った"力を使う。
使い方は、知ってる。
中で、ずっと見てたから。
―――衝撃波。
フレズベルグは、予測できなかったであろうその攻撃に、対処できず、吹き飛んだ。
「祐也、その力…!」
「…ああ」
紘汰が、驚きの声を漏らす。
―――そう、
「あいつから出てくる時に、ついでに奪ってきたんだ。
力の、幾らかをな」
「………お?おう………」
―――よくわからなかったらしい。
無理もないな。
まあ、言ったままだ。
だから、単に俺が強くなっている、というだけではない。
奪われた分、奴が弱くなってもいるのだ。
フレズベルグは、それに気付いていなかったようだが。
―――今の俺の中には、煉獄の力がある!
「お、おのれ」
フレズベルグが、よろよろと立ち上がりながら、言う。
ただでさえ、紘汰との戦いで、だいぶやられてたんだろ。
お前もそろそろ、限界の筈だ。
「はあっ!」
フレズベルグは、再び、衝撃波を放つ。
今度は、耐えない。
―――代わりに、
「ハァァァッ!!!」
俺も、衝撃波で対抗してやる。
絶対に押し負けたりしない、という確信。
何故なら、
「―――ここは、俺のステージだからな」
「ぐうっ!」
吹き飛んだのは、フレズベルグの方だった。
俺は、戦極ドライバーのブレードを、降り下ろす。
―――オルタネイティヴオレンジスカッシュ!
「そろそろ終演だ、フレズベルグ」
「っく…角居祐也!わかっているのか!」
フレズベルグが、苦し紛れに叫ぶ。
「何をだ!目的語をハッキリさせな!」
「我々に牙を剥くことの意味を、わかっているのか!」
「ああ、」
その話か。
そんなの、とっくに腹は決まってんだよ。
「死んだ奴が死ぬ、当たり前のことじゃねえか。
今更何言ってんだ?」
俺は、走り出す。
―――じゃあな、フレズベルグ。
お前の中、最悪だったぜ。
どっちにしろ、死んだようなもんだろ、俺は。
だったら、俺の在り方は、俺が決める。
俺が踊るステージは、俺が決める。
俺は、大地を蹴り、雨空に、跳ぶ。
「うおおおおおッ!」
―――お前らの苗床なんか、やめてやるよッ!
必殺、
「だああああああああああッ!!!」
「ぐああああああああああああああッ!!!」
―――辞表キック。
鷲の巨人、フレズベルグは、物凄いスピードで吹き飛び、そのまま、雨の中に爆発して、消滅した。
体に、何かが流れ込んでくるのを感じる。
恐らくこれは、フレズベルグ側に残っていた力だ。
俺は、フレズベルグを、完全に取り込んだ、ということか。
―――やってることが、ラタトスクと同じだな。
だから、尚更早く、決着を着けないと。
俺は、変身を解除して、紘汰に向き直る。
「………紘汰」
「祐也………」
ただいま、
そう言おうとして、思い留まった。
「―――俺は、もう行くよ」
「祐也、待ってくれ!
一体、何が起こって………
つーか、せっかくまた会えたんだ!
話を………」
「………だめだよ、紘汰」
「祐也………」
「………もう、こんなことが起きないように、俺は―――」
「祐也ッ!」
紘汰が、大声を出す。
しばらく、雨の音しか、しなくなる。
紘汰は、よろめきながら、立ち上がる。
「お、おい、怪我してんだろうが、無理すんじゃねえって」
「無理してんのは、お前だろ、祐也」
紘汰は、そのまま俺の方に歩いてくると、
―――俺の体を、抱き締める。
「お、おい、やめろよ、きもちわりいな」
「なんだっていい。
そうやって、一人で抱え込むなよ、祐也。
今度こそ、お前の力にならせてくれよッ、祐也!」
―――おまえなら、そう言うって、わかってたよ。
おまえなら、そう言うってわかってたから、
こう言ってるんだろうが………!
抱き締める力が、強い。
もう、どこにも行くな、そんな声が、聴こえてくるような気がして、
俺は、辛かった。
雨の音。
第一、ひとりで抱え込んでたのは、どこのどいつだよ。
俺が不用意に実を食ったりしたせいで、友達殺しの罪を背負って、
無意識に世界まるごと創っちまうほど、抱え込んでたのは、どこのどいつだよ。
皆の前では吹っ切ったように振る舞って、
守るために必死で戦って、
それでも、苦しみ続けてたのは、どこのどいつだよ。
―――これから俺がしようとしてることを知れば、おまえは、もうひとつ、その苦しみを背負う羽目になるじゃねえかよ。
だって、だってよ、ラタトスクを倒せば、俺は―――!
だから、
俺は、この手を、振り切らなきゃ、
振り切って、戦わないといけないのに―――
「紘汰ッ………!」
涙が、止まらないんだ。
「紘汰、ごめん………!
俺のせいで、おまえは、おまえは………!」
「祐也、祐也ッ………!」
―――理屈では、割り切れないことだって、あるから。
もう少しだけ、こうしていたい。
もう少しだけ、こいつを、側に感じていたい。
偽りのものでも、俺にまだ、命があるうちに。
あと一分だけ、こうしたら。
俺は、行くよ、紘汰。
「じゃあな、紘汰」
―――そうして俺は、この手でクラックを開き、紘汰に別れを告げると、その制止を振り払って、ヘルヘイムの森へと、歩き出した。
つづく