―――面白いことになっている。
フェムシンム・レデュエは、状況を監察し、ひとり、薄ら笑いを浮かべていた。
葛葉紘汰は、フレズベルグと交戦中。
そのフレズベルグだが、見ていて哀れな程に狼狽していて、レデュエは、失笑を禁じ得ない。
哀れな程に、というだけだ。
レデュエが、他者を哀れむ筈もない。
その類いの感情は、森で過ごしてきた悠久の時の中で失ったのか、それとも、初めから持ってなどいなかったのか、レデュエには、わからない。
そもそもレデュエは、そんなことを考えようともしていないのだが。
呉島光実はというと、突如現れた、白い鎧に連れ去られた。
あれは、確か、死んだという彼の兄だ。
しかし、こうして現れたからには、生きていたらしい。
兄弟対決。
―――素晴らしいじゃないか。
血を分けた者同士、まさしく血で血を洗うような戦い。
そんなものが、嗜虐的なレデュエの、大の好物だった。
そういうわけで、戒斗の見張りを頼まれたはずのレデュエは、その性分であるところの"面白いもの見たさ"から、こっそり持ち場を離れ、駐車場の物陰から、光実とその兄の戦いを見ていた。
幸い、彼らはこちらに気が付いていない。
この手のショーは、ただ、見ている方が楽しいのだ。
―――だって、どちらに転んでも面白い。
どちらが死んでも面白いじゃないか。
レデュエは、くつくつと笑う。
―――それからは、前述した通りの展開である。
己の正体を明かすことで兄の動揺を狙った光実を待っていたのは、兄の鎧の中からインベスが現れる、という、予想を覆す事態。
―――ここで、レデュエの興奮は、やや冷めてしまう。
恐らくだが、あれは、煉獄の住人だろう。
光実の兄ではない。
昨日葬った、もう一人の煉獄の住人の、兄だ。
「なんだ」
兄弟対決ではなかったのか。
蓋を開けてみれば、光実と、また別種の化け物との戦いだ。
思っていたのと違う。
こうも遠慮なく殺しあいをされると、なんだか、白けてしまう。
考えてみれば、彼にとっては、それでもなかなか"面白い"光景ではあったのだが、なにぶん、期待値が大きすぎたらしい。
―――興を削がれたレデュエは、それでも戦いの結末を見届ける。
バイクに乗って、深手を負った光実は逃走し、後には、これもまた瀕死の、煉獄の住人が残された。
動く気配は無い。
レデュエは、メロンインベスの生死に、興味が無かった。
どちらでも、もう、何だかあまり面白くない。
レデュエは、その場を離れることにした。
―――光実は、もう、今は戻ってこないだろう。
フレズベルグもあのザマだ。
"計画"は、ここで頓挫。
ご破算だ。
つまり、あとは、好き勝手に遊んで構わない、ということ。
駆紋戒斗のことが頭をよぎる。
―――あいつ、暇してそうだな。
それなら、私の玩具になってもらおう。
レデュエは、ロシュオから与えられた力で巻き起こした疾風に身を包むと、本来の持ち場へと戻っていった。
「ここでじっとしていろ」
路地裏。
戒斗は、傷を負ったアーマードライダーたちの避難を済ませると、彼らにそう語りかけ、再び、戦地に赴こうとしていた。
「戒斗、すまねえ…」
ザックが、痛みを堪えながらも、戒斗に、己の無力を謝罪する。
戦えるものならば、戦いたい。
何であれ、自分の仲間たちに仇為す者とは、全力で戦う。
それが、ザックの性分であった。
かつて、戒斗が率いた頃のチーム・バロン、No.2であったザックは、そうして他のチームに牙を剥いてきた。
彼は、ストリートの強者を目指す戒斗の右腕として、他のチームに舐められるわけにはいかないと、少し、偽悪的に振る舞うようにしていた。
だが、ザックは、本来、仲間想いの、情に厚い男である。
チーム同士の確執が無くなり、ビートライダーズ同士が手を取り合うようになった今、彼が率いるチーム・バロンは、かつてのような攻撃色を持ってはいなかった。
―――戒斗は、それを全て承知の上で、また、ザックの"強さ"を、認めていた。
それは、己の目指す強さとは、また違う形のものであり、チームを組んでいた頃は、その行き違いを苛立たしく思うことも、稀にあった。
だが、世界の危機との戦いの中で成長した戒斗は、同じく成長するザックのことを、道は違えど、ひとりの友として、―――口には出さないが、認めていた。
「すぐに戻る」
「戒斗、死ぬなよ!」
「あれは半端ないわ。気を付けなさい、坊や」
ザックに続き、凰蓮も、戒斗に激励のメッセージを送る。
―――いつの間にか、戒斗は、何やら人望のようなものを勝ち得ている。
世界の崩壊に伴う極限の状況下においてうきになった、彼の強さ―――信念の強さは、否応なしに、人を惹き付ける。
戒斗自身の意思とは、また違うところで、戒斗は、真の"仲間"を得つつあった。
「戒斗…」
端正な顔を血で汚しながら、息も絶え絶えに戒斗の名を呼んだ湊耀子が、その筆頭である。
彼女は、戒斗の目指す未来を信じ、見届けることを決意した。
戒斗は、その呼び掛けに応えることはなく、ただ、湊を一瞥して、レモンエナジーアームズのマントを翻しながら、紘汰のもとへと、走り出した。
―――ザックたちの視界から戒斗の姿が消えた頃。
戒斗の行く手には、レデュエが立ち塞がった。
「オーバーロード…!」
戒斗は、己の向かうべき戦いへの道を阻むそれに対し、怒り心頭に発する。
当のレデュエはというと、それを嘲るように笑い、手に持った錫杖を、地面に打ち付ける。
しゃん、と音がした。
「そこをどけッ!」
「―――退屈なんだ。私の玩具になれ」
「!」
来る、戒斗がそう思った時には、もう遅かった。
レデュエは一瞬で戒斗の懐に飛び込み、その鳩尾に膝蹴りを命中させた。
たまらず仰け反った戒斗を、その錫杖が追撃する。
火花。
「ぐああっ!」
戒斗は吹き飛び、地に伏す。
しかし、すぐに起き上がると、ソニックアローを構え、レデュエに突進していった。
―――玩具だと、ふざけるな!
「はああっ!」
戒斗が振るった刃は、錫杖によって受け流される。
何度も、何度も。
生半可な力では、オーバーロード・レデュエを、力押しで倒すことは出来ない。
頭に血が登った戒斗は、冷静な判断が出来ないでいた。
攻撃をする、受け流される、反撃を食らう。
反撃によって負ったダメージにより、攻撃は甘くなり、精神的余裕も徐々に失われ、動きが単調になる。
戒斗は、完全に悪循環に嵌まっていた。
対するレデュエは、余裕綽々といった様子で、戒斗をいたぶり、弄ぶ。
―――戒斗は、今は亡きフェムシンムの戦士、デェムシュと似ている、と、レデュエは思う。
力こそが全てという思想の元、真っ向勝負で、暴力だけで物事の解決を図る、愚か者。
それが、遥か昔から、レデュエがデェムシュに対して与えていた、揺るがぬ評価であった。
―――馬鹿なやつだった。
そんなことだから、禁断の果実を掴むに至らず、お前は破滅したんだ、デェムシュ。
力だけで見れば、私よりも優れたそれを持っていたのに。
宝の持ち腐れ。
人間どもの諺で言うと、そう、豚に真珠。
人間どもを"猿"と呼び、侮ったが故に、その猿に命を奪われた、愚かな豚。
それがお前なんだ、デェムシュ。
―――レデュエの目に、もう、目の前の戒斗は映っていない。
戒斗が想起させる、同族の男の面影、それを見下すことで、一種の優越感を得ている。
レデュエは、人間を相手に油断したデェムシュを嘲りながら、
―――人間を相手に、油断していた。
戒斗は、いかなる時にも、勝利に食らい付く。
自分の中に弱さが見えたとて、それと折り合いを付けようとはしない。
―――多くの人間は、己の弱さを、"自分らしさ"と定義し、変われないものだと定義し、それをプラスに捉えることによって、世界に対する自分の在り方を変えてゆく。
戒斗は、それをしない。
戒斗が望む、世界に対する、己の在り方。
戒斗は、それを決して曲げない。
戒斗は、誰にも屈服しない。
己の弱さを認めない。
それが、強さ。
それは、とても、痛々しい強さだ。
茨の道を歩むように。
戒斗は、かつて大切なものを奪われたその日から、その痛みに耐えながら、歩いてきたのだ。
―――繰り返す。
だからこそ、戒斗の強さは、人を惹き付ける。
それと同じ道を歩く、"同志"をも―――!
爆発。
レデュエの背中を、突如、謎の爆発が襲った。
「ぐっ?!」
思わぬ方向からの攻撃に、レデュエは、柄にもなく狼狽する。
―――レデュエの背中越しに見えたその姿を認めると、戒斗は、咄嗟の判断で、ゲネシスドライバーのレバーを、二度、引く!
―――レモンエナジースパーキング!
「はああッ!」
戒斗は、全力で走り出し、跳躍。
光を帯びた右脚から、渾身の跳び蹴りを放つ!
「セイーッ!」
「ぐああああっ!」
アーマードライダーバロンの必殺技の一つ、ライダーキック"キャバリエンド"。
それはレデュエの胸部に突き刺さり、轟音と共に、その体を遥か後方へと吹き飛ばした。
―――だが、これで終わりではない。
吹き飛んだレデュエを、待つ者がいた。
そう、戒斗の逆転の隙を作った爆発を生んだ、その張本人。
―――バナナインベス!
「セイーッ!」
バナナインベスは、その手に持ったバナナオブスピアーを一閃、吹き飛んできたレデュエに向けて、全力で振り抜いた。
レデュエは叫び声を上げると、飛んできたのとはまた別の方向へ吹き飛び、錆び付いたフェンスに激突した。
フェンスは大きな音を立てて崩れ、レデュエは、そのまま倒れる。
「ふん、貴様も来たか」
戒斗が、バナナインベスを一瞥、傲岸不遜に言い放つ。
バナナインベスもまた、それと同じ声で、応える。
「勘違いするな、助けに来たわけではない」
「助けられたなどと思ってはいない」
「どうだかな」
「無駄口を叩くな。…来るぞ」
二人の視線の先、レデュエがゆっくりと立ち上がる。
くくく、と壊れたような笑い声をあげながら、よろよろと、手の中の武器を杖代わりにして、立つ。
「まぁぁぁーた、煉獄の住人か…」
レデュエは、バナナインベスを見詰め、まるで嘲るように言う。
バナナインベスは、その言葉に応えることはなく、その手にバナナ爆弾を生成する。
戒斗もまた、ソニックアローの弓を引く。
ピコン。
「いいよ、相手してやるよ。来い」
レデュエは、冷徹な声でそう言うと、二人に飛び掛かっていった。
つづく
また更新が遅くなってごめんなさい。
少しペースが遅くはなりますが、完結まで責任を持って書きます。
よろしくお願い致します。