仮面ライダー鎧武オルタネイティヴ   作:瀬久乃進

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第37話「Never surrender」

―――面白いことになっている。

フェムシンム・レデュエは、状況を監察し、ひとり、薄ら笑いを浮かべていた。

 

葛葉紘汰は、フレズベルグと交戦中。

そのフレズベルグだが、見ていて哀れな程に狼狽していて、レデュエは、失笑を禁じ得ない。

哀れな程に、というだけだ。

レデュエが、他者を哀れむ筈もない。

その類いの感情は、森で過ごしてきた悠久の時の中で失ったのか、それとも、初めから持ってなどいなかったのか、レデュエには、わからない。

そもそもレデュエは、そんなことを考えようともしていないのだが。

 

呉島光実はというと、突如現れた、白い鎧に連れ去られた。

あれは、確か、死んだという彼の兄だ。

しかし、こうして現れたからには、生きていたらしい。

兄弟対決。

―――素晴らしいじゃないか。

血を分けた者同士、まさしく血で血を洗うような戦い。

そんなものが、嗜虐的なレデュエの、大の好物だった。

そういうわけで、戒斗の見張りを頼まれたはずのレデュエは、その性分であるところの"面白いもの見たさ"から、こっそり持ち場を離れ、駐車場の物陰から、光実とその兄の戦いを見ていた。

幸い、彼らはこちらに気が付いていない。

この手のショーは、ただ、見ている方が楽しいのだ。

―――だって、どちらに転んでも面白い。

どちらが死んでも面白いじゃないか。

レデュエは、くつくつと笑う。

 

―――それからは、前述した通りの展開である。

己の正体を明かすことで兄の動揺を狙った光実を待っていたのは、兄の鎧の中からインベスが現れる、という、予想を覆す事態。

―――ここで、レデュエの興奮は、やや冷めてしまう。

恐らくだが、あれは、煉獄の住人だろう。

光実の兄ではない。

昨日葬った、もう一人の煉獄の住人の、兄だ。

 

「なんだ」

 

兄弟対決ではなかったのか。

蓋を開けてみれば、光実と、また別種の化け物との戦いだ。

 

思っていたのと違う。

こうも遠慮なく殺しあいをされると、なんだか、白けてしまう。

 

考えてみれば、彼にとっては、それでもなかなか"面白い"光景ではあったのだが、なにぶん、期待値が大きすぎたらしい。

―――興を削がれたレデュエは、それでも戦いの結末を見届ける。

バイクに乗って、深手を負った光実は逃走し、後には、これもまた瀕死の、煉獄の住人が残された。

動く気配は無い。

レデュエは、メロンインベスの生死に、興味が無かった。

どちらでも、もう、何だかあまり面白くない。

レデュエは、その場を離れることにした。

―――光実は、もう、今は戻ってこないだろう。

フレズベルグもあのザマだ。

"計画"は、ここで頓挫。

ご破算だ。

つまり、あとは、好き勝手に遊んで構わない、ということ。

 

駆紋戒斗のことが頭をよぎる。

―――あいつ、暇してそうだな。

それなら、私の玩具になってもらおう。

レデュエは、ロシュオから与えられた力で巻き起こした疾風に身を包むと、本来の持ち場へと戻っていった。

 

 

 

「ここでじっとしていろ」

 

路地裏。

戒斗は、傷を負ったアーマードライダーたちの避難を済ませると、彼らにそう語りかけ、再び、戦地に赴こうとしていた。

 

「戒斗、すまねえ…」

 

ザックが、痛みを堪えながらも、戒斗に、己の無力を謝罪する。

戦えるものならば、戦いたい。

何であれ、自分の仲間たちに仇為す者とは、全力で戦う。

それが、ザックの性分であった。

かつて、戒斗が率いた頃のチーム・バロン、No.2であったザックは、そうして他のチームに牙を剥いてきた。

彼は、ストリートの強者を目指す戒斗の右腕として、他のチームに舐められるわけにはいかないと、少し、偽悪的に振る舞うようにしていた。

だが、ザックは、本来、仲間想いの、情に厚い男である。

チーム同士の確執が無くなり、ビートライダーズ同士が手を取り合うようになった今、彼が率いるチーム・バロンは、かつてのような攻撃色を持ってはいなかった。

 

―――戒斗は、それを全て承知の上で、また、ザックの"強さ"を、認めていた。

それは、己の目指す強さとは、また違う形のものであり、チームを組んでいた頃は、その行き違いを苛立たしく思うことも、稀にあった。

だが、世界の危機との戦いの中で成長した戒斗は、同じく成長するザックのことを、道は違えど、ひとりの友として、―――口には出さないが、認めていた。

 

「すぐに戻る」

 

「戒斗、死ぬなよ!」

 

「あれは半端ないわ。気を付けなさい、坊や」

 

ザックに続き、凰蓮も、戒斗に激励のメッセージを送る。

―――いつの間にか、戒斗は、何やら人望のようなものを勝ち得ている。

世界の崩壊に伴う極限の状況下においてうきになった、彼の強さ―――信念の強さは、否応なしに、人を惹き付ける。

戒斗自身の意思とは、また違うところで、戒斗は、真の"仲間"を得つつあった。

 

「戒斗…」

 

端正な顔を血で汚しながら、息も絶え絶えに戒斗の名を呼んだ湊耀子が、その筆頭である。

彼女は、戒斗の目指す未来を信じ、見届けることを決意した。

戒斗は、その呼び掛けに応えることはなく、ただ、湊を一瞥して、レモンエナジーアームズのマントを翻しながら、紘汰のもとへと、走り出した。

 

―――ザックたちの視界から戒斗の姿が消えた頃。

戒斗の行く手には、レデュエが立ち塞がった。

 

「オーバーロード…!」

 

戒斗は、己の向かうべき戦いへの道を阻むそれに対し、怒り心頭に発する。

当のレデュエはというと、それを嘲るように笑い、手に持った錫杖を、地面に打ち付ける。

しゃん、と音がした。

 

「そこをどけッ!」

 

「―――退屈なんだ。私の玩具になれ」

 

「!」

 

来る、戒斗がそう思った時には、もう遅かった。

レデュエは一瞬で戒斗の懐に飛び込み、その鳩尾に膝蹴りを命中させた。

たまらず仰け反った戒斗を、その錫杖が追撃する。

火花。

 

「ぐああっ!」

 

戒斗は吹き飛び、地に伏す。

しかし、すぐに起き上がると、ソニックアローを構え、レデュエに突進していった。

 

―――玩具だと、ふざけるな!

 

「はああっ!」

 

戒斗が振るった刃は、錫杖によって受け流される。

何度も、何度も。

生半可な力では、オーバーロード・レデュエを、力押しで倒すことは出来ない。

頭に血が登った戒斗は、冷静な判断が出来ないでいた。

 

攻撃をする、受け流される、反撃を食らう。

反撃によって負ったダメージにより、攻撃は甘くなり、精神的余裕も徐々に失われ、動きが単調になる。

戒斗は、完全に悪循環に嵌まっていた。

 

対するレデュエは、余裕綽々といった様子で、戒斗をいたぶり、弄ぶ。

―――戒斗は、今は亡きフェムシンムの戦士、デェムシュと似ている、と、レデュエは思う。

力こそが全てという思想の元、真っ向勝負で、暴力だけで物事の解決を図る、愚か者。

それが、遥か昔から、レデュエがデェムシュに対して与えていた、揺るがぬ評価であった。

 

―――馬鹿なやつだった。

そんなことだから、禁断の果実を掴むに至らず、お前は破滅したんだ、デェムシュ。

力だけで見れば、私よりも優れたそれを持っていたのに。

宝の持ち腐れ。

人間どもの諺で言うと、そう、豚に真珠。

 

人間どもを"猿"と呼び、侮ったが故に、その猿に命を奪われた、愚かな豚。

それがお前なんだ、デェムシュ。

―――レデュエの目に、もう、目の前の戒斗は映っていない。

戒斗が想起させる、同族の男の面影、それを見下すことで、一種の優越感を得ている。

レデュエは、人間を相手に油断したデェムシュを嘲りながら、

―――人間を相手に、油断していた。

 

戒斗は、いかなる時にも、勝利に食らい付く。

自分の中に弱さが見えたとて、それと折り合いを付けようとはしない。

 

―――多くの人間は、己の弱さを、"自分らしさ"と定義し、変われないものだと定義し、それをプラスに捉えることによって、世界に対する自分の在り方を変えてゆく。

戒斗は、それをしない。

 

戒斗が望む、世界に対する、己の在り方。

戒斗は、それを決して曲げない。

戒斗は、誰にも屈服しない。

己の弱さを認めない。

それが、強さ。

それは、とても、痛々しい強さだ。

茨の道を歩むように。

戒斗は、かつて大切なものを奪われたその日から、その痛みに耐えながら、歩いてきたのだ。

 

―――繰り返す。

だからこそ、戒斗の強さは、人を惹き付ける。

それと同じ道を歩く、"同志"をも―――!

 

爆発。

レデュエの背中を、突如、謎の爆発が襲った。

 

「ぐっ?!」

 

思わぬ方向からの攻撃に、レデュエは、柄にもなく狼狽する。

―――レデュエの背中越しに見えたその姿を認めると、戒斗は、咄嗟の判断で、ゲネシスドライバーのレバーを、二度、引く!

 

―――レモンエナジースパーキング!

 

「はああッ!」

 

戒斗は、全力で走り出し、跳躍。

光を帯びた右脚から、渾身の跳び蹴りを放つ!

 

「セイーッ!」

 

「ぐああああっ!」

 

アーマードライダーバロンの必殺技の一つ、ライダーキック"キャバリエンド"。

それはレデュエの胸部に突き刺さり、轟音と共に、その体を遥か後方へと吹き飛ばした。

 

―――だが、これで終わりではない。

吹き飛んだレデュエを、待つ者がいた。

そう、戒斗の逆転の隙を作った爆発を生んだ、その張本人。

 

―――バナナインベス!

 

「セイーッ!」

 

バナナインベスは、その手に持ったバナナオブスピアーを一閃、吹き飛んできたレデュエに向けて、全力で振り抜いた。

レデュエは叫び声を上げると、飛んできたのとはまた別の方向へ吹き飛び、錆び付いたフェンスに激突した。

フェンスは大きな音を立てて崩れ、レデュエは、そのまま倒れる。

 

「ふん、貴様も来たか」

 

戒斗が、バナナインベスを一瞥、傲岸不遜に言い放つ。

バナナインベスもまた、それと同じ声で、応える。

 

「勘違いするな、助けに来たわけではない」

 

「助けられたなどと思ってはいない」

 

「どうだかな」

 

「無駄口を叩くな。…来るぞ」

 

二人の視線の先、レデュエがゆっくりと立ち上がる。

くくく、と壊れたような笑い声をあげながら、よろよろと、手の中の武器を杖代わりにして、立つ。

 

「まぁぁぁーた、煉獄の住人か…」

 

レデュエは、バナナインベスを見詰め、まるで嘲るように言う。

バナナインベスは、その言葉に応えることはなく、その手にバナナ爆弾を生成する。

戒斗もまた、ソニックアローの弓を引く。

 

ピコン。

 

「いいよ、相手してやるよ。来い」

 

レデュエは、冷徹な声でそう言うと、二人に飛び掛かっていった。

 

つづく




また更新が遅くなってごめんなさい。
少しペースが遅くはなりますが、完結まで責任を持って書きます。
よろしくお願い致します。

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