スペシャルゲスト。
偽物の呉島貴虎。
―――メロンインベスが、ステージに現れた。
「来い。俺がお前の相手だ」
メロンインベス―――"斬月"は、光実に刃を向ける。
光実は、狼狽していた。
まさか、生きていたとは。
イニシャライズ機能のある初期型で変身しているということは、本物だ。
何よりも、この声。
馬鹿な兄のことだ。
この姿をしていても、自分の正体に気が付く筈は無い。
何しろ、疑っていないから。
まさか、自分の弟が、自分の名を騙り暗躍しているなどとは、これっぽっちも思わないだろうから。
そんな信頼が、理由の無い愛のようなものが、光実には、ずっと苦痛だったのだ。
なぜなら、その信頼にも関わらず、自分は、それをありのままに裏切っている。
貴虎には、光実の本質が見えていない。
呉島貴虎という男は、冷酷で、割り切った人間であるように見える。
だが、それは、子供のままでいられなくなった彼が、"大人"として立つための処世術であった。
貴虎の本質は、性善説にその身を寄せる。
口では何と言おうと、結局、貴虎は、人を信じている。
だから、何度も騙される。
何度も、裏切られる。
偽物の呉島貴虎もまた、そこは変わらない。
本質は、何も変わらない。
だから、目の前の白いアーマードライダーが、自分の弟の"本物"であるなどと、微塵も思わない。
自分の弟は、怪物と手を組み、葛葉紘汰を襲うような者であるはずがない。
呉島貴虎は、疑わない。
疑えないのだ。
―――光実の本質は、貴虎とは違う。
光実は、根本的に、人を信じることができない。
できるのは、自分の作った理想像を、盲信することだけだ。
そういった点では、兄と似ていると言えるのかもしれないが、ただ、光実、自分に都合のいい虚像を作り出し、その維持のために全力を尽くす。
そして、破綻が見えれば、諦め、失望し、投げ出すのだ。
メロンインベスは、目の前の敵の正体を知らない。
光実は、目の前の兄が偽物であることを知らない。
そのいずれも、仮面を通じて生まれた、ミスディレクション。
記号であるところの仮面のせいで、鎧のせいで、お互いの正体を見誤る。
―――この状況は、呉島兄弟の関係を、端的に表す、皮肉なものであった。
「葛葉!お前はそいつを倒せ!」
フレズベルグと戦う紘汰に、メロンインベスは檄を飛ばす。
元いた世界では、死なせてしまった男。
「ああ!」
―――パインアイアン!
紘汰はそれに気合い十分に応えると、新たな武器・パインアイアンを召喚し、フレズベルグに攻撃を加えた。
すんでのところで保たれたリズム。
もう一度、紘汰は乱舞する。
「はぁぁぁっ!」
「うぐっ!」
―――それを見届けたメロンインベスは、一切迷うことなく、目の前の光実に向けて、突進。
そのまま、光実の首を掴むと、紘汰とフレズベルグの戦いの場から距離を取るべく、光実を引き摺るようにして、走る。
光実は、苦悶の声を上げながらも、怪物・メロンインベスの膂力に、逆らうことが出来ない。
メロンインベスは、本物の呉島貴虎の前で、斬月の名を名乗り、暫しの間、彼の影武者として、人類を守るため、戦う決意をした。
―――そう、化け物の姿で出れば、不要な誤解を生むことは明白だった。
故に、彼は、無人となっていた本物の呉島邸に赴き、戦極ドライバーを回収したのだ。
メロンインベスの所持していた屋敷の鍵がそのまま使えたことと、イニシャライズされた戦極ドライバーを運用できたことは、彼にとって、幸運なことだった。
その後、自宅のPCからインターネットを使って情報を収集し、事態をおおまかに把握したメロンインベスは、変身して沢芽市の様子を探り、今に至る。
「…貴様らの目的は何だ?」
光実を、近くにあった市営駐車場の壁に叩き付けるようにして、メロンインベスは問う。
紘汰たちから距離を取ることには成功した。
―――ここなら、お互いに邪魔は入らない。
光実は、それに応えることなく、メロンインベスの腹部に膝蹴りを入れ、振り払う。
ただ、光実は、考える。
目的は、何だったか。
自分の居場所を守りたい、それだけだったはず。
なのに、何故、こんなことになっているのか。
色々なことが良くない方向に積み重なって、今がある。
慎重に、慎重に、何をすべきか選んできた結果、引き返す道が消えた。
その結果、かつて尊敬していた紘汰と、そして、己を縛り付けていた兄と、袂を分かち、今、ここにいる。
―――関係あるものか。
目の前の兄が、今更何を言ったところで。
僕は、僕の道を歩き始めたんだ。
邪魔をするな。
もう、邪魔をするなよ。
―――あんたも、消えろ!
「はぁっ!」
光実は、弓を引く。
狙いが定まるのを待つことなく、メロンインベスは、その力を使う。
高速移動。
戦極が、試験的に、斬月のドライバーにだけ搭載した機能である。
その力は、かつて本物の呉島貴虎が使用した際に猛威を振るい、ヘルヘイムの森にて、クリスマスゲームに興じるバロンとブラーボを叩き潰した。
だが、如何せん不安定な機能だ。
それは、後にジンバーチェリーアームズにおいて、二つのロックシードでコントロールすることにした代物。
身体に掛かる負担も大きく、たとえ、鍛練を積んだ呉島貴虎であろうと、易々と扱える力ではない。
しかし、メロンインベスは、
―――その怪物としての力においても、また、高速移動能力を備える。
鎧の力と、身体の力が、相互に補完しあい、その高速移動は、完成形に達している!
メロンインベスは、目にも止まらぬスピードで光実の背後に回り、その刀を降り下ろす。
「ぐっ!」
そのまま、もう一度。
十字を描くような軌跡。
光実は、たまらず、うつ伏せになって倒れる。
メロンインベスは、隙を与えることなく、その襟を掴み、光実を無理矢理叩き起こし、今度は正面から、斬る!
「うわあああっ!」
―――圧倒的。
圧倒的だ。
戦極ドライバーとゲネシスドライバーの性能差をものともしない。
光実に、勝利の見込みは無い。
―――正攻法で、戦うならば。
光実は、考える。
目の前の兄に正体を明かさなかったのは、後のことを考えてのことだった。
紘汰の目もあった。
この仮面のアドバンテージを捨てるにはまだ早い、そういう計算があってのことだった。
だが、今なら、他には誰も見ていない。
ならば―――!
―――メロンスカッシュ!
メロンインベスは、戦極ドライバーを操作し、その必殺の一撃をチャージする。
その瞬間、
「兄さん!僕だよ!」
―――光実は、その声で、己の正体を、明かす。
メロンインベスの動きが、止まる。
「光実…?」
「そうだよ。僕だ、光実だ。
わけを話す。少し、待ってよ」
必殺の一撃は、行き場を失い、そのまま、光を放つのをやめる。
―――メロンインベスが、弟の声を間違える筈がない。
間違いなく、弟のものだった。
ただ、それが、"どちらの"弟かということにまでは、咄嗟に気が回らなかった。
光実は、その隙を逃さない。
―――メロンエナジースカッシュ!
今度は、光実が、ゲネシスドライバーのレバーを引く。
そう、正体を明かせば、兄は迷うだろう。
その後のことを考えるならば、そこで、消してしまえばいい。
どうせ、死んだと思っていた兄だ。
何も問題はない。
何一つ、問題はない。
一瞬の沈黙。
―――光実は、そのまま一気に距離を詰めて、禍々しい光を放つその刃を、斬月の鎧に叩き込んだ。
「ぐわあああっ!」
斬月の鎧は、粉々に砕け、戦極ドライバーと、メロンのロックシードが、宙を舞う。
メロンインベスは、そのまま、近くに停車してあった車に突っ込んで行き、
―――爆発。
膨張したエネルギーは火となり、ガソリンに引火。
鎧を失ったであろう体で、炎の中に消える兄。
光実は、その一部始終を見届けた。
「はあ…はあ…」
光実は、肩で息をしながら、やった、と呟く。
やった。
僕は、兄さんに勝った。
あの呉島貴虎に、勝ったんだ。
その感慨を噛み締める暇も、その意味を考える余裕も無いまま、光実が目にしたものは、
―――煙の中から現れる、怪物の姿だった。
「え…?」
「光実」
現れた怪物は、低い声で、弟の名を呼ぶ。
「恐らくだが」
一歩、進む。
光実は、一歩、退く。
わけがわからない。
何故、何故、兄の鎧から、インベスが?
何故、インベスが、自分の兄の声を?
何故、このインベスは、呉島貴虎のように振る舞っている?
「俺は、お前の兄の偽物だ」
光実にはわからなかっただろうが、
―――メロンインベスは、泣いていた。
目の前の弟がとった行動の意味を。
兄の情を利用するような行動の意味を察して、―――本物の呉島貴虎の心を、案じたからだ。
仲間たちから裏切られ、あのような姿で、己の無力を噛み締めていた。
だが、彼は、光実のことを、口にはしなかった。
知らなかったのだろう。
光実もまた、自らを裏切っていたことを。
―――それを、彼が知ったら、どう思うだろう。
そんなことを考えたら、涙が、止まらなかったのだ。
「偽物…だと…」
光実は、頭痛を感じていた。
デジャヴ。
昨日は、インベスの姿をした何者かが、
―――自分の偽物を名乗った。
今度は、兄か。
兄の偽物が、姿を現したのか。
何故。
何故だ。
「ああ。お前はきっと、本物の俺の、弟なのだろう」
「………そうだよ。あんたは、あの、偽物の僕、いや、―――あのインベスの兄か?」
「会ったのか?俺の弟に」
「頭のおかしいやつだったよ。あんたも、そうなんだろ」
「そうだな。
俺もあいつも、おかしい。だが、」
メロンインベスは、鎧を失った体で、構える。
「お前も、おかしい」
「…黙れ」
「俺は、約束した。
彼が帰るまで、彼の影となることを。
………この役目は、俺が担う」
「どういうことだよ」
「お前を倒すと言っているんだ」
「そう。弟の仇ってわけ?」
「…何を言っている?」
光実は、仮面の下で、にやりと、悪意に満ちた笑みを浮かべて、
「あんたの弟なら、僕が殺したんだ」
そう言った。
「貴様ァァァッ!」
―――メロンインベスは、疾走する。
そして、光実は、再び、ゲネシスドライバーのレバーを引く。
今日だけで、三度目の、メロンエナジースカッシュだ。
正面からの激突。
その一撃は、メロンインベスの体を容赦なく切り裂き、黄緑色の血が、勢いよく吹き上げる。
だが、メロンインベスは、踏みとどまる。
持ちこたえる。
斬られて尚、一歩も退かず、光実の懐に飛び込み、
―――その鉤爪を振るう!
「はああああっ!」
斬月・真の鎧を、その一撃は著しく傷付けた。
ゲネシスドライバー内部、鎧の維持能力は、極端に低下してゆく。
鎧の瓦解は、近い。
光実は、ここで、逃走を謀る。
ゲネシスドライバーの必殺攻撃を、鎧越しに一度、生身でもう一度喰らったのだ、放っておけば、先は長くないだろう。
だが、背を向けた光実に、メロンインベスは、尚も食らい付く。
全身から血を滴らせながらも、必死の形相で。
「待て…!」
光実は、恐怖を覚える。
―――化け物だ。
「うわあああっ!」
恐怖ごと振り払うように、裏返った声で叫びながら、ソニックアローを一閃。
メロンインベスは、今度こそ吹き飛ばされて、そのまま、膝から崩れ落ちた。
光実は、振り返りもせずに、全力で、走る。
ロックビークル、ローズアタッカーを解錠し、搭乗。
―――這々の体で、その場から逃げ去っていった。
メロンインベスは、もう、動くことが出来なかった。
つづく