仮面ライダー鎧武オルタネイティヴ   作:瀬久乃進

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第36話「Discommunication」

スペシャルゲスト。

偽物の呉島貴虎。

―――メロンインベスが、ステージに現れた。

 

「来い。俺がお前の相手だ」

 

メロンインベス―――"斬月"は、光実に刃を向ける。

光実は、狼狽していた。

まさか、生きていたとは。

イニシャライズ機能のある初期型で変身しているということは、本物だ。

何よりも、この声。

 

馬鹿な兄のことだ。

この姿をしていても、自分の正体に気が付く筈は無い。

何しろ、疑っていないから。

まさか、自分の弟が、自分の名を騙り暗躍しているなどとは、これっぽっちも思わないだろうから。

 

そんな信頼が、理由の無い愛のようなものが、光実には、ずっと苦痛だったのだ。

なぜなら、その信頼にも関わらず、自分は、それをありのままに裏切っている。

貴虎には、光実の本質が見えていない。

 

呉島貴虎という男は、冷酷で、割り切った人間であるように見える。

だが、それは、子供のままでいられなくなった彼が、"大人"として立つための処世術であった。

貴虎の本質は、性善説にその身を寄せる。

口では何と言おうと、結局、貴虎は、人を信じている。

だから、何度も騙される。

何度も、裏切られる。

 

偽物の呉島貴虎もまた、そこは変わらない。

本質は、何も変わらない。

だから、目の前の白いアーマードライダーが、自分の弟の"本物"であるなどと、微塵も思わない。

自分の弟は、怪物と手を組み、葛葉紘汰を襲うような者であるはずがない。

呉島貴虎は、疑わない。

疑えないのだ。

 

―――光実の本質は、貴虎とは違う。

光実は、根本的に、人を信じることができない。

できるのは、自分の作った理想像を、盲信することだけだ。

そういった点では、兄と似ていると言えるのかもしれないが、ただ、光実、自分に都合のいい虚像を作り出し、その維持のために全力を尽くす。

そして、破綻が見えれば、諦め、失望し、投げ出すのだ。

 

メロンインベスは、目の前の敵の正体を知らない。

光実は、目の前の兄が偽物であることを知らない。

 

そのいずれも、仮面を通じて生まれた、ミスディレクション。

記号であるところの仮面のせいで、鎧のせいで、お互いの正体を見誤る。

―――この状況は、呉島兄弟の関係を、端的に表す、皮肉なものであった。

 

「葛葉!お前はそいつを倒せ!」

 

フレズベルグと戦う紘汰に、メロンインベスは檄を飛ばす。

元いた世界では、死なせてしまった男。

 

「ああ!」

 

―――パインアイアン!

 

紘汰はそれに気合い十分に応えると、新たな武器・パインアイアンを召喚し、フレズベルグに攻撃を加えた。

すんでのところで保たれたリズム。

もう一度、紘汰は乱舞する。

 

「はぁぁぁっ!」

 

「うぐっ!」

 

―――それを見届けたメロンインベスは、一切迷うことなく、目の前の光実に向けて、突進。

そのまま、光実の首を掴むと、紘汰とフレズベルグの戦いの場から距離を取るべく、光実を引き摺るようにして、走る。

光実は、苦悶の声を上げながらも、怪物・メロンインベスの膂力に、逆らうことが出来ない。

 

メロンインベスは、本物の呉島貴虎の前で、斬月の名を名乗り、暫しの間、彼の影武者として、人類を守るため、戦う決意をした。

―――そう、化け物の姿で出れば、不要な誤解を生むことは明白だった。

故に、彼は、無人となっていた本物の呉島邸に赴き、戦極ドライバーを回収したのだ。

メロンインベスの所持していた屋敷の鍵がそのまま使えたことと、イニシャライズされた戦極ドライバーを運用できたことは、彼にとって、幸運なことだった。

 

その後、自宅のPCからインターネットを使って情報を収集し、事態をおおまかに把握したメロンインベスは、変身して沢芽市の様子を探り、今に至る。

 

「…貴様らの目的は何だ?」

 

光実を、近くにあった市営駐車場の壁に叩き付けるようにして、メロンインベスは問う。

紘汰たちから距離を取ることには成功した。

―――ここなら、お互いに邪魔は入らない。

光実は、それに応えることなく、メロンインベスの腹部に膝蹴りを入れ、振り払う。

 

ただ、光実は、考える。

目的は、何だったか。

自分の居場所を守りたい、それだけだったはず。

なのに、何故、こんなことになっているのか。

 

色々なことが良くない方向に積み重なって、今がある。

慎重に、慎重に、何をすべきか選んできた結果、引き返す道が消えた。

その結果、かつて尊敬していた紘汰と、そして、己を縛り付けていた兄と、袂を分かち、今、ここにいる。

―――関係あるものか。

目の前の兄が、今更何を言ったところで。

僕は、僕の道を歩き始めたんだ。

邪魔をするな。

もう、邪魔をするなよ。

―――あんたも、消えろ!

 

「はぁっ!」

 

光実は、弓を引く。

狙いが定まるのを待つことなく、メロンインベスは、その力を使う。

高速移動。

戦極が、試験的に、斬月のドライバーにだけ搭載した機能である。

その力は、かつて本物の呉島貴虎が使用した際に猛威を振るい、ヘルヘイムの森にて、クリスマスゲームに興じるバロンとブラーボを叩き潰した。

 

だが、如何せん不安定な機能だ。

それは、後にジンバーチェリーアームズにおいて、二つのロックシードでコントロールすることにした代物。

身体に掛かる負担も大きく、たとえ、鍛練を積んだ呉島貴虎であろうと、易々と扱える力ではない。

 

しかし、メロンインベスは、

―――その怪物としての力においても、また、高速移動能力を備える。

 

鎧の力と、身体の力が、相互に補完しあい、その高速移動は、完成形に達している!

 

メロンインベスは、目にも止まらぬスピードで光実の背後に回り、その刀を降り下ろす。

 

「ぐっ!」

 

そのまま、もう一度。

十字を描くような軌跡。

光実は、たまらず、うつ伏せになって倒れる。

メロンインベスは、隙を与えることなく、その襟を掴み、光実を無理矢理叩き起こし、今度は正面から、斬る!

 

「うわあああっ!」

 

―――圧倒的。

圧倒的だ。

戦極ドライバーとゲネシスドライバーの性能差をものともしない。

光実に、勝利の見込みは無い。

 

―――正攻法で、戦うならば。

 

光実は、考える。

目の前の兄に正体を明かさなかったのは、後のことを考えてのことだった。

紘汰の目もあった。

この仮面のアドバンテージを捨てるにはまだ早い、そういう計算があってのことだった。

 

だが、今なら、他には誰も見ていない。

ならば―――!

 

―――メロンスカッシュ!

 

メロンインベスは、戦極ドライバーを操作し、その必殺の一撃をチャージする。

その瞬間、

 

「兄さん!僕だよ!」

 

―――光実は、その声で、己の正体を、明かす。

 

メロンインベスの動きが、止まる。

 

「光実…?」

 

「そうだよ。僕だ、光実だ。

わけを話す。少し、待ってよ」

 

必殺の一撃は、行き場を失い、そのまま、光を放つのをやめる。

―――メロンインベスが、弟の声を間違える筈がない。

間違いなく、弟のものだった。

 

ただ、それが、"どちらの"弟かということにまでは、咄嗟に気が回らなかった。

 

光実は、その隙を逃さない。

 

―――メロンエナジースカッシュ!

 

今度は、光実が、ゲネシスドライバーのレバーを引く。

そう、正体を明かせば、兄は迷うだろう。

その後のことを考えるならば、そこで、消してしまえばいい。

どうせ、死んだと思っていた兄だ。

何も問題はない。

何一つ、問題はない。

 

一瞬の沈黙。

―――光実は、そのまま一気に距離を詰めて、禍々しい光を放つその刃を、斬月の鎧に叩き込んだ。

 

「ぐわあああっ!」

 

斬月の鎧は、粉々に砕け、戦極ドライバーと、メロンのロックシードが、宙を舞う。

メロンインベスは、そのまま、近くに停車してあった車に突っ込んで行き、

―――爆発。

膨張したエネルギーは火となり、ガソリンに引火。

鎧を失ったであろう体で、炎の中に消える兄。

光実は、その一部始終を見届けた。

 

「はあ…はあ…」

 

光実は、肩で息をしながら、やった、と呟く。

やった。

僕は、兄さんに勝った。

あの呉島貴虎に、勝ったんだ。

 

その感慨を噛み締める暇も、その意味を考える余裕も無いまま、光実が目にしたものは、

 

―――煙の中から現れる、怪物の姿だった。

 

「え…?」

 

「光実」

 

現れた怪物は、低い声で、弟の名を呼ぶ。

 

「恐らくだが」

 

一歩、進む。

光実は、一歩、退く。

わけがわからない。

何故、何故、兄の鎧から、インベスが?

何故、インベスが、自分の兄の声を?

何故、このインベスは、呉島貴虎のように振る舞っている?

 

「俺は、お前の兄の偽物だ」

 

光実にはわからなかっただろうが、

―――メロンインベスは、泣いていた。

 

目の前の弟がとった行動の意味を。

兄の情を利用するような行動の意味を察して、―――本物の呉島貴虎の心を、案じたからだ。

仲間たちから裏切られ、あのような姿で、己の無力を噛み締めていた。

だが、彼は、光実のことを、口にはしなかった。

知らなかったのだろう。

光実もまた、自らを裏切っていたことを。

 

―――それを、彼が知ったら、どう思うだろう。

そんなことを考えたら、涙が、止まらなかったのだ。

 

「偽物…だと…」

 

光実は、頭痛を感じていた。

デジャヴ。

昨日は、インベスの姿をした何者かが、

―――自分の偽物を名乗った。

今度は、兄か。

兄の偽物が、姿を現したのか。

何故。

何故だ。

 

「ああ。お前はきっと、本物の俺の、弟なのだろう」

 

「………そうだよ。あんたは、あの、偽物の僕、いや、―――あのインベスの兄か?」

 

「会ったのか?俺の弟に」

 

「頭のおかしいやつだったよ。あんたも、そうなんだろ」

 

「そうだな。

俺もあいつも、おかしい。だが、」

 

 

メロンインベスは、鎧を失った体で、構える。

 

 

「お前も、おかしい」

 

「…黙れ」

 

「俺は、約束した。

彼が帰るまで、彼の影となることを。

………この役目は、俺が担う」

 

「どういうことだよ」

 

「お前を倒すと言っているんだ」

 

「そう。弟の仇ってわけ?」

 

「…何を言っている?」

 

 

光実は、仮面の下で、にやりと、悪意に満ちた笑みを浮かべて、

 

 

 

 

「あんたの弟なら、僕が殺したんだ」

 

 

 

 

そう言った。

 

 

 

 

「貴様ァァァッ!」

 

 

 

 

―――メロンインベスは、疾走する。

そして、光実は、再び、ゲネシスドライバーのレバーを引く。

今日だけで、三度目の、メロンエナジースカッシュだ。

 

 

 

正面からの激突。

その一撃は、メロンインベスの体を容赦なく切り裂き、黄緑色の血が、勢いよく吹き上げる。

 

 

 

だが、メロンインベスは、踏みとどまる。

持ちこたえる。

斬られて尚、一歩も退かず、光実の懐に飛び込み、

 

 

 

―――その鉤爪を振るう!

 

 

 

「はああああっ!」

 

 

 

斬月・真の鎧を、その一撃は著しく傷付けた。

ゲネシスドライバー内部、鎧の維持能力は、極端に低下してゆく。

鎧の瓦解は、近い。

 

 

 

光実は、ここで、逃走を謀る。

ゲネシスドライバーの必殺攻撃を、鎧越しに一度、生身でもう一度喰らったのだ、放っておけば、先は長くないだろう。

だが、背を向けた光実に、メロンインベスは、尚も食らい付く。

全身から血を滴らせながらも、必死の形相で。

 

 

 

「待て…!」

 

 

 

 

光実は、恐怖を覚える。

―――化け物だ。

 

 

 

「うわあああっ!」

 

 

 

恐怖ごと振り払うように、裏返った声で叫びながら、ソニックアローを一閃。

メロンインベスは、今度こそ吹き飛ばされて、そのまま、膝から崩れ落ちた。

光実は、振り返りもせずに、全力で、走る。

ロックビークル、ローズアタッカーを解錠し、搭乗。

―――這々の体で、その場から逃げ去っていった。

 

 

 

メロンインベスは、もう、動くことが出来なかった。

 

つづく


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