光実、レデュエ、そしてフレズベルグによる紘汰抹殺計画が、遂に動き出そうとしていた。
バナナインベスが、駆紋戒斗と別れ、また、数時間の時が流れて―――
「………どうせ、行くと言い出すんだろう」
「当たり前だろ!ミッチが来てくれって言ってんだぞ」
「奴は、先のオーバーロードとの戦いにも現れなかったんだぞ」
「それは、何か事情があったんだろ。何が言いたいんだよ、戒斗」
「信用ならない、と言っている。…まあ、貴様には、何を言っても、無駄か」
「わけわかんねえこと言うな。大体、あいつが俺を騙して、何になるって言うんだよ?」
「…もういい。勝手にしろ」
「ああ、勝手にするよ。戒斗、舞たちを頼む。ザックたちも、もうすぐ戻ってくると思うから。
今日は、勝手にいなくなんなよ!
心配したんだからな!
―――板東さん、ごちそうさま」
「おい、ちゃんと食ってけよ。晩飯までもたねえぞ」
「ごめん。なんか、思ったほど食えなくて」
「大丈夫か?」
「ああ、ドライバーもあるし、大丈夫。ありがとう。
―――行ってくる」
●
昼過ぎ、"本物の"沢芽市の一角。
白いアーマードライダーに変身した呉島光実と、レデュエ、そして、フレズベルグは、待っていた。
―――"主役"の登場を。
これより、開戦する。
目的は、ただ一つ。
アーマードライダー鎧武、葛葉紘汰の抹殺だ。
その時、彼らの前に、ひとりの男、―――そう、男である―――が現れた。
「あら、あーたたち、何をしてるのかしら?」
―――彼の名は、凰蓮・ピエール・アルフォンゾ。
沢芽市の洋菓子店、シャルモンのカリスマ店長、パティシエであり、いわゆる、
「また会ったわね、偽物くん?」
―――オカマであった。
凰蓮は、彼らが待っていた"主役"ではない。
光実は、舌打ちを一つ。
そう。
あの男は、何やら、兄・貴虎に入れ込んでいるらしく、先の戦いで、兄のゲネシスドライバーで変身した自分を、偽物だ、と看破した。
凰蓮は、"本物"へのこだわりが強い。
そのこだわり故に、かつては、アマチュアダンサーであるところのビートライダーズにケチを付け、インベスゲームにおいて敵対していた。
だが、最近は、町の危機を受けて、彼らと共に戦っているようだ。
光実は、凰蓮に興味は無かったが、ただ、良い印象を持ってはいない。
つまり、もしもこの男が自らの邪魔をしようとするのならば、
―――消えて構わない。
「メロンの君を騙る偽物。今日こそ、化けの皮を剥いであげるわぁ!」
三対一。
数の上で、凰蓮は、圧倒的に不利な状況にあった。
それでも、凰蓮は笑顔でそう言ったのだ。
フランス軍に従軍した経験のある凰蓮は、己の実力に、多大な信頼を寄せていた。
―――己の力を、疑わない。
それが、彼の信ずるところの、プロフェッショナル。
本物の戦士の流儀であった。
「変身!」
―――ドリアン!
凰蓮は、ロックシードを解錠する。
凰蓮・ピエール・アルフォンゾ。
またの名を、
―――ドリアンアームズ!
ミスターデンジャラス!
アーマードライダー"ブラーボ"!
凰蓮は、両手に現れた一対の鋸を構え、光実たちに突っ込んでゆき、
―――それを、フレズベルグの放つ衝撃波が阻んだ。
衝撃波は、凰蓮を吹き飛ばす。
「邪魔を、するな」
フレズベルグは、冷静だった。
目の前の男は、何の脅威にもならない。
つまり、生きていようが、死んでいようが、どちらでも構わないのだ。
その様子を、一歩退いて見ていたレデュエが、くつくつと笑う。
そして、―――瞬時に振り向き、その背中を狙って放たれたであろう矢を、勢いよく叩き落とした。
レデュエは、その矢が描いた軌道の起点に立つ戦士を、見据える。
視線の先にいたのは、桃色のアーマードライダー。
かつて、ユグドラシルで、戦極凌馬の秘書として活動し、今では、凰蓮と同じく、ビートライダーズの味方についた女性。
アーマードライダー"マリカ"。
湊耀子だった。
―――彼女もまた、"主役"ではない。
光実も振り返り、彼女の姿を認めると、再び、舌を打つ。
また、嫌な奴が来た。
戦極たちの兄への裏切りに荷担した湊は、貴虎の不在を知っている。
自分の正体にも、自ずと辿り着くことだろう、いや、もう気付いていると思った方がいい。
いずれにせよ、湊は、あの駆紋戒斗と同じく、自分に容赦なく攻撃を加える人間のひとりだ。
湊は、弓を引きながら走り出す。
光実もまた、弓を引き、彼女めがけて一閃。
湊は、前転を加えてそれを回避、今度は、光実に向けて矢を放った。
みすみす射たれる光実ではない、上体を反らして回避する。
湊は、跳躍すると、三人を飛び越えて、凰蓮の傍に着地した。
「凰蓮さん、大丈夫?」
「ええ、少し、驚いただけよ」
凰蓮は、体を起こすと、仮面の下で、いつもの笑顔を作る。
二人は、並び立ち、光実たちを見据えて、身構える。
「目的は何かしら?」
湊が、彼女が敵と見定めた者に相対する時特有の、威圧的な声で問う。
それに応じたのは、レデュエであった。
「今日は手伝いをしてるだけだよ。
紹介するよ、彼は、フレズベルグ」
「フレズベルグ?」
凰蓮と湊は、改めて、フレズベルグの姿を見る。
鷲のごとき相貌の巨人。
インベスとも、オーバーロードとも違った印象を受けるそれは、ただ、沈黙を守り、そこに立っていた。
「凰蓮さん!」
「湊さんッ!」
凰蓮たちの背後から、二人の青年の声がする。
声の主は、アーマードライダー、"グリドン"こと、城乃内秀保。
そして、アーマードライダー"ナックル"こと、ザックであった。
だが、彼らも、やはり"主役"ではない。
城乃内は、かつてはダンスチーム・インヴィットを率いていたが、現在は凰蓮の店で、パティシエの下働きをしている。
師である凰蓮に付き添い、町のパトロールを行っていたところ、少しの間、手分けをすることになったのだ。
そして、チーム・バロンの現行リーダーである、ザックと遭遇。
何やら騒ぎを聞き付けて駆け付けたところ、この状況だ。
―――昔の城乃内なら、それを遠巻きに見ているか、尻尾を巻いて逃げ出していたに違いない。
だが、凰蓮に師事し、心身ともに鍛えられた彼は、今や、立派な戦士になっていた。
そして、ザックは、もとより、悪を前にして逃げ出すような男ではない。
「あいつらァ、今度は何企んでやがる!」
「こ、怖くねえからな!」
「無駄口叩いてる場合かしら?気を引き締めなさい」
「あら、余裕も大事よ、お嬢さん?」
これで、四対三。
数の上では、優位に立った。
そう、
あくまでも、数の上では、だが。
フレズベルグが、消える。
正確には、消えたかのように見えた。
―――フレズベルグは、凄まじい速さで動き、凰蓮たちの目と鼻の先に、瞬時に移動したのだ。
フレズベルグは、そのまま、両の手の鉤爪を振り抜くと、何が起きたかわかっていない城乃内の鎧を、一撃で引き裂いた。
「うわあああッ!」
一瞬にして変身を解かれた城乃内は、あまりの衝撃に、口から血を吐き出しながら、後方へ吹き飛んだ。
「坊やッ!」
凰蓮がそれを案じた隙を突き、フレズベルグは、同じように、鉤爪で攻撃を仕掛ける。
その結果もまた、城乃内と同じだ。
鎧の奥、肉体までその攻撃は届いたらしい。
辺り一面のアスファルトを、二人分の血が汚す。
「ッ…!」
湊とザックは、目の前にいる敵の恐ろしさを、理解する。
―――人間が戦える相手ではないかもしれない。
フレズベルグは、今度は、湊に向けて蹴りを放つ。
湊は、左腕を使ってそれをガードするが、激痛と共に弓を落とし、そのまま横凪ぎに吹き飛ばされる。
「てめぇッ!」
ザックは、その巨大な拳で、フレズベルグに殴りかかるが、片手で軽く受け止められてしまう。
―――刹那、フレズベルグの攻撃が、アーマードライダーナックルの鎧を、打ち砕く。
「ぐあああッ!」
―――ザックたちのことが心配だが、今は、そっちに気を取られてはいけない。
戦士としての判断を下した湊は、痛みを堪え、咄嗟に体勢を立て直すと、フレズベルグの腹に蹴りを入れることに成功するが、これは、避けられなかったわけではない。
続けざまに蹴りを放つが、手応えがまるで無い、つまり、フレズベルグには、避ける必用がなかったのだ。
フレズベルグは、またも鉤爪を振りかぶり、一発、二発、三発と、斬撃を叩き込む。
―――やはり、結果は、同じ。
アスファルトの血が、四人分になっただけのことだ。
戦極凌馬自慢のゲネシスドライバーでさえ、フレズベルグの攻撃の前には、長くはもたなかった。
城乃内、凰蓮、湊、ザック。
四人のアーマードライダーは、皆、一様に変身を解かれ、倒れ伏した。
光実は、想像を遥かに超えたフレズベルグの実力に戦慄する。
事も無げに、これほどの力を。
更に、聞いた話によると、これでも、フレズベルグは、ラタトスクという存在から、力を分割して生まれたらしい。
―――葛葉紘汰の抹殺が、ますます現実味を帯びてきたようだ。
「余興にもならない。実につまらないよ」
レデュエが、彼らを嘲笑し、言う。
「もう、主役は呼んであるんだ。そこで、大人しく待つんだね」
「主役…だと…?」
ザックが、苦しそうに声を上げる。
隣の城乃内は、あまりの激痛に、涙を流してしまっていた。
凰蓮が、自らの痛みを堪えながらも、それを小さな声で叱りつけている。
湊は、咳き込み、血を吐く。
光実は、仮面の下で、にやりと笑い、それとは対照的に、レデュエは、愉しそうな笑い声を上げる。
そして、フレズベルグは、ただ、待っていた。
彼が、やって来るのを。
―――足音。
忙しなく、走る。
「来た、来た」
レデュエは、その並外れた感覚能力で、その者の気配を捉える。
光実は、無意識に拳を握る。
―――宿敵の、到来。
フレズベルグは、思考する。
生存のため、頭の中いっぱいに、智を張り巡らせて、思考する。
奴は、己の存在を脅かす、生まれて初めて出会う天敵。
大きな力を手にした、ちっぽけな一人の人間が、姿を現す。
ザックたちは、足音に振り返り、その姿を認めると、少し、安堵したようになった。
―――彼らは、その力を知っている。
その心を知っている。
彼もまた、血にまみれ、倒れるザックたち四人の姿を見ると、血相を変えて、そちらに一目散に走り寄った。
四人の生存を確認すると、たちまち、強い怒りをその目に宿し、立ちはだかる三人の敵を、しかと見据えた。
―――その腰には、戦極ドライバー。
その右手には、オレンジのロックシード。
「よくも、よくもみんなを………!」
そう、彼こそが、フレズベルグたちの待っていた"主役"。
彼の名は―――
「………ぜってえ許さねえ…!」
―――葛葉紘汰。
そう、彼は、"本物の"葛葉紘汰。
「変身!」
―――オレンジアームズ!
花道オンステージ!
本物の、アーマードライダー"鎧武"だ。
つづく