―――フレズベルグは、思考する。
人間たちの世界まで、あと少し。
鷲の如き相貌と、2mをゆうに超える巨体。
鋭い鉤爪の付いた足で、ヘルヘイムの土壌を踏みしめ、歩く。
やがて、フレズベルグの目の前に、大きなクラックが現れた。
本物の沢芽市、神木を通じてユグドラシルタワー内部に繋がる、固定クラックだ。
かつて、ユグドラシルの研究員たちが、研究のために使っていたものである。
フレズベルグに、その知識は無い。
だが、
―――向こうに、気配を感じる。
この気配に、覚えがある。
理由はわからないが、恐らく、奴が向こうにいるのだろう。
フレズベルグは、クラックを通り抜け、ユグドラシルタワー内部に侵入する。
それを、訝しげな顔で出迎えた、人間の少年がひとり。
そして、緑の体を持つ、フェムシンムがひとり。
―――呉島光実と、レデュエだ。
「レデョデェグルンベリャファンフィ、ラタトスク。ダファデュションジョロ?」
レデュエが、フェムシンムの言葉で、フレズベルグに声を掛ける。
「コジョデェロ、フレズベルグ」
フレズベルグも、フェムシンムの言語で、それに応じる。
―――久しぶりだね、ラタトスク。その姿は?
―――私は、フレズベルグ。
人間の言葉に直せば、二人はそう言ったわけだが、フェムシンムの言葉がわからない光実は、眉を潜めるばかりだ。
「今度は、君の仲間か?レデュエ」
「いや、彼もフェムシンムではない。彼は、ラタトスク」
「私は、フレズベルグだ」
フレズベルグが、今度は人間の言葉を使って、つまり、光実にもわかるように言う。
「僕らの言葉が使えるなら、そっちで話してくれると助かるよ」
光実は、語気を強くそう言うと、椅子にもたれた。
あれから一度仮眠を取ったとはいえ、数時間前の、呉島光実を名乗るインベスとの戦いの疲れがまだ抜けていない。
―――あれは、ただでさえ、不愉快な出来事であった。
わけのわからない来訪者が立て続けに現れたことで、光実の機嫌は、ますます悪くなっていた。
そもそも、こいつも、さっきのインベスも、何者かわからない。
フェムシンム以外の知的生命体が、ヘルヘイムの森に?
光実はフレズベルグを睨み付け、レデュエは、くつくつと笑いながら、口を開く。
「わかったよ。で、フレズベルグ。君は、何をしに来たんだい?」
「葛葉紘汰を抹殺する」
光実が、眉をぴくりと動かす。
―――葛葉紘汰の抹殺。
それは、本質を見失い、暴走を続ける光実の悲願であった。
レデュエが、また、くつくつと笑う。
「どういうことだ?フレズベルグ、何故君が紘汰さんを?」
光実は、組んでいた脚を組み替えて、フレズベルグに問い掛ける。
フレズベルグは、感情の籠らない声で、
「葛葉紘汰の力は、私の存在を脅かす」
「…レデュエ、説明してくれ。彼は、一体何者だ?」
フレズベルグの要領を得ない返答にしびれを切らした光実は、レデュエに説明を要求する。
「彼は、私たちの森の奥地、閉ざされた扉の向こうにある煉獄の住人だよ。
何度か、私たちの前に姿を現している」
「煉獄?なんだ、それは」
「君たちの世界で言うところの"知性なきインベス"になって死んだ者の魂の行く先だ。
ラタトスクは、それを餌にして生きている」
「ふーん」
わけのわからない話だったが、そもそも、ヘルヘイムの森自体、ものの数ヵ月前の光実からしたら、わけのわからない話であった。
ここでレデュエたちが嘘をつく必要性は特に無いだろう、との判断を下し、光実は煉獄の存在を受け入れた。
「さっき来たアレも、その煉獄から来たものか?」
「君の偽物のことかい?さあね」
レデュエの言い方が癇に障り、光実は、舌打ちを一つ。
椅子から立ち上がり、再び、フレズベルグに話しかける。
「とにかく、狙いは葛葉紘汰なんだな?」
「そうだ」
「君の、力の程は?紘汰さんは、強いよ?」
光実は、回想する。
兄の遺したゲネシスドライバーで変身し、何度か戦いを重ねた。
記憶にある中での紘汰との最後の戦い、
―――レデュエの配下である、デュデュオンシュと共に戦った時のことを思い出す。
どこで手に入れたかわからない、鍵のようなロックシードで変身した、白銀のアームズ。
複数のロックシードの武器を使い、圧倒的な力でデュデュオンシュを葬った、その姿のことが頭を掠める。
「大丈夫、ラタトスクは強い。以前、デェムシュが手も足も出なかった」
レデュエが、口を添える。
太鼓判を押したつもりなのだろうが、紘汰は、そのデェムシュを倒しているのだ。
―――まあ、いいか。
こいつも、利用するだけ利用してみよう。
光実の表情は一気に冷えきる。
レデュエが、その様子を見て、光実の考えを察したのか、嬉しそうな声で言う。
「そういうことなら、私たちも手伝うよ、フレズベルグ」
「紘汰さんは、僕たちにとっても邪魔者だからね。
でも、僕が選んだ人には手を出さないでね。
それでいいなら、よろしく頼むよ、フレズベルグ」
「構わない」
フレズベルグは、やはり無感情な声で、そう返す。
そして、ラタトスクとの交信。
―――情報を、共有する。
「それじゃ、計画を立てようか。何かアイディアはあるかい?」
人間、フェムシンム、煉獄の魔物。
ここに、三者三様の思惑を孕んだ、三国同盟が結成された。
―――それから、一晩。
人間の世界の夜は、明ける。
●
―――眩しい。
目が覚めたら、朝になっていた。
裏路地に、朝の日差しが差し込んでいる。
もうひとりの駆紋戒斗との戦いを終えた俺は、不用心にも、その場で眠ってしまったらしい。
インベスに襲われなかったことは幸いと言うべきか。
体の節々は依然として痛むが、ゆっくりと眠ったお陰か、疲労はだいぶ回復しているようだった。
「目が覚めたようだな」
後方から、足音と、声が聞こえる。
これは、―――もうひとりの駆紋戒斗のものだ。
俺は、振り返る。
「何ィッ」
「なんだ、急に」
―――そこに立っていたのは、俺だった。
いや、正確には、尻からバナナロックシードを摂取し、この姿になる前の、俺だった。
赤と黒、チームバロンのトレードマークである、ロングコート。
茶色い髪の毛に、精悍な顔立ち。
毎日鏡で見ていたそれが、今、目の前にいるのだ。
頭の中、電流が走る。
俺は、ある、恐るべき可能性に思い至る。
こいつは、こいつは、俺の―――
―――そっくりさん!
「ふん、名前のみならず、顔まで俺と一緒とはな」
「貴様、俺を馬鹿にしているのか?
俺は、そんなバナナのような顔はしていない」
この男との間には、やはり、ただならぬ因縁を感じる。
いや、バロンのコートを着ているところを見るに、もしかしたらかつての俺のファンだったのかもしれない。
俺は、改めて、こいつと決着を付ける決意を固めた。
それにしても、こいつ、あれだけの戦いの後に、もう動けるのか。
見たところ、奴は、角居と同じように、ドライバーとロックシードで変身をしていたようだ。
つまり、元々の体は人間、ということ。
それでいて、インベスの体を持つ、この俺と同じレベル、いや、もしかしたらそれ以上の回復力を見せるとは―――
「とりあえず、これを食え。人間の食い物は食えるか?」
駆紋戒斗は、手に持っていたビニール袋から、コンビニエンスストアでよく見掛けるタイプの、包装されたおにぎりと、緑茶のペットボトルを取り出して、順番に俺に投げてよこした。
「貴様、これを俺のために?」
「勘違いするな。腹が減ったから、調達してきた。貴様の分は、ついでだ」
奴はそう言うと、今度は自分用のおにぎりの包装をはがして、むしゃむしゃと食べ始めた。
「ふん。礼は言っておこう」
「いつまで、こうして、ものが食っていられるか」
「何の話だ?」
「わからんなら、いい」
奴は、よくわからないことを言うと、俺のより大きい緑茶のペットボトルの蓋を開けた。
―――俺もあっちが良かった。
俺も、おにぎりにかじりつく。
思えば、バナナ以外のものを食べるのは久しぶりだ。
バナナが一番だと思っていたが、使い分け(?)も重要だということか。
一通り腹ごしらえが終わった頃、奴は、立ち上がって、こう言った。
「俺は一度、ガレージへ戻る。貴様は?」
「俺は、ラタトスクの手掛かりを探す。
ラタトスクを倒すのは、俺だ」
「ふん。精々、気を付けることだな」
奴は、コートを翻しつつ、裏路地から出ていった。
さて、手掛かりを探す、とはいえ、これから、どうするか。
とりあえず、町の様子を見る必要がある。
俺は、奴とは反対方向に路地を抜けて、町へと繰り出した。
つづく
時系列について補足します。
このお話の中の"本物の沢芽市"は、原作第33話と第34話の間を想定しています。
極アームズvs斬月・真&デュデュオンシュ以降、戦略ミサイル発射以前ですね。