―――俺と赤いオーバーロードの戦いは、佳境に突入していた。
「はあっ、はあっ…」
「貴様、しぶといな…」
実力は拮抗している。
まさに互角、一進一退の攻防をどれだけ続けたことだろう。
お互い、これ以上戦いを続ける体力は、もうあまり残っていない。
初めての経験だが、俺のバナナ生成能力も、使用回数の限界に達しつつあるようだ。
間もなく、勝敗は決する。
互角の戦いならば、勝つのは、限界を超えた方だ。
限界の壁から、より遠くへ、遠くへ、その刃を届かせることができる方だ。
―――俺は、バナナオブスピアーを構え、力を込める。
その形状を維持することが難しくなりつつあるバナナオブスピアーを、新たなバナナを生成し、無理矢理補強する。
もっと固く。大きく。
奴は、腰の赤いベルトからロックシード―――先程気付いたことだが、何故オーバーロードがロックシードを―――を外し、その弓に装着する。
―――レモンエナジー!
あの攻撃は、これで二度目だ。
先程は、なんとか回避することに成功したが、今、あれが直撃すれば、俺の体はもたないだろう。
だが、それは奴も同じ。
次に俺が放つ一撃は、限界を超える、最強の一撃だ。
俺がそう決めた。
だから、そうに決まっている。
沈黙。
もう、言葉はいらない。
俺は、腰を深く落とす。
奴は、弓を引く。
ピコピコとやかましい電子音声が、奴の弓から聞こえる。
奴との距離は、目測5m。
踏み込めば、一瞬で詰められる距離だ。
リーチの違いは、もう問題ではない。
問題は、いつ仕掛けるか。
じりじり、じりじりと、見えない火花が散っている。
先に仕掛けた方、もしくは後に仕掛けた方が負ける。
つまり、どうなるかはわからないということだ。
ここだ、という一瞬に耳を澄まして、この目で見定め、放つ。
それだけだ。
―――なかなか楽しかったぞ、赤いオーバーロード。
だが、これで終わりだ。
勝つのは―――
「はぁぁぁぁぁッ!」
俺だッ!
俺は、バナナオブスピアーを突き出し、全力で大地を蹴って、奴の懐めがけて飛び込む。
奴は、気合いの雄叫びと共に、その矢を放つ。
―――俺のバナナと、奴の矢が、衝突する。
凄まじいエネルギーだ。
どちらかといえば、打ち負けている。
バナナオブスピアーが、少しずつ崩壊してゆく。
だが、負けない。
目の前が、光に包まれる。
巨大なエネルギー同士がぶつかる、その光。
黄金の光だ。
「うおおおおッ!」
俺は、更にバナナを生成、バナナオブスピアーの補強を図る。
もう、限度などとうに超えたことだろう。
いや、超えたのならば、
―――限界など、ない!
壁を、超える。
その先に、また壁がある。
生きるとはそういうことだ。
それを繰り返し、目の前から一切の壁が無くなった時―――
その時が、俺の望む強さに至った瞬間だ。
それまでは、全て、過程に過ぎない。
最強への過程に過ぎない。
俺は、決して、今に甘んじない。
俺は、決して、今を疎かにしない。
頭が、やけにクリアーだ。
命を賭けた戦いの中で、俺は、何か、
―――自分の中の歪みを、そう、疑うことの出来なかった弱さのようなものを、晴らすことが出来たような気がしている。
それは、目の前にいる、こいつのお陰かもしれない。
立ちはだかった強者。
奇しくも、俺と同じ名を持つ男。
―――もうひとりの駆紋戒斗。
貴様に敬意を表する。
だから、この一撃を、受け取れッ!
「はああああああああッ!」
もっと固く!
もっと大きく!
貫け!俺のバナナ!
―――目の前が、一気に開けた。
俺は、壁を壊した。
―――レモンエナジースカッシュ!
音がした。
奴の矢を破壊したその先で、奴は、オーラを宿した弓を逆手に持ち、待ち構えていた。
「俺の、勝ちだッ!」
奴が叫び、その刃を振り抜く。
―――それと衝突したバナナオブスピアーは、粉々に、瓦解してゆく。
再び、閃光。
「はあああああああッ!」
奴の刃が、俺の体に迫り―――
爆発。
「ぐあああああっ!」
「ぐあああああっ!」
―――呻き声は、俺と奴の二人分。
奴の刃は、俺に届いてはいない。
バナナオブスピアーを構成していたバナナを、すべて、瞬時にバナナ爆弾に再構成した。
瓦解してゆくバナナオブスピアー、そのものが、巨大な爆弾となったのだ。
爆炎。
俺は、その衝撃に吹き飛ばされ、宙を舞う。
―――どうだ。
見たか。
これが、俺の強さだ。
俺の体は、派手に地面に叩きつけられた。
ひとけの無い裏路地に、静寂が戻る。
俺は、勝ったのだろうか。
硝煙は、徐々に晴れ、
―――その中から、奴が姿を表す。
少し遠くに、俺と同じく、倒れているようだ。
姿は、よく見えない。
だが、生きてはいるようだ。
―――引き分け、ということか。
奴も、もう戦えまい。
「…おい!」
奴が、苦しそうに大声を上げる。
俺は空を仰ぐように、仰向けになって、全身を弛緩させながら、それに応じる。
声を出すと、全身の骨に響き、それが、堪らない苦痛を生み出す。
「なんだ!」
「…決着は、次だ!」
「…いいだろう!」
「貴様、何が目的だ!」
「ラタトスクの手掛かりを探している!
貴様なら、知っているだろう!」
「ラタトスクだと?知らんな!」
「とぼけるな!貴様、オーバーロードだろう!」
「誰がオーバーロードだ!貴様こそ、オーバーロードの仲間だろう!」
「誰がオーバーロードだ!俺はバナナだ」
「バナナはもういい!その、ラタトスクとはなんだ!」
「俺もよくは知らん!だが、強大な強い強者だ。俺は、ラタトスクを倒す」
「そのラタトスクは、それほどまでに強いのか!」
「桁違いの強さだ!」
「面白い!ならば、ラタトスクは、俺が倒す!」
「貴様、ラタトスクの居場所を知っているのか!」
「知らんと言っただろう!とにかく、この町に危害を加える気はないんだな?」
「当たり前だ!そんなことをして何になる」
「そうか、ならば、貴様は、」
―――敵では、ないな。
奴は、そう続けた。
俺も、そう思う。
奴は、超えるべき壁ではあるが、
―――あの駆紋戒斗は、敵ではない。
●
フレズベルグは、思考する。
その巨体で、ヘルヘイムの森を、ゆっくりと歩いてゆく。
人間たちの世界を目指して。
葛葉紘汰のいる世界を目指して。
もう、それほど遠くはない。
フレズベルグは、思考する。
葛葉紘汰を倒す算段を組み立てる。
生存のための最適解を求め続ける。
フレズベルグは、ラタトスクと、交信を行う。
「葛葉紘汰についての情報を、再度確認する」
「葛葉紘汰についての情報を確認する」
「奴は、知恵の実の力を持っている」
「確定事項。知恵の実による干渉を感じる」
「ただし、知恵の実の力、全てではない」
「確定事項。知恵の実の力、全てではない」
「葛葉紘汰は、知恵の実を持っている」
「不確定事項。知恵の実、そのものを持っているとは限らない」
「葛葉紘汰は、意図的に我々に干渉した」
「不確定事項。葛葉紘汰は、意図的に我々に干渉したとは限らない」
「提唱。葛葉紘汰が我々に無意識的に干渉した場合、それは、最悪のケースと言える」
「否。最悪のケースは、葛葉紘汰が知恵の実そのものを所持し、なおかつ、意識してその力を制限した上で、我々に干渉した場合」
「提唱。その可能性は、高い」
「否。あまりにも不完全かつ無軌道な干渉であった。ただし、可能性の否定には至らない」
「提案。角居裕也の記憶を、再度、閲覧する」
「意義なし。角居裕也の記憶を、再度、閲覧する」
―――フレズベルグは、思考する。
人間たちの世界まで、あと少し。
つづく