仮面ライダー鎧武オルタネイティヴ   作:瀬久乃進

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第31話「呉島貴虎はひとりではない」

「そうか。…私は、呉島貴虎という。

あなたは、どうやってそのような姿に?」

 

―――本物の呉島貴虎は、言った。

 

「信じてもらえないかもしれないが、」

 

俺は、慎重に言葉を選びながら、彼に答える。

 

「肛門から、ヘルヘイム果実を摂取した」

 

結果的に最もストレートな言い回しになってしまったようだ。

何やら、ロシュオが吹き出したような気がする。

 

本物の俺は、これ以上無いくらいの困り顔だ。

そうだな。

その反応が正常だ。

 

「肛門から?

肛門からヘルヘイム果実を摂取すれば、知性を保ったまま、インベスになれるのか?」

 

「ああ、そうだ。

だが…恐らくだが、ここでは通用しない手だろう」

 

根拠があったわけではないが、俺の直感がそう告げていた。

あの、歪んだ、偽物の沢芽市だけで通用するルールなのだろう。

 

「―――なるほど」

 

ロシュオが、静かに口を開く。

 

「煉獄に異変を感じてはいた。

そなたは、煉獄から来たのだな?」

 

―――煉獄。

ユグドラシルタワーから現れたあの樹を、角居は、「煉獄の樹」と呼んでいた。

インベスになって死んだ者の、集合意識だと―――

煉獄の樹のある世界。

ならば、あの沢芽市は、煉獄、ということか。

 

「…恐らく、そうだ」

 

「ラタトスクには、会ったか?」

 

「ああ。その、ラタトスクが現れて、それまでの世界が終わった。

そして、私たちは、この森に締め出された」

 

「なるほど」

 

ロシュオは、祭壇の上を歩き回りながら、述べる。

 

「―――知恵の実の力が、働いたか」

 

「どういうことだ?」

 

―――知恵の実。

凌馬が再三言っていた。

ヘルヘイムの森に存在するという、黄金の果実。

俺は、その話に、真面目に取り合ったことはなかったが―――

 

「私は、知恵の実を持っている。

その力の一部を、人間に貸与した。

恐らく、それが原因だろう。

知恵の実の力が発動し、煉獄に干渉したのだ。

―――そして、煉獄を創り変えた」

 

言っていることが、一つもわからない。

本物の俺も同じようで、眉に皺を寄せていた。

 

「どういうことだ」

 

俺と、本物の俺は、綺麗にハモってしまった。

お互いに顔を見合わせ、沈黙、これもまた同じタイミングで、咳払いを一つ。

 

「話したところで、わかるまい。

そなたらの理解を超えた現象だ。

―――問題は、それが、意識的に行われたかどうか、なのだが」

 

ロシュオは、独り言を言うように、俺たちに背を向けた。

俺たちは、再び顔を見合わせた。

 

 

「はあっ!」

 

俺は、赤いオーバーロードの背中を取ることに成功した。

しかし、その刹那、奴は、脇腹から逆向きに弓を構え、後方に矢を放つ、という離れ業を披露したため、俺は不意を突かれた。

奴はそのまま、振り向き様に弦の刃で一閃。

それはバックステップで何とか回避し、俺は、バナナを奴に投げ付けた。

 

―――バナナロックシードを尻に入れて進化した俺は、他のインベスとは一線を画する力を持っている。

 

それが、このバナナ生成能力だ。

勿論、普通の食用バナナを生成することもできる。

だが、今俺が放ったのは―――

 

「ぐああっ!」

 

バナナ爆弾。

つまり、爆発するタイプのバナナだ。

奴は、爆風に吹き飛ぶ。

 

―――吹き飛び様にこちらに矢を放つのだから、タチが悪い。

いかなる状況でも勝利に食らい付く、このスタイル。

敵にしたら、これほどまでに厄介か!

 

かわしきれず、まともに喰らってしまう。

だが、攻撃の手を緩めるつもりは、無い。

俺は、新たなバナナを生成する。

 

 

今度のバナナは、―――槍だ。

 

 

頭で描いたイメージ通りに、バナナの槍が生まれる。

バナナを模した槍ではない。

槍を模したバナナだ。

 

だが、その強度は―――

 

「はあああああっ!」

 

俺は、槍のバナナ(バナナオブスピアーと名付けた)を構え、オーバーロードに突っ込んで行く。

 

「どこまでもバナナか!」

 

オーバーロードは、弓を構え、迎撃姿勢を取る。

 

俺は、バナナオブスピアーを振りかぶり、それを勢いよく降り下ろした。

 

金属音。

 

俺のバナナオブスピアーと、奴の弓が、幾度となくぶつかりあう。

 

バナナオブスピアーは、数にして、およそ877本のバナナを凝縮した武器だ。

故に、これだけの強度を誇る。

 

「貴様、なかなかやるな!」

 

オーバーロードが言う。

何やら、楽しそうだ。

ふん。

―――俺も、少し楽しくなってきたぞ!

 

「貴様こそ、楽しませてくれるじゃないか!」

 

戦いは、これからだ。

本当の強さを見せてやる!

 

 

ロシュオは、それっきり黙り込んでしまったため、俺は、本物の呉島貴虎と、話をすることにした。

 

「あなたは、どうしてこの森に?」

 

本物の沢芽市では、何が起きているのだろう。

本物は、負傷しているように見えた。

彼の身に、一体、何があったのか。

当たり前だが、他人事とは思えなかった。

 

「私は…」

 

彼は、伏し目がちに、呟くように声で、応じる。

 

「…騙されていたようだ。

同志だと思っていた者たちに」

 

「騙されていた…?」

 

同志。

俺の中の、世界がおかしくなっていない10/6までの記憶が、偽りのものでは無いのならば、それは恐らく、

―――凌馬たちのことを指しているのだろう。

 

「あなたも、ヘルヘイムのことは存じているのだろう?」

 

「…ああ」

 

「私は、ヘルヘイム植物の侵略から、世界を守りたかった。

それは、多くの犠牲を伴う、ノアの方舟のような計画だった」

 

「プロジェクト・アーク」

 

つい、口からその言葉が出てしまった。

彼は、目を丸くして私を見つめ、そこまで知っているのか、と呟いた。

 

「そう、プロジェクト・アークだ。

…存じ上げず申し訳ないが、あなたも、ユグドラシルの社員だったのか?」

 

「…そんなところだ」

 

「そうか。

…戦極ドライバーは、人類救済のための、私の希望だった」

 

彼は、遠い目で、そう零した。

 

「だが、凌馬たちからしたら、そうではなかったらしい。

奴らは、その力の誘惑に負けた」

 

俺たちの沢芽市に残されていた凌馬の手記と、シドの自白映像。

それらが正しいと仮定し、情報を総合すると、つまり、凌馬たちは、呉島貴虎を騙し、影でヘルヘイムの力を悪用するための計画を進めていた、ということになる。

いずれ、呉島貴虎を始末する手筈だったのだろう。

何となくわかってはいたが、これで確信に変わった。

 

俺は、幸いと言うべきか―――

そうはならなかった。

その前に葛葉が凌馬とシドを倒したのだから。

 

それから、俺は、人類救済のための、真の仲間を得ることが出来た。

葛葉たちだ。

 

だが、目の前にいる、この男には、

―――いなかったのだ。

仲間が。

 

それは、どれだけ苦しいことだろう。

プロジェクト・アーク。

人類の6/7を犠牲にする計画だ。

そんな重荷を、仕方がないことだと割りきったふりをして、実のところ、心の奥底で、別の希望を探している。

それでも、失われてゆく時間の中、手を汚す覚悟を固めなくてはならない。

 

そのような戦いを、たったひとりでしていたこの男は、

―――たったひとりだったと気付いてしまったこの男は、どれほど、辛いことだろうか。

 

本物の俺は、自嘲するような笑みを浮かべて、顔を伏せながら、そう言った。

 

「私は、無力だな」

 

 

―――無力。

 

 

違う。

 

「お前は、無力ではない」

 

本物の俺は、顔を上げる。

 

「お前は、呉島貴虎は、ひとりではない」

 

そうだ。

呉島貴虎は、ひとりではない。

 

―――俺がいる。

 

「俺たちは、ひとりではない」

 

「あなたは…、いや、お前は、もしかして…」

 

俺は、彼に背を向けて、歩き出す。

向かうべき場所が出来た。

 

本物の呉島貴虎。

お前が傷付き、動けない今、俺が、お前の影となろう。

 

「斬月!」

 

呉島貴虎は、私の背中に向けて、叫ぶ。

そして、こう言った。

 

「…少しの間、任せてもいいか」

 

「ああ、任せろ。

せーのッ」

 

人類救済!

 

私はそう叫び、天高く腕を掲げたが、奴は、小声で、人類救済、と呟くばかりだった。

本物は、俺に比べて若干シャイなところがあるらしい。

 

すまないな、光実。

少し、遅くなる。

だが、お前ならきっと大丈夫だと信じている。

兄は、兄のするべきことを見付けた。

お前も、お前の信じるように戦え。

 

俺は、もう一度振り返って、呉島貴虎とロシュオに一礼をすると、本物の沢芽市を目指して、ヘルヘイムの森を歩き出した。

 

つづく


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