いつの間にか、呉島貴虎がいなくなっていた。
俺の速さに着いてこれなくなったのか。
だらしない奴め。
俺、駆紋戒斗は、ヘルヘイムの森を爆進していた。
オーバーロードを探して。
「どこだ!
どこにいる、オーバーロード!
出てこい!」
気合い充分に叫びながら探しているのだが、オーバーロードが出てくる気配は無い。
しばしば現れるインベスは、バナナを投げつけて撃退する。
そのような行軍を、しばらく続けていたのだが―――
「あれは、クラックか?」
俺は、クラックを発見する。
向こう側は、俺の見知った、沢芽市のようだった。
ここで、少し考える。
この間まで俺がいた沢芽市は、確かラタトスクによって閉じられた筈だ。
そう、俺たちは締め出された。
そして、目の前にはクラックが開いている。
即ち―――
「ラタトスク!貴様は俺が倒す!」
このクラックの向こうには、ラタトスクがいるということだ。
奴め、このクラックは閉じるのを忘れたな。
オーバーロードに会うまでもなかった。
このクラックを通り抜け、ラタトスクを倒す!
沢芽市は、妙に静かだった。
人の気配が無い。
いや、それは元々そうだったか。
葛葉が倒れてから、数人を除いて、沢芽市から、人がいなくなったのだ。
俺は、威風堂々と町を歩く。
「さあ、ラタトスク!
出てこい!俺と勝負をしろ!」
町を見渡す。
ユグドラシルタワーが目に入った。
おかしい。
あれは、確か、巨大な樹に変わったはずだった。
まあ、細かいことはいい。
細かいことを気にする奴は、弱者だ。
俺は、自慢のバナナを揺らしながら、勝手知ったる町を歩いて回る。
たまにインベスがいるので、バナナをぶつけて倒す。
どこだ、どこにいる、ラタトスク。
お前を倒すために、この俺が、駆紋戒斗が戻ってきたぞ!
―――戦いの音がする。
ここからは見えないが、すぐ近くに見える建物の陰で、何かと何かが戦いを繰り広げている。
俺くらいの強者になると、もう、音でわかる。
ラタトスクに違いない。
何者かとラタトスクが戦っているのだ。
俺は、己の中の闘争心に歯止めが効かなくなる。
今日は、歩き疲れているとはいえ、最高のコンディションだ。
今の俺ならば、勝てる。
ここ数日で、ふくらはぎの辺りにかなり筋肉が付いたような気がする。
今の俺は、あのときよりも、格段に強いはずだ。
今行くぞ、ラタトスク!
「はぁぁぁぁっ!」
俺は、気合いの雄叫びを上げながら、その物陰に突っ込んでいった。
赤いオーバーロードがいた。
少し、驚いた。
物陰で戦っていたのは、あのとき森で見た赤いオーバーロードと、数体のインベスだった。
何故、貴様がここにいる?
「バナッ…!?」
赤いオーバーロードは、俺の方を振り向くなり、驚いたように言う。
―――因果なものだな。
探すことをやめたときに見付かるとは!
「バナナ…?」
オーバーロードは、今度は、少し困惑したような声で言った。
ああ、そうだ、
「バナナだ!」
「何ィッ」
俺は、勢いよく走り出す。
まずは、邪魔なインベスをどかす。
バナナをぶつけ、殴り、蹴る。
一瞬呆気に取られたようになったオーバーロードは、すぐに気を取り直し、インベスとの戦いを再開した。
そこから、全てのインベスを片付けるまでに、あまり時間は掛からなかった。
次は、―――お前だ。
「また会ったな、オーバーロード!」
俺は、宣戦布告を始める。
オーバーロードは、怒ったような声で、
「誰がオーバーロードだ!」
お前がオーバーロードだ!
赤い体、マント、間違いない、俺が、この間森で出逢った、オーバーロードだ!
「ラタトスクのことを教えてもらおうか!」
「何の話だ!」
俺は、オーバーロードに殴りかかる。
今回は、何を言っているかわりと聞き取ることが出来ている。
どうやら、未知の言語を話していたわけではなかったらしい。
単に滑舌があまり良くないのだろう。
「しらを切るつもりだな!
ならば、力づくだ!」
オーバーロードは、手に持っていた武器を、俺に向けて振り切ろうとする。
俺は、そのために奴が踏み込んだところにバナナを仕掛け、体勢を崩すことに成功した。
「バナッ…」
「はぁっ!」
俺は、その隙を逃さず、キックを繰り出す。
オーバーロードは、それを咄嗟にガード。
しかし、甘い。
ガードしきれていないな!
もう一撃―――
そう思ったところで、奴は、崩れた体勢を無理矢理直しがてら、俺を、武器で一発、切りつけた。
「くっ!」
奴は、少し距離を取る。
俺も、それに倣うように、いや倣ったわけではない、倣ったわけではないが、距離を取る。
「………!」
剣呑な雰囲気を感じる。
強者だけが感じることのできる、そう、刃のような、鋭い空気だ。
きっと、奴も俺と同じことを考えている。
―――こいつ、強者だ!
森で会った時の直感は、間違ってはいなかった。
目の前にいるこいつは、間違いなく、強者。
俺は、言う。
「名前を、訊いておこうか」
意味は無い。
ただ、知りたくなったのだ。
この男は、きっと、俺によく似ている。
身体的な意味だけではない、精神の意味においても、この男は、強さを追い求め、強さを第一に考える、求道者だ。
その名前を、知っておきたかった。
「ふん、いいだろう。
よく覚えておけ」
赤いオーバーロードは、堂々と口を開く。
「駆紋戒斗、という」
「そうか。俺は、駆紋戒斗だ」
「何ィッ」
「何ィッ」
聞き間違えただろうか。
駆紋戒斗、と聞こえた。
「もう一度、ハッキリ発音しろ」
「ク・モ・ン・カ・イ・ト。お前は?」
「 ク・モ・ン・カ・イ・ト 」
「何ィッ」
「何ィッ」
音が同じだけかもしれない。
「漢字だとどう書く?」
「四輪駆動の駆」
「ふむ」
「紋章の紋」
「ふむ」
「戒めの戒」
「ふむ」
「そして、強そうな斗だ」
「何ィッ」
「貴様は?」
「同じだ」
「何ィッ」
漢字まで一緒だと。
つまり。
つまり、こいつは―――!
―――同姓同名!
「なるほど…」
俺は、因縁を感じた。
俺と同じ名前を持つ、このオーバーロード。
赤い体と、黄金のマント、そして、赤い弓のような武器。
どうやら、俺の、宿命の敵、らしいな!
「面白い!」
「来い!」
奴も、同じことを感じたのだろう。
俺たちは、同じタイミングで大地を蹴り出し、戦いを再開した。
●
駆紋戒斗が、少し休憩を取ろうと言った俺の話を聞かず、走って姿を消してからもうだいぶ経つ。
あいつのことは、もう、いいか。
俺は、独自にオーバーロードとやらを探すことにしよう。
少し、疲れていた。
俺は、地面に腰を下ろす。
―――ここ最近、色々なことが、起こりすぎたと思う。
俺を含めた、皆のインベス化。
町の異変。
シドの死。
凌馬の逃走、そして、死。
葛葉の死。
湊の死。
初瀬の死。
そして恐らく、角居も―――
俺にもっと力があれば、救えた命もあっただろうか。
サガラが言ったことが気掛かりだ。
俺は、本物の呉島貴虎の、アバターだと。
本物の呉島貴虎ならば、何とか出来ただろうか。
自覚がある。
俺は、おかしくなっている。
10/6頃から。
それは、サガラの言ったことと、そして、ラタトスクという存在に、関係があるに違いない。
だが、それ以上を考えることができなかった。
まるで、それを許されていないかのように。
光実は、大丈夫だろうか。
今も、あの沢芽市にいるのだろう。
ラタトスクに、殺されてはいないだろうか。
光実。
―――こうしてはいられない。
すぐにでも、あそこに戻る必要がある。
そのためには、オーバーロードに接触する必要がある。
俺は、再び足取りを早くして、森を歩き始める。
しばらく歩くと、特徴的な一角にたどり着いた。
―――遺跡のようだ。
ヘルヘイムの森には、かつて、文明があったが、それは、ヘルヘイム植物によって滅び去った。
その中の、一つだろう。
俺は、朽ち果てた建物の中に、入ってゆく。
住み処にはうってつけの場所だ。
ここに、オーバーロードがいる可能性がある。
俺は、声を出した。
「おい、誰か、いないか」
「なんだ」
声が、返ってきた。
―――本当に、いたのか。
「入っても、構わないか」
「好きにしろ」
重々しい響きの声だった。
俺は、声の主の方へ、歩いてゆく。
―――白いインベスが、祭壇のような場所に、立っていた。
「―――驚いた。人間かと、思ったが」
白いインベスは、俺を見ると、ゆっくりと、落ち着きのある声でそう言った。
「驚かせて、すまない。
この姿をしているが、人間だ。
あなたが、オーバーロードか?」
「オーバーロード…
そう呼ばれているようだな。
私は、フェムシンムの王。
名を、」
ロシュオ。
その男は、そう名乗った。
「それで、私に何の用だ?」
「ああ、一つ、訊きたいことが―――」
俺がそこまで言うと、物陰から、一人の人間が現れた。
上半身に、何やら包帯のようなものを巻き付け、怪我をしているのか、動きづらそうにしている。
―――その顔を見て、俺は、全てを察した。
「人の声がするが、誰か…」
その男は、そこまで言って、俺の姿を認めると、やや身構えた。
「オーバーロード…!」
「違う、この男は、フェムシンムではない。
人間、だそうだ」
男の声に、ロシュオが応じる。
「人間…?」
男が、俺をまじまじと見つめ、
「………名前を、訪ねてもいいか?」
そう言った。
俺は、答えた。
「………斬月、という」
「斬月………」
この男に、本名を名乗るわけにはいかない、と思った。
故に、俺は、その名前を名乗った。
こいつは、覚えているだろうか。
かつて、戦極ドライバーの実験中、俺が変身した姿に、凌馬が与えたコードネームを。
そんなものはいらん、と、切って捨てたが。
反応を見るに、覚えがあるらしかった。
「そうか。…私は、呉島貴虎という。
あなたは、どうやってそのような姿に?」
―――本物の呉島貴虎は、言った。
つづく
バナナインベスと戒斗の出会いについては、第9話に戻っていただくとわかりやすいです。