仮面ライダー鎧武オルタネイティヴ   作:瀬久乃進

29 / 44
第29話「ブドウの幸福」

「消えろ、消えろ、消えろぉぉぉっ!」

 

本物の呉島光実は、そう叫ぶと、左手に現れた赤い弓を、僕に向けて引いた。

 

ピコン!

 

電子音が鳴り響き、光の矢が放たれる。

僕は、左斜め前方に跳んでそれを回避する。

矢は、クラックに吸い込まれていった。

僕は、掌から弾丸を放つ。

素早く身体を捻って避けると、奴が再び弓を引く。

今度は、躱さない。

僕は、その矢めがけて弾丸を一発。

相殺することを試みる。

だが、打ち負けたようだ。

多少の勢いを殺すに留まり、矢は、僕の体に命中した。

 

「ぐあっ!」

 

強力な一撃だった。

その隙を逃さず、奴は、僕に接近する。

どうやら、その弓には、刃が付いているらしい。

弓を右手に持ち替えると、僕を一度、二度と切り付ける。

僕の紫の腫瘍が一つ潰れ、体液が飛び散る。

強い。

そして、怯んだ僕の首を掴み、締め上げた。

苦しい。

 

「外でやってほしいな。装置を壊されたら、困る」

 

レデュエが、淡々と口を挟む。

白いアーマードライダーは、一度舌打ちをすると、僕の首を掴んだまま、それに応じた。

 

「わかったよ」

 

僕を再び切り付けると、クラックに向けて勢いよく蹴り飛ばす。

僕は、ヘルヘイムの森に転げ出る。

そこを、奴がクラックの向こうから、再び狙撃した。

狙いを外したらしい、今度は当たらず、僕は、体勢を整える。

 

奴とレデュエが、クラックを通って森に現れる。

二対一か。

さすが、僕だな。

卑怯だ。

分が悪い。

 

「安心しろ、私は見学だ」

 

察したのか、レデュエはそう言うと、また、くつくつと笑った。

そして、少し離れたところに、跳ぶ。

 

「こんな面白そうなショー、見逃せないじゃないか」

 

本物はまた舌打ちを一つ、苛立った様子で、弓を引いた。

 

「レデュエ、笑うなと言っただろ!」

 

ピコン。

矢が、再び僕に放たれる。

だが、軌道が甘い。

容易く回避する。

―――もしかして、弓矢は不得手なのか?

現に、僕は弓矢など触ったこともない。

思うに、あの武器と、あの鎧は、相当、性能が高いものだ。

戦極ドライバーを使った裕也さんと戦った時のことを思い返す。

高い身体能力で戦う裕也さんと違って、目の前にいるこいつは、どこか、装備の力に任せて戦っているように見えた。

 

―――だとしたら、勝機はある。

 

僕の、"ブドウインベス"と名付けられたこの体の特徴は、全身の紫色の腫瘍だ。

掌にある腫瘍から、弾丸を放つ。

 

「はあっ!」

 

僕は、両掌の腫瘍から、奴に向けて連続で弾丸を放った。

弾の数は限られているから、あまりこういう使い方は出来ないが。

―――奴は少し怯んだようで、その内の何発かを、その体に喰らう。

隙を突いて、肉薄。

格闘戦を仕掛ける。

奴は、弓の刃で応戦するが、左手に持ったままだ。

僕の利き手は、右。

扱いづらいことだろう。

どこかで持ち替えようとするはずだ。

そこを、

 

―――狙う!

 

奴が一度両手持ちにした弓から、左手を離した瞬間、そう、保持への意識が一瞬薄れた瞬間を狙って、弓を蹴り飛ばす!

―――成功だ。

弓は弾け飛び、宙を舞う。

奴が動揺した瞬間を逃さない。

掌を腹に叩き込み、そのまま、弾丸を放つ!

 

「ぐああっ!」

 

奴は腹を押さえながら、僕から距離を取ろうと、後ろへ。

だが、逃さない。

追撃。

蹴りを入れ、今度は僕が、その首を掴み、締め上げる。

 

「―――なんだ、こんなものか。本物のくせに」

 

「っぐ…!」

 

僕は、もう片方の手も添えて、力を強くする。

奴は、それを振りほどこうとするが、力が入らないのだろう、何の抵抗にもならない。

 

「やっぱり、僕が、本物の呉島光実だ!」

 

「…黙れェッ!」

 

奴は、僕の腹に膝蹴りを入れると、そのまま僕を突き飛ばし、飛び退いた。

そして、ドライバーのレバーを操作すると、

 

―――メロンエナジースパーキング!

 

電子音声が鳴り響き、奴の右脚が、光に包まれる。

―――まずい!

奴は、その脚で、僕に飛び蹴りを放った。

 

「消えろぉぉぉっ!」

 

その蹴りは、僕の胸の辺りに命中し、いくつか、紫色の腫瘍を潰した。

大量の体液が飛び散り、奴の鎧を紫に汚す。

 

僕は吹き飛ばされ、そのまま、ヘルヘイムの地面に倒れ伏した。

激痛が走る。

甘い蹴りだったのが幸いだ、恐らく、致命傷には至っていない。

だが、それでも、かなりのダメージだった。

 

奴が、ゆっくりと近付いてくる。

弓を拾ったらしい。

再び、僕に向けて、弓を引く。

 

ピコン。

狙いの定まる音。

 

肩で息をしながら、奴が、言う。

 

「…お前の、負けだ」

 

「…どう、かな」

 

さっきから、しゅわしゅわと、音がしている。

この音は、溶ける音。

奴の鎧が、溶ける音だ。

 

―――この体の特徴は、全身の紫色の腫瘍。

その中は、溶解液で満たされている。

 

奴は、それを、少しずつ喰らっていた。

弓の刃で切りつけた時。

僕を蹴り飛ばした時。

腫瘍が潰れる度に、少量ずつ。

そして、今度は、大量に浴びた。

この体に仕込まれた毒が、牙を剥いたのだ。

 

しゅわ、しゅわ。

奴の鎧が、溶け出してゆく。

 

奴は、ようやくそれに気が付いたらしい。

 

「これは…!」

 

「はあっ!」

 

僕は、右の掌から、渾身の弾丸を放つ。

それが、溶け始めて脆くなった鎧に命中し、粉々に弾き飛ばした。

 

「うあああああっ!」

 

衝撃で赤いドライバーとロックシードが外れ、奴は、生身で吹き飛ぶ。

そのまま、ヘルヘイムの大地に落ちた。

 

勝敗は、決した。

 

―――やった。

僕は、勝った!

本物の呉島光実に、勝ったんだ!

 

「レデュエッ!」

 

奴は、身体を起こせないまま、叫ぶ。

 

「手伝えッ!」

 

少し離れて見ていたレデュエが、くつくつと笑う。

僕は、それを警戒する。

 

「ふふ、見学だと、言わなかったか?」

 

「―――僕たちは、仲間だろ?レデュエ」

 

「仲間…ふふ。ねえ、お前は、どう思う?」

 

レデュエは、僕に話を振る。

 

「あの男と、契約してるんだよ。

あいつが世界を支配して、私が遊ぶ。

お前、代わり、やれるか?」

 

「支配、だと?」

 

「ああ。あの男が選んだ人間以外は、みな、私の玩具だ。

そういう約束なんだよ。

お前、代わりに、人間を支配できるか?」

 

「レデュエ、貴様ァッ!」

 

奴が、怒りの声を上げる。

 

―――世界を、支配。

人間を、支配。

僕の選ぶ人間だけが、それを免れる。

僕の選ばなかった人間は、あの、底意地の悪そうなレデュエの"玩具"になる。

 

本物の、僕は。

そんな方法で、居場所を守ろうっていうのか。

ここまでの経緯は、わからない。

だが、そんな方法で、本当に、居場所が守れると思っているのか。

 

―――そんな方法で、本当に、舞さんが笑ってくれると思っているのか!

 

「ふざけるなァッ!」

 

僕は、レデュエに弾丸を放つ。

 

「そうか」

 

レデュエは、手に持った杖を一振りすると、竜巻を起こし、弾丸を弾き飛ばす。

―――竜巻が、僕の方へと向かってくる。

 

「ぐあああああっ!」

 

僕の体は、それに巻き込まれて、ズタズタに切り裂かれる。

僕は、動けなくなり、倒れてしまった。

 

「あいつより、お前の方が面白そうだよ」

 

「レデュエ…感謝するよ」

 

―――二人が言葉を交わすのが聞こえる。

ダメだ。

こいつら、狂っている。

 

だが、奴は、本物だ。

僕は、奴の偽物だ。

奴からしたら、狂っている、間違っているのは、僕の方だ。

だって、基準となるのは、"本物"なのだから。

 

―――なんでだよ。

なんで、舞さんや紘汰さんと手を繋げる、本物の僕が、こんなにも、狂っているんだよ。

 

「お前は、僕だと言ったな」

 

奴が、ジャケットの内側から何かを取り出しながら、言う。

あれは―――

 

「だったら、さっきは、嘘でもイエスと言えた筈だ。

やはりお前は、偽物だよ」

 

戦極ドライバーだ。

あいつは、戦極ドライバーを隠し持っていた。

 

「いや、偽物ですらない。お前は、」

 

―――ブドウ!

 

「………ただの、化け物だ。変身」

 

―――ブドウアームズ!

龍・砲・ハッハッハ!

 

紫の鎧を纏った奴は、戦極ドライバーを操作し、その右手に現れた銃が、必殺の一撃をチャージし始める。

 

僕は、力の限り、叫んだ。

 

「―――化け物は、どっちだよ。

お前は、本物の僕なんかじゃ、ない!」

 

その一撃が、放たれた。

 

 

 

 

 

―――薄れゆく意識の中、僕は、ヘルヘイムの森で、ずるずると、身体を引き摺り、動いていた。

舞さん。舞さん。

舞さんに、会いたい。

 

右脚が、無い。

腹に、穴が空いている。

トドメを刺したと勘違いしたようだ、奴とレデュエは、あれからすぐに引き揚げていった。

 

もう、痛みも感じなくなり始めている。

それでも、前へ進む。

少しでも、前へ。

舞さん。

舞さんに、会いたい。

 

少し前方に、クラックが開いているのが見えた。

だが、ゆっくりと閉じ始めている。

そこまで、やっとの思いでたどり着き、全力を振り絞って身体を起こす。

クラックの向こうを、覗き見る。

もう、半分も開いていないから、僕が通れる大きさではない。

 

 

向こう側は、見慣れた広場のようだった。

一人の女の子が、ビルのガラスに自分の姿を映して、ダンスの練習をしている。

 

 

あれは、あれは―――!

 

 

僕は、声を出そうとする。

後ろ姿しか見えないが、僕が、僕が、あの人を間違える筈が無い。

大きな声で、その名前を呼ぼうとする。

 

 

クラックは、少しずつ閉じてゆく。

 

 

 

彼女は、ダンスを続ける。

たった一人で。

一所懸命に、躍り続ける。

 

 

 

クラックは、少しずつ閉じてゆく。

 

 

 

どうか、顔を見せて欲しい。

僕に、その顔を見せて欲しい。

 

あなたは今、どんな顔をしていますか。

どんな表情で、踊っていますか。

 

僕は、あなたに会うために、ここまで来たんです。

 

いや、きっと、

 

―――あなたに会うために、生まれてきたんです。

 

 

 

クラックは、少しずつ閉じてゆく。

 

 

 

 

女の子は、くるっと、ターンした。

その時に、一瞬、その顔を、見ることができた。

 

 

 

クラックは、閉じてしまった。

僕は、そのまま、ヘルヘイムの森に、崩れ落ちる。

 

 

 

―――良かった。

気づいてもらえなくて、よかった。

声が出なくて、よかった。

 

だって、よく考えなくても、今の僕は、化け物だから。

醜い、インベスだから。

 

たとえば、本物の呉島光実に勝利したとしても、僕が呉島光実になれた筈は無いから。

 

僕は、そんなことに、今更気が付く、頭のおかしい化け物だから。

舞さんは、きっと、怖がってしまう。

 

だけどね、僕は、化け物だけどね、それでも、舞さんのことが大好きだ。

 

こんなにも、舞さんのことが大好きだ。

だから、きっと、神様がご褒美をくれたんだ。

 

神様は、いたんだ。

 

さようなら。

舞さん。

あなたに出逢えて、僕は、幸せでした。

 

僕は、本物じゃなくても、いい。

だって、最後に見た、精一杯踊って、くるっとターンした、舞さんの、その表情は、

 

 

楽しそうな、本物の、笑顔だったから。

 

 

願わくば、本物の僕が、その笑顔を、奪ってしまいませんように。

 

 

さようなら。

兄さん。

チームのみんな。

裕也さん。

紘汰さん。

舞さん。

 

 

 

僕は、幸せでした。

 

 

 

つづく


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。