「消えろ、消えろ、消えろぉぉぉっ!」
本物の呉島光実は、そう叫ぶと、左手に現れた赤い弓を、僕に向けて引いた。
ピコン!
電子音が鳴り響き、光の矢が放たれる。
僕は、左斜め前方に跳んでそれを回避する。
矢は、クラックに吸い込まれていった。
僕は、掌から弾丸を放つ。
素早く身体を捻って避けると、奴が再び弓を引く。
今度は、躱さない。
僕は、その矢めがけて弾丸を一発。
相殺することを試みる。
だが、打ち負けたようだ。
多少の勢いを殺すに留まり、矢は、僕の体に命中した。
「ぐあっ!」
強力な一撃だった。
その隙を逃さず、奴は、僕に接近する。
どうやら、その弓には、刃が付いているらしい。
弓を右手に持ち替えると、僕を一度、二度と切り付ける。
僕の紫の腫瘍が一つ潰れ、体液が飛び散る。
強い。
そして、怯んだ僕の首を掴み、締め上げた。
苦しい。
「外でやってほしいな。装置を壊されたら、困る」
レデュエが、淡々と口を挟む。
白いアーマードライダーは、一度舌打ちをすると、僕の首を掴んだまま、それに応じた。
「わかったよ」
僕を再び切り付けると、クラックに向けて勢いよく蹴り飛ばす。
僕は、ヘルヘイムの森に転げ出る。
そこを、奴がクラックの向こうから、再び狙撃した。
狙いを外したらしい、今度は当たらず、僕は、体勢を整える。
奴とレデュエが、クラックを通って森に現れる。
二対一か。
さすが、僕だな。
卑怯だ。
分が悪い。
「安心しろ、私は見学だ」
察したのか、レデュエはそう言うと、また、くつくつと笑った。
そして、少し離れたところに、跳ぶ。
「こんな面白そうなショー、見逃せないじゃないか」
本物はまた舌打ちを一つ、苛立った様子で、弓を引いた。
「レデュエ、笑うなと言っただろ!」
ピコン。
矢が、再び僕に放たれる。
だが、軌道が甘い。
容易く回避する。
―――もしかして、弓矢は不得手なのか?
現に、僕は弓矢など触ったこともない。
思うに、あの武器と、あの鎧は、相当、性能が高いものだ。
戦極ドライバーを使った裕也さんと戦った時のことを思い返す。
高い身体能力で戦う裕也さんと違って、目の前にいるこいつは、どこか、装備の力に任せて戦っているように見えた。
―――だとしたら、勝機はある。
僕の、"ブドウインベス"と名付けられたこの体の特徴は、全身の紫色の腫瘍だ。
掌にある腫瘍から、弾丸を放つ。
「はあっ!」
僕は、両掌の腫瘍から、奴に向けて連続で弾丸を放った。
弾の数は限られているから、あまりこういう使い方は出来ないが。
―――奴は少し怯んだようで、その内の何発かを、その体に喰らう。
隙を突いて、肉薄。
格闘戦を仕掛ける。
奴は、弓の刃で応戦するが、左手に持ったままだ。
僕の利き手は、右。
扱いづらいことだろう。
どこかで持ち替えようとするはずだ。
そこを、
―――狙う!
奴が一度両手持ちにした弓から、左手を離した瞬間、そう、保持への意識が一瞬薄れた瞬間を狙って、弓を蹴り飛ばす!
―――成功だ。
弓は弾け飛び、宙を舞う。
奴が動揺した瞬間を逃さない。
掌を腹に叩き込み、そのまま、弾丸を放つ!
「ぐああっ!」
奴は腹を押さえながら、僕から距離を取ろうと、後ろへ。
だが、逃さない。
追撃。
蹴りを入れ、今度は僕が、その首を掴み、締め上げる。
「―――なんだ、こんなものか。本物のくせに」
「っぐ…!」
僕は、もう片方の手も添えて、力を強くする。
奴は、それを振りほどこうとするが、力が入らないのだろう、何の抵抗にもならない。
「やっぱり、僕が、本物の呉島光実だ!」
「…黙れェッ!」
奴は、僕の腹に膝蹴りを入れると、そのまま僕を突き飛ばし、飛び退いた。
そして、ドライバーのレバーを操作すると、
―――メロンエナジースパーキング!
電子音声が鳴り響き、奴の右脚が、光に包まれる。
―――まずい!
奴は、その脚で、僕に飛び蹴りを放った。
「消えろぉぉぉっ!」
その蹴りは、僕の胸の辺りに命中し、いくつか、紫色の腫瘍を潰した。
大量の体液が飛び散り、奴の鎧を紫に汚す。
僕は吹き飛ばされ、そのまま、ヘルヘイムの地面に倒れ伏した。
激痛が走る。
甘い蹴りだったのが幸いだ、恐らく、致命傷には至っていない。
だが、それでも、かなりのダメージだった。
奴が、ゆっくりと近付いてくる。
弓を拾ったらしい。
再び、僕に向けて、弓を引く。
ピコン。
狙いの定まる音。
肩で息をしながら、奴が、言う。
「…お前の、負けだ」
「…どう、かな」
さっきから、しゅわしゅわと、音がしている。
この音は、溶ける音。
奴の鎧が、溶ける音だ。
―――この体の特徴は、全身の紫色の腫瘍。
その中は、溶解液で満たされている。
奴は、それを、少しずつ喰らっていた。
弓の刃で切りつけた時。
僕を蹴り飛ばした時。
腫瘍が潰れる度に、少量ずつ。
そして、今度は、大量に浴びた。
この体に仕込まれた毒が、牙を剥いたのだ。
しゅわ、しゅわ。
奴の鎧が、溶け出してゆく。
奴は、ようやくそれに気が付いたらしい。
「これは…!」
「はあっ!」
僕は、右の掌から、渾身の弾丸を放つ。
それが、溶け始めて脆くなった鎧に命中し、粉々に弾き飛ばした。
「うあああああっ!」
衝撃で赤いドライバーとロックシードが外れ、奴は、生身で吹き飛ぶ。
そのまま、ヘルヘイムの大地に落ちた。
勝敗は、決した。
―――やった。
僕は、勝った!
本物の呉島光実に、勝ったんだ!
「レデュエッ!」
奴は、身体を起こせないまま、叫ぶ。
「手伝えッ!」
少し離れて見ていたレデュエが、くつくつと笑う。
僕は、それを警戒する。
「ふふ、見学だと、言わなかったか?」
「―――僕たちは、仲間だろ?レデュエ」
「仲間…ふふ。ねえ、お前は、どう思う?」
レデュエは、僕に話を振る。
「あの男と、契約してるんだよ。
あいつが世界を支配して、私が遊ぶ。
お前、代わり、やれるか?」
「支配、だと?」
「ああ。あの男が選んだ人間以外は、みな、私の玩具だ。
そういう約束なんだよ。
お前、代わりに、人間を支配できるか?」
「レデュエ、貴様ァッ!」
奴が、怒りの声を上げる。
―――世界を、支配。
人間を、支配。
僕の選ぶ人間だけが、それを免れる。
僕の選ばなかった人間は、あの、底意地の悪そうなレデュエの"玩具"になる。
本物の、僕は。
そんな方法で、居場所を守ろうっていうのか。
ここまでの経緯は、わからない。
だが、そんな方法で、本当に、居場所が守れると思っているのか。
―――そんな方法で、本当に、舞さんが笑ってくれると思っているのか!
「ふざけるなァッ!」
僕は、レデュエに弾丸を放つ。
「そうか」
レデュエは、手に持った杖を一振りすると、竜巻を起こし、弾丸を弾き飛ばす。
―――竜巻が、僕の方へと向かってくる。
「ぐあああああっ!」
僕の体は、それに巻き込まれて、ズタズタに切り裂かれる。
僕は、動けなくなり、倒れてしまった。
「あいつより、お前の方が面白そうだよ」
「レデュエ…感謝するよ」
―――二人が言葉を交わすのが聞こえる。
ダメだ。
こいつら、狂っている。
だが、奴は、本物だ。
僕は、奴の偽物だ。
奴からしたら、狂っている、間違っているのは、僕の方だ。
だって、基準となるのは、"本物"なのだから。
―――なんでだよ。
なんで、舞さんや紘汰さんと手を繋げる、本物の僕が、こんなにも、狂っているんだよ。
「お前は、僕だと言ったな」
奴が、ジャケットの内側から何かを取り出しながら、言う。
あれは―――
「だったら、さっきは、嘘でもイエスと言えた筈だ。
やはりお前は、偽物だよ」
戦極ドライバーだ。
あいつは、戦極ドライバーを隠し持っていた。
「いや、偽物ですらない。お前は、」
―――ブドウ!
「………ただの、化け物だ。変身」
―――ブドウアームズ!
龍・砲・ハッハッハ!
紫の鎧を纏った奴は、戦極ドライバーを操作し、その右手に現れた銃が、必殺の一撃をチャージし始める。
僕は、力の限り、叫んだ。
「―――化け物は、どっちだよ。
お前は、本物の僕なんかじゃ、ない!」
その一撃が、放たれた。
―――薄れゆく意識の中、僕は、ヘルヘイムの森で、ずるずると、身体を引き摺り、動いていた。
舞さん。舞さん。
舞さんに、会いたい。
右脚が、無い。
腹に、穴が空いている。
トドメを刺したと勘違いしたようだ、奴とレデュエは、あれからすぐに引き揚げていった。
もう、痛みも感じなくなり始めている。
それでも、前へ進む。
少しでも、前へ。
舞さん。
舞さんに、会いたい。
少し前方に、クラックが開いているのが見えた。
だが、ゆっくりと閉じ始めている。
そこまで、やっとの思いでたどり着き、全力を振り絞って身体を起こす。
クラックの向こうを、覗き見る。
もう、半分も開いていないから、僕が通れる大きさではない。
向こう側は、見慣れた広場のようだった。
一人の女の子が、ビルのガラスに自分の姿を映して、ダンスの練習をしている。
あれは、あれは―――!
僕は、声を出そうとする。
後ろ姿しか見えないが、僕が、僕が、あの人を間違える筈が無い。
大きな声で、その名前を呼ぼうとする。
クラックは、少しずつ閉じてゆく。
彼女は、ダンスを続ける。
たった一人で。
一所懸命に、躍り続ける。
クラックは、少しずつ閉じてゆく。
どうか、顔を見せて欲しい。
僕に、その顔を見せて欲しい。
あなたは今、どんな顔をしていますか。
どんな表情で、踊っていますか。
僕は、あなたに会うために、ここまで来たんです。
いや、きっと、
―――あなたに会うために、生まれてきたんです。
クラックは、少しずつ閉じてゆく。
女の子は、くるっと、ターンした。
その時に、一瞬、その顔を、見ることができた。
クラックは、閉じてしまった。
僕は、そのまま、ヘルヘイムの森に、崩れ落ちる。
―――良かった。
気づいてもらえなくて、よかった。
声が出なくて、よかった。
だって、よく考えなくても、今の僕は、化け物だから。
醜い、インベスだから。
たとえば、本物の呉島光実に勝利したとしても、僕が呉島光実になれた筈は無いから。
僕は、そんなことに、今更気が付く、頭のおかしい化け物だから。
舞さんは、きっと、怖がってしまう。
だけどね、僕は、化け物だけどね、それでも、舞さんのことが大好きだ。
こんなにも、舞さんのことが大好きだ。
だから、きっと、神様がご褒美をくれたんだ。
神様は、いたんだ。
さようなら。
舞さん。
あなたに出逢えて、僕は、幸せでした。
僕は、本物じゃなくても、いい。
だって、最後に見た、精一杯踊って、くるっとターンした、舞さんの、その表情は、
楽しそうな、本物の、笑顔だったから。
願わくば、本物の僕が、その笑顔を、奪ってしまいませんように。
さようなら。
兄さん。
チームのみんな。
裕也さん。
紘汰さん。
舞さん。
僕は、幸せでした。
つづく