仮面ライダー鎧武オルタネイティヴ   作:瀬久乃進

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第28話「本物」

ラタトスクは、思考する。

 

ラタトスクの至上にして唯一の目的は、生きることだ。

存在を続けることだ。

それ以外、ラタトスクには存在の理由が無い。

存在するために、存在する。

 

ラタトスクは、自分がなぜ存在するのかを知らなかったし、また、興味もなかった。

インベスになって死んだ知的生命体の魂を捕まえ、幽閉し、そこからエネルギーを吸収し続ける。

それが、煉獄の樹の意志であるところのラタトスクが、ずっと続けてきたことだった。

苗床とした死者たちの、苦痛に歪んだ魂の叫びが、頭の中、響き続けている。

それを、気にしたことはないけれど。

 

ラタトスクは、思考する。

 

ある時、突然、自らの中から角居裕也と初瀬亮二の魂を抜き取り、また、自らを封じ込めて、煉獄を別世界に創り変えた、その存在のことを。

葛葉紘汰。

 

それは、ラタトスクにとって、脅威だった。

ラタトスクは、今まで、敵を持ったことがなかったからだ。

閉ざされた煉獄の中、ずっと、存在だけを続けてきた。

誰かの恨みを買う筋合いは無い、ラタトスクはそう思っていた。

生まれて初めての敵が、ラタトスクは、恐ろしかった。

 

消さなくてはならない。

葛葉紘汰を、消さなくてはならない。

何としてでも。

 

故に、ラタトスクは、それを生み出した。

 

「フレズベルク」

 

ラタトスクは、それに、フレズベルクと名付けた。

死体を飲み込む者、を意味する。

 

フレズベルクは、鷲の巨人。

ラタトスクの力と、その資源のうち、いくらかを分離させて生み出した、ラタトスクの代理人である。

 

フレズベルクも、また、ラタトスクだ。

角居裕也が、初瀬亮二が、そして、インベスとなって死んだ者たちがそうであるように。

フレズベルクは、ラタトスクと別の自我を持っているわけではない。

 

それでも、ラタトスクがフレズベルクを作り出したのは、葛葉紘汰への恐怖心故だ。

自分の身体ひとつで葛葉紘汰の元へ赴き、もしも、倒されたら。

ラタトスクは、恐怖心故に、その力を分割した。

ラタトスクは、狡猾だ。

 

「行け。葛葉紘汰を抹殺しろ」

 

「行く。葛葉紘汰を抹殺する」

 

自分の手とじゃんけんをするような会話の後、ラタトスクは、クラックを開き、その向こうへ消えてゆくフレズベルクを見送った。

 

ラタトスクは、思考する。

生存のために、煉獄の中心で、ただ、思考を続ける。

 

 

どうやら、締め出されたらしい。

俺・駆紋戒斗と呉島貴虎は、ヘルヘイムの森にいた。

しばらく、ここでこうしているような気がする。

 

俺は、考えていた。

あの、ラタトスクとかいう奴。

桁違いの強さだった。

正体は一切わからないが、いや、そもそもここまで何が起きているのかもよくわからないが、とにかく、桁違いの強さだった。

わかるのはそれだけでいいはずだ。

 

湊が、そして恐らく角居と初瀬が、奴に殺された。

奴らが、ラタトスクより弱かった、というだけの話だ。

―――俺は、感傷に浸るような弱者ではない。

 

狙いは、定まったのだ。

わけはわからないが、俺は、ラタトスクを潰す。

それは、奴が強いからだ。

奴を倒し、俺は、自らの強さを証明する。

俺には、それしかない。

 

奴は、俺が偽物だとか抜かした。

ふざけるな。

本物も偽物もあるものか。

俺は、ここにいる。

俺は、駆紋戒斗だ。

例えばもう一人、奴の言うところの本物の駆紋戒斗がいたとして、俺に何の関係がある?

そいつが弱ければ、そもそも初めから話にならない。

そいつが強ければ、戦う。

その時、本物だとか偽物だとかは自動的に決着する、それだけだ。

 

俺が行くべき場所は、決まっている。

 

「おい!どこへ行く?」

 

呉島貴虎が、歩き出した俺を引き留める。

 

「オーバーロードの元へ向かう」

 

「オーバーロード、だと?何故だ?」

 

「奴らは、この森の住人だそうだな。

ならば、あの、ラタトスクとかいうやつのことを、何か知っているかもしれない」

 

「お前、奴とまた戦うつもりか?」

 

「当然だ。奴は、ラタトスクは強い。

それだけで俺が戦う理由になるだろう」

 

呉島貴虎は、少し考え込むような顔をした後、目を瞑って頷き、そうだな、と言った。

 

「そうだな。初瀬と、角居のことも気掛かりだ。

湊も…やられているしな。

何よりも、光実が、あそこに残っている筈だ。

―――いずれにせよ、ラタトスクのもとへ戻る必要があるな」

 

「ああ。だから、オーバーロードを探す」

 

「確か、前に一度見ている、と言ったな?」

 

ああ。

俺は返事をする。

俺は、以前、この森で、オーバーロードを見た。

マントのような装飾を付けた、赤いオーバーロード。

力こそ全て、その信念をオーラのようにまとった、紛うことなき強者。

 

「聞き慣れない言葉を話していた、と言ったな。

対話の余地はあるのか?」

 

「もしかすると、滑舌が悪かっただけかもしれない」

 

「なるほど」

 

「それに、もし言葉が通じなくとも―――」

 

力で黙らせればいい。

それだけだ。

 

「いや、この場合は黙らせたら駄目だろう」

 

呉島貴虎が何か言っていたが、俺は、気にせずにヘルヘイムの森を歩き出した。

 

 

僕は、ヘルヘイムの森を歩き続けた。

オーバーロードを見付け、禁断の果実を手に入れるために。

そして、本物の呉島光実になるために。

僕は、歩き続けた。

 

インベスが現れたらなぎ倒す。

空腹を感じたらヘルヘイム果実を食べる。

それを、恐らくだが、もう三日程続けている。

オーバーロードは、未だ見付からないままだ。

 

そもそも、雲を掴むような話ではあった。

オーバーロードの実在も疑わしい。

阿呆の駆紋戒斗の証言などまるであてにならないからだ。

禁断の果実に至っては、更に怪しい。

もしかしたら、全て出鱈目かもしれない。

僕は、これから一生、愛しい居場所を探して、この森を歩き続けることになるのかもしれない。

 

それは―――耐えられない。

 

それでも僕は、歩みを止められなかった。

僅かな希望を頼りに、前に進むしかなかった。

僕らしくないな、と思う。

僕らしくないのは、僕が偽物だからだろうか。

本物の呉島光実は、こんなことはしないだろうか。

そんな考えが、また頭をもたげ、僕はそれを意識的に振り払おうとする。

 

兄さんは、どうしているだろうか。

あの兄さんも、偽物なんだろう。

今も、あの狂った世界で、人類救済のために奔走しているのだろうか。

僕のことを心配しているに違いないな。

過保護で、口うるさい兄だ。

いつからか、それを、疎ましく思うことの方が多くなったけれど。

 

舞さんに会いたい。

僕の、世界で一番大切なひと。

傍で、笑っていてさえくれればいい。

望みはそれだけなんだ。

ワガママは言わない。

それだけでいいんだ。

それだけ叶えるために、僕は、僕は―――

 

あれは。

あれは、クラックか。

 

僕は、少し遠くに、大きなヘルヘイムの樹を、縦に裂くようなクラックを発見した。

向こう側は、何かの建物の中、らしい。

恐らく、あれは、ユグドラシルタワーの…

 

―――戻ってきてしまったのか。

あの、偽物の沢芽市に。

ヘルヘイムの森に出てから、一直線に進んできた筈だ。

だが、この森の地理はわからないし、そもそも、クラックがどこにどう開いているか、などわかったものではない。

 

僕は、落胆する。

歩いてきた三日間が、ただの徒労だったかのように感じたからだ。

だが、気を取り直す。

僕は特定の場所に向かっているわけではなく、オーバーロードを探しているのだから。

 

―――一度、戻ってみるか。

入って、少し、様子を見てみよう。

代わり映えのしない森を歩き続けるだけでも、かなり気が滅入る。

偽物とはいえ、慣れ親しんだ景色の中、一度、休憩をしよう。

 

僕はそう思い立ち、樹に開いたクラックの中に、とぼとぼと入っていった。

 

―――クラックの中、ユグドラシルタワー内部。

コンピュータが多数並び、何らかの装置が散見される、天井の高い部屋。

 

その中心、オフィス用の椅子に、一人の少年が座っていた。

クラックに背を向けていた少年は、僕に気が付くと、椅子ごとくるりと回り、警戒するような素振りを見せる。

 

「インベス?」

 

少年の傍には、緑色の、インベス―だろうか―が立っていた。

見たことのないインベスだ。

少年は、椅子に座ったまま、そいつに話しかける。

 

「君の仲間か?」

 

「いや、知らないね」

 

緑色のインベスは、言葉を発する。

つまり、あれは、僕たちと同じ、尻からヘルヘイム果実を―――

 

 

突如、頭の中、電流が走る。

 

 

殴られたような衝撃。

モヤが晴れるように、目の前の光景に、急に、思考が追い付く。

何故、すぐにわからなかった?

こんなにも、明らかなことに。

なぜ、気付かなかった?

疲れているのか。

馬鹿か、僕は。

 

少年の顔を、見つめる。

少年は、汚いものでも見るかのような目で、僕を見返す。

 

あの顔は。

あの顔は、あの顔は、あの顔はッ!

 

 

―――僕の顔だ!

 

 

インベスになる前の、僕の顔。

 

呉島光実の顔。

 

つまり、あそこに座っているのは、

 

今、僕の目の前にいるのは、

 

あいつは、あいつは、

 

 

 

 

 

―――"本物の"呉島光実。

ここは、本物の沢芽市だ。

 

 

 

 

 

「呉島光実だな」

 

僕は、本物の僕に、問い掛ける。

 

「そうだけど、君は何?フェムシンム?」

 

奴がそう言うと、緑色のインベスが、口を挟む。

意地の悪そうな、僅かにアクセントのおかしい声だった。

 

「あんなフェムシンムは知らないねえ。違うと思うよ」

 

「へえ」

 

奴が、椅子からゆっくりと立ち上がる。

僕は、奴の目を見据えたまま、言う。

 

「僕は、呉島光実だ」

 

「お前、何を言っている?」

 

「僕は、お前を倒して、本物の呉島光実になる」

 

「………意味がわからないね」

 

「お前にはわからない。

舞さんと紘汰さんの傍に居場所がある、お前には」

 

「………!」

 

奴は、僕がそう言うと、その顔を、怒りに歪める。

緑色のインベスが、声を出して笑った。

 

「レデュエ!笑うな」

 

「ごめんごめん、ついね、ふふふ、面白くて、ふふ」

 

レデュエと呼ばれたそいつは、今も、小刻みに笑い続けている。

僕も、不愉快だ。

何故、笑う?

 

「お前、僕をからかっているのか?」

 

奴は、僕を睨み付けながら、言う。

 

「からかってるのは、そのレデュエって奴の方だろ。

―――もう一度言う。

僕は、呉島光実だ。

お前を倒して、本物になり、僕の居場所を取り戻す」

 

「…ふざけるな!」

 

奴は、怒号を上げると、見たことのない赤いドライバーを取り出し、装着した。

そして、これもまた、見たことのないロックシードを手に取る。

 

そうか、本物は、変身するのか。

アーマードライダーに。

 

奴は、言う。

 

「お前が僕なわけないだろ!

僕は、お前のような、醜悪な怪物じゃない!」

 

「黙れ!

僕が呉島光実だ。

本物になって、また、舞さんや紘汰さんと一緒に―――」

 

「紘汰さんだって!?

は!

お前はやっぱり僕じゃない!

葛葉紘汰は、僕の敵だ!」

 

「紘汰さんが、敵、だと。

ふざけるな。

ふざけるな!

何故、本物のお前がそんなことを言う!

紘汰さんの傍にいられるはずの、お前が!

お前は、何をしている!

何をしようとしているんだ!」

 

「うるさい!」

 

奴は、ロックシードを解錠する。

 

―――メロンエナジー!

 

「消えろ…!」

 

そう言うと、奴は、ドライバーにロックシードを装着し、右手で、レバーのようなパーツを、引いた。

 

―――メロンエナジーアームズ!

 

高い天井、そこにクラックが開き、メロンを模した鎧が、現れる。

奴は、それを纏い―――

 

白いアーマードライダーに変身した。

 

「消えろ、消えろ、消えろ、消えろぉぉぉっ!」

 

本物の呉島光実は、そう叫ぶと、左手に現れた赤い弓を、僕に向けて引いた。

 

つづく


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