青の鎧は砕け散り、俺は、怪物としての姿を表した。
戦極ドライバーが、がしゃん、という音を立てて、地に落ちた。
「す、角居…!」
ラタトスクを除く全員が、驚愕の声を上げる。
うずくまっていた初瀬も、俺を見つめ、呆然と固まっていた。
「嘘だろ…!?」
俺は、言葉を発することが、できなくなっていた。
比喩表現ではない。
何を言おうとしても、化け物じみた唸り声にしかならない。
そして、体のコントロールが効かなくなっていることにも気が付いた。
俺は、初瀬に襲い掛かり、両手の鉤爪で、その黒い鎧を攻撃する。
火花が散り、初瀬は、苦痛の声を上げた。
「やめろ!角居!」
「角居!」
メロンインベスが、俺を後ろから羽交い締めにして、止める。
初瀬が、俺の名前を呼ぶ。
俺の体は、暴れる。
やめろ、やめろ、やめろ!
「貴様、こいつに何をした?」
バナナインベスは、真っ直ぐラタトスクを見据え、鋭い声で問うのが見えた。
ラタトスクは、相変わらずの感情のこもらない声で、
「何もしていない。この男は、元々、インベスだ」
と、そう答えた。
「元々、インベスですって?」
ピーチインベスも、ラタトスクとの会話に入る。
俺の体は、メロンインベスに抑えられたまま、ただ、もがき続けている。
ラタトスクは、続けた。
「そうだ。インベスになり、死んだ男だ。
―――初瀬亮二」
名前を呼ばれた初瀬は、つい、ラタトスクの方を見てしまう。
ラタトスクは、今度は、
―――初瀬の顔をしていた。
「お前も、私だ」
「うわあああああああ!」
「初瀬ェッ!」
初瀬は、頭を抱えてのたうち回り、叫ぶ。
そして、俺と同じように、鎧は砕け、中から、インベスとしての初瀬の姿が、現れた。
………そうだよな、お前もだよな、初瀬。
「グオオオッ!」
初瀬は、怪物の声を上げると、バナナインベスに襲い掛かった。
バナナインベスは、それをいなし、ピーチインベスが、初瀬を止めようと横槍を入れる。
俺の体は、メロンインベスに捕らえられたままだった。
地獄絵図だ。
誰ひとり、人間がいない。
俺は、なんだか、冷静になってしまっていた。
というよりも、納得がいってしまったのだ。
そうだ、すべて、おかしいに決まってるんだ。
だって、インベスとして死んだ俺が、人として生きてる世界だったんだから。
俺の主観、そもそもからして、やはりおかしかったのだ。
俺の体は、依然、メロンインベスから逃れようと、もがき続ける。
「まずは、お前からだ」
ラタトスクが、暴れ続ける初瀬のもとに近付く。
初瀬は、雄叫びを上げると、バナナインベスたちを振り払って、ラタトスクに飛び掛かろうとする。
やめろ。
そいつに近付くな、初瀬。
やめろ!
「―――私に、還れ」
ラタトスクが、両手を前に出し、まるで初瀬を抱きとめようとしているかのような姿勢を作ると、初瀬の動きが止まった。
「グッ!グオオオオッ!」
初瀬は、苦悶の声を上げる。
―――初瀬の体から、何かオーラのようなものが出て、それがラタトスクへ流れ込んでゆく。
どんどん、初瀬の叫び声は大きくなってゆく。
メロンインベスが、俺を離し、初瀬の元へ向かった。
「初瀬ェッ!」
「来るな」
ラタトスクが一瞥すると、メロンインベスは見えない壁にぶつかったように、弾き飛ばされた。
紘汰が使っていた衝撃波に、よく似た力だった。
自由を得た俺の体は、再び、転げたメロンインベスに襲い掛かり、馬乗りになる。
そして、その顔面を殴り付けた。
「グオオオオオオオオオオッ!!!」
初瀬の叫び声の音量が極点を迎えるのがわかった。
メロンインベスは、俺を突き飛ばすようにして体を起こし、初瀬の方へと向かう。
それを俺の目が勝手に追いかけ、俺は、その瞬間を見てしまった。
―――初瀬の体は、オーラと共に、溶けるように、そして、地面に転がっていた初瀬のドライバーもまた、それに伴って、ラタトスクに吸い込まれていった。
「おかえり」
ラタトスクが、初瀬の顔のまま、そう呟いた。
メロンインベスが、叫び声を上げる。
「初瀬ェェェー!」
俺の体は、そんなメロンインベスに、背後から襲い掛かる。
もう、―――やめろよ。
何してんだよ。俺は。
初瀬は、ラタトスクに還った。
その意味が、俺にはわかる。
インベスになって死んだ、その後の記憶。
俺は、ラタトスクの中にいた。
俺はラタトスクであり、ラタトスクは俺でもあった。
インベスになって死んだ者の集合意識、それが煉獄の樹であり、ラタトスクだ。
それでありながら、ラタトスクは、固有の人格を持つ。
俺たちは、その意思のもと、集められた。
俺たちの役割は、
―――栄養分。
ラタトスクが存在し続けるために、俺たちは取り込まれ、苗床にされていた。
魂は絞りカスのようになり、ただ、苦痛だけが続く。
永遠にも感じる時の中、消滅は許されず、ラタトスクに、力を提供し続けるためだけに、俺たちの魂は、残存した。
初瀬は、ラタトスクの中に、還った。
俺もまた、ラタトスクだ。
俺であり、初瀬であり、インベスになって死んだ誰かさん。
俺たちは、役割を果たすために、ラタトスクが存在するために、苦しみ続ける。
理由なんて無い。
だってこれは、理由の無い悪意だから。
メロンインベスが、ラタトスクに再び斬り掛かり、ラタトスクを敵と認識したのか、バナナインベスも、それに加勢する。
二人は例のごとく吹き飛ばされたが、ピーチインベスが、その一瞬後、ラタトスクに肉薄したのが見えた。
ピーチインベスは、足技を繰り出し、ラタトスクを攻撃する。
一発、二発、三発。
無数の蹴りが繰り出される度に、俺の体に、激痛が走る。
コントロールも効かないくせに、痛みだけは律儀に俺が味わうのか。
俺の口は、勝手に唸り声を発し、体は、痛みで動かなくなって、膝から崩れ落ちた。
「お前たちに用は無い」
蹴られながら、ラタトスクは、微動だにせずに言う。
―――瞬間、インベスの方の手で目の前のピーチインベスの顔面を鷲掴みにし、そのまま持ち上げた。
「~ッ!」
ピーチインベスが、声にならない悲鳴を上げる。
バナナインベスたちが駆け寄ろうとするが、空いた手からラタトスクが放った衝撃波に、またも弾き飛ばされ、俺の視界から消える。
「かっ、戒斗っ…」
空中に掲げられたまま、ピーチインベスが声を出す。
ラタトスクの、インベスの腕が赤く発光し、シューシューと煙を発する。
ピーチインベスの顔面は、それに灼かれているようだった。
手足をじたばたさせ、抵抗を試みるが、駄目だ。
逃げられない。
やめろ。
………やめろ!
「湊!」
「あなたの未来、見届けられなくて、ごめ」
―――爆発。
ピーチインベスの体が、ラタトスクの手から滑り落ちる。
その体に、もう、首から上は無かった。
あの光に、灼き切られたようだった。
「湊ォォォッ!」
メロンインベスは、悲痛な声を上げ、バナナインベスは、言葉を失った。
「―――お前たちに、用は無い」
ラタトスクは、ピーチインベスの亡骸を一瞥もせずに、バナナインベス、メロンインベスを見据える。
そして、光の消えたインベスの手を、今度はその二者に向ける。
「出ていけ」
「なっ―――!」
次の瞬間、バナナインベスとメロンインベスの背後に大きなクラックが開き、二者は、衝撃波によって、その向こう―――ヘルヘイムの森へと、吸い込まれていった。
「貴様!待て!俺と勝負―――」
「角居!湊!角居―――」
二者は、それぞれに叫んでいたが、クラックはすぐに閉じ、姿が見えなくなってしまった。
空は、闇。
煉獄の樹は、再び、叫び声を上げる。
「さあ、あとは、お前だけだな。角居裕也」
ラタトスクが、言う。
今、この世界には、俺と、こいつしかいない。
俺自身の攻撃、そして、湊の攻撃。
度重なるダメージで、インベスとしての俺の体も、もう動けないようだった。
少し、弱すぎるだろうよ。
倒れ、視界が、赤黒く、この煉獄の大地の色に染まる。
「私からは逃れられない。お前は、私なのだから」
そうだ。
俺は、ラタトスクの一部。
こいつを生かすために存在を許された、死者の魂。
偽物の沢芽市での記憶が、随分と遠いものに感じた。
夢でも、見ていたのか。
いや、そもそも、本物の沢芽市での記憶も、夢のようだ。
俺は、もしかしたら、ずっと、最初からラタトスクの一部で、ひと欠片の細胞のように、存在してきたのかもしれない。
体は、いずれにせよ、動かない。
勝ち目は、いずれにせよ、無い。
「私に、還れ」
ラタトスクが、言った。
見えないが、先程のように、手を、俺に向けているのだろう。
―――苦痛。
「グアアアアッ!」
体ごと、いや、魂ごと、無理矢理引きちぎられるような感覚。
細かく、細かく、裂けてゆく。
そうだ、ラタトスクの中では、これがずっと続いていた。
痛ぇ。
痛い。
いたい。
少しずつ、体が消えてゆくのがわかる。
ラタトスクから分離して、辛うじて存在出来ていた、体。
それが、ラタトスクに、還ってゆく。
ラタトスクの意識が、流れ込んでくるのがわかる。
こうしてラタトスクは死者と同一化し、魂は個であり、個ではなくなる。
そう、まるで、映画を見ているように。
三人称の視点から読む小説のように。
漠然とした意識の中、苦痛だけが存在を証明する。
俺は、また、そういうものになる。
ラタトスクの中には、侵略を繰り返してきたヘルヘイム果実が生んだ悲劇と、同じ数の魂があるということだ。
その、夥しい量のそれらのうち、一つとなる。
それが、俺の、行き止まり。
終わることの無い、終わり。
ラタトスクの意識。
こいつは、生きることしか、考えていない。
何をするでもなく、ただ、生きるために生きている。
ずっと昔から、こいつはそうしてきた。
生存本能、そのものだ。
生きるために他者を犠牲にすることに、こいつは一切の疑問を抱かない。
こいつには、それしかない。
―――そう、思っていた。
流れ込んでくる意識の中、一つ、感じたことのないものが、存在するのがわかった。
これは、
―――危機感だ。
存在を揺るがすものへの、危機感。
こいつは、何かに怯えている。
俺は、その正体を探るように、手繰り寄せるように、意識を、研ぎ澄ます。
何だ。
お前が恐れているものは、何だ。
ラタトスク。
お前が生きる上での敵となる、それは、なんだ―――!
ラタトスクの意識の中。
ラタトスクの"天敵"として、新たに記憶された、その存在は、
"本物の"アーマードライダー鎧武。
葛葉紘汰。
―――紘汰ッ!
―――俺は、紘汰を、強く、心に想う。
その時、ラタトスクの意識の流入が、一瞬、止まった。
「抵抗をやめろ」
そうか。
そうかよ。
お前、紘汰が怖えのか。
再び、流入が始まる。
サガラは言っていた。
本物の葛葉紘汰が、煉獄を偽の沢芽市に創り変えた、と。
つまり、紘汰は、こいつを抑え込むことが出来たんだ。
だから、こいつは、紘汰の力に怯えてるんだ。
こいつは、これから、本物の紘汰を、消しに行くつもりだ。
自分を超える力を持つ可能性のある、紘汰を消しに。
自らの存在を脅かす者を、潰しに。
させねえ。
そんなこと、絶対にさせねえ!
―――ラタトスク!
俺は、ラタトスクに、意識で語りかける。
体は、もう、消滅しかかっていた。
何も見えない。
音はもう、何も、聴こえない。
―――お前に、紘汰は消させねえ!
俺は、語りかけ続ける。
魂が千切れてゆくような感覚の中、俺は、心で叫ぶ。
それを押し潰そうとするように、ラタトスクの意識は、また、勢いを増す。
―――俺が、お前をぶっ潰してやる…!
勝算があるとか、無いとか、そんなことじゃねえんだよ。
負けねえ。
負けねえ!
それだけだ。
それが、俺なんだよ!
俺は、ラタトスクじゃない。
こいつの栄養分でもない。
俺は、俺だ。
角居裕也だ。
ふざけやがって。
聞いてんのかよ。
おい!
偽物でも何でも、構わねえ。
ごっこでも何でも、知ったことか。
この世界のヒーローが!
アーマードライダー鎧武が、お前をぶっ潰すって言ってんだぞ!
―――ラタトスク!絶対、俺が、お前を………!
―――私に、還れ。角居裕也
紘汰。
お前は、俺が守る。
お前が、そうしてくれたように。
紘汰、紘汰―――!
角居裕也の魂と、その義体、そして残された戦極ドライバーとロックシードは、ラタトスクに取り込まれ、煉獄に静寂が戻った。
つづく