仮面ライダー鎧武オルタネイティヴ   作:瀬久乃進

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第27話「ラタトスク」

青の鎧は砕け散り、俺は、怪物としての姿を表した。

戦極ドライバーが、がしゃん、という音を立てて、地に落ちた。

 

「す、角居…!」

 

ラタトスクを除く全員が、驚愕の声を上げる。

うずくまっていた初瀬も、俺を見つめ、呆然と固まっていた。

 

「嘘だろ…!?」

 

俺は、言葉を発することが、できなくなっていた。

比喩表現ではない。

何を言おうとしても、化け物じみた唸り声にしかならない。

 

そして、体のコントロールが効かなくなっていることにも気が付いた。

俺は、初瀬に襲い掛かり、両手の鉤爪で、その黒い鎧を攻撃する。

火花が散り、初瀬は、苦痛の声を上げた。

 

「やめろ!角居!」

 

「角居!」

 

メロンインベスが、俺を後ろから羽交い締めにして、止める。

初瀬が、俺の名前を呼ぶ。

俺の体は、暴れる。

やめろ、やめろ、やめろ!

 

「貴様、こいつに何をした?」

 

バナナインベスは、真っ直ぐラタトスクを見据え、鋭い声で問うのが見えた。

ラタトスクは、相変わらずの感情のこもらない声で、

 

「何もしていない。この男は、元々、インベスだ」

 

と、そう答えた。

 

「元々、インベスですって?」

 

ピーチインベスも、ラタトスクとの会話に入る。

俺の体は、メロンインベスに抑えられたまま、ただ、もがき続けている。

 

ラタトスクは、続けた。

 

「そうだ。インベスになり、死んだ男だ。

―――初瀬亮二」

 

名前を呼ばれた初瀬は、つい、ラタトスクの方を見てしまう。

ラタトスクは、今度は、

―――初瀬の顔をしていた。

 

「お前も、私だ」

 

「うわあああああああ!」

 

「初瀬ェッ!」

 

初瀬は、頭を抱えてのたうち回り、叫ぶ。

そして、俺と同じように、鎧は砕け、中から、インベスとしての初瀬の姿が、現れた。

 

………そうだよな、お前もだよな、初瀬。

 

「グオオオッ!」

 

初瀬は、怪物の声を上げると、バナナインベスに襲い掛かった。

バナナインベスは、それをいなし、ピーチインベスが、初瀬を止めようと横槍を入れる。

俺の体は、メロンインベスに捕らえられたままだった。

 

地獄絵図だ。

誰ひとり、人間がいない。

 

俺は、なんだか、冷静になってしまっていた。

というよりも、納得がいってしまったのだ。

 

そうだ、すべて、おかしいに決まってるんだ。

だって、インベスとして死んだ俺が、人として生きてる世界だったんだから。

俺の主観、そもそもからして、やはりおかしかったのだ。

俺の体は、依然、メロンインベスから逃れようと、もがき続ける。

 

「まずは、お前からだ」

 

ラタトスクが、暴れ続ける初瀬のもとに近付く。

初瀬は、雄叫びを上げると、バナナインベスたちを振り払って、ラタトスクに飛び掛かろうとする。

 

やめろ。

そいつに近付くな、初瀬。

やめろ!

 

「―――私に、還れ」

 

ラタトスクが、両手を前に出し、まるで初瀬を抱きとめようとしているかのような姿勢を作ると、初瀬の動きが止まった。

 

「グッ!グオオオオッ!」

 

初瀬は、苦悶の声を上げる。

―――初瀬の体から、何かオーラのようなものが出て、それがラタトスクへ流れ込んでゆく。

どんどん、初瀬の叫び声は大きくなってゆく。

メロンインベスが、俺を離し、初瀬の元へ向かった。

 

「初瀬ェッ!」

 

「来るな」

 

ラタトスクが一瞥すると、メロンインベスは見えない壁にぶつかったように、弾き飛ばされた。

紘汰が使っていた衝撃波に、よく似た力だった。

自由を得た俺の体は、再び、転げたメロンインベスに襲い掛かり、馬乗りになる。

そして、その顔面を殴り付けた。

 

「グオオオオオオオオオオッ!!!」

 

初瀬の叫び声の音量が極点を迎えるのがわかった。

メロンインベスは、俺を突き飛ばすようにして体を起こし、初瀬の方へと向かう。

それを俺の目が勝手に追いかけ、俺は、その瞬間を見てしまった。

 

―――初瀬の体は、オーラと共に、溶けるように、そして、地面に転がっていた初瀬のドライバーもまた、それに伴って、ラタトスクに吸い込まれていった。

 

「おかえり」

 

ラタトスクが、初瀬の顔のまま、そう呟いた。

メロンインベスが、叫び声を上げる。

 

「初瀬ェェェー!」

 

俺の体は、そんなメロンインベスに、背後から襲い掛かる。

もう、―――やめろよ。

何してんだよ。俺は。

 

初瀬は、ラタトスクに還った。

その意味が、俺にはわかる。

 

インベスになって死んだ、その後の記憶。

俺は、ラタトスクの中にいた。

俺はラタトスクであり、ラタトスクは俺でもあった。

インベスになって死んだ者の集合意識、それが煉獄の樹であり、ラタトスクだ。

それでありながら、ラタトスクは、固有の人格を持つ。

俺たちは、その意思のもと、集められた。

俺たちの役割は、

―――栄養分。

 

ラタトスクが存在し続けるために、俺たちは取り込まれ、苗床にされていた。

魂は絞りカスのようになり、ただ、苦痛だけが続く。

永遠にも感じる時の中、消滅は許されず、ラタトスクに、力を提供し続けるためだけに、俺たちの魂は、残存した。

初瀬は、ラタトスクの中に、還った。

 

俺もまた、ラタトスクだ。

俺であり、初瀬であり、インベスになって死んだ誰かさん。

俺たちは、役割を果たすために、ラタトスクが存在するために、苦しみ続ける。

理由なんて無い。

だってこれは、理由の無い悪意だから。

 

メロンインベスが、ラタトスクに再び斬り掛かり、ラタトスクを敵と認識したのか、バナナインベスも、それに加勢する。

二人は例のごとく吹き飛ばされたが、ピーチインベスが、その一瞬後、ラタトスクに肉薄したのが見えた。

 

ピーチインベスは、足技を繰り出し、ラタトスクを攻撃する。

一発、二発、三発。

無数の蹴りが繰り出される度に、俺の体に、激痛が走る。

コントロールも効かないくせに、痛みだけは律儀に俺が味わうのか。

俺の口は、勝手に唸り声を発し、体は、痛みで動かなくなって、膝から崩れ落ちた。

 

「お前たちに用は無い」

 

蹴られながら、ラタトスクは、微動だにせずに言う。

―――瞬間、インベスの方の手で目の前のピーチインベスの顔面を鷲掴みにし、そのまま持ち上げた。

 

「~ッ!」

 

ピーチインベスが、声にならない悲鳴を上げる。

バナナインベスたちが駆け寄ろうとするが、空いた手からラタトスクが放った衝撃波に、またも弾き飛ばされ、俺の視界から消える。

 

「かっ、戒斗っ…」

 

空中に掲げられたまま、ピーチインベスが声を出す。

ラタトスクの、インベスの腕が赤く発光し、シューシューと煙を発する。

ピーチインベスの顔面は、それに灼かれているようだった。

手足をじたばたさせ、抵抗を試みるが、駄目だ。

逃げられない。

やめろ。

………やめろ!

 

「湊!」

 

「あなたの未来、見届けられなくて、ごめ」

 

―――爆発。

 

ピーチインベスの体が、ラタトスクの手から滑り落ちる。

その体に、もう、首から上は無かった。

あの光に、灼き切られたようだった。

 

「湊ォォォッ!」

 

メロンインベスは、悲痛な声を上げ、バナナインベスは、言葉を失った。

 

「―――お前たちに、用は無い」

 

ラタトスクは、ピーチインベスの亡骸を一瞥もせずに、バナナインベス、メロンインベスを見据える。

そして、光の消えたインベスの手を、今度はその二者に向ける。

 

「出ていけ」

 

「なっ―――!」

 

次の瞬間、バナナインベスとメロンインベスの背後に大きなクラックが開き、二者は、衝撃波によって、その向こう―――ヘルヘイムの森へと、吸い込まれていった。

 

「貴様!待て!俺と勝負―――」

「角居!湊!角居―――」

 

二者は、それぞれに叫んでいたが、クラックはすぐに閉じ、姿が見えなくなってしまった。

 

空は、闇。

煉獄の樹は、再び、叫び声を上げる。

 

「さあ、あとは、お前だけだな。角居裕也」

 

ラタトスクが、言う。

今、この世界には、俺と、こいつしかいない。

俺自身の攻撃、そして、湊の攻撃。

度重なるダメージで、インベスとしての俺の体も、もう動けないようだった。

少し、弱すぎるだろうよ。

倒れ、視界が、赤黒く、この煉獄の大地の色に染まる。

 

「私からは逃れられない。お前は、私なのだから」

 

そうだ。

俺は、ラタトスクの一部。

こいつを生かすために存在を許された、死者の魂。

 

偽物の沢芽市での記憶が、随分と遠いものに感じた。

夢でも、見ていたのか。

いや、そもそも、本物の沢芽市での記憶も、夢のようだ。

俺は、もしかしたら、ずっと、最初からラタトスクの一部で、ひと欠片の細胞のように、存在してきたのかもしれない。

 

体は、いずれにせよ、動かない。

勝ち目は、いずれにせよ、無い。

 

「私に、還れ」

 

ラタトスクが、言った。

見えないが、先程のように、手を、俺に向けているのだろう。

 

―――苦痛。

 

「グアアアアッ!」

 

体ごと、いや、魂ごと、無理矢理引きちぎられるような感覚。

細かく、細かく、裂けてゆく。

そうだ、ラタトスクの中では、これがずっと続いていた。

痛ぇ。

痛い。

いたい。

 

少しずつ、体が消えてゆくのがわかる。

ラタトスクから分離して、辛うじて存在出来ていた、体。

それが、ラタトスクに、還ってゆく。

 

ラタトスクの意識が、流れ込んでくるのがわかる。

こうしてラタトスクは死者と同一化し、魂は個であり、個ではなくなる。

そう、まるで、映画を見ているように。

三人称の視点から読む小説のように。

漠然とした意識の中、苦痛だけが存在を証明する。

俺は、また、そういうものになる。

 

ラタトスクの中には、侵略を繰り返してきたヘルヘイム果実が生んだ悲劇と、同じ数の魂があるということだ。

その、夥しい量のそれらのうち、一つとなる。

それが、俺の、行き止まり。

終わることの無い、終わり。

 

ラタトスクの意識。

こいつは、生きることしか、考えていない。

何をするでもなく、ただ、生きるために生きている。

ずっと昔から、こいつはそうしてきた。

生存本能、そのものだ。

生きるために他者を犠牲にすることに、こいつは一切の疑問を抱かない。

こいつには、それしかない。

 

―――そう、思っていた。

 

流れ込んでくる意識の中、一つ、感じたことのないものが、存在するのがわかった。

これは、

 

―――危機感だ。

存在を揺るがすものへの、危機感。

 

こいつは、何かに怯えている。

 

俺は、その正体を探るように、手繰り寄せるように、意識を、研ぎ澄ます。

 

何だ。

お前が恐れているものは、何だ。

ラタトスク。

お前が生きる上での敵となる、それは、なんだ―――!

 

 

 

ラタトスクの意識の中。

ラタトスクの"天敵"として、新たに記憶された、その存在は、

 

 

 

"本物の"アーマードライダー鎧武。

葛葉紘汰。

 

 

 

―――紘汰ッ!

 

 

 

―――俺は、紘汰を、強く、心に想う。

その時、ラタトスクの意識の流入が、一瞬、止まった。

 

「抵抗をやめろ」

 

そうか。

そうかよ。

お前、紘汰が怖えのか。

再び、流入が始まる。

 

サガラは言っていた。

本物の葛葉紘汰が、煉獄を偽の沢芽市に創り変えた、と。

つまり、紘汰は、こいつを抑え込むことが出来たんだ。

だから、こいつは、紘汰の力に怯えてるんだ。

 

こいつは、これから、本物の紘汰を、消しに行くつもりだ。

自分を超える力を持つ可能性のある、紘汰を消しに。

自らの存在を脅かす者を、潰しに。

 

させねえ。

そんなこと、絶対にさせねえ!

 

―――ラタトスク!

 

俺は、ラタトスクに、意識で語りかける。

体は、もう、消滅しかかっていた。

何も見えない。

音はもう、何も、聴こえない。

 

―――お前に、紘汰は消させねえ!

 

俺は、語りかけ続ける。

魂が千切れてゆくような感覚の中、俺は、心で叫ぶ。

それを押し潰そうとするように、ラタトスクの意識は、また、勢いを増す。

 

―――俺が、お前をぶっ潰してやる…!

 

勝算があるとか、無いとか、そんなことじゃねえんだよ。

負けねえ。

負けねえ!

それだけだ。

それが、俺なんだよ!

 

俺は、ラタトスクじゃない。

こいつの栄養分でもない。

 

俺は、俺だ。

角居裕也だ。

 

ふざけやがって。

聞いてんのかよ。

おい!

 

偽物でも何でも、構わねえ。

ごっこでも何でも、知ったことか。

 

この世界のヒーローが!

 

アーマードライダー鎧武が、お前をぶっ潰すって言ってんだぞ!

 

 

 

―――ラタトスク!絶対、俺が、お前を………!

 

―――私に、還れ。角居裕也

 

 

 

紘汰。

お前は、俺が守る。

お前が、そうしてくれたように。

紘汰、紘汰―――!

 

 

 

角居裕也の魂と、その義体、そして残された戦極ドライバーとロックシードは、ラタトスクに取り込まれ、煉獄に静寂が戻った。

 

つづく

 


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