仮面ライダー鎧武オルタネイティヴ   作:瀬久乃進

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裕也の煉獄編
第25話「世界の正体」


「角居、起きろ」

 

声がして、目を覚ます。

この声は、戒斗…いや、バナナインベスのものだ。

 

―――どうやら、気を、失っていたらしい。

目覚めたら、すっかり暗くなっていて、俺の周りを、バナナインベス、メロンインベス、ピーチインベス、そして、初瀬が取り囲んでいた。

 

ユグドラシルタワー前の、広場。

オレンジインベスの亡骸は、相変わらず、近くに横たわっている。

 

妙に、体が楽になっているのがわかった。

そして、変身したままだったことに気が付く。

戦極ドライバーには、ロックシードから養分を得る力があるそうだ。

この、青いオレンジのロックシードが、俺の体を癒していたのか。

 

こんな開けた場所でインベスに襲われなかったのが奇跡だ、と思ったが、目の届く範囲に、インベスはいない。

クラックは依然そこら中に開いたままだが、町は、静まり返っていた。

 

「もしかして、インベスから守ってくれていたのか?」

 

俺は、初瀬たちに問い掛ける。

 

「いや、悪いな。さっき合流して、今着いたとこだ」

 

「町に現れたインベスは、軒並み倒した」

 

初瀬が答え、バナナインベスがそれに続く。

よく見ると、初瀬の腰に、戦極ドライバーが巻いてあるのが見えた。

そうか、そういえば、そんなことを、オレンジインベスは言っていた。

 

「…結局、俺たち以外、生存者はいなかった」

 

メロンインベスが、低い声で言う。

 

「生存者が、いないって…」

 

寝起きの頭が、一気に覚めていくのを感じた。

みんな、インベスにやられて死んじまったってことかよ?

俺がそう問うと、

 

「死者は、三名。あとは皆、行方不明だ。

忽然と、町から姿を消している」

 

メロンインベスが、当たり前のことのように答える。

 

「ちょ、ちょっと待てよ、行方不明って…

おかしいだろ、それは!」

 

頭痛。

目眩がする。

 

昨日、正気を取り戻してから、町から人が減っていることには気付いていた。

でも、俺たちと、死んだっていう三名を残して、誰もいないだって?

そんなこと…

 

「お前ら、変だと思わないのかよ!?」

 

「それでも、実際そうなっていることは仕方ないでしょう?

この期に及んで、まだ、おかしい、おかしいって駄々をこね続けるつもり?」

 

ピーチインベスが、鋭い声で言う。

メロンインベスは黙って頷き、バナナインベスは相変わらずのバナナフェイスだ。

 

―――だよな、お前らはおかしいんだもんな、変だなんて思わねえよな。

でも、でも、

 

「初瀬!お前は、変だって思うだろ?」

 

俺は、初瀬に問い掛けた。

 

「いよいよ本当に破綻してるじゃねえか!

なあ、初瀬!?」

 

「…角居、俺だって、そりゃ、おかしいって思うけどよ」

 

初瀬は、何やら伏し目がちに、言葉を選ぶようにして、答える。

 

「湊さんの言う通りだ。

もう、文句を言っても始まらねえんだ。

生き残った俺たち同士で協力して―――」

 

「ふざけんな!」

 

俺は、座り込んだままアスファルトを殴り付ける。

ふざけんなよ、お前までそんなこと言うのか、初瀬。

お前は、まともなんじゃなかったのかよ。

 

「初瀬!お前まで、こいつらに毒されちまったのか!」

 

「角居、…落ち着け。

落ち着いて、話を聞いてくれ」

 

「これが落ち着いてられるか!だって、だって…」

 

「角居!」

 

初瀬が、俺の言葉を遮るようにして、大きな声で叫ぶ。

夜の町に、初瀬の声が反響する。

 

「…おかしいって思うのは、結構だよ。

でも、今は、状況を素直に受け入れろよ。

そうしねえと、ここでは、生き残れねえぞ」

 

沈黙。

俺は、返す言葉が、なくなってしまった。

 

「…とにかく、町に人はいなかった。

もしかしたら、見落としがあったかもしれねえけど。

インベスも、大体倒した。

クラックは開きっぱなしだが、新しく出てくるとこは見てねえ。

この町には、今、俺たちしか、いねえ」

 

―――そうか、今、おかしいのは、俺の方か。

 

状況を受け入れることができず、ただ、喚くことしか出来ない。

現実的に解決するメソッドも無いまま、ただ、嘆くことしか出来ない。

 

こいつらの言うことを信じれば、今、この町にいるのは、俺と初瀬を除いて、全員が化け物だ。

思想だけではない。

身体的にも、俺は、俺たちは、

―――マイノリティになってしまったんだ。

 

「角居裕也」

 

メロンインベスが口を開く。

 

「なんだよ」

 

「お前は、葛葉を殺した」

 

「…ああ、」

 

ああ、そうだよ。

俺が、あいつを殺した。

 

「だから、なんだよ。

やっぱり、俺を殺すか?」

 

俺がそう答えると、メロンインベスは、

 

「…これまでのことは、お互い、水に流そう。

だから、俺たちに協力してくれ」

 

と、続けた。

 

俺を、許すってのか?

 

オレンジインベスを殺した、俺を?

 

初瀬、バナナインベス、ピーチインベスは、ただ、沈黙を守る。

俺の返答を待っている。

メロンインベスは、こう続けた。

 

「お前の言う通り、俺たちは、おかしくなっている。

そして、それに、心からの疑問を持つことができない。

どこか、そういうものだ、と納得している。

…この世界の異常性に、毒されている」

 

メロンインベスは、更に続ける。

 

「毒されていないのは、恐らく、お前と初瀬だけだ。

だから、お前の意見が欲しい。

お前の知りうることを、俺たちと共有してほしい。

俺たちも、知りたいんだ。

この世界に、何が起きているか。

そして、」

 

俺たちは、これからどうすればいいのか。

 

そう言ったきり、メロンインベスも沈黙した。

 

静寂。

空には、月が出ている。

沢芽市しかないこの世界にも、宇宙はあるんだろうか。

それとも、あれは、いわゆる壁紙みたいなもの、牢獄の天井に描かれた空のようなものなんだろうか。

 

こいつらが、世界をおかしくしてるんだと思ってた。

でも、どうやら、そうじゃなかった。

こいつらもまた、おかしくなった世界の、

―――被害者だったんだ。

 

俺が殺してしまった、こいつも、きっと、そうだ。

そうだ。

俺は、罪を犯した。

 

親友殺しの罪だ。

 

また、涙が出てきた。

涙が、止まらなかった。

 

俺は、俺は、なんてことを。

 

「なあ、一つ、訊いてもいいか」

 

俺は、メロンインベスに問い掛ける。

 

「…なんだ?」

 

「こいつは、紘汰は、…」

 

 

この世界を、守ってくれてたのか?

 

 

「…そうだ。

お前も、知っていただろうに。

葛葉は、その力を使って、クラックの発生を抑え、インベスを遠ざけ、植物の侵食を防いでいた。

葛葉は、」

 

―――本気で、世界を守ろうとしていた。

 

俺は、声を出して泣いた。

紘汰の亡骸にすがりつき、泣いた。

マスクの内側を、涙が伝った。

 

「ごめん…!

紘汰、ごめん…!

俺は、俺は、なんてことをッ…!

お前のことを信じられずに、俺は、俺は―――!」

 

そうだ。

世界の異常性に気付いたとて、いくら抗ったとて、俺に、紘汰のような力は無かった。

現実的に、全てを守るメソッドなど、持ち合わせてはいなかった。

 

俺は、ただ、周りが自分とは違うという理由だけで、世界の崩壊に手を貸してしまったんだ。

 

初瀬たちは、言葉を発することなく、俺を見守るように、ただ、そこにいた。

 

「紘汰、紘汰!」

 

紘汰の亡骸の、腹の傷は、何故かはわからないが、いつの間にか塞がっていた。

だが、それで、俺がこいつを殺した、という事実が消えるわけではない。

俺は、この手で、こいつの体を貫いた。

その罪が、消えるわけではない。

 

確信に変わった。

こいつは、俺に、わざと倒されたんだ。

俺は、この世界に適応できなかった。

故に、世界を守る王である紘汰は、俺を淘汰しなくてはならなかった。

でも、それが、できなかった。

こいつに、俺を殺すことは、できなかった。

 

こいつは、俺の知る、優しい男のままだったんだ。

 

―――紘汰の亡骸は、突然、オレンジ色の光に包まれた。

 

「紘汰…?」

 

初瀬たちも、その光に駆け寄る。

それぞれに、疑問の声を発する。

 

光は、どんどん強くなっていった。

 

「紘汰…?紘汰!」

 

光の中の紘汰の姿が、どんどん、薄くなってゆく。

遠ざかるように、消えてゆく。消えてゆく。

 

紘汰の体に、触れる。

冷たい。

肩を掴み、揺さぶる。

光は、どんどん強くなる。

 

待ってくれ。

いかないでくれ。

紘汰、消えないでくれ。

紘汰!

 

「紘汰ァーーーッ!」

 

やがて、手の中の紘汰の冷たさは消えた。

紘汰の体は、なくなってしまった。

 

紘汰の体があった場所に、ヘルヘイム果実が一つ、ぽつん、と残されていた。

 

誰も、言葉を発しなかった。

俺は、そのヘルヘイム果実を、手に取る。

果実は、青いロックシードに変化した。

いや、ロックシードなのだろうが、これは、錠前では、ない。

 

―――これは、鍵だ。

青い、鍵のロックシード。

チーム鎧武の色。

 

「紘汰…!」

 

きっと、これは、紘汰が、その体の中に持ってた果実だ。

この、鍵のロックシードは、あいつだ。

俺は、それを、大切に、大切に、握り締めた。

 

誰も、言葉を発しなかった。

 

「………わかったよ」

 

俺は、変身を解き、静寂を破る。

 

「俺は、大きな罪を犯した。親友殺しの罪だ」

 

「角居…」

 

俺と目が合った初瀬が、泣きそうな顔をする。

バナナインベスが、ゆっくりと頷いた。

 

「償いたい。だから、」

 

―――俺に、力を貸してくれ。

 

メロンインベスもまた、ゆっくりと頷くと、俺に、右手を差し出す。

 

「こちらこそ、頼む」

 

俺は、その手を取った。

 

「貴虎、戒斗、湊さん、初瀬」

 

一人一人を、順番に見渡す。

 

「よろしく頼む」

 

全員が、それぞれの返事をした。

 

 

 

「悪いが、この世界は、もうおしまいだよ」

 

 

 

声がした。

振り向くと、そこに立っていたのは、

 

「DJ…サガラ…?」

 

ビートライダーズのカリスマであり、インベスゲームの火付け役、ビートライダーホットステーションの配信者。

こいつが、何故、ここに?

 

「サガラ…!」

 

「久しぶりだな、呉島主任!」

 

「お前、どこへ行っていた?」

 

「忙しくてね。なかなか、こっちには来れなかったんだ」

 

「沢芽市の外にいたのか?」

 

「んー、半分正解、ってとこだな。

沢芽市には、いたよ」

 

「ハッキリとものを言ったらどうだ?」

 

バナナインベスが突っかかり、睨みを利かせる。

サガラは、余裕綽々の態度で、それに応じた。

 

「あー、悪い、悪い。

まあ、そんじゃあハッキリ言うけどよ、」

 

―――この沢芽市には、いなかったんだよ。

 

サガラは、何の気なしに、そう言った。

 

この、沢芽市には?

 

「どういうことだ!説明しろ、サガラ!」

 

メロンインベスが、サガラに詰め寄り、怒声を上げる。

 

「言ったまんまだよ。もうひとつの沢芽市と、あとは、んー、ヘルヘイムの森にもいたな」

 

「もうひとつの…沢芽市?」

 

初瀬が、困惑をその顔一杯に広げる。

バナナインベスたちも、表情は上手く読み取れないが、困惑している様子だった。

 

俺は、ブドウインベスの言葉を思い出していた。

 

―――この沢芽市は、偽物。

 

「本物の、沢芽市ってやつか?」

 

俺は、サガラに言う。

 

「ご名答!角居裕也、気付いてたんだな」

 

「俺が気付いたわけじゃねえけどな。

…ここは、偽物の沢芽市ってことか」

 

「ああ、そういうことになるな」

 

この男が、真実を語っているとは、限らない。

なのに、信じさせる力があった。

妙な説得力があった。

 

こいつの言葉は、おそらく、真実だ。

 

「ここは、創られた偽物の沢芽市だ。

お前は、駆紋戒斗の、」

 

バナナインベスを指差し、

 

「あんたは、呉島主任の」

 

メロンインベスを指差し、

 

「あんたは、湊耀子の」

 

そして、ピーチインベスを指差して、

 

「―――アバター。偽物、ってわけだ」

 

そう言った。

 

「アバター…だと…?」

 

「私が…偽物…?」

 

「…ふざけるな!」

 

メロンインベスとピーチインベスは困惑したように、

バナナインベスは怒りを露にして、

サガラを見つめる。

 

「創られた、って言ったな。

誰が創ったって言うんだ」

 

俺は、一歩踏み出して、サガラを見据える。

サガラは、微笑み、

 

 

「"本物の"葛葉紘汰だよ」

 

 

と、そう言った。

 

「本物の…紘汰…?」

 

「なんだ、そこまでは気付いてなかったのか、兄ちゃん。

…さて、世界の創造者である葛葉紘汰のアバターが、完全に消滅した以上な、」

 

「うわっ!」

 

―――突然の、大きな振動。

地震だ。

 

「この沢芽市に、もう先は無いんだよ」

 

「どういうことだッ!」

 

町が、町の景色が、溶け出してゆく。

そうとしか言いようがない光景だった。

アスファルトは赤黒くひび割れ、建物は歪み、空から、星が、月が消えてゆく。

その先にあったのは、本物の闇だ。

そしてまた、幾つも、新たなクラックが開いてゆくのが見えた。

 

「辛うじて保たれていた均衡も崩れ、全ておじゃんだ。

もう、お前たちが人として生きられる世界は、なくなるんだ」

 

叫び声。

地獄の底から響くような、嘆きの声だ。

その声がした、ユグドラシルタワーの方を見る。

タワーは、その外装が剥がれ落ちるように溶け出し、中から、巨大な、巨大な樹が現れた。

深い緑の葉を繁らせた、巨大な、樹だ。

 

「オォォォォオォォォォォォオォォォォオォォォォォォオォォォォッ!」

 

樹は、雄叫びを上げる。

すると、無数の枝が伸びて、そのうちの数本が、俺たちのもとへ襲い来る。

 

「ぐあああっ!」

 

「戒斗ッ!」

 

避け損なったバナナインベスが、枝に弾き飛ばされる。

初瀬たちは上手く回避したようだが、俺たちの間を、枝が隔て、俺の目の前に立つのは、サガラ一人のみとなった。

 

枝の先端が、その辺りに開いていたクラックの中に飛び込み、塞ぐ。

その枝から、更に枝が伸びて、近くにあった別のクラックに、次々と飛び込んでゆく。

 

こんなもの、この世の光景では、ない。

 

「あれは、煉獄の樹、って言ってな」

 

サガラが、状況に似つかわしくない、半笑いで言う。

枝の向こう、吹き飛ばされたバナナインベスに、ピーチインベスが駆け寄るのが見えた。

 

「インベスになって死んだ奴の集合意識みてえなもんだ。

本物の沢芽市から見た、ヘルヘイムの森の奥。

また別のクラックの向こうにあるものだ。

ここは、煉獄なんだよ」

 

煉獄?

ここが、煉獄?

 

「それを、葛葉紘汰が、無理矢理創り変えちまった。

―――それが、この世界の正体だ」

 

そう言うと、サガラの体は、まるでホログラムのように、半透明になった。

 

「さあ、お前たちは、これからどうする?

どうやって生きる?

それとも、どうやって死ぬ?」

 

「おい!待てよ!どこ行くんだよ!

逃げんじゃねえ!サガラァッ!」

 

「悪いな。

俺は、観客なもんでね。

―――楽しみにしてるぜ、角居裕也」

 

サガラはそう言い残すと、そのまま、姿を消した。

 

「角居!」

 

初瀬が、枝を潜り抜けて、走り寄ってくる。

 

「初瀬………」

 

「サガラは?サガラはどこに!」

 

「消えたよ、いなくなった」

 

「はあ?!何なんだよ、あいつ…!」

 

「なあ、初瀬」

 

「あ?」

 

「俺たちは、どうしたらいい?」

 

樹は、雄叫びを上げ続けている。

枝は暴れ、クラックを次々と塞いでゆく。

目の届く範囲のクラックは、全て塞がれてしまった。

空は、闇。深い深い、闇だ。

 

頭が、割れそうに痛かった。

樹の声が、まるで、自分の頭の中から聴こえるように感じた。

 

「………どうしてえんだよ、角居、お前は」

 

「………俺は………」

 

「俺はな、角居」

 

初瀬は、革ジャンの胸ポケットの辺りに、何か入ってるのだろうか、手を当てて、絞り出すように言った。

 

「………生きたい………!」

 

生きたい。

 

今の俺は、素直にそう思うことができない。

でも、この命は、

この命は、

俺の親友が、守ってくれたものだ。

 

右手の中の、鍵を、強く、強く握り締める。

 

だったら、俺は、

 

「―――俺も、生きるよ」

 

「…ああ。とりあえずな。生きようぜ」

 

「おう」

 

俺たちは、それぞれのロックシードを、解錠する。

 

―――オルタネイティヴオレンジ!

―――マツボックリ!

―――チェリーエナジー!

 

「変身!」

「変身!」

 

―――オルタネイティヴオレンジアームズ!

花道アナザーステージ!

 

―――マツボックリアームズ!

一撃インザシャドウ!

ミックス!

ジンバーチェリー!

ハハーッ!

 

「ここからは、俺たちのステージだ…!」

 

つづく


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