俺、駆紋戒斗は、チーム・バロンのアジトに赴く途中で、ザックの遺体を見付けた。
「ザック」
「…友達かしら?戒斗」
湊が、遠慮がちに問う。
「俺のチームの、ナンバーツーだった男だ。
今では、こいつにリーダーを任せていた」
インベスに襲われ、逃げたところをやられたのだろう。
うつ伏せに倒れ、背中には大きな切り傷があり、そこから大量の血が滲み出ていた。
バロンの衣装である、赤と黒のロングコート。ストリートの強者の証。
それが、ぼろぼろに引き裂かれていた。
「葛葉といい、貴様といい、あっけないものだな」
俺は、呟く。
力の無いものが、負ける。
そして、命を落とす。
それが、この世界の理だ。
俺の実家の製作所が、ユグドラシルに潰されたように。
強い方が、弱い方を圧する、それがこの世界だ。
今は、それに何の不満も無い。
負けたくなければ、強くなる。
強さを求めない者に、明日は無い。
勝とうとしない者に、勝利は無い。
だが―――
俺の知る限り、葛葉は強者であった。
俺の知る限り、ザックは強くなろうとしていた。
世界は残酷だ。
強くても、強くあろうとしても、容赦なく、命を奪う。
突然の理不尽が、勝者と敗者を分ける。
弱い方が、負ける。
負けた方が、弱い。
そう思わないことには、俺は、立ち上がることができなかった。
それは、今でも変わらないことだろう。
だから、ザック。葛葉。
俺は、お前たちのために、泣いたりなどしない。
お前たちを、哀れだとも思わない。
そう思うことは、貴様らへの冒涜だ。
そして、俺自身の、信念への冒涜だ。
俺は、ザックの遺体を担ぎ上げた。
「アジトまで連れていく。良いな?」
「ええ。戒斗、」
あなたは、強い。
湊は、そう続けた。
そうだ。
俺は、強い。
弱かったからこそ、俺は、強い。
行く手を塞いだインベスを、湊が蹴り砕いた。
●
―――ねえ、紘汰さん。
あなたは、主人公では無かったのですね。
僕は、それならそれで仕方がない、と思ってました。
物語があなたを主人公に選ぶのなら、僕なんかでは、到底、及ばないと思ったから。
僕とあなたは、違う。
きっと、根本から、違うんだ。
だからこそ僕は、あなたに憧れました。
あなたのように生きられたら、どんなに素晴らしいことだろう、と、そうも思っていました。
でもね、不思議でしょう?
あまり、羨んでいたわけではないんです。
あなたになりたかったわけではなかった。
あなたの傍で、ノンプレイヤーキャラクターとして、あなたの物語を見ていたかった。
だから、あなたの物語を壊そうとした裕也さんに、牙を剥きました。
でも、違った。
あなたは、主人公では無かった。
いや、そもそもこれは、物語でもなんでもなかった。
ただの、狂った偽物。
全てが紛い物。
僕も、あなたも、それを取り囲む世界も、僕の想いも、全て、全て。
僕は、チーム鎧武のガレージで、みんなで撮った集合写真の中の紘汰さんに語りかけている。
この写真も、偽物だ。
これに写ってるのは、僕じゃない。あなたじゃない。
これを撮った記憶なら、あるけれど、それは、僕のものじゃない。
本物の、呉島光実のものだ。
写真の中で、笑顔を浮かべる、舞さん。
そう、この世界には、僕の大切な舞さんがいない。
紘汰さん。
舞さん。
チームのみんな。
会いたい。
みんな、いなくなってしまった。
ここにだって、誰もいない。
僕の居場所は、なくなってしまった。
ふざけるな。
そんなこと、認めてたまるか。
僕は、足掻く。
必ず、取り戻す。
僕の毎日を。
みんなの笑顔を。
必ず、取り戻してやる。
―――僕は、僕が、呉島光実だ。
紘汰さん。
僕は、ヘルヘイムの森へ行きます。
森には、知性を持ったインベスがいるそうですね。
そして、戦極凌馬の手記や、シドの証言からすると、全ての不可能を可能にする、禁断の果実がある、と。
僕は、それを手に入れて、全てを取り戻します。
紘汰さん。
舞さん。
待っててください。
今、迎えに行きます。
●
―――なあ、お前さんが作りたかったのは、こんな世界なのかい。
酷い有り様じゃないか。
生き残ってんのは、駆紋戒斗、呉島光実、呉島貴虎、湊耀子、初瀬亮二、そして、角居裕也だけだ。
…ああ、わかってるよ。
こんな風にしたかったはず、ねェよな。
でも、この世界は、こんな風になっちまったんだ。
お前の優しさが。
お前の優しさが、お前の救おうとした奴に、もっと残酷な選択をさせようとしてんだ。
この世界は、もうすぐ終わる。
もう、お前の力も及ばない。
この化け物たちに、居場所が無くなるんだ。
それを、お前は、どうすんだ。
どうやって決着をつけるんだ。
―――なんて言っても、わかんねェか。
ああ、お前のせいじゃねえ。
これに関しては、誰が悪いわけじゃねえ。
でも、鍵は開けられてしまった。
こんなにおかしなことになってんだ。
あいつは、あいつらは、もうすぐ、全てに気が付く筈さ。
ヒントは出揃ってんだぜ。
さあ、どうやって落とし前をつける?
どうやって、開かれちまった扉を、閉じる?
この、煉獄の扉を。
つづく