「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
嘘だ。
嘘だ嘘だ嘘だ。
城乃内が、死んでる?
そんなこと、そんなこと、あっちゃいけねえだろうが。
いくら世界がおかしくなってても、それは、あっちゃいけねえだろ。
越えちゃいけない一線だろうが―――!
「おい!城乃内!城乃内!起きろよ!城乃内!」
俺は、城乃内の体を揺さぶる。
トレードマークの眼鏡は、律儀に耳に掛かったまま。
だが、その奥の目は、苦痛に見開かれ、もはや生気を伴っていない。
口元は、吐いたのだろう、血液や吐瀉物で汚れ、小綺麗なチャラ男の面影は残っていない。
腹には、先程のライオンインベスがやったとおぼしき、赤い傷跡。
人の臓物を見るのは初めてだったが、そんなことは気にならなかった。
そんなことより、城乃内、城乃内、城乃内!
「初瀬!やめろ、もう死んでいる!」
「わかんねえだろうが!勝手なこと言うんじゃねえ!」
俺は、背後に立っているであろうメロンインベスの方を振り向かずに、叫ぶ。
目から涙が滲むのがわかった。
勝手なこと言うな、城乃内が、城乃内がこんな風に死んで、いいはずがねえだろ!
「城乃内!城乃内ッ!」
「初瀬ェッ!」
メロンインベスの怒号。
後ろから俺の肩を掴み、城乃内から引き離そうとする。
離せ!離せよ!
「離せよ!」
「良いから、一度離れろ!」
メロンインベスは、無理矢理、俺を城乃内から引き剥がして、突き飛ばすようにしたあと、城乃内のもとにしゃがみこんで、腹部に両手を当てるようにした。
「おい!あんた、何して―――」
「少し黙れ!」
―――その時、メロンインベスの手の中から、微かな光が生まれた。
月の光に、よく似ていた。
「おい、なんだ、それ」
「治癒能力。私の、インベスとしての能力の一つだ」
「治癒って、おい、つまり、城乃内、これで治るのか!?
これで大丈夫なのか!?」
俺は、一筋の光明を見出だして、メロンインベスに問い掛ける。
光を見る。
すげぇ、城乃内の腹の傷が、みるみる塞がっていった。
これなら、城乃内は―――!
「いや」
メロンインベスは、首を横に振った。
「…体組織は修復できても、既に活動を停止した脳を回復させるには至らない。
この男は、…死んだ」
「そんな…!」
死んだ。城乃内が、死んだ。
小さな希望は、あっという間に粉々に砕かれ、俺は、頭の中が真っ白になった。
城乃内。
チャラチャラと軽薄そうに見えて、その実チャラチャラと軽薄な男だったが、俺は、こいつが好きだった。
こいつもきっと、そう思ってくれてたはずだ。
そんな、俺の、俺の大切な毎日を作ってる一人だった城乃内が、死んだ。
死ぬって、なんだ。
死ぬって、どういうことだ。
死ぬって、つまり、もう二度と、下らない会話をすることも出来なくて、喧嘩も出来なくて、どこに行っても会えなくて、つまり、つまり―――
本当の終わり。
「城乃内いいいぃいぃいいいぃいぃいいいぃいぃいいいぃいぃ!!!」
叫ぶことしか出来なかった。
溢れる涙は止まらなかった。
死んだんだ。
城乃内が、死んだんだ。
「…初瀬、ここでこれ以上こうしていても、仕方がない。
まだ、町に生存者はいる筈だ。
早く、探しに行こう」
「城乃内をここに置いてけっていうのか!」
そんなの、できるわけねえだろ!
こんなところに、こんなところで、ひとりになんて、ひとりになんでできるわけねえだろ!
俺は、メロンインベスに掴みかかる。
「行くって言うならあんた一人でどこへでも行けよ!
俺は、こいつとここにいる!」
「…それが、新しい後悔を生んでもか。
救える筈だった命を取り零してもか?」
「理屈じゃねえんだよ!城乃内は、城乃内はなあ!」
―――死んじまったんだぞ!
俺の声が、ガレージに木霊した。
残響。
やがて、しん、と静かになる。
「…そうか」
メロンインベスは、力なく呟くと、突然、膝から崩れ落ちた。
俺は、その体を咄嗟に支える。
「おい!どうした!」
「いや…少し、疲れたものでな」
メロンインベスは、そのままガレージの床に座り込む。
「疲れた、って…」
もしかして、さっきの能力。
相当、体に堪えるもんだったのか?
「情けないが、さっきのあれは、あまり、何度も使える力では無いんだ。
今日は、もう、既に二度、使っていたからな」
「既に、二度…?」
「ひとりは、さっき町中で死んでいた男だ。
知らない男だったが、名を知りたく思い、勝手に財布の中の名刺を失敬した。
…凰蓮・ピエール・アルフォンゾという男だった。
知っているか?」
「いや…知らねえ」
俺は、化け物の表情に明るくない。
それでも、救えなかった者の名前を心に刻みたい、そう思ったであろうこの怪物の顔は、泣いているように見えた。
「そうか。…もうひとりは、俺の部下だ。
人類救済のために、俺以上に体を張って戦った男だった」
部下?
ユグドラシルの人間、ってことか。
「そいつの名は、
―――きっと、お前も知っていることだろう。
元、ビートライダーズだと言っていた」
元、ビートライダーズ?
ユグドラシルの人間?
脳内で、検索が始まる。
誰だ、そいつは、誰だ―――
「葛葉紘汰。奴は、角居裕也に討たれ、死んだ」
「え?」
葛葉紘汰。
オレンジインベス。
あいつも、死んだのか?
それも、角居が、あいつを殺したのか?
昨日の今日だ。
昨日、あいつは俺たちの前に姿を表して、俺に戦極ドライバーを渡し、角居を連れ去っていった。
『殺さないよ。裕也を、殺すはずない』
オレンジインベスの言葉が、頭の中、響く。
戦ったのか。今日、角居とあいつが。
そして、角居が勝ったのか。
角居は、かつての親友を、討ったのか。
―――どんな、どんな気持ちだっただろう。
敵とは言え、化け物になったとは言え、友人の命を奪うのは、どれだけ辛かったことだろう。
目の前の、城乃内の亡骸を見つめ、思う。
この光景を、自分で作るのは、どれだけ、どれだけ、
―――辛かったことだろうか。
俺なら、きっと、耐えられない。
俺には、そんなことできない。
それを、角居はやったんだ。
俺は、友達を殺すか、友達に殺されるかなら、きっと、後者を選ぶんだろう。
『殺さないよ。裕也を、殺すはずない』
再び、奴の言葉を思い出す。
聞いたときには、正直、どうだかわからないと思った。
だが、それが、本当になった。
葛葉紘汰もまた、友人に殺される方を選ぶ、そんな男だった、というのか。
―――きっと、そんな男だったのだろう。
なぜか、今はそう思う。
「あんた、角居を、恨んでるか?」
「恨んでも、仕方がなかろう」
メロンインベスは、俺の問いに答える。
「…葛葉を失ったことで、奴が抑えていたクラックが全て解き放たれ、この町は、見ての通りだ」
「あいつが、クラックを抑えていた?」
「ああ。葛葉は、クラックやインベス、ヘルヘイム果実の操作能力を持っていたからな。
…と言って、わかるか?」
用語がわかるかどうかを確認したらしい。
クラックの向こうにあるのがヘルヘイム植物で、そこに住んでるのがインベス。
角居から聞いた話だと、そういう認識で良い筈だ。
オレンジインベスがクラックを操るところも、見た。
「ああ。10/6頃から、クラックの発生頻度が異常に増していたんだ。
葛葉は、それを食い止めていた。
尤も、クラックは葛葉の力をも上回る勢いで開いていったが。
故に、我々は、プロジェクトを早急に進める必要があった」
世界が森に包まれれば、ヘルヘイム果実以外、食べるものがなくなる。
ヘルヘイム果実を食べた生物は、知性を失い、インベスになる。
だが、尻からヘルヘイム果実を食うことで、知性をもったままインベスになれる。
だから、全ての人間の尻にヘルヘイム果実を入れ、次の世界に適応させる、それが、こいつらの言う、プロジェクト。
角居の口ぶりだと、まるで世界をおかしくしてる元凶みたいだったこいつらが、俺の目には、何だか、本気で世界を救おうとしてる奴らのように見えた。
「…だが、葛葉を失った今、既存のプロジェクトの続行は難しい。
早急に代案を練る必要がある。
その前に、まずは、今、生き残っている者を救出しなくてはならない。
…そもそも、人が、いないが」
「おい、それで、結局、角居のこと、恨んでんのかよ?」
「恨んだところで、始まらない。
尤も、」
これも、別の部下に、そのように諭されたのだが。
そう続け、力なく、微笑んだ。
今度はハッキリと表情がわかった。
自嘲するような微笑みだった。
「俺の力は、足りないな」
メロンインベスは、呟いた。
「結局のところ、誰一人救えていない。
いくら大きな理想を抱いたところで、インベスになったところで、俺の力は、たかが知れている。
俺は、」
―――無力だ。
目の前の化け物は、俺なんかあっという間に捻り潰しちまえそうな化け物は、己の無力を嘆き、目を伏せている。
人類救済。
人類、救済。
「貴虎」
俺は、貴虎に手を差し伸べる。
「立てるか」
「…ああ」
貴虎は、俺の手を掴む。
「時間取って、悪かったな。もう、大丈夫だ」
「そうか」
「あんたは、平気か?」
「少し座ったら、楽にはなった」
「そっか。じゃあ、行こうぜ」
「ああ」
こいつが無力だっていうなら、俺なんて、本当にただの雑魚だ。
でも、大事なのは、何が出来るかじゃない。
どうしたいかだ。
―――こいつの言う通りだ。
もう、こんなのはごめんだ。
「城乃内」
俺は、城乃内の亡骸の傍にしゃがみこんで、語りかける。
そっと、城乃内の眼鏡を外して、開きっぱなしの目を、そっと、閉じてやった。
貴虎が、緑色のハンカチを差し出して、目で合図をした。
俺は、ありがたく借りることにする。
そいつで、城乃内の汚れた口元を、拭いてやった。
ああ、さっきより、だいぶマシだ。
眠ってるみてえだな。城乃内。
ふと見渡すと、そこかしこに城乃内のものと思しき血しぶきが飛んでいるのがわかった。
俺は、無意識に、見ないようにしてたのかもしれないな。
城乃内は、死んだ。
「死んでんじゃねーよ、城乃内。
バーカ。これは、罰だ。
てめーの眼鏡、俺が頂いた」
また、目頭が熱くなるのがわかった。
「返してほしけりゃ、ここで大人しく待ってろ」
城乃内に、語りかける。
いつも、そうしていたような、そんな口調で。
「―――待ってろ」
俺はそう言うと、城乃内に背を向けて、ガレージの外へ歩き出した。
「貴虎、ありがとうな。城乃内のために、色々と」
「礼には及ばんよ。…彼の、フルネームを教えてくれるか?」
「城乃内秀保だ」
「そうか。…城乃内秀保」
貴虎が、小さな声で、安らかに眠れ、というのが聴こえた。
つづく