「初瀬亮二!今度はどこへ向かうんだ!」
メロンインベスは、すれ違うインベス全てと戦いながら、高速移動してる筈の俺に悠々と着いてきてた。
化け物め。
とりあえず、今のところは俺に危害を加えるつもりは無いらしい。
どこでどう豹変するかわかったもんじゃないが、どの道、もしこいつが本気で俺を殺そうとしたら、俺はあっという間にお陀仏だろう。
変な諦めが芽生えてきて、だったらこいつを利用してやろうじゃんか、と思うことにした。
レイドワイルドの奴らがいそうなところは、あらかた回った。
家を知ってるやつは、そっちにも行ってみた。
だが、誰一人として、いない。
そもそも、メロンインベスの言う通り、どこにいっても、人に会わない。
角居は、10/6を境に、沢芽市から人が減った、とは言っていたが、こんなに、まるで神隠しか何かみてえに、一斉にいなくなっちまうもんなのか、人ってのは?
何度でも言う。
この町は、おかしいんだ。
「どこへ向かうんだと訊いている!初瀬亮二!」
メロンインベスが怒号を上げる。
「城乃内ってやつを探してんだよ!俺のダチだ」
俺もまた、怒声でそれに応じた。
城乃内。
チーム・インヴィットのリーダーだ。
眼鏡がトレードマークのチャラ男で、女の子だらけのチームを率いる軟弱モヤシクソ野郎だ。
インベスゲームに於いては敵同士ではあったが、不思議と馬の合うやつで、一緒に遊ぶことも多かった。
人を小馬鹿にしたような態度がムカつくこともあったが、なんだかんだ言って、俺の大切なダチだ。
「その、城乃内とやらはどこにいるんだ?」
「知らねえよ!とりあえず、あいつのチームの溜まり場に行く」
「チーム?ああ、そいつもビートライダーズなのか。
初瀬亮二、お前もそうだったな」
「だから何だよ!」
「お前たちは、この世界の未来を担わなくてはならない若者だ。
そんなお前たちが、ダンスなどという無駄なことに時間を費やしてどうする。
無軌道に生きて、後のことはどうにでもなれ、とでも思っているのか。
人生から無駄を省き、それによってお前たちの人生は、完璧なものに近付く。
この世界の明日を背負って立つものとして、もっと自覚を―――」
「うっせえんだよ!」
俺は、ついカッとなって、メロンインベスの顔面を殴り付けていた。
だが、殴った俺の手の方が痛かった。
マジで痛え。
なんて硬ぇ顔してんだ、こいつ。
「…無駄無駄うっせえんだよ!
ああそうだよ、無駄だよ、俺たちのダンスなんて!
俺のチームがやってんのなんか、ただのオタ芸だよ!
人類救済だとか、そんな高い理想に燃えてるあんたなんかから見たら、そりゃあただの無駄な動きだろうよ!
でもな、でもな!」
―――無駄なこともやっとかねえと、意味のあることなんか出来やしねえだろ!
我ながら、わけのわからないことを叫んでいた。
やっちまった。
一時の感情に任せて、勝てるわけもねえ化け物に喧嘩を売っちまった。
さっきまですごいスピードで動いてたせいもあってか、時間が止まったように感じた。
「…そうか」
メロンインベスは、重々しく口を開く。
続くのは、どんな言葉だ。
それを聞くよりも先に、殺されちまうかも。
仮面の内側、嫌な汗が伝うのを感じた。
そして―――
「悪かった、初瀬。言い過ぎたようだ」
メロンインベスは、そう言うと、気まずそうに俺から目を背けた。
意外だった、としか言いようがない。
「俺の、悪い癖だ。つい、自分の意見を押し付けすぎてしまう。
お前たちにもお前たちなりの考えがあるのだな。すまない」
全く堪えていなそうだとはいえ、自分を殴り付けた相手に、この化け物は謝罪をしてる。
それが、ものすごく意外だった。
こいつの頭がおかしくなってるからなのか。
それとも、呉島貴虎とはそういう男だったのか。
俺にはわからないが、なんというか、こう、
―――見直した。
「お、俺も、殴ったりして、すまねえ」
「もっと、体重を乗せろ。骨盤を捻るようにだ」
「お、おう」
何故かパンチングの助言を受け、俺の困惑は深まる一方だ。
「それと、初瀬」
「なんだよ」
「今、ふいに思ったことだが―――」
メロンインベスは、今度は俺の目を見据えながら、言う。
禍々しい光を放つ黄緑色の目が、何故か、妙に綺麗に見えた。
「―――俺は、今のこと以外にも、何か、お前に謝らなくてはならないことがある気がするよ」
「はあ?」
「すまない。そのベルトは、俺の希望だ。大事に使え」
先を急ごう、と言うと、メロンインベスは俺に背を向けた。
俺は、わけもわからないまま返事をすると、インヴィットの溜まり場へ、再び、全力で走り出した。
頼む、いてくれ、城乃内。
少し、疲れを感じてきた。
この高速移動、やっぱり体にだいぶ負担をかけるみたいだ。
そりゃそうだよな、無茶な動きだもん。
少しずつスピードも落ちてきたように思う。
それでも、走んなきゃ。
ほんの僅かな希望を胸に、俺は、走り続けた。
もうすぐで、インヴィットの溜まり場だ。
「…ここか?」
「ああ」
インヴィットは、鎧武と同じく、小綺麗なガレージを溜まり場にしていた。
うちのチームのそれとは正反対だ。
扉の向こうには、城乃内と、インヴィットの女の子たちがいるはずだ。
そう信じたい。
「入ろう。気を付けろよ。インベスがいるかもしれん」
「ああ。でも、俺がやられそうになったら、」
あんたが守ってくれんだろ。
「約束する」
「そんじゃ、行くぞ!」
俺は、ガレージの扉を開いて、勢いよく中に飛び込んだ。
まず、目に入ったのは、一体のインベスだ。
インベスゲームでは、上級ロックシードから出てくる類いのインベス。
そいつは、赤い体をしていて、ライオンによく似ていた。
「はぁっ!」
メロンインベスは、左手の鉤爪で、ライオンのインベスを一閃。
まるで三日月のような軌道を描いたその斬撃が、一瞬で勝負を決したようだ。
ライオンインベスは、断末魔の叫び声を上げると、体液を吹き出しながら倒れ、動かなくなった。
メロンインベスの白い毛皮が、その体液で汚れる。
今気付いたが、ここに来るまでに、もうだいぶ汚れていたようだ。
そりゃそうだ。
あれだけのインベスを倒しながら、ここまで来たんだから。
血にまみれながらも、メロンインベスはそれを気に留める様子も無く、俺に言った。
「…怪我は無いか?」
無いよ。あんたがハンパねえからな。
ライオンインベスが倒れた後、ガレージは静まり返った。
ガレージ内側の扉付近には、さっきのインベスが出てきたと思われるクラックが開いていて、だいぶ暴れたのだろう、内装は荒れ放題だ。
俺は、大声を出して、城乃内と、そのメンバーたちの名を呼んでみる。
人の気配は、無い。
やっぱり、ここにも、誰もいないのか。
ガレージを見渡しても、人の姿は見えなかった。
「駄目だ、ここにもいねえ。他を…」
「待て、初瀬」
メロンインベスが、踵を返した俺の肩を掴み、呼び止めた。
「なんだよ」
「―――血の匂いがする」
血の匂い?
嫌な予感が頭をよぎり、俺は、ガレージの奥へ駆け出す。
そんな、そんなまさか。
そんな、そんな―――
テーブルは倒れ、上に置いてあったであろう雑誌や飲み物、そしてロックシードの類いが床に散乱している。
壁に貼られたインヴィットのポスターや、掛けられていた看板は、その多くがずたずたに引き裂かれていた。
大きめの、ホストクラブによくありそうなソファが目に入る。
城乃内は、女の子を侍らせて、このソファの中央でふんぞり返っていたものだ。
そのソファの裏には、人が一人、隠れることの出来そうなスペースがある。
この場合においては、不吉な、不吉なスペースだ。
何だろう。
頭の中に、何か苦いものが走るような、この感覚。
インベスゲームで負けが込んだ週のランキングを見る前のような、とてつもなく嫌な予感。
ソファから、視線を動かすことができない。
俺は、立ち尽くしてしまう。
見てはいけない。
これ以上、探してはいけない。
ソファの裂け目をじっと見つめたまま、頭の中で、そんな声が響く。
だが―――
確かめなきゃ。
この嫌な予感が、ただの杞憂であることを、ソファの裏を見て、確かめなきゃ。
大丈夫だ。
きっと、大丈夫な筈だ。
俺は、重い脚を、震える脚を、無理矢理、動かす。
一歩。
ゆっくり、ゆっくりと。
二歩。
あと一歩踏み込んで、覗きこめば。
それで済むことだ。
この予感は消え、俺はまた、きっと、どこかに隠れてるだけの友人たちを探して、走り出す。
あと一歩で。
あと一歩で、とりあえずは、ホッとできるはずなんだ。
城乃内は、ずる賢い小悪党みたいなやつだったが、今、俺の頭をもたげているそれ、未来から来るようなフラッシュバック、その光景、そんな、そんな目に逢うほど、悪いやつじゃなかった。
この世に神様がいるっていうなら、そんなの、絶対にあっちゃいけねえことだろ。
頼む。
頼むよ。
普段は、信じてもいない神様、存在を意識することさえない神様に、俺は、すがりつくように、心の中で、祈りの手を組みながら、十字を切りながら、そっと、最後の一歩を踏み出して、ソファの裏側を、覗きこんだ。
―――良かった。誰も、いない。
ホッと胸を撫で下ろす準備を、頭が勝手にしていたところ、それを引き裂いて目に飛び込んできたのは、腹をずたずたに引き裂かれた城乃内の姿だった。
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
わかりきってたことだった。
この世界に、神様はいない。