仮面ライダー鎧武オルタネイティヴ   作:瀬久乃進

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第19話「偽物」

―――俺は、ただ呆然と、立ち尽くすしかなかった。

 

数体の知性なきインベスが、俺の姿を認め、襲いかかってきた。

身体はもう限界だ。これ以上動ける気がしない。

俺はインベスたちに蹂躙され、意識は段々と遠のいていった。

 

人の声はしない。インベスの声しかしない。

ぎゃあ、ぎゃあ、獣のような、鳥のような、虫のような鳴き声。

オレンジインベスの亡骸。オレンジ色の水溜まり。

俺は、間違っていたのか。

正しかったのは、こいつだったのか。

こいつの力が、世界をこの現象から守っていたのか。

 

「角居!」

 

声がしたかと思うと、俺を囲んでいた数体のインベスのうち一匹が何者かに吹き飛ばされ、残りも、そいつの攻撃を受けて俺の視界から消えていった。

次に、爆発音とインベスたちの断末魔の叫び。

声の正体は、バナナインベスだった。

 

「何事だ!何があった、角居!」

 

俺は、膝から崩れ落ちる。バナナインベスは、俺の体を支えるようにしながら、そう言った。

俺が返事をできないでいると、バナナインベスは周囲を見渡し、オレンジインベスの死骸を発見した。

 

「葛葉…!?角居、貴様、葛葉を、倒したのか」

 

バナナとしか形容できないその顔からは、一切の表情を読み取ることは出来なかったが、声の調子から、困惑しているのがわかった。

 

「葛葉ほどの強者を…!?」

「葛葉ァ!」

 

続いて、メロンインベスとブドウインベス、ピーチインベスが、道を塞ぐ獣たちを斃しながら走ってくる。

三者は、オレンジインベスの死骸を見ると、一目散にそちらに駆け寄る。

ブドウインベスは立ち尽くし、メロンインベスとピーチインベスは、オレンジインベスの亡骸の傍に跪き、声をかけはじめた。

 

「葛葉!しっかりしろ!葛葉!」

「大将軍!」

 

骸を揺さぶり、悲痛な声で叫び続ける。

それも無駄だと悟ると、二者は肩を落とし、呆然とした様子になった。

 

「葛葉…」

 

メロンインベスは、アスファルトに拳を打ち付けると、激しい怒りを全身から立ち上らせるようにしながら、足早に歩いてきた。

バナナインベスを突き飛ばし、俺の肩を激しく揺さぶる。

 

「角居!貴様、よくも葛葉を!」

 

俺は、言葉を返すことができずにいた。

 

「この男は、人類を救う力を持っていたんだぞ!

それを、それを貴様は!角居!」

 

「よせ!」

 

バナナインベスは、どこからかバナナを取り出すと、それをメロンインベスに投げつけ、制した。

 

「何をする!」

 

「葛葉は、この男との、一対一での決着を望んだんだぞ!

…五人で掛かれば必ず勝てた勝負を捨てて、決闘を選んだんだ。

それが、葛葉の覚悟だ。

そして、角居が勝った。

それだけのことだ。

 

葛葉の死に責任があるとすれば、それは葛葉自身と、―――そして、葛葉の勝利を確信して見送り、戦いの結末を見誤った俺たちが負うべきものだ。

 

ここでこいつを責めて、どうなる?

仇を討てば、状況は良くなんのか?

お前の望む、人類救済が果たせんのか?

 

何よりも、今ここで角居を断罪することは、葛葉の強さへの、冒涜だ」

 

どうやら、俺はこいつに庇われているらしい、ということはわかった。

それでありながら、詭弁だ、と思った。

 

いずれにせよ、俺は、ユグドラシルインベスに反旗を翻した、ユグドラシルインベスの敵だ。

こいつらからしたら、異常なのは俺だ。

それだけで、排斥する理由は、充分にあるはずだから。

 

―――俺が知る限り、駆紋戒斗は、独特の価値観を持っていた。

今しがたバナナインベスが語った言葉は、その価値観に、信念に基づくものであったはずだ。

おかしくなった頭の中の、駆紋戒斗の残滓が、この怪物に、その言葉を語らせている。

 

信念の言葉。

故に、こいつの詭弁は、強い。

メロンインベスは、返す言葉が見当たらないのか、そのまま黙り込み、バナナインベスを睨んだ。

 

「そもそも、こいつあんな化け物に勝ってんだぞ。

葛葉抜きの俺たちでどうこうできるとは思えん」

「確かに」

 

メロンインベスも頷く。

それ、言わなきゃ良かったのに。

 

こいつは、勘違いをしている。

俺は、オレンジインベスを倒したが、―――勝ってはいない。

最後の一撃を、あいつは、恐らく、わざと喰らった。

 

本気を出せば、それこそ指一本で俺を殺すことができたはずだ。

なのに、それをしなかった。

一対一の勝負を選び、俺の前で、命を投げ出した。

 

―――裕也、ごめんな。

あいつは、最期の瞬間、俺に謝った。

 

オレンジインベスの中の葛葉紘汰の残滓が、そうさせたのか。

俺を殺すことを、躊躇わせたのか。

それとも、オレンジインベスとして俺を守ろうとしたのか。

世界を、守ろうとしていたのか。

 

だとしたら、俺は―――

 

「とにかく、今は住民をインベスから守るぞ。

町の各地へ散り、インベスの討伐と、住民の避難にあたれ。

言い忘れていたが、昨日から俺たちを残してユグドラシルの社員が全員行方不明だが、それはこの際気にするな。

行くぞ!はい!人類救済!」

 

メロンインベスはバナナインベスたちに指示を出し、最後に雄叫びを上げたが、今度は誰も復唱に応じようとはしなかった。

メロンインベスは、着いてこい光実、といった旨のことを叫びながら走り去っていったが、ブドウインベスは棒立ちで、着いていこうとはしなかった。

メロンインベスの姿が見えなくなった。

相変わらず、頭がおかしい光景だ。

だが、あの男は、おかしくなった頭で、本気で人類救済を考えているようだ。

 

「ならば、俺はこっちだ」

 

バナナインベスは、なんだかインベスの少ない方向を選んで走っていったように見えた。

その後ろに、ピーチインベスが着いてゆく。

ピーチインベスは、この男の言葉が皆をまとめあげている、駆紋戒斗こそ王の器、といった旨のことを大声で叫びながら小刻みに痙攣していた。

頭がおかしいんだ。

 

その場に残ったのは、俺とブドウインベスだけとなった。

 

「ねえ、裕也さん」

 

ブドウインベスが、口を開く。

そういえば、こいつはさっきから、まるで言葉を発していなかった。

 

「なんだ」

 

俺は力なく座り込んだまま、応じる。

 

「俺を、殺すか?」

「どうしましょうね」

 

ブドウインベスは、俺に背を向けながら、オレンジインベスの亡骸をじっと見つめる。

 

「裕也さん、僕には、一つわかることがあります」

 

「なんだ」

 

「これは、現実じゃない」

 

「え?」

 

「だって、おかしすぎるじゃないですか。

何もかも。僕の頭も」

 

「…ああ」

 

何度も言うが、おかしいよ。

 

「僕の中には、呉島光実の記憶があります」

 

ブドウインベスは、依然、俺に背を向けていた。

 

「この間の10/6のお昼頃まで、呉島光実として生きていた記憶があります」

 

「お前…」

 

「インベスになったからおかしくなったのかな、と、そうも思いましたが、たぶんそうじゃない。

だって、僕がインベスになったのは、それからまた数日後のことだ。

僕は、僕たちは、10/6からおかしくなった」

 

「それは、俺もそう思うぜ」

 

「だから、考えたんですよ。

これは、ゲームなんじゃないか、って。

僕は、呉島光実という設定を与えられて産み出されたキャラクター。

葛葉紘汰という主人公を擁するゲームの、ノンプレイヤーキャラクター。

僕が"ある"と思ってるこの自我も、"ある"と思ってるだけかもしれない、と。

だって裕也さん、僕、おかしいでしょ?」

 

ブドウインベスは、念を押すように、言う。

俺は、ああ、と答える。

 

「だからね、もしも紘汰さんが死ぬようなことになれば、ゲームオーバー。

世界は暗転して、全部無かったことになるのかなと、そう思ってたんですよ。

でも、そうはならなかった。

世界は、今も続いてる。

この世界は、ゲームではなかった」

 

「だったら、なんなんだよ?」

 

俺は、問う。

ブドウインベスは、答えた。

 

 

「偽物」

 

 

ここで初めて、ブドウインベスは、振り向いた。

 

「偽物…?」

 

「ええ。そうだとしたら、納得がいくんですよ。

僕は、10/6までの"本物の呉島光実"の記憶を持たされた、偽物の呉島光実。

ここは、"本物の沢芽市"の歴史を持たされた、偽物の沢芽市。

理由も原因もわかりませんが、ともあれ、ここは、創られた偽物の沢芽市で、僕が主人公だと思っていた紘汰さんもまた、その偽物の一人に過ぎなかったんだ、と」

 

偽物?

俺たちが?

この世界が?

 

偽物?

 

「なんで、なんでそんなことが言えるんだよ?

なんで―――」

 

「だって!」

 

ブドウインベスは、俺の言葉を遮るように、大きな声を発した。

そして、そのあと、俯き、か細い声で、こう続けた。

 

 

「この世界には、舞さんがいないんだ」

 

 

ブドウインベスは、その後、狂ったように、いや、元から狂ってはいるが、うなり声を上げ、頭を掻きむしった。

鉤爪で傷付けたのか、側頭部の腫瘍が潰れ、紫色の体液が吹き出した。

 

慟哭。

 

―――嫌だ!舞さんのいない世界なんて、僕は、嫌だ!

おかしいじゃないか!僕の中には、舞さんへの想いが、こんなに強い想いが、あるのに!

なのに、舞さんがいないなんて、おかしいじゃないか!

町中捜し回った!皆に訊いてみた!それでも、どこにもいない!

10/6から、誰も舞さんに会っていない!

舞さんの影も形も、この世界には存在しない!

この偽物の世界に、よりによって偽物の舞さんがいない!

おかしいじゃないか!

なんでだ!

なんで、舞さんだけがいないんだ!

僕の、僕の大切な、ふふ、一番大切な舞さんが、舞さんに会いたい、舞さんに会いたい、会いたい!

舞さん!

舞さん!はあ、はあ!

どこにいるんですか!

舞さん!

返事をしてください!

舞さん!はあ、はあっ、はあ、あ、舞さん!

舞さん!

はあ、はあっはあっ、あっ、はあっ、はあっ!

うっ!ふう…舞さん!

僕はここです!

僕はここにいます!

嫌だ!こんな、こんな偽物の世界は嫌だ!

偽物は嫌だ!

憎い、憎い、舞さんの傍にいる、本物の僕が、憎い!

どけ、どけよ!そこは、僕の居場所だぞ!

僕は、僕は、僕は、ああああああああああああ!

僕は、偽物じゃ、ない、そうだ、本物の呉島光実を、殺して、ふふ、僕の居場所を奪ったあいつを、殺して、ははは、本物に、なるんだ。

本物になるんだ!

僕が、僕が、僕が、本物の呉島光実だああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ舞さん、いま迎えに行きます

 

 

 

 

 

ブドウインベスは、静かに、迷いの無い足取りで、どこかへと歩いていった。

その場には、俺と、オレンジインベスの死骸だけが残った。

 

つづく


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