仮面ライダー鎧武オルタネイティヴ   作:瀬久乃進

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第18話「理由なき善意」

―――ここからは、俺のステージだ。

 

オレンジインベスは、先程の衝撃波を再び放つ。

予備動作もなしに、まるで、呼吸でもするかのように。

 

俺は、これもまた先程と同じく後方に吹き飛び、上手く着地などできる筈もなく、地に伏した。

 

急いで立ち上がる。

アレが来る前に、なんとか一撃入れたい。

先程の落下、そして今の攻撃を受けてなお、奇跡的に落とさずに済んでいた一対の刀を両手でしかと握って、俺は、痛む体に鞭を打ち、全力で大地を蹴った。

 

しかし、結果は、同じ。

オレンジインベスは、みたび衝撃波を放ち、まるでリピート再生のように、俺は吹き飛んで倒れた。

 

ちくしょう。

こいつ、本当に強え。

 

「くそったれ…!」

 

右手の刀を杖にして、俺はもう一度立ち上がる。

なんとかしてあの衝撃波を攻略しないことには、近付くことさえも叶わない。

とはいえ、あんなもん、どうにかなるのか―――いや。

どうにかするんだ。

思考を止めるな!

 

三度食らってわかったこと。

吹き飛びはするが、その実、あの攻撃は大したダメージを伴わない。

強風に煽られるようなものだ。

また、一切の予備動作を伴わないことに起因した、不意打ち的な側面が強い攻撃である、ということ。

そして、アレは、一瞬だ。

来る、という覚悟さえしっかりしていれば、踏みとどまることも不可能ではないかもしれない。

 

体幹を意識する。

バランス感覚は、ダンスにおける最重要ファクターの一つだ。

不要な力を抜け。

メリハリが大事だ。

ああ、長いことやってんだ。

自信がある。

 

そして、もう一度。

もう一度、両手の刀を構え、俺は、走り出す。

 

ダンスをやっていてわかったこと。

動作の起点と終点、その間には、一定の感覚で刻まれる、リズムがある。

当たり前のことのようだが、意識をしてる、してないでは本当に違うんだ。

そのリズムに、ビートに「乗る」。

それが、ダンスだ。

 

そうして、体内で移動を続ける力点を、ジャストなタイミング、場所で、ぴたっと留める。

それが、いわゆる「キメ」ってやつだ。

疾走するビートに乗れ。

来る、そう直感した刹那を信じろ。

そこで、全神経を足に集中させる。

―――ビンゴ。

 

四度目。

オレンジインベスの衝撃波が、俺を襲う。

しかし、今度は今までとは違う。

この重い鎧を含めた全体重を、地球に預けるように、重力に更なる力を添えるようにして、踏みとどまる。

全身にものすごい圧力を感じた、その一瞬を潜り抜け、俺は、オレンジインベスに肉薄する。

今だ!

 

「はぁっ!」

 

気合い充分に、右手の刀を振り抜こうとしたその刹那、俺の目の前に、クラックが開いた。

何が起こったか、頭が理解する前に、勢いを殺すことができず、俺はその中に突っ込んでゆく。

刹那、ヘルヘイムの森の景色が眼前に広がったかと思うと、再び目の前にクラックが開く。

先程の勢いをそのままに、俺はその二つ目のクラックに吸い込まれる。

斬撃は、同然の如く空を切った。

そして、背中から、もう食らい慣れた衝撃波。

またこれかよ。

俺は、今度は前のめりに吹き飛び、そのままうつ伏せに倒れた。

 

咄嗟に態勢を立て直し、振り向いてオレンジインベスを見据える。

奴もまた、俺を見据えていた。

これはつまり、アレか。

二つのクラックを通じて、俺はあいつのいた空間を通り抜けてしまった、と。

そういうことか。

 

「反則だろ…」

 

何度実感させられるのか。

化け物の中の化け物だ。

 

ここまで反則級の力を持っていながら、奴は未だに、俺の動きに、受動的に対応しているに過ぎない。

もし、これが攻撃に転じたら。

そりゃ、考えるまでもなく、やべぇだろうよ。

奴が開いた一つ目のクラックが、ゆっくりと閉じる。

 

それを見て思い付いたことが、一つ。

上手く行くかどうかはてんでわからない、本当にただの思い付きに過ぎないようなことだが、

―――喧嘩は、度胸と閃きだ。

 

俺は両手の刀を捨て、閉じゆく二つ目のクラックに、水泳選手のようなフォームで飛び込んだ。

これは流石に予想外だろ、将軍様。

着きましたるはヘルヘイムの森。

入ってすぐに、お目当てのものを発見する。

 

ヘルヘイム果実。

これだ。

一つ適当にもぎ取り、ロックシードに変換する。

―――運が良いな。確か、Aランクだ。

急いで、ドライバーにセットされたオルタネイティヴオレンジを取り外し、無くさないように右腰のホルダーにセットした。

そして、今しがた手に入れた新しいロックシードを解錠、戦極ドライバーにセットした。

 

眼前にクラックが開き、向こう側にオレンジインベスが現れる。

見てろ。

 

―――マンゴーアームズ!

ファイトオブハンマー!

 

オレンジのそれとよく似た色合いだが、まるで形の違う鎧が出現する。

しかし、それ以上に大切なのは、右手に出現した武器。

マンゴーの果肉をあしらったような、巨大な杖。

漫画で見たことがある、確か、メイスとかいう武器で、ハンマーのように使うものだ。

これも当然、使ったことはない。

だが―――

 

「おらぁっ!」

 

今は、リーチさえあればなんだっていいんだ。

クラックからまだ出きっていないオレンジインベスの胸部を一突き、クラックの向こうに押し戻す。

初めて、一撃入った。

しかし重い、これを持って走るのは骨が折れそうだ。

ついでとばかりに、クラックの向こうにメイスを投擲し、俺はそのまま、少し邪魔なマントを翻しつつ、ヘルヘイムの奥へ走ってゆく。

 

走りながら、スリさながらの手際の良さで、すれ違うヘルヘイム植物から、果実を一つ、二つ、三つともいでゆく。

一つ目。ヒマワリ。いらねえ。捨てる。

二つ目。ドングリ。いらねえ。捨てる。

三つ目。当たりだ!

 

振り返ると、オレンジインベスがこちらに向かって歩いてきていた。

俺は、ロックシードを交換し、戦極ドライバーを操作する。

 

―――スイカアームズ!

大玉ビッグバン!

 

「うお!」

 

でけえ!

頭上から、あり得ないサイズの球体が降ってくる。

俺はそれに包まれ、なんでもいい、とにかく攻撃だ、オレンジインベスに向けて転がってゆく。

 

オレンジインベスは、お馴染みの衝撃波を放つ。

が、それが仇となったようだ。

 

ヨロイモード!

 

戦極ドライバーが叫び、俺を包んだ球体は、巨大な鎧に変化する。

鎧というか、もはやロボットに乗っているような感覚だが、これは心強い。

鎧の右手に現れた巨大な剣で、オレンジインベスを一度、二度と切りつける。

もしかして、これなら互角に戦えるかもしれな―――

 

甘かった。

オレンジインベスは、二度の斬撃に怯むことなく、俺に向かって突進。

この戦いにおいて、初めて、インベスとしての武器である両手の鉤爪を振りかぶった。

 

その一対の鉤爪は、よく見ると、左はオレンジ、右は黒。

普段は納刀しているようなものだったのか、両手共に、おそらく人差指にあたるであろう部分の爪が、長く変形した。

それを使い、スイカの鎧に斬撃を叩き込む。

凄まじい衝撃を感じたかと思うと、次の瞬間には、俺は鎧の無いアンダースーツの状態で宙に放り出されていた。

 

「一撃で壊すかよ、普通!」

 

今度は、なんとか着地に成功した。

鎧が起こした爆発、その余波である煙に隠れながら、俺は周囲に目をこらす。

あった。

果実を、もぎ取る。

 

ロックシードに関しては、本当に運が良いかもしれない。

 

このロックシードの武器なら、恐らくある程度は戦える。

あいつが言っていたな、戦いは、卑怯な方が勝つ、と。

上等だ。

何でもやってやる!

 

―――ブドウアームズ!

龍・砲・ハッハッハ!

 

右手に現れたのは、ブドウを模したような銃。

あのとき、一度だけ変身したミッチが使っていたものだ。

煙のせいでよく見えないが、恐らく奴がいるであろう場所に向けて、木陰に身を隠しながら、俺はその銃の引き金を引いた。

 

恐らく、何発かは当たっている。

このまま、距離を取りながら射撃を続ければ、勝機を見出だすことも可能かもしれない。

思うに、オレンジインベスは飛び道具を持っていない。

一番遠くへ届く攻撃が、あの衝撃波なのだろう。

そのリーチはもう把握した。

あとは、その範囲内に入らないように注視していれば、

 

「うおっ!」

 

前方のオレンジインベスに気を取られつつ、ろくに確認しないで移動していたせいだ。

後方への注意が疎かになり、背後に突如開いたクラックに気が付かなかった。

ヘルヘイムから、沢芽市へ。

一瞬、俺の判断が鈍った隙を突き、オレンジインベスが、距離を詰めるべく駆け出したのが見えた。

速い。

そして奴は、そのままの勢いでクラックを通過し、俺に飛び蹴りを浴びせる。

 

嫌な音がした。

 

やべえ。

死ぬかもしれない。

 

味わったことのないような激痛が、全身に走る。

たまらず俺は銃を落とし、先程と同じ、沢芽市・ユグドラシルタワー前の広場のアスファルトに、背中を打ち付ける。

鎧が、スーツが消えてゆく。

変身は、解けてしまった。

 

くそ。

散々足掻いたが、駄目か。

強え。

桁違いだ。

 

でも―――

 

「裕也、お前、中々やるなあ」

 

オレンジインベスが、こちらに歩を進めながら、言う。

それなりに攻撃はしたはずだ。

なのに、まるで堪えてる様子がねえ。

 

「俺相手にここまでやるなんてな」

 

「…そいつは、どうも」

 

立つ。

生きてる限り、何度でも立つ。

 

「まだ立てるのか」

 

「ああ、立つよ。お前たちをぶっ倒すまで、何度だって」

 

戦う。

生きてる限り、何度でも戦う。

 

「…駄目だ、裕也。これ以上、抗うな」

 

「うるせえ」

 

―――オルタネイティヴオレンジ!

 

「裕也。お願いだ。もう、諦めてくれ」

 

「だから、うるせえっつってんだよ!変身!」

 

―――オルタネイティヴオレンジアームズ!

花道アナザーステージ!

 

「世界がおかしくなったのが、お前のせいかどうかはわかんねえよ。

お前も、被害者の一人なのかもしれない。

それでも俺は、世界がおかしくなったからって皆でおかしくなろうなんて、絶対に納得いかねえんだよ!」

 

確かに人間は、生きる世界を選べないかもしれない。

立つステージを選べないかもしれない。

それでも、どう生きるか、どう踊るかは、選べるはずだ。

選ぶ権利があるはずだ。

それが、自由。

 

「お前がそんな姿をしてるから、そんな力を持ってるから言ってるんじゃねえんだ!

その姿になって、その力を得て、お前はおかしくなった!

他人の体に勝手に果実を突っ込んで、インベスになることを強要した!」

 

シド、戦極、貴虎、ミッチ、そして恐らくは湊。

馬鹿一名を除いて、皆、こいつの手によって、インベスになった。

 

「ヘルヘイム植物の侵食を食い止める力を手にしながら、その力を、そのために使おうとはしなかった!」

 

ユグドラシルでの会議。

こいつは、そう提案した役員を脅し、強引に自らの意見を通した。

 

「俺は、俺は、お前を止められるところにいた。

なのに、止めなかった。

だから、お前の罪は、俺の罪だ。

俺も、一緒に償うよ。

でも、お前は、明日にも、もっと大きな罪を犯そうとしてる。

この町の、この世界の全員の生き方を、支配しようとしてる」

 

俺は、ふらつく脚で立ち、一本だけになった刀を、オレンジインベスに向ける。

 

「そうなったら、もう、取り返しがつかねえだろうが!

全員でインベスになって、お前は王様か!

本当に、そんなことがしてえのか!

そんな世界にしてえのか!

どうなんだ!紘汰!」

 

オレンジインベスは答えた。

 

 

「ああ。全員でインベスになって、この世界は完成するんだ」

 

 

―――絶望した。

心のどこかで、まだ、ほんの少しくらいは、こいつに紘汰の心が残っている筈だと、そんな期待を抱いていた。

 

でも、違う。

俺の知る葛葉紘汰は、こんなことを言う筈がない。

力に任せて、他者を抑圧する―――

そういったことに、誰よりも強い怒りを見せるのが、紘汰という男だった。

弱き者に優しく、それ故に、誰よりも強いヒーローだった。

だからこそ、自由の旗を掲げ、俺と共に、チーム鎧武を結成した。

 

ああ。

わかったよ。

これ以上、罪を重ねるっていうなら、

 

 

お前は、もう、紘汰じゃねえ。

 

 

殺してやる。

 

 

「ふざけんなぁぁぁ!」

 

俺は、怒りに任せて、オレンジインベスに突っ込んでいった。

 

 

―――だってさ、

 

 

オレンジインベスが、何かを囁く。

俺は、刀を両手で構え、

 

 

全速力で走り、

 

 

オレンジインベスの腹を、貫いた。

 

「え…?」

 

なんで、避けなかった?

 

隙だらけだった筈だ。

例の衝撃波も、使えた筈だ。

なんで、こいつは、俺の攻撃を、避けなかった?

 

生き物の命を、刃で、貫く感覚。

味わったことのないものだった。

 

オレンジ色の、体液とおぼしきものが、化け物の王の腹から噴き出す。

俺は、思わず、刀を抜いてしまった。

 

どさり。

 

オレンジインベスは、膝から崩れ落ちる。

腹からは、どくどくとオレンジ色の液体が流れ、止まらない。

 

嘘だろ。

化け物じゃなかったのかよ。

 

こんな、普通の攻撃で?

 

こんなことで、死ぬのか?

 

勝った。

恐らく俺は、こいつに勝ったんだ。

化け物の王を、倒したんだ。

なのに。

喜びよりも、戸惑いが遥かに勝る。

ここ最近は、ずっとそうだが、わけがわからない。

本当に、わけがわからない。

 

「お、おい」

 

言葉が出なかった。

なんて言えばいいか、わからなかった。

 

倒したんだ。

化け物の王を倒したんだぞ?

かっこよくキメ台詞か何か言って、颯爽と振り返ったら背後で爆発、そんな感じで良い筈だろう?

 

それなのに、なんだ、この気持ちは。

 

「お前、もしかして…わざと、わざと喰らったか?」

 

目の前で、腹を抱えてうずくまるこいつは、紛れもなく化け物だ。

見た目も、その力も。

 

なのに、なんで、

 

―――なんで今更、こいつが紘汰に見えるんだろう。

 

「だって、さ、」

 

オレンジインベスは、囁くように言う。

 

「みんなで、イン、ベスに、なったらさ、」

 

オレンジインベスは、泣きそうな声で言う。

 

「裕、也も、初瀬も、寂しく、ない、だろ?」

 

オレンジインベスは、消え入りそうな声で言う。

 

何のことだよ。

何のことだよ、おい。

 

「何のことだよ、紘汰、おい!

何言ってんだよ、お前、おい!紘汰!」

 

俺は、横たわるオレンジインベスの手を取り、叫ぶ。

わけもわからないまま、ただ、喚く。

そうするしかなかった。

 

「裕、也……でも、お前は、イン、ベスに、なっちゃ、駄目だ」

 

「おい!紘汰!おい!目ぇ覚ませよ!紘汰!

紘汰ぁぁぁぁぁぁ!」

 

何故だろう。

何故、涙が止まらないんだろう。

こいつは、もう紘汰じゃないのに。

こいつは、もう、紘汰じゃ、ないのに。

なんで―――

 

 

 

「裕也、ごめんな………」

 

 

 

オレンジインベスは、そう言うと、動かなくなった。

オレンジ色の血溜まりが、アスファルトを汚していた。

 

 

 

―――次の瞬間、見渡す限りに、無数のクラックが出現した。

 

中から、大量のインベスが這い出てくる。

 

王を失った世界の空に木霊するは、異界の魔物たちの歌だ。

 

ここは、もはや、人の世ではないかのように思えた。

 

ヘルヘイム植物を、インベスを、クラックをコントロールする、能力。

 

まさか、この世界の王は。

 

既に、その力の限りを尽くして。

 

この世界を、守っていたのか。

 

俺は、ただ呆然と、立ち尽くすしかなかった。

 

つづく


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